23話 蜃気楼の龍神
ダメージを負ったアルカンシェルにペイルライダーの追撃が容赦なく迫る。
手甲剣を真一文字に振るうが、間一髪のところを幻で姿を隠して回避する。
「幻は通じないか。仕方ないな……龍神形態で一気に片付けるぞ」
後退したアルカンシェルが姿を現し、静かに頷いた。
すると甲斐の身体から青白い光が放出されてアルカンシェルに集まっていく。
「な……何が起きてるんだ……!?」
「俺の魔物は真の姿を隠してるんだよ。力をセーブするためにな」
アルカンシェルが光に包まれたかと思うと、どんどん光は膨張する。
光が形を変えていく。長いとぐろ、鋭い爪と牙、角に爬虫類を思わせる顔。
「見るがいい。これがアルカンシェルの真の姿だ……!」
宙に浮かぶのは一体の巨大な龍。泉水はその威容に圧倒された。
身体の各部にある穴から霧を噴出させながら、口から炎の吐息を漏らす。
中国や日本の伝承に龍とも巨大なハマグリともされる『蜃』という存在がいる。
蜃は自在に蜃気楼を生み出すというがアルカンシェルはまさにそれだ。
「泉水……私から離れるな。さっきとは魔力のケタが違う……!」
しだいに霧が濃くなって、瞬く間に周りが見えない状態になった。
泉水は魔力を探知する力でなんとか全員の位置を捕捉できる。
だがペイルライダーは泉水から離れたら自分の現在位置すら分からない。
「泉水、敵の位置は分かるか……? おおよそでいい」
「左から迫ってきてる……! どんな攻撃かは分からないけれど……」
「……十分だ。対処するのが私の役目だ」
そうして左から来る攻撃に備える。泉水は結界札などで自分の身を守れない。
なので彼を守るためペイルライダー自身が盾となるしかなかった。
「ぐっ!?」
太い尻尾が鞭のようにしなってペイルライダーを襲う。
強い衝撃が走った。深く腰を落とし両腕で頭を守りつつ防御する。
まだなんとか耐えられる。
「ま……まだだっ! 今度は全方位から気配を感じる……!!」
どんな攻撃が来るか、経験に裏打ちされた予測がペイルライダーを動かす。
泉水の胸倉を掴んで放り投げた。泉水はなんとか受け身を取ったので大した怪我はない。
「ペイルライダーッ!!」
濃霧の中でうっすら見えたのは巨大な龍が青騎士に絡みつく瞬間だった。
長い胴で絞め殺す気なのだろう。すかさず手甲剣を鱗に突き立てる。
「くっ……! 硬すぎる……!」
勢いよく突き立てた刀身は綺麗に折れた。龍の鱗は非常に強固だ。
万力のように絞めつける力が強くなっていく。鎧に罅が入る。
泉水は戦闘の激しさに思考停止しかけたが、頭を振って考えを巡らせる。
「何か……何か僕にできることは……!」
甲斐は力をセーブするため龍の姿を隠していたと言った。それは何故だ。
何か理由があるはずだ。たとえば魔力の消耗を避けるためとか。
ならばこの状態で戦い続けるのは負担が大きいのかも知れない。
「綾瀬さんなら……きっと何か打開策を見つけたはず……!」
かつて、綾瀬とペイルライダーがプラチナスライムを倒したことを思い出す。
魔力を消耗した綾瀬は疲れ、その後の戦いでペイルライダーも弱体化していた。
甲斐に魔力をたくさん使わせることで敵を弱体化させられないだろうか。
「魔力切れさせるしかない……! まずはペイルライダーを助けないと!」
そう決めたら泉水はアルカンシェル目掛けて走っていた。
「泉水……!? 何をしている……!」
「こっちだアルカンシェル! 僕を狙ってみろ!」
ジャンプしながら自己主張すると、龍は鬱陶しそうに尻尾で追い払う。
泉水は全速力で後ろへ逃げた。地面に尻尾を叩きつけた風圧で威力を察する。
まともに食らったら死んでいただろう。
「馬鹿な真似を……! 私を助けるためか……!?」
臆病だとは思っていたが、こんな危なっかしい奴だとは知らなかった。
人を心配させるのが上手い少年だ。ペイルライダーは魔力の温存をやめた。
渾身の力で隙間をこじ開けて絞めつけから脱出。泉水を連れて後退する。
「自分のできることをやればいいと言ったが……さっきのは自殺行為だぞ」
「脱出できたんだね……! よかった……!」
心から安堵する泉水を見て、ペイルライダーは話す。
「私の残り魔力をすべて使えば勝てなくはない相手だ。どうする?」
「あの……その、作戦なんだけど……」
戦闘に熟練した魔物に、素人の考えを伝えるのは妙に緊張した。
「敵の魔力切れを狙うのはどうかな……駄目かな?」
「……今回はその作戦で問題ないだろう。私も死にたくはないからな」
もう片方の手甲剣を伸ばしつつ、泉水に確認する。
「泉水。魔力切れさせるとして、私はどうすればいい?」
「なるべく大技を連発させるのがいいと思う……たぶん……!」
「ならいい方法がある。龍の喉元に一枚だけ逆さに生える鱗は知っているか?」
それは聞いたことがある。いわゆる逆鱗というやつだ。
触ると龍は触れたものを殺すほど怒るという。比喩表現にもなっているあれだ。
泉水はおそるおそる自分の認識に誤りがないか確認する。
「それって……逆鱗のことだよね?」
「ああ。ドラゴン型の魔物にはこの逆鱗があってな。触れると非常に怒る!」
濃霧の中で影だけを映すアルカンシェルに突っ込んでいく。
そして逆鱗を手甲剣で斬りつける。刃は弾かれて傷つけるには至らない。
「グオオオオォォォォォッ!!!!!」
だがペイルライダーの意図どおり、怒らせることには成功した。
濃霧の中から雷鳴のような龍の叫び声が響く。
風圧が生じて泉水は嵐の中にいるかのように錯覚した。
「なんだ……どうしたアルカンシェル?」
急に激昂した自分の魔物は、しかし答えずに魔力のかぎり暴れはじめた。
口から高熱の火炎を吐き、身体の各部から追尾する光線を放つ。
龍神形態に弱点はない。しいて言えば幻を見せる能力を使えないことぐらいだ。
甲斐にもっと魔力があれば使えるのだが、それを補うほどの戦闘能力がある。敵などいない。
「あ、あぶない……これ大丈夫かなペイルライダー……!」
「集中するんだ泉水。攻撃の回避は君だけが頼りだ」
今の泉水は魔力を探知できる。攻撃の種類はともかくタイミングが分かるのだ。
つまり先読みの回避が可能。ペイルライダーと共に濃霧の中を動き回る。
「良い調子だ。もっと怒るがいい……!」
追尾する光線を手甲剣で弾き返しつつ、機敏に動いて狙いを定めさせない。
結果、大雑把に大規模な攻撃を放ち続ける。残りの魔力量など考えずに。
「や、やめろアルカンシェル……! そろそろ俺の魔力が……!」
目減りする魔力に気づいて、甲斐はアルカンシェルを止めようとする。
だが怒りで我を失っていて言うことをきかない。甲斐は急速に魔力が減少した影響で疲労を覚え、眩暈がした。膝をつき、呼吸も荒い。
「判断が甘かったな。戦局を読んで供給する魔力量を調整するのは基本だ」
だが甲斐はその調整を怠って魔物が望むまま魔力を供給してしまった。
契約者の魔力供給が途絶え、アルカンシェルは力なく地面に倒れる。
真の姿を隠すのには理由がある。龍神形態は燃費がとても悪いのだ。
後先考えずに暴れたおかげで自身の魔力すらほとんど残っていなかった。
「魔力が減れば魔物は弱体化し、すべて失えば……死ぬしかない」
ペイルライダーが独白する。
このままだとアルカンシェルが死ぬ。甲斐は召喚を解除するしかなかった。
濃霧が晴れていく。甲斐の前には泉水とペイルライダーが立っていた。




