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37話 進化せよ魔銃

 夏の大鳳海岸は眩暈を覚えるほどに人でごった返していた。

 海の家もまた盛況であり、ひっきりなしに注文が飛び交っている。

 刹那は海の家の一角を陣取って遠くから退魔師たちを監視していた。


 水着を着てはいるものの泳ぐ気は無いので上着を羽織っている。

 これなら背中の傷を見られることもないだろう。


 この数日間ずっと海を見張っていたが、シェイプシフターの撮影した写真に写っていた連中、つまり真央たちは本当に海へ来てしまった。来なければ良かったのにと思わざるをえない。でなければ魔物が彼らを襲うこともない。


 注文した焼きそばを食べる気が一気に失せていった。

 机に置いてある、うずまき模様のストローを挿したブルーハワイソーダを眺めながらぼそぼそと確認する。


「……殺したりしないわよね。一般人を巻き込みそうで不安だわ……」


 トリスタンの声が脳内に響く。


「一般人を巻き込むほど馬鹿ではないが、やり過ぎるかもしれない。知能が低いからな。だがまぁ……退魔師は死ぬのを承知で仕事をしている人種だろう。ならば覚悟もあるだろうさ」


 そういう問題ではない。

 刹那は気が気でないまま、祈るように監視を続けた。




 ◆




 泉水は足が届くくらいの浅いところで、浮き輪に掴まりぷかぷかと浮いていた。

 泳げないので比較的浅瀬の辺りで遊んでいる。足がつかないと怖いのだ。

 気持ちいい。水泳の授業は苦手だがこうやって水の中をのんびりするの楽しい。


 すると突然、泉水の後頭部に強烈な水飛沫が当たる。

 びっくりして振り返るとそこには水鉄砲を持った雷花がいた。


「へへへっ。姉貴の真似。先輩も来て。みんなで水中鬼ごっこやろーよ!」


 雷花に誘われて泉水は浮き輪を装備したままばしゃばしゃとバタ足で泳ぐ。

 少し離れたところに綾瀬、真央、黒須、甲斐が待っていた。


「不思議なものだな。かつては敵だったのに今は一緒に遊んでいるなんて」


 感慨深そうに黒須が呟くと、綾瀬はこう返した。


「そんなのもう遠い過去の話よ。個人的なわだかまりは別だけどね」

「……すまなかったな。それは」

「私は黒須くんに負けたままだから。遺恨はこの遊びで晴らさせてもらうわ!」


 黒須はふっと笑ってじゃんけんの体勢を取った。


「いいだろう、ならば見せてもらおうか。君の真の実力をッ!」


 そう意気込む二人であったが、じゃんけんに負けて鬼になったのは泉水だった。

 蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ泳いで逃げていく。全員本気だ。


「ちょっ、ちょっと待ってよみんな、泳ぐの速いよ!」


 浮き輪を装備したまま泉水はバタ足でみんなを追いかける。

 特に甲斐が冗談みたいに速い。後で聞いたが水泳部らしい。

 砂浜からその様子を眺めていた遠野は、そわそわと貧乏揺すりをしていた。


「どうしたんだい遠野。落ち着かないね」

「なんだか魔物が近くにいる気がして。はっきりとした感覚じゃないんですが」

「ふむ。導きの振り子を持ってくれば良かったな。何も無ければいいんだけどね」


 黒須は鬼ごっこの最中で異変に気づいた。

 沖まで逃げるみんなをを追いかけていた泉水が、いつの間にか消えている。

 彼が身に着けていた浮き輪だけがぷかぷかと浮かんでいた。


「泉水がいない……? まさか溺れたのか?」

「本当だ……泉水くんは……!?」


 綾瀬が浮き輪まで近寄ると、黒須は水中に潜った。

 目を凝らすと海底へと沈んでいく人影を見つける。おそらく泉水だ。

 だが、その足には何かが絡まっている。なにか触手のようなものが。

 黒須は急いで水中へ上がって、綾瀬に向かって叫んだ。


「……綾瀬、ペイルライダーを召喚しろ! 水中に魔物がいる!」


 海面に巨大な影が浮かび上がり、何かが浮上してくる。

 それは何本もの蛸の足だった。吸盤がついていて、木の幹ほど太い。

 海で遊んでいた他の一般人は驚いた様子で慌てて浜辺へ逃げていく。

 綾瀬の足にも何かが絡みついて、水中に引きずり込まれた。


 手をかざすと水中に魔法陣が浮かび、ペイルライダーが姿を現す。

 だが出現した瞬間にその鎧の重量で勢いよく海底へと沈んでいった。

 いかにペイルライダーといえど物理法則には逆らえない。


 そこで、背中の装甲の隙間から魔力を噴射して推進力に変えて上昇する。これで水中でもある程度動ける。だがやはり地上ほどではない。魔力も消費するうえ動きはかなり制限される。


 綾瀬は足に絡みつく蛸の足を斬ってもらうと、ハンドサインを送って泉水の救出を優先させた。おそらく魔物は海に出現するというクラーケンだ。ペイルライダーは頷いて海中を進む。


 泉水を捕まえているクラーケンの足まで接近すると手甲剣で切り裂く。

 まだ意識がある。ペイルライダーは泉水を回収すると浮上を開始する。

 だが寸前で逃がすまいと蛸の足が青騎士に絡みついた。ペイルライダーは渾身の力で泉水を投げる。綾瀬と黒須で泉水をキャッチすると海上まで退避する。


「げほっげほっ。助かったよ……もう駄目かと思った……」

「無事で何よりだ。まさかクラーケンが潜んでいたとはな……」


 ちょうど救助に来た遠野のガルーダに泉水を抱えさせた。

 両脇で抱えれば黒須も運べる。黒須はもどかしそうにこう言った。


「力になれなくてすまない。ここは敵のテリトリーだ。気をつけた方がいい」

「私は大丈夫。ペイルライダーもまだ戦ってるし離れられないもの」


 海面に顔を出した蛸の足がガルーダを狙って伸びていく。

 だがガルーダはそれを軽々と回避して砂浜に着地した。

 先に救助されていた真央と雷花が駆けつける。


「泉水くん、大丈夫でしたか? あの蛸の足は邪魔ですね。吹き飛ばしましょう」

「無茶だよ姉貴。拳銃の弾でどうにかできんのかよ。距離も遠いし凄いでかいぞ」


 否定的な雷花の言葉を無視して真央は魔物を召喚する。

 真央は掌を上にすると、魔法陣が浮かんで小悪魔めいた小さな魔物が現れた。

 魔銃に変形する魔物、ザミエルだ。ザミエルは目を細めて雷花を睨みつける。


「おい。さっき俺様をディスっただろ。調子に乗るなよ……!」

「いや悪ぃ。けど事実なんだからしょうがねーじゃん……」


 真央は不敵に微笑んでザミエルを変形させた。

 その姿が銃へと姿を変える。だが拳銃型ではなく。それはもっと長銃身で巨大。

 ザミエルは先端にマズルブレーキがついた対物ライフルへと姿を変えたのだ。


「魔物の能力も日進月歩……魔力を糧とすることで成長するのです。ザミエルはかつてより進化しました」

「今の俺様は拳銃以外にも変形できる。威力だって比べ物にならねぇぜ……!」


 クラーケンの足の一本に狙いを定めると、そのトリガーを引く。

 強い反動と共に、弾は狙い過たずに幹のように太い足を吹き飛ばした。


「おぉ……すげぇ威力だ……進化してる」

「蛸の足は八本でしたね。残り七本です」


 海面から伸びた蛸の足を次々と撃ち落としていく。

 残り二本。その二本はペイルライダーの四肢に絡みついている。

 砂浜にいる敵の迎撃に回すか。それともこのまま目の前の魔物を殺すか。

 クラーケンは判断に逡巡し、その隙が青騎士に好機を与えることになる。


 ペイルライダーは残り二本の足を切断すると、海底に潜む本体に飛びついた。

 手甲剣を振りかぶって突き立てる。サイズが違い過ぎて致命傷にはならない。

 構わず何度も何度も剣で刺した後、背中から魔力を噴出し海上を目指す。

 クラーケンは怒った様子でペイルライダーを追いかけた。


 そして遂にその本体が姿を現す。十メートルは余裕であるだろう。足も含めればもっと大きい。それでもこのサイズのクラーケンはまだ小さい部類に入る。

 だがペイルライダーの目論見は成功した。吹き飛んだ足が海中から見えたのでもしやと思い怒らせてみたのだ。


「神薙さん、やっちゃっていいわ!」


 ペイルライダーの召喚を解除した綾瀬がガルーダに運ばれていく。

 射線に人影はない。真央は銃口をクラーケンへと向けて魔力を充填する。


「良い仕事をしますね。お任せください……!」


 躊躇することなく奥の手である極大収束魔導砲を解き放った。

 その威力はかつてパペットマスターに発射したものの比ではない。

 視界を塗りつぶすほどの光線がクラーケンの頭を一瞬にして消し飛ばした。

 その残骸は光の粒となって消える。


 戦いが終わって被害を確認するが怪我人はゼロだった。

 運がよかったのかクラーケンは一般人を襲わなかったのだ。

 遠野と泉水で他に魔物がいないか調べたが、魔力の反応はなかったので問題なしと判断した。


「でも……嫌な予感がするな。退魔局の若葉ちゃんも魔物に襲われたんだよな」


 帰る時刻になって片付けをしながら遠野がぽつりと言った。


「今日の魔物は……偶然現れたんじゃないんですか?」

「真っ昼間の出現だからな。夜を好む魔物にしちゃ妙な気がするんだ」


 遠野は泉水の問いに答えながらレジャーシートを畳んでいく。

 サングラスの奥の目は真剣そのものだった。


「この一件もアストライアと何か関係があるかもしれねぇ……」


 裏で何かを企んでいる奴がいる。これもトリスタンなる者の仕業なのだろうか。

 夕日に染まる海は幻想的な景色を描き出していた。

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