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26話 その銃弾は天を衝く

 パペットマスターは周囲の木々へと赤い糸を伸ばしてくっつける。

 音を立てて巨木が動き出し、それを投げ飛ばした。


「ヤァハァァァァッ! その気になればこういう操り方もできるのサァァァ!!」


 純粋な質量攻撃。木自体が大きいので避け切れない。

 結界札を二枚地面に貼りつけて壁を作り出す。これで防ぐしかない。


「キミは雷花ちゃんを分かってない! 何も分かってないヨ! 雷花ちゃんはその瞬間が面白ければいいのサ! 後のことなんて関係ないんだヨ!」


 投擲された巨木は壁に阻まれ、なんとか防ぎ切る。

 やがて結界は効力を失って消滅する。


「だから倫理に外れたことも簡単にできる。けれどボクはそういう雷花ちゃんが好きだヨ! フフフッ!」

「そういうことだよ。姉貴は違うんだろうな……神薙家の再興が大事なんだろ。くだらない、くだらないね」


 あれだけ派手に魔力を消費して雷花は疲れた様子も見せない。

 真央はボロボロなのに汗ひとつかいていなかった。


「そんなもんを頑張るなんて時間の無駄なんだよ! 私は努力が嫌いだ! できることだけやりゃあいいだろ!」


 巨木の投擲では倒せないと判断して、パペットマスターは次なる攻撃に移る。

 背中から赤い糸が伸びると自身の身体の各部に接続されていく。

 外側から自分を操ることで、強制的に身体能力を向上させる奥の手だ。


「もっとも……私はなんでもできるけどな。姉貴みたいに努力する必要もない」

「……そうですか」


 真央は肉薄するパペットマスターの攻撃をかろうじて(かわ)す。

 振り下ろされた拳は地面を砕く。当たれば死んでもおかしくない。


「ヒィィヤハァァァァァッ!!!! こういうのはシュミじゃないけど、たまにはいいネ! 自分で敵をブチのめすのは爽快だヨ!!」


 連続で拳を振り回す。パワーもスピードも凄まじいが、まるで素人だ。

 真央と契約している魔物、ザミエルは拳銃に変形できる小型の魔物である。

 そのため他の魔物のように退魔師を守るという行為ができない。

 真央はこの暴力の嵐を、自力で潜り抜ける必要がある。


「……雷花、私とあなたはどこまでも対極ですね。私は、努力には価値があると思ってます」


 だから真央は避ける訓練を怠ったことがない。

 致命傷だけは受けないよう、徹底して自分を磨いている。

 パペットマスターの拳をスウェーで避けて、腹に拳銃をあてがう。


「エ?」


 そして零距離射撃。魔力の弾丸を六発、全弾ぶちこんだ。

 光の粒を漏らしながら後ろに倒れて、でかい声で悲鳴をあげる。


「アァァァァァッ!!? 痛い……痛いヨ!! 雷花ちゃぁぁぁぁぁん!!」


 地面をのたうち回るパペットマスターを見て、ザミエルは呆れ果てた。


「調子に乗りすぎなんだよ。お前は正面切って戦うタイプじゃねーだろ」


 魔力を充填(リロード)する。そしてパペットマスターへ二発撃つ。

 道化の人形遣いは呻き声を上げながら倒れたままだ。

 雷花は仕方なく結界札を投げて、全方位をガードする。


「努力して夢を追うのは素晴らしいことです。夢は必ず実るとは限りませんが」


 結界は簡単に破れて、さらに四発の弾丸を撃ちこんだ。

 パペットマスターの身体を貫き、悲鳴が響く。

 あれだけ撃たれてまだ生きている。しぶとさだけは一級品だ。


「私には夢がある……それは神薙家を再興させること。再興すれば私たちの暮らしは豊かになります。私は家族を幸せにしたい」

「……くだらないね。金のために退魔師やってるってことかよ?」


 精一杯否定してもなお、真央の言葉は止まらない。


「……その家族の中には、雷花。あなたも含まれてるんですよ」


 雷花は口を開けて、放心しかけた。

 手に持っていた結界札が地面に落ちて、風で吹き飛ばされていく。

 あれだけ嫌いだと否定したのに、なぜそんなことを臆面もなく言える。


「……嘘だろ。でも私は……姉貴だって私のこと、嫌いなんだろ!?」

「私は正義感で退魔師をやっているわけではありません。他人に優しさを分けられるほどの余裕もない」


 危険な魔物と戦うのは、大切な家族のためだ。

 この道を歩むことが家族のために繋がると信じて命を懸けてきた。


「私の干渉が嫌だったのなら謝罪します。ごめんなさい……」

「……そ、そんなこと今更言ったって……信じねーからな。絶対嘘だ。私を動揺させるつもりだろ!」

「家に帰りましょう。皆が心配しています。雷花の帰りを待ってるんですよ」


 雷花の胸中に迷いが生じた。黒須には仲間に入れてもらった恩がある。

 両親との喧嘩が原因で家出して、行き場がなかった自分に居場所をくれた。

 もう家には帰れないと勝手に思っていた。両親にも姉にも嫌われていると。


 だから黒須に協力した。せいぜい両親や姉が困ればいいと思った。

 なんか面白そうだった、という理由も本当は神薙家の名に傷がつくからだ。

 魔力は練れたので、黒須から魔呼びの術を教えてもらい、パペットマスターと契約した。


「……本当に家に帰って……いいのかよ」

「あなたがどれだけ道を踏み外しても、私たちはあなたを受け入れます」

「……あるのかよ。そんな都合のいい話が……」

「あなたは大切な家族です。必要なら一緒にその罪を背負いましょう」


 長い沈黙が続く。やがて雷花は小さい声で呟いた。


「……わかったよ」


 真央はその言葉を聞き逃さなかった。

 無表情だった彼女の顔は思わず綻んだ。


「……本当に? 本当なんですね?」

「……もうやめるよ。こんなことは。私だって本当は……」


 優しくされたかった。受け入れてほしかった。雷花の本心はそれだけだった。

 自分の罪を一緒に背負うとまで言われたら、もう悪いことなんてできない。


 真央は遠野には私情を挟まないと言ったが、結果的に嘘をついたことになる。

 大切な妹を撃つなんてどれだけ心を凍らせても真央にはできない。

 だから今まで一度も雷花本人に銃口を向けたりしなかった。


「駄目だヨ……何やってんだヨ! ボクは仲良しゴッコが見たいわけじゃない!」


 よろよろと立ち上がったパペットマスターが怒声を飛ばす。

 雷花も見たことがない怒りの形相で。その本性が露になる。


「ボクは悪い子の雷花ちゃんがスキなの! だんだん闇に堕ちていくのが見ていて楽しいんだヨ!」

「なに言ってんだよ太っちょ……お前、そんなこと考えてたのか……?」

「花を咲かせる前の可憐な女の子がボク色に染まるのが良いのに……それを台無しにしやがった、このクソアマァ!!」


 パペットマスターは手から赤い糸を伸ばし、雷花の身体に繋げる。

 糸で雷花の身体を操り、自らの前に立たせる。人質だ。


「なっ……なにすんだよパペットマスター!?」

「その銃で自害しろ! さもなきゃ雷花ちゃんを殺すヨ!!」


 パペットマスターは常々、人間の精神を闇に堕としたいと思っていた。

 肉体を操ることは簡単にできる。だが心を操ることは彼の能力ではできない。

 自分色に染まった完璧な人形が欲しかった。黒須を洗脳したあいつのように。

 雷花の契約に応じたのも、ゆくゆくは彼女を洗脳するためだった。


「ボクはどっちでもいいヨ……手に入らない人形に興味なんてないヨ。フフフッ!」

「この野郎……姉貴、気にするな。召喚を解除すればそれで済む話だから……!」

「そのままで構いません、雷花。この魔物とは今、決着をつけます」


 召喚を解除するのは容易い。だが、契約の解除には両者の合意が必要だ。

 素直にこの後、契約を解除するかどうか。どんな嫌がらせをするか分からない。

 だからパペットマスターはここで倒す。真央は銃口を真上へと向けた。


「『あれ』を使うんだな……分かったぜ、真央」


 ザミエルはその意図を察した。

 真央の身体が青白い光を放つと魔銃に充填されていく。

 人質がいれば自分を撃てないはずだと、パペットマスターは高を括っていた。


「余計な真似をするなヨ! ボクの言うことが聞こえなかったのカナ!!?」


 次の瞬間、光の奔流が空へと昇っていった。それはザミエルの奥の手。

 魔力の光線をぶつける収束魔導砲だ。雷花にはそれが光の矢のように見えた。


「ハァァ~ハハハッ! 何がしたかったんだイ!? ただの無駄撃ちジャン!」


 パペットマスターの哄笑がどこまでも響く。そして直後。

 空から降ってきた光の矢がパペットマスターを脳天から貫いた。


「アァァァァッ!!!? そんな馬鹿なァァァァァァ……!!」


 響くのは道化の断末魔。

 収束魔導砲の光に飲まれて消滅し、雷花に繋がれた赤い糸が千切れていく。

 拳銃形態から小悪魔姿に戻ってザミエルが独白する。


「……弾道は俺様の意思で自由に操れんだよ。まだ分かってなかったのか?」


 魔力を消耗した影響でふらつく真央。すると雷花が走ってきて支える。

 そうしてあることを思い出して雷花は頬を掻いた。

 何でもできる雷花だが、なぜか姉に勝てたことはほとんど無いと。


「……どうしたんですか、雷花?」

「……別に。零士を止めるんだろ。早く行くぞ」


 足取りの覚束ない真央を支えながら雷花は歩き出した。

 山頂に登るまで時間がかかる。果たして間に合うかは分からないが。

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