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31話 それでも君は生きろ

 肉体の消滅が止まらない。光の粒となってどんどん消えていく。

 カリギュラは致命傷を負ってしまったのだ。もう助からない。

 だがまだ終わりじゃない。終わりになどさせない。


「俺は死なん……時間は稼げた、これより本体を完全に目覚めさせる!」


 見れば山の各地からはもう黒煙が立ち昇っていない。

 山頂上空には巨大な漆黒の球体が静かに浮かんでいた。

 カリギュラは飛び上がるとその中へ吸い込まれていく。


「どういうことだ……カリギュラ……!?」

「お前との友情ごっこは楽しかったよ、零士。だがもう用済みだ」


 カリギュラは高らかに笑ってアビスの中に溶ける。

 下半身が埋まると上半身もずぶずぶと沈んでいく。


「俺はアビスから分離した存在なんだよ。この封印を解くのが使命だったんだ」

「友情ごっこだと……私はしょせん使い捨ての駒だったということなのか!?」

「そうだよ。お前は本当に役に立った。もう洗脳も解いてやろう。そら!」


 洗脳が解けて黒須は後ろに後ずさりした。バイザーが外れて頭を抑える。

 人間を見限り魔物を信じているという洗脳が消えた今。

 正気を取り戻した黒須の心に重たくのしかかるのは罪の意識だ。


 魔物と手を組み、泉水を襲ったことや、計画を邪魔する退魔師を傷つけたこと。

 無関係な甲斐と雷花にこの計画を加担させてしまったこともそうだ。

 今までの行為を正当化する理由を失った黒須は、耐え難い苦しみを味わう。


「私は……私は何をしていたんだ……?」


 カリギュラがアビスと完全に融合した時、それは目覚めた。

 最後のピースが嵌ったことでアビスは遂に動き出す。

 球体は煙のような真っ暗な闇を落日山に落としはじめた。

 木々や土砂、封印の設備を飲み込んで見境なく吸収していく。


「こ……これが封印されていたアビスの力……!?」


 泉水はその異様な光景をただ不気味に感じていた。

 何もかも飲み込み、あらゆるものを闇に変える。

 もうどうすることもできない。できるのは逃げることだけだ。


「逃げるよ、黒須くん。こっちだ!」


 泉水はふらふらとしている黒須の腕を掴むと、黒須はそれを振り解く。

 そして全てを飲み込む闇の濁流へ向かって歩き始めた。


「ちょっ、なにやってるの!?」


 泉水は黒須を羽交い絞めにしてなんとか水際で食い止めた。

 やぶれかぶれの黒須は腕の中であまりにも激しく抵抗する。


「離してくれ、君には関係ないだろう!」

「あるよ、まさか自殺しようってんじゃないだろうね!」

「もうそれしかない。魔物に魅入られたなんて生き恥でしか……!」


 口論していると頭上からアビスの一部が降ってきた。

 煙にも似た闇の塊だ。泉水は黒須を突き飛ばして、なんとか逃がす。

 だが泉水はそれを避け切れなかった。半身が闇に飲み込まれる。

 黒須は反射的に手を伸ばすが、虚しくも空を掴むばかりで届かない。


「泉水っ! 今助ける……!」


 ペイルライダーがやって来て闇を切り裂くが効果がない。

 闇には実体がないのだ。実体がないものは斬れない。


「君は何も悪くないよ。罪の意識なんて感じなくていいんだ……」

「だが私は……操られていたじゃ済まされないことをした……!」

「それでも君は生きろ! 君を大切に思っている人もいるよ……!」


 煙のような闇へ完全に飲み込まれると、泉水は消えた。

 同時にペイルライダーも姿を消す。召喚が強制解除されたのだ。


「なぜ……なぜ私なんかを助けたんだ……!」


 伸ばした手を握り拳に変えて、黒須は地面を殴りつけた。

 魔物に操られた愚かな道化を生かしたところで価値なんてないのに。


「零士……お前……正気に戻ったんだな……」


 黒須は思わず振り返る。それは甲斐の声だった。

 魔力を著しく失って気絶していたが、目を覚ましたらしい。


「ああ……最悪の気分だ。なぜ私を殺してでも止めなかった」


 そう言ってうなだれる黒須に、甲斐は何も言えなかった。

 闇は少しずつ山頂に広がっていく。早く山を降りなければならない。

 だが、黒須はまるで死を選ぶかのように動かなかった。


「……やれやれ。君たちは本当に困った子だな……」


 その少女は、いつの間にかそこにいた。

 薄紫色の髪を腰まで伸ばした、陶器人形のように美しい顔立ちだった。

 ゴスロリ服を着ており夜なのになぜか日傘を差している。


「あの……あなたは? いつの間に……?」


 黒須は何も言わなかったので、甲斐が仕方なく聞いた。

 気絶している間にやってきたのだろうか。まるで分からない。


「ああ。この傘かい。これは試作品の魔導具でね。こうやって回すと……」


 そして聞いてもいないのに日傘について説明をしはじめた。

 なんと、傘をくるくる回すと上から降ってくる闇を弾き飛ばしたではないか。


「なんと結界札と同じ効果が発動する。中々面白い機能だろう」

「は、はぁ……できるなら質問に答えてほしいんだが」


 年端もいかない少女だが、貫禄は自分たちを遥かに超えている。

 肝が据わっているというか、この状況下でも一切動じていない。


「申し遅れたね。私は冥道くららだよ。泉水くんを助けにきたのだけれどね……」


 黒須は冥道を睨みつけた。まるで自分を責めろと言わんばかりに。

 だがそんな視線も無視して、冥道は話を続ける。


「ともかく今は逃げよう。ペルセフォネ、空間転移だ」


 冥道はドレスを纏った細身の魔物を召喚する。

 そして、黒須と甲斐の景色は一瞬にして変わった。

 どこかの洋館の庭らしい。そこは冥道の自宅だった。


「師匠……泉水くんは……!?」

「すまない……急いだが手遅れだったようだ」


 黒須は目を疑った。駆けつけてきたのはなんと遠野だ。

 自分とカリギュラが殺したはずの男は五体満足で生きていた。

 それも大した怪我もない様子で。


「あ……あなたは遠野……さん。なぜ生きて……?」

「……どうやら正気に戻ったようだな。まぁ細かいことは気にするなよ」


 黒須の肩をぽん、と叩いて遠野は言った。

 次に真央と雷花まで駆け寄ってくる。


「遠野さん……泉水くんはいますよね……!?」

「いや……駄目だったみたいだ……」


 遠野は顔を横に振った。真央の表情が途端に曇る。

 こんな状況ありえない、と黒須は思った。

 冥道は本来ならまだ魔力消費の疲労で動けない身体のはずなのだ。


「不思議なようだね、黒須くん。でも簡単な話だよ。手配していた『これ』が届いたのさ」


 冥道は小さな小箱を取り出して黒須に見せた。

 中に入っていたのは緑色に光る石だ。魔導具、治癒石。

 消費した魔力量に応じて疲れや傷を癒す、今や製法の失われた貴重品である。


 ということは。黒須は庭を見渡す。

 庭の端で、落日山が闇に飲み込まれていく光景をただ眺める少女がいた。

 濃紺のセーラー服にショートカットの銀髪で、表情は憂いを帯びている。

 その少女は黒須が最初に傷つけてしまった人間だった。


「泉水くんは生きてるわ。きっと……今もあの中にいる」


 綾瀬は確信をこめて皆にそう言った。

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