4話 決戦の放課後
放課後。泉水は部室で魔物のことを調べていた。
泉水はコンピュータ部だ。普段はプログラミングの勉強をしているが、ネットサーフィンに一日を費やすこともある。顧問のいない隙に魔物について検索をかけてみたがそれらしい情報はヒットしなかった。
「なんだ泉水、さぼってるのか?」
不意に理藤が話しかけてくる。
隣の席に座っていたから画面が見えたのだろう。
「いやいやっ、これは違うんだよ! 魔物のことが気になって……!」
立ち上がって画面を隠したが、声が大きくてかえって注目を浴びた。
コンピュータールーム内の部員の視線が一気に泉水へと集まる。
泉水は恥ずかしくなって無言で席に座った。
「ああ……魔物はローカルな存在だからさ、検索してもたぶん分かんないな」
「そ、そうなんだ……」
「古いので良かったら大鳳新聞持ってこようか。魔物関連の記事も載ってるから」
大鳳新聞。この土地独自の地方新聞のようだ。
両親は引っ越し前から変わらず全国紙を読んでいるので盲点だった。
興味本位で読んでみたくなったので、理藤に頼んで古いのを持ってきてもらうことになった。
「そういえば……綾瀬さんが退魔師なのは皆知ってるの?」
「昔からこの街に住んでる奴は知ってるんじゃないか。学生の退魔師は少ないから話のネタになる」
理藤は生まれも育ちも大鳳市なので魔物を恐れている様子もない。
綾瀬に謎めいた一面を感じていた泉水だがそれは無知なよそ者ゆえの錯覚だったらしい。
「学生で退魔師といえば泉水、知ってるか。ずっと欠席してる一組の黒須のこと」
「はじめて聞いたけど……もしかして、廊下側のいちばん前の席の人?」
泉水は廊下から見える一組の教室を思い出していた。
記憶の限りでは一番前のその席だけ誰かが使っている形跡がないのだ。
「そうそう。その席は黒須のだ。そいつが入学式以降ずっと行方不明なんだよ」
「それとさっきの話に何の関係が?」
「黒須も退魔師なんだよ。凄く優秀だったけど魔物退治に失敗して死んだってうわさなんだ」
声を潜めて理藤は言った。泉水の血の気が一気に引いていく。
やはり人ならざる存在と戦う以上、危険な仕事なのだ。
もし綾瀬の身にそんなことが起こったら。恐ろしくて考えたくない。
「……ちょっと待って理藤。なんだか外が騒がしくない?」
「そういえばそうだな……みんな廊下を走ってるみたいだ」
気になって廊下を覗いてみると、皆荷物を抱えて逃げ出すように走っている。
すると廊下を走る生徒の一人が呑気にしているコンピュータ部を見て叫んだ。
「何やってんだ!? 校門に魔物が出たらしいぞ! みんな裏門から逃げろ!」
窓から校門を覗き込むとそこには全長三メートルをこえる巨人が闊歩していた。
肥満体型で、顔には穴みたいなのが複数空いている。
肌と言っていいのだろうか。身体の質感は見るかぎり土と呼ぶべきであろう。
「なんなのあれ……」
「ゴーレムだなたぶん……土だからクレイゴーレムってとこか」
理藤はどこか達観していて焦る様子もなくそう呟いた。
このコンピュータ部は校舎の二階にある。すぐには襲われないのも事実だ。
とはいえ泉水も理藤もさすがに逃げようとお互いに頷き合う。その時ゴーレムが泉水を見た。
穴が開いているだけの顔でこちらをずっと見ている。何を考えているか分からない。それが不気味だった。
「な……なんでこっちを見てるんだ……?」
ゴーレムはやや後ろに下がってから疾走し、校舎めがけて激突した。
体当たりだ。激突音とともに校舎が激しく震動する。
「そのうち綾瀬がなんとかするよ、行くぞ!」
理藤の声で恐怖から引き戻された泉水はコンピュータールームを後にする。廊下に出ると二度目の震動が響いた。
一階へ降りて中庭を抜ければ裏門に出れる。体当たりに夢中な今なら鉢合わせせず逃げられるはずだ。
だが予想は裏目に出た。ゴーレムは突然体当たりを止めて中庭に現れたのだ。まるで二人を狙っているように。
「こいつ……校舎とじゃれあっていればいいのに!」
理藤が悪態をつく。泉水は怯えて足が竦んでいた。もう、恐怖で頭が真っ白になって何も考えられない。
ゴーレムが巨体を揺らして一歩、また一歩と近寄り泉水の後襟を掴んで軽々と持ち上げる。
じっと穴だらけの顔で泉水を見ると踵を返す。理藤はただ見ていることしかできなかった。
「……泉水くんを離しなさい!」
救世主が現れるのはそう遅くなかった。事態を知った綾瀬が校舎から飛び出してきたのだ。
手をかざすと青白く光る魔法陣が浮かんで、そこから青い鎧の騎士が現れる。
騎士は手甲剣を伸ばして距離を詰めると後襟を掴んでいる腕を切り裂く。
腕と共に落ちる泉水を片手で抱き留め、騎士は綾瀬のいる場所まで後退した。
「……怪我はないようだな」
「……あ、ありがとうございます」
泉水はか細い声で騎士に感謝した。騎士は泉水を綾瀬に預けて一歩前に出る。
片腕を失ったゴーレムは怒り狂った様子で残された腕を振りかぶり突進する。
後ろに綾瀬たちがいる以上、騎士に避ける選択肢はない。ゴーレムの渾身の一撃を受け止める。
片手で。騎士は平然とした様子でゴーレムの腕を外側に回転させてねじ切った。
「粘土細工が……解体してやろう」
両腕から伸ばした手甲剣を振るう。
その鋭利な刀身は鮮やかにゴーレムの身体を切り刻んでいく。
数秒後、残されていたのはいくつもの土の塊と化したゴーレムの残骸だった。
その塊もやがては光の粒となって完全に消滅する。
「……気をつけろ。そこの少年は魔物に狙われているようだ」
騎士は泉水を一瞥してそう忠告した。
へたり込んでいる泉水の両肩に手を乗せて綾瀬は頷く。
「分かったわ。後で理由を探ってみる。今日はありがとう」
騎士の足元に魔法陣が浮かぶと、騎士が一瞬にしていなくなる。
脅威は去ったが、泉水の胸中には不安が残されたままだった。
一方、学校の屋上にて一連の出来事を眺めていた少年は拉致の失敗を苦々しく思った。
「やはり……低級な魔物では上手くいかないか。仕方ない」
少年はバイザーの奥で目を細めると、漆黒のマントを翻す。
そして空中に出現した真っ暗に渦巻く闇の中へと姿を消した。