表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

32話 僕にしかできないこと

 落日山の上空に浮かぶ漆黒の球体は、黒煙を吐いて夜空を染めていく。

 わずかな月明かりさえも遮って大鳳市の空を闇に変える。


 黒煙のような闇に飲み込まれた泉水はしばらく闇の中を漂っていた。

 やがて辿り着いたのが異空間と化していたアビスの内部だ。

 周囲には落日山の樹木といったアビスが飲み込んだものが転がっている。


「死ぬかと思った……今回ばかりは……」

「闇の中でずいぶん叫びながら暴れていたな。完全に錯乱していた」


 脳内にペイルライダーの声が響く。

 まさかアビスの内部が異空間になってるとは思わなかった。

 見れば、至る所から闇が噴出し、少しずつ飲み込んだものを分解しているようだった。


「うわっ、あれに触れ続けるのは駄目なんだ……」

「なるほど……飲み込んだ物質を分解して魔力に変換しているようだな」


 アビスは蛇のような生態をしているらしい。

 まず闇の中に飲み込んで、少しずつ分解し魔力に変える。

 泉水がただちに分解されなかったのもその性質のおかげだろう。

 いわばこの異空間は人間でいうところの『胃』のような場所なのだ。


「さて……泉水、どうやって脱出する?」


 規模が大きすぎて倒すとかそういうスケールの相手ではない。

 球体の単純なサイズだけで言っても数百メートルはあるはずだ。


「いや……まだここに残るよ。アビスを倒さないと」

「……正気か。こいつは闇そのものだ。私では倒せないぞ」


 アビスに飲み込まれる前に試してみたがアビスを構成する闇には実体がない。

 剣で斬ったところで意味がないのだ。どうやって倒せというのか。


「見てよ。封印の設備まで飲み込まれてる。もう再封印もできないよ」


 アビスの内部に浮かぶ、折れた柱と粉砕した円盤を泉水は指した。

 泉水の意見も理解できるがだからといって倒すのは別問題だ。


「君を守るのがさつきとの約束だ。いや……それ以上に君には死んでほしくない」


 もう命懸けの戦闘を潜り抜けた戦友のようなものだ。

 戦いの回数はまだ少ない。日数にすればたった一日。

 だが、ペイルライダーにとってはもう二人目の相棒と呼べる存在になっていた。


「この空間の中に魔力が集まってる場所があるんだ。何かあるかもしれない」


 泉水の魔力探知がおぼろげながらその位置を告げていた。

 もしそれがスライムのような核であるなら今こそ破壊するチャンスだ。


「これは……僕にしかできないことなんだ。だからここに残るよ」


 しばし沈黙して、ペイルライダーは渋々ながら承諾した。

 危険だと判断したらすぐ逃げろと条件をつけて。

 泉水は魔力探知を頼りに魔力が集まる場所を目指した。

 黒煙のような闇には触れないよう、注意を払いつつ慎重に進む。


「……これだ……ここに魔力が集まってるよ」


 魔力が集中する領域。そこには心臓にも似た巨大な何かが脈動していた。

 闇には実体がなかったがこれに関しては実体があるようだ。

 これこそがアビスの『核』で間違いない、とペイルライダーは判断した。


「……貴様……倉橋の末裔か。我を封印したあやつによく似ているわ」


 心臓のような核から声が響いて泉水は身構える。

 声色のおどろおどろしさもそうだが会話能力があることに驚いた。


「ふはは……そう恐れるな。我が一部……カリギュラが世話になったな」


 心臓の一部にカリギュラの顔が浮かぶ。その不気味な光景に泉水はぞっとした。

 するとアビスの笑い声が響く。泉水の反応を面白がっているようだ。


「封印される直前に切り離した分身がこうも活躍するとは思わなかった。おかげで自由を取り戻せたぞ」

「そうはさせないよ……君は僕とペイルライダーが倒す!」

「人間は善にも悪にも揺れやすい。あの零士という少年に感謝せねばな」


 黒須を洗脳し狂わせた元凶もいわばこのアビスだ。

 魔物に何度も襲われたことなんてこの際どうでもいい。

 心の傷ついた人間を操って苦しめたこの魔物を許すわけにはいかない。


「感謝なんていらない。後悔しろ! この『核』を潰してお前は消滅するんだ!」


 泉水が手をかざすと地面に魔法陣が浮かぶ。

 ペイルライダーが召喚され、両腕から手甲剣を伸ばした。


「調子に乗るなよ小僧。ここまでこれたのは運が良かっただけだ……!」


 巨大な心臓が光を発したかと思うと形状を変化させていく。

 芋虫に似た巨大な下半身と、カリギュラのような騎士の上半身を持つ怪物に。

 手には真紅に染まった剣が握られており、戦闘形態となったアビスの核は雄叫びをあげた。


「これが最後の戦いだ……! 泉水、気を抜くなよ!」

「うん!」


 ペイルライダーは突撃していくが、サイズが違い過ぎる。

 巨大な芋虫のような下半身に斬りかかるが肉が分厚すぎて効果が薄い。


「……狙うならやはり上半身か」


 地面を蹴って跳躍し、騎士に似た上半身と剣戟を繰り広げる。

 敵は長剣一本に対してこちらは手甲剣二本。手数では勝っている。

 下から手甲剣を振り上げて敵の長剣を跳ね上げ、がら空きの胴に剣を突き刺す。


「……これは」


 手応えがない。戦闘経験からくる勘が警鐘を鳴らす。この状態はまずい。

 剣を引き抜いた瞬間、騎士の上半身がベアハッグでペイルライダーを拘束する。

 この上半身は本体でなく攻撃ユニットを兼ねた疑似餌でしかなかったのだ。

 芋虫型の下半身から無数の目が開き、黒煙のような闇が放出される。

 闇は泉水を飲み込み分解しようと襲いかかる。


「泉水ーっ!!」


 拘束を解く暇もなく闇が泉水を飲み込んだ。

 ペイルライダーは目を瞑るものの、召喚が解除されないことに気づいた。

 契約者が死亡すれば召喚は強制解除されるはず。泉水はまだ死んでいない。


「今度こそ間に合ったようだね……! ギリギリセーフだよ」


 後ろに視線を移せば冥道とその魔物であるペルセフォネがいた。

 泉水はペルセフォネに抱かれた状態で無事に生きている。

 空間転移で泉水の位置を動かすことで難を逃れたのだ。


 アビスの内部に空間転移するのは冥道にとって難しいことではなかった。

 すべては遠見の水晶でアビスの体内を覗き見し、状況を把握できたおかげだ。

 とはいえ泉水の生存を知って内部へ突入し、間一髪で助けられたのは奇跡という他ない。


「冥道さん、なんでここに……!」

「なに、これくらい当然のことさ。私を誰だと思ってるんだい?」


 軽口を叩いていると再び黒煙の闇が襲いかかってくる。

 ペルセフォネは周囲の空間を捻じ曲げて闇が届かないよう防御する。

 空間を操る冥道の魔物ならばこの程度の攻撃、防ぐのは造作もない。


「よし。防御は私が引き受けよう。君たちは最大の攻撃で奴を倒したまえ」

「最大の攻撃……か。ならばあれしかない。泉水、魔力を私に送ってくれ!」


 敵の上半身を蹴飛ばして拘束を脱出し、ペイルライダーは後退する。

 そして右腕を突き出しつつ、左手で右腕を抑えた。


「……『あれ』で奴を倒す。君も見たことがあるだろう」

「うん、わかった。僕の残った魔力を……全部渡すっ!」


 放つのはペイルライダーの奥の手。『聖天光波剣(せいてんこうはけん)』だ。

 泉水の全身から青白い光、大量の魔力が放出された。

 それは全て余すことなくペイルライダーの右腕に集まっていく。


「何をしようと無駄なことだ、倉橋の末裔よ! そのまま死んでゆけェェェッ!」

「……死ぬのはお前だ。泉水、君の祖先の因縁と共に……全てを切り裂く!!」


 放たれたのは長大にして巨大な光の剣。

 ビームにも似た激しい奔流はアビスの『核』を瞬く間に飲み込んだ。

 その日、大鳳市の人々は目撃した。街の空を覆う闇が光に断ち切られる瞬間を。


「……勝ったんだ。僕たち……」

「間違いなく二人の勝ちだよ。私が保証しよう」


 魔力を一気に消耗した影響でふらつく泉水を、ペルセフォネが支える。

 ペイルライダーは崩壊するアビスを見つめると魔力切れで召喚が解除された。


「さぁ帰ろう。皆が待ってるよ」


 空間転移が発動して一瞬で景色が変わる。気がつけば泉水は冥道邸の庭にいた。

 庭にいるのは遠野、真央、雷花、甲斐、黒須。皆が帰りを待っていたのだ。


「泉水くん……無事でよかった!」


 そして綾瀬も。

 綾瀬はふらついている泉水の胸に飛び込むと思い切り抱擁する。

 魔力を消耗していたので倒れずに受け止められてよかった。

 これですべて終わったのだと、泉水は改めて実感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ