39話 白騎士の宣告
トリスタンは紳士ぶった態度で一礼すると、自己紹介をはじめた。
「はじめまして。私はトリスタン。さぁ召喚したまえ……戦いをはじめよう」
「あなたがシェイプシフターやクラーケンをけしかけた犯人なのですね」
「今更隠す必要もないので答えるが……そうだよ。疑問はそれだけかな」
ならば戦わない理由はない。トリスタンを倒せば問題はすべて解決する。
綾瀬と真央は手をかざすと青白い魔法陣が浮かんだ。
ペイルライダーとザミエルが召喚され、目の前に出現する。
「強そうじゃねぇか……やってやるぜ!」
ザミエルは威勢よく拳銃へと変形して真央の手に収まった。
一方のペイルライダーは戦闘態勢にも入らずどこか放心している。
「おいペイルライダー、どうしたんだ!? しゃきっとしろ!」
ザミエルの忠告でようやく我に返った様子だった。
トリスタンはペイルライダーを見て、愉快そうに笑い声を発する。
「おや……おやおや。久しぶりだね。今はそんな名前なのか。あの時はお互い名前などなかったからな」
「……まさか、お前が相手なのか。人間と契約しているなんて……思わなかった」
一語一語、搾りだすようにかろうじて言葉を吐きだした。
その思いがけない、まったく唐突な再会をどう言語化すればよいか。
ペイルライダーには分からなかった。一方でトリスタンは嬉しそうに語る。
「お前は今でも私の中で最強の敵だよ。それだけは永遠に変わらないだろう」
「……何も嬉しくはない。戦いを挑んで負けた……ただそれだけだ」
「そうか。悲しいことだが、お前もしょせん過去の存在だ。もう興味がない」
まるで知り合いであるかのような会話だった。
その内容を聞いて泉水と綾瀬はまったく同じことを思い出していた。
ペイルライダーは綾瀬と契約する以前、人間の世界に来る魔物相手に『魔物狩り』をしていた。そしてある魔物に挑んで瀕死の重傷を負った後、綾瀬に助けられ契約したのだ。
「ペイルライダー、この魔物って……私と契約する前に戦ったっていう」
「……ああ。こいつがかつて私を倒し、瀕死の重傷を負わせた魔物だ」
綾瀬にぶっきらぼうに返事をすることでようやく平常心を取り戻した。
両腕から手甲剣を伸ばして戦闘態勢に入るが、どこか余裕のない緊張感が伝わってくる。
「いいのか。以前と同じ結果になるぞ。私の邪魔をしないなら見逃してやろう」
「そういうわけにはいかない。お前のことだ。アストライアと戦う気だな」
「そうさ。闘争と殺戮が魔物の本質。その欲求にはお前だって忠実だろう」
否定はしない。ペイルライダーはそんな魔物の在り方が嫌いだが。
かといって殺戮衝動が無いわけではない。殺す対象が人間ではなく魔物なだけだ。本質的にはペイルライダーも他の魔物と変わらない。
「強さこそが美しさ。ゆえに私が求めるのは強者との戦いなのだ……弱い人間や魔物との戦いでは満足できないのだよ」
だからアストライアを宇宙へ送り返す退魔局の計画を妨害していた。すべてはより強い魔物と戦うため。トリスタンの内に眠る殺戮衝動を満たすため。
「さて……説明はもう十分だな。先手は譲ってあげよう」
腕を組んだまま、トリスタンは余裕を崩さずにそう言った。
舐められている。真央は牽制も兼ねて魔力の弾丸を発射する。
三発の弾丸は正確にトリスタンの頭部へと迫るが、空中で弾かれて搔き消える。
「弓……ですか……!?」
真央は思わず声を発する。放った弾丸は虚空から出現した弓に全て弾かれた。
ただの弓じゃない。トリスタンは弓を分割して二振りの剣へと変形させる。
間髪を入れずペイルライダーが肉薄して手甲剣を振り下ろした。
分割した一方の剣で手甲剣を受け止めながら、もう一方の剣で斬りかかる。
その一撃をペイルライダーは余った手甲剣で防ぐ。両者、火花が散る鍔迫り合いとなって膠着する。
「ふふふ。魔力量では私の勝ちだ。刹那は私に相応しい、優れた契約者だからね」
「力を求めて人間と契約したのか。お前が使われる側になろうとはな……!」
「退魔師に与する雑魚と一緒にするな。私は誰にも縛られていない!」
弾はまだ三発残っている。真央は援護射撃のため残弾をすべて発射した。
魔力の弾丸は軌道を変えて背後から襲いかかる。絶対に命中するはずの奇襲だ。
だがトリスタンはペイルライダーの手甲剣を跳ね上げると、剣を巧みに操りすべて弾く。
「今のを防いだ……!?」
「まるで豆鉄砲だね。本当の決め手というのを教えてあげようか」
ペイルライダーを蹴り飛ばし、トリスタンは双剣を連結させて弓の形状に戻す。
魔力の弦が現れると引き絞って弓に魔力が充填されていく。
刹那は慌てた様子でトリスタンに駆け寄る。
「トリスタン、もしかして殺さないわよね……!?」
「どうだかな。加減はするが弱すぎると死んでしまうかもしれない」
おそらく結界札でも防ぎきれない一撃。
真央は両手で拳銃形態のザミエルを握りしめて魔力を充填しはじめる。
奥の手である収束魔導砲で攻撃を相殺する作戦だ。
「泉水くんと綾瀬さんは私の後ろへ! なんとかして見せます……!」
トリスタンの弓から放たれた魔力の矢と収束魔導砲が激突する。
威力は魔力の矢が若干上回っている。相殺しきれなかった余波が真央たちに襲いかかった。それに関しては三重の結界札でどうにか防ぐ。
まだ尽きたわけではないが、真央はこれで半分以上の魔力を消耗した。
分が悪いことにトリスタン側にはまだまだ魔力に余裕があった。
二発目、三発目を撃たれたらおしまいだ。だからこれで終わらせる。
ペイルライダーが上空から落下して奇襲を仕掛ける、即席の連携攻撃で。
魔力の矢と収束魔導砲が激突した瞬間は良い目くらましだった。
その隙に大きく跳躍し、トリスタンの真上へと移動していたのだ。
「面白い! 搦め手を覚えたようだな! かつての君は正々堂々としすぎていたっ!」
弓を持った腕を振り上げ、上空から迫る手甲剣の刺突を防ぐ。
ペイルライダーが着地した瞬間を狙って弓を分割させ双剣へ変形。
放たれた幾つもの斬撃は鎧を切り裂いて光の粒が飛び散る。
「おやおや。もう終わりなのか? もう少し楽しませて欲しかったのだが」
トリスタンがとどめの一撃を放とうとした時、綾瀬はとっさに召喚を解除する。
振るわれたやや湾曲した剣が虚空を薙ぐ。斬り落とすはずだった首は消えてしまった。
「なるほど。君たちの強さは理解した。私は少し……過大評価していたようだ」
「……どういう意味かしら。私たちが負けたってまだ仲間がいる……!」
綾瀬は精一杯強がってみたが、真央だけで勝てる相手ではない。
だがこちらにはまだ戦力がある。ここにはいない冥道や遠野がいるのだ。
総力でぶつかれば勝ち負けは分からないと、綾瀬は希望的観測を抱いていた。
「いいや十分だ。私が知る限りペイルライダーより強い魔物は少ないよ」
「おいおい。俺様を舐めるなよ。まだやられたわけじゃねぇぞ!」
「……静かにザミエル。相手を刺激してはいけません」
真央を一瞥して、トリスタンは話を続ける。
「私は君たちを地道に暗躍し、策を弄して倒すべき相手だと思っていた。だがそんな必要は無いな。想像以上にレベルが低いよ……」
つまり力ずくでどうにでもなる相手だということ。
手駒もいなくなり、自ら戦ってみて拍子抜けしてしまったのだ。
退魔師たちの実態に。あまりに弱すぎる事実に。
「今回は君たちを見逃す。倒す必要もないほどに弱いからね。チャンスを与える」
「……お優しいんですね。本当に強い敵と戦うことしか興味がないんですか」
そう返事をする真央の顔には、冷や汗が伝っていた。
このまま戦っても勝ち目がないのは彼女もよく分かっていた。
「流星群は八月十三日に活動が極大になる。星の魔物が来るその日に……改めて決着をつけよう」
一方的にそう宣言したトリスタンは刹那を抱きかかえる。
そして高く跳躍すると屋上から飛び降りてその場を立ち去った。
綾瀬と真央は敗北感と無力感に打ちひしがれて、動くこともできなかった。




