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27話 黒須vs遠野

 遠野は飛んでいた。ガルーダに抱えられ、山頂を目指して上昇を続ける。

 だがまたもや真っ暗に渦巻く空間から黒須が現れて道を阻んだ。


「これ以上は近寄らせない。私と戦え、遠野正太郎」


 黒須は手をかざして魔法陣を地面に浮かべる。

 巨大な右腕を持つ魔物、アークトロールが出現した。


「へっ……俺も有名になったもんだ。しょうがねぇなぁ……!」


 ガルーダと共に黒須の眼前に降り立つ。

 空間転移のような真似ができる以上、ここで戦うしかない。


「聞きたいんだが、黒須零士で合ってるんだよな。泉水くんは生きてるのか?」


 顔はバイザーで隠されている。だがこの際正体なんてどうでもいい。

 重要なのは泉水の安否だけだ。まさか殺されているとは思いたくない。


「彼は生きている。余計な真似をしていなければな……封印を解くのに成功した以上、もう顔を隠す必要もない。たしかに私は黒須零士だ」


 遠野は心の中で泉水が生きていることに心底安堵する。

 真央と同じで最悪の可能性がどうしても頭から離れなかった。

 そして自身の正体を明かした黒須は突然拍手をはじめる。


「君たちを評価する。この計画は私一人で実行する予定だった。だが結果としてここまで邪魔がはいり……甲斐や雷花をも巻き込んでしまった」

「そりゃどうも。人間を見限っているわりにはえらく仲間想いじゃねぇか。泉水くんを殺さなかったのもその寛容な精神の賜物ってわけかよ」


 バイザーで表情は読み取りにくいが、どこか動揺しているような気がする。

 封印を解こうとする黒須にとって泉水を殺さないメリットはない。

 殺人への抵抗感以外には。彼は超えてはならない一線で踏みとどまっているとも言えるだろう。


「……甘さがあるのは否定しない。だが私はやはり人間など見限っている!」


 アークトロールが雄叫びを上げると巨大な右腕を地面に叩きつける。

 衝撃波が地面を走り一直線に進んでくる。これは一度見た攻撃だ。

 遠野は横っ飛びで退避しつつ、ガルーダもまた空を飛んで衝撃波を避ける。


「しょうがねぇ、つきあってやるよ!」


 肉薄するガルーダがアークトロールの左側からハイキックを放つ。

 速すぎて防御も間に合わない。スピードを乗せて側頭部を蹴り抜いた。

 呻き声を漏らしてよろめく。続けざまに首を掴んで顔面へ飛び膝蹴り。


「ガルーダ、一気に畳みかけろ!!」


 アークトロール最大の長所はその肥大化した右腕である。

 その巨腕から繰り出される拳は一撃必殺の威力を秘めている。

 逆を言ってしまえば、右腕の攻撃さえ警戒しておけば何も怖くない。


「長所が分かりやすくて助かるぜ。左から狙ってくださいってことだろ」


 それが遠野の対アークトロールの答え。

 徹底的に右腕による攻撃をさせなければいいのだ。

 ガルーダはローキックを連打して着実にダメージを蓄積させていく。

 敵の攻撃は遅い。ガルーダのスピードなら余裕で全部避けられる。


「アークトロール、『極震(きょくしん)』だ」


 黒須の指示に従い、アークトロールは右腕で地面を思い切り叩いた。

 周囲一帯に局地的な地震が生じて遠野はバランスを崩しかける。

 動きを封じにきたのだ。しかしガルーダは空を飛ぶことができる。

 翼を羽ばたかせて後方へ退避する。


「逃がすな、捕まえろ……!」


 黒須の声と共に右腕を伸ばす。

 寸前で掴み損ねて、ガルーダは紙一重で避けたかに見えた。

 瞬間、右腕が変形してリーチが伸び、その身体を掴み取る。

 とてつもない握力でガルーダを圧殺せんと力を込める。


「かかったな。射程圏内だ」


 指をパチン、と鳴らして遠野が不敵に笑った。

 ガルーダのくちばしが開くと口部に魔力が充填されていく。

 ――短射程魔導砲。ガルーダが隠し持っている技のひとつだ。


 放たれた必殺の光線は、しかしアークトロールに当たらない。

 足下に魔法陣が浮かんでその姿が消失する。召喚を解除したのだ。

 魔導砲はそのまま斜め下に直進して、地面を焼くにとどまった。


「……アークトロールでは相手にならないか」

「器用なもんだな。召喚解除を回避に使う奴なんて早々いないぜ」


 黒須は感嘆しているようだった。遠野とガルーダの実力に。 

 その実力は練り上げられている。間違いなく強い退魔師と言っていい。

 魔物を再度召喚しようと黒須が手をかざすが、遠野はそれを制止した。


「もうやめにしねぇか。まだ何か『切り札』を隠してるみたいだけどよ」


 おまけに勘も鋭い。なるほど、やはり冥道くららの弟子は侮れない。

 だから綾瀬さつきも確実に消耗させてから倒したのだ。

 アークトロールのおかげで遠野の手の内はおおよそ分かった。


「お前は許されないことをした。でもまだ戻れないわけじゃない。今なら退魔師の資格を剥奪されるだけで済む」


 黒須は思わず笑ってしまった。戻る気なんて最初からない。

 だがサングラスからうっすら見える遠野の眼差しは真剣そのものだった。


「いや……笑ってすまない。だが今更そんな気は微塵も起きなくてな」

「真央ちゃんから聞いたよ。お前は孤独だったんだよな」


 黒須は黙り込んだ。遠野はその苦しみを十全に理解することはできない。

 人は誰だって大なり小なり心に傷を背負って生きている。

 普通ならそれでも耐えて現実と向き合うものだが、そうじゃない人もいる。

 黒須は心が弱った隙をつけこまれて魔物に魅入られてしまったのだろう。


「お前は苦しかった。耐えられなかった。それは分かるよ。でも今回ばかりは……引き返しちゃくれねぇか?」


 黒須は何も言わなかった。この言葉が届いているのかどうか分からない。

 だが、遠野は言わずにはいられない。もう罪を重ねる必要なんてないんだと。


「お前は十分に辛い思いした。これからは優しさに触れて生きていくんだ。俺が、師匠が、仲間の皆が。黒須、お前を支える。支えてみせる」


 ゆっくりと遠野は手を差し伸べる。

 もっと早くに彼と出会っていれば何か違ったかもしれない。

 だがもう遅かったのだ。黒須の目はどこまでも闇を見つめていた。

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