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40話 なんて素敵な夏祭り

 大鳳市内にあるビジネスホテルの一室で、刹那はシャワーを浴びていた。

 背中に残る傷が鏡に映る。それはトリスタンと出会った時にできた傷だった。


 肩に指を這わせると、その痛みと恐怖が甦る。魔力が練れるからと強制的に契約を迫られ、強く拒絶した刹那は拷問を受けた。

 魔物は人間を遥かに超えた力と特殊な能力を持っている。抵抗の術もなく組み伏せられて背中を斬られた。


 以来、刹那はトリスタンに逆らえない。逆らえばもっと酷い目に遭うからだ。

 それに魔物退治の専門家である退魔師でさえトリスタンを倒せなかった。

 ならば誰がトリスタンの凶行を止められる。誰が刹那を助けてくれる。


 誰もいない。このままずっと利用され従わなければいけない。

 刹那はこの絶望を抱えながら生きていかなければならないのだ。


 シャワールームから出て身体を拭き、パジャマを着るとベッドの中に潜り込む。

 真央たちと戦ったせいで家にも帰れない。少なくともトリスタンがアストライアと戦うまでは。うとうとしていると脳内に声が響いてくる。


「不自由な思いをさせてすまないね、刹那。決着の日まで余計な真似をされたくない。念には念をってやつさ」

「……別にいい。寝る場所が変わっただけだし。星の魔物と戦えるといいわね」

「おや。君が私にそんなことを言うなんてめずらしいな」


 もう全て諦めた。トリスタンのやりたいようにすればいい。

 この魔物の犠牲になる人もしょせん他人だと割り切るしかない。

 赤い魔法陣がひとりでに浮かんで、ベッドにトリスタンが腰かける。


「お仕置きが必要かと思ったが、問題なさそうだね。従順であればそれでいい」


 その気になればトリスタンは自身の意思で自由に現れることができる。

 刹那はよく知らないが契約した時にそういう契約内容にしたらしい。

 身体の震えを堪えながら、布団にくるまって刹那は眠りに落ちていった。




 ◆




 大鳳市は八月に入ると夏祭りが開かれるのが恒例行事となっている。

 道には屋台が並び、花火も打ち上げられる。ささやかながら地元民には人気だ。

 綾瀬に誘われて泉水は二人で夜に夏祭りへ行くことになっていた。浴衣姿で。


「勇樹、気をつけるのよ。さつきちゃんをガッカリさせないようにエスコートしないと!」


 家を出る前になぜか母親の洋子がハードルを上げてくる。

 エスコートも何もまずこの街の夏祭りのことをよく知らないのだが。


「うん……まぁ……頑張るよ。なるべく……」


 そう言い残して泉水は家を出る。待ち合わせは泉水の住むマンションの外だ。

 下ではもう浴衣姿の綾瀬が待っていた。手にはなぜか提灯を二つ持っている。


「ごめん……待ったかな?」

「ううん。ちょうど今来たところ。じゃあ行こっか」


 綾瀬は手に持っていた提灯を泉水に渡してすたすたと歩きはじめた。

 道行く人もみんな何かしらの明かりを手にもって、祭りへと向かっていく。


「ところで……なんでみんな明かりを持って歩くの……?」

「この街の夏祭りはね。魔物が静まりますように、って神様に願うために始まったのが起源なの。魔物って夜が好きだから、こうして明かりを持って魔物に用心する風習が残ってるんだよ」


 光を手に持って暗い夜を用心しながら街を歩き、魔物が静まることを神に祈る。

 実は提灯にこだわる必要はなく、懐中電灯でも何でも良いそうだが、綾瀬にはこだわりがあるようだ。祭りの会場まで来ると、ずらっと勢揃いした屋台と人混みに飲み込まれそうになった。


「泉水くん、こっち。うっかりしてるとはぐれちゃいそうだね」

「あ……ごめん。凄い人気なんだね……」


 綾瀬は泉水の手をぎゅっと握って身体を引き寄せる。

 そう狭くない道幅だが非常に大勢の人が密集して歩いている。

 ぼーっとしているとあっという間にはなればなれになりそうだ。


「……綾瀬さん」

「……なに?」


 泉水の表情は暗い。その原因はもちろんトリスタンだ。

 アストライアが落下してくる日に、かの魔物は再び現れる。

 魔物と契約していないので泉水は戦えないが、果たして勝てるのか心配だった。


「……こんなことしてていいのかな。僕……なんだか不安で」

「たしかにそうだね。ペイルライダーもずっと黙ってる。落ち込んでるみたい」

「……落ち込んではいない。トリスタンを倒す方法をずっと考えていた」


 綾瀬の脳内に響いたペイルライダーの声はいつものぶっきらぼうなものだ。

 トリスタンに負けてから塞ぎこんでいたが、元気が戻ったようだ。


「……何か作戦でも思いついたの?」

「作戦というほどではないがな。二人は気にせず遊べ。気晴らしも必要だ」

「泉水くん、ペイルライダーが気にしないで遊べだって。お言葉に甘えましょう」


 そうして綾瀬の目に映ったのは金魚すくいだった。

 泉水は幼い頃、挑戦してはすぐに失敗した記憶がある。今やればどうなるだろう。じっと金魚すくいを見ていると綾瀬は二人でやろうと提案した。


 お金を払っていざポイとお椀をもらうと、いざ金魚すくいに挑む。

 案の定と言うべきか、泉水のポイは一瞬で破けて使い物にならなくなった。

 一方、綾瀬のポイはふやけながらも一匹、二匹と確実に金魚を掬っていく。


「うわ~っ。綾瀬さんすごい器用だね……」

「えへへ……そうかな。もうちょっと頑張っちゃお」


 水槽を悠々と泳ぐ金魚が、ひょいひょいとお椀に入っていく。

 しかし十五匹ぐらい掬ったところで綾瀬のポイは完全に破けてしまう。

 掬った金魚は持って帰っていいと言われたが、飼えないので全部水槽に返した。


「なんだか昔を思い出しちゃった。お父さんも金魚すくい苦手だったな……」


 綾瀬の両親はもういない。綾瀬が十二歳の頃に亡くなった。魔物に襲われて死んだそうだ。それ以来、綾瀬は師匠である冥道の世話になりながら一人で暮らしている。十四歳の頃には退魔師として活動し、収入もあったので生活には困ってない。

 綾瀬が退魔師になったのはその過去が起因している。自分のような魔物の被害者を減らしたかったのだ。


「夏祭りに来るのも久しぶりなんだ。昔を思い出して辛くなる気がして……」


 綾瀬が泉水の顔を見る。綾瀬の表情は晴れやかだった。


「でも大丈夫だよ。今は泉水くんがいるもの。行こ。食べ歩きがしたいな!」


 泉水は無言で綾瀬の手を握ると、人混みに流されないよう気をつけながら屋台へ歩いていった。一方、そんな二人を監視する者たちがいる。冥道と遠野だ。

 冥道の自宅から、魔導具である遠見の水晶を使って監視しているのだ。


「師匠、趣味が悪いですよ。弟子同士で仲良くしてるだけじゃないですか」

「君は鈍いね遠野。二人はそう遠くないうちにデキるよ。賭けてもいい」


 冥道の趣味は大鳳市の監視だ。魔導具を使って色々な出来事を覗き見している。

 これもその一環だ。冥道はこうして他人の人生を垣間見るのが好きなのだ。


「だからって……わざわざ俺を呼んで実況しないでくださいよ」

「だって寂しいじゃないか。この一大イベントを誰かと共有したいのはおかしなことかい?」


 水晶に映し出されているのは、泉水と綾瀬がたこ焼きを食べる様子だ。

 遠野だって暇じゃない。だがまったく気にならないというわけでもない。


「その……二人がつき合うっていう根拠はなんですか」

「好きな理由に関しては想像の範疇を超えないが、根拠ならある」


 冥道はそう断言した。


「なぜさつきは、泉水くんにペイルライダーと一時的に契約させたと思う。普通はそこまでしないよ。それほどまでに泉水くんの身を案じていたんだ。なぜなら、泉水くんを愛していたから。それ以上の理由はないと言っていい」


 確かにその理由に関しては遠野もひっかかりを覚えていた。

 もしペイルライダーを託した理由が愛ゆえだとしたら辻褄は合う。


「さつきちゃんは今日、アタックを仕掛けるため二人きりで夏祭りに……!?」

「そう、恋の方程式はすでに揃っている。後は結実するのを見守るだけさ」


 夏祭りの会場では花火がどんどんと打ちあがり、雰囲気は完全に出来上がっていた。泉水と綾瀬は手を握ったままその光景を眺めている。綾瀬の顔が少しずつ泉水に近づいていく。そして二人の顔が重なろうとした瞬間。


「おーい。泉水先輩、綾瀬先輩、こんばんはー!」


 はっとした泉水と綾瀬はちょっと離れて振り返ると、真央と雷花がいた。

 二人もぐうぜん夏祭りに来ていたのだ。地元では人気なので不思議ではない。

 遠野は意地悪い神の采配を呪いかけた。こんなベタな妨害を入れなくても。


「言葉にできないね。今時こんな幕引きがあっていいのかな……」


 遠見の水晶を見て冥道はがっくりとうなだれた。

 泉水と綾瀬はせっかく会ったので神薙姉妹と一緒に花火を見ることになった。

 どん、という音が響き赤や青、緑といった様々な色彩の花火が空に浮かぶ。

 雷花は買ってきた花火セットを開いて、線香花火に火を灯す。


「先輩たちもやろーぜ。見るのもいいけど、自分でやるのも楽しいだろ」


 パチパチと音を立てて燃える雷花の花火を見て、綾瀬も線香花火を燃やす。

 魔物退治とは無縁の楽しい一日は閃光のように終わってしまう。

 星の魔物、アストライアが落ちてくる時はすぐそこまで迫っていた。

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