25話 凍てつく心
落日山のふもとに到着した真央と遠野は立ち昇る黒煙を見て事態を察した。
封じられていた魔物が解き放たれたに違いない。最早状況は一刻を争う。
「まずいですね……どうしますか?」
「泉水くんを助けてもう一度封印しよう。倒せるか分からんからな」
簡単に倒せるような魔物ならそもそも封印などしない。
それにクラミツハは積極的に泉水を殺そうとしなかった。
封印の鍵である泉水さえ生きていれば再び封印できるはずだ。
「泉水くんは……きっと生きてますよね……」
だとしても、万が一の可能性が真央の頭をよぎる。
悔やんでも悔やみきれない。全ては自分が守りきれなかったせいだ。
しかも敵の一人は妹だ。道中で遠野にも話したが、何ともいえない反応だった。
「真央ちゃん、一応確認していいか」
「……何でしょうか?」
遠野にとって必要な確認事項だった。これから先、何が起こるか分からない。
その可能性がある以上は覚悟しなければならないことがある。
「敵の中に妹さんがいるんだろ。もしもの時、戦えるのか?」
退魔師として第一の仕事は魔物の再封印。次にそれを妨害する敵の排除だ。
クラミツハもすでにこちらに気づいているはず。戦いは避けられない。
気がかりなのはその時、真央に妹と戦う覚悟があるのかどうかだ。
「……雷花はしばらく前に家出して、ずっと行方不明でした」
門限を守らない、中学校は勝手にサボる、喧嘩も頻繁にする。
幼い頃からずっと問題児で家族とも仲が悪かった。
真央も口を酸っぱくして注意していたが、言うことを一切きかない。
「まさかこんなことに加担しているとは思いませんでしたが……」
厄介なのは雷花に退魔師としての才能があることだ。
真央でも数年かかった魔力を練る特訓も雷花は一年でマスターした。
「……仕事であるからには切り替えます。私情は挟みません」
感情が急速に静まっていくのを真央は感じた。
何があろうと冷徹に対処できる。引き金をひく指は鈍らない。
「……分かった。変なことを聞いて悪かったよ。急ごうぜ!」
「いえ。こうなったのも私が原因です。決着をつけに行きましょう……!」
そうして二人は山を登り始めた。遠野のガルーダに抱えてもらって飛べば速い。
山の中腹にさしかかったあたりで真っ暗に渦巻く空間が出現した。
「……待て。ここから先は通さん」
バイザーで顔を隠し黒いマントを纏った少年。黒須だ。
そしてもう一人が姿を現す。真央の妹、雷花である。
「遠野さん、私が足止めします! 先に行ってください!」
「……わかった! すまねぇけど頼む!」
ガルーダが真央を離すと、地面に着地して魔銃を構え発砲。
黒須に向かって飛ぶ魔力の弾丸を防いだのは雷花が投げつけた結界札だ。
「零士、こっちは任せなよ。あの遠野って人を倒すんだろ」
「……助かる。ではこの退魔師の相手は任せたぞ」
真央はまた黒須を撃った。弾道は軌道を変えて今度は全方位から襲う。
凍てついた心はどんな容赦もしない。冷徹に敵を狙い撃つ。
「おおっと。容赦ねぇなぁ、姉貴は怖いわほんと」
雷花はあらかじめ結界札を貼っていた。黒須の足元三か所にだ。
札を線で結べば三角となるように。それは三角柱の結界となって黒須を守る。
弾丸が結界に罅を入れた。直後、黒須は真っ暗に渦巻く空間の中へ消える。
「しまった……逃がしましたか……!」
「残念だけど姉貴の相手は私だよー。この勝負にはつき合ってもらう」
雷花が手をかざすと地面に青白く光る魔法陣が現れた。
道化の人形遣い、パペットマスターが召喚される。
「ヒィィィィヤァァハァァァッ! 戦いのはじまりだヨ~ッ!!」
「タイマンの時間だ。姉貴、私はずっとあんたが嫌いだったんだよ」
真央は銃口を魔物に向ける。パペットマスターは人間を操る魔物。
手駒のいない山中ではその能力も十全に発揮できないはずだ。
「私のやることなすことに文句つけてよぉ……あんたも私のことが嫌いだったんだろ? ちょうどいい機会じゃねーか」
それに対する真央の返事は弾丸だった。
激しい発砲音とともに魔力で構築された殺意の塊がパペットマスターを襲う。
雷花は三角になるよう地面に結界札を貼る。しかも三枚ずつ重ねて、合計九枚。
形成されたのは三角柱の強固な三重結界だ。魔力の弾丸はすべて弾かれる。
「黙ってんじゃねーぞ、根暗女がっ! なんか言えよ……!」
「そうだヨそうだヨ。そんな攻撃きかないヨ~ッ!」
真央は無表情のまま雷花を見つめる。そして口を開いた。
「あなたはいつも『悪いこと』をしますね。子どもの頃から理由もなく喧嘩を売ったり、悪戯をしたり、嫌がらせも好きでした。だから素行はかなり悪いと思っていましたよ。ですがこの戦いに何か関係ありますか?」
もっと言えば、真央は肩身が狭かった。
雷花が問題を起こすたびに周囲から少なからず白い目で見られた。
嫌でないかと言えば嘘になる。神薙家の評判を悪くするのはやめてほしかった。
「それとも……今回すらあなたにとっては喧嘩や悪戯と変わりませんか?」
「うるせぇな……! 私に干渉するんじゃねぇって、そういう話をしてんだよ!」
魔力の弾丸を連射する。弾丸二発につき一重ずつ、確実に結界を砕いていく。
結界を全て割ったところで魔力の充填に迫られた。連射は六発までが限界。
その後は魔力をチャージする隙が生じる。
「今度はこっちの番だヨ! どうせボクを遠隔操作だけが取り柄の雑魚だと思ってるデショ!」
「ええ。思ってますが何か」
「フッ、フフフッ……はっきり言われるとムカつくネ! こいつで驚けッ!!」
パペットマスターが手から大量の赤い糸を伸ばす。
それは触手のようにうねり、真央へと接近する。
「残念ですが私にも結界札はあります」
真央は空中に結界札を投げつけ、前方に見えない障壁を生み出す。
そのとき、パペットマスターが邪悪な笑みを浮かべた。
赤い糸は壁を避けてまるで生き物のように左右から迫ってくる。
「ヒャァハァァァッ! その防ぎ方はミステイクだよォォォォンッ!」
逃げ場は後ろしかない。バックステップで距離を取るが、逃げ切れない。
魔銃を持っている右腕に赤い糸がくっつくと腕が変な方向に捩じれた。
ばきっと音がして、肩と肘の関節が外れる。
「くっ……」
顔が苦悶に歪み、即座に魔銃を左手に持ち替える。
糸で繋げたものを操る能力。つまり対象を壊すような操り方もできるわけだ。
そして糸自体も変幻自在。さっきは結界を全方位に展開するのが正解だった。
だが充填は完了している。片腕も残ってる。戦いはまだ――これからだ。




