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21話 解かれた封印

 ペイルライダーは話を打ち切るために無言になる。

 だが泉水はその話に興味を持った。身体が起きるまで時間もある。


「なんで綾瀬さんの頼みを断れないの? 何か事情でも……?」

「……私はかつて、さつきに命を救われた。彼女の頼みを無下にはできない」

「……何があったの? いや……ごめん。話したくないならいいんだ」


 しばらく沈黙があって、やがてペイルライダーの声が響いてきた。


「魔物には少なからず殺戮衝動がある。それは大抵人に向けられる……」

「快楽目的で……魔物は人を襲うんだよね。綾瀬さんが言ってたよ」

「そうだ。だが中にはその衝動を嫌悪する者もいる……私がそうだった」


 ペイルライダーは内に眠る恐ろしい衝動を嫌い、今の魔物の在り方を嫌った。

 時空の歪みを通じて偶発的に人間の世界に来た彼は人間を殺さなかった。

 その殺戮衝動は、全て同じ魔物に向けられていたのだ。


「この世界へ来た私は人間を殺さず、魔物を殺した。数えきれないほどな。だがあるとき強い魔物とやり合って……負けた」


 瀕死の重傷を負った彼は路地裏で息絶えようとしていた。

 身体が光の粒となって消えていく。人間の世界に来た魔物は皆そうして死ぬ。

 魔物は本来、意識だけの存在で肉体をもたない。物質世界たる人間の世界へ来ることではじめて肉体を得る。


 そしてその身体は魔力を素に構築されるのだ。

 元の世界では空間に魔力が満ちており、魔力ある限り半永久的に生きていける。

 だが物質世界に来ると必ず肉体を得るので『死』の可能性がある。


 それでもなお物質世界に来る理由。魔物たちの世界には娯楽がないのだ。

 ただ意識だけの状態で漂い続ける。そんな生き方ひどくつまらない。

 だから魔物たちは人間の世界にたびたび現れて事件を起こす。


「……死を待つだけの私を救ってくれたのがさつきだったんだ」


 自らと契約し、魔物退治に協力するなら助けると持ちかけられた。

 ペイルライダーはそれに応じて、当時十四歳だった綾瀬と契約した。


「それからはずっとさつきの魔物として戦ってきた……それだけの話だ」

「……そうだったんだ。それがペイルライダーさんの戦う理由なんだね」

「私は今でも魔物が嫌いだ。魔物を殺すのに躊躇したことは一度もない」


 そこでペイルライダーは話を変えた。


「さつきはずっと君を心配していた。だから私に守れと頼んだのだろう」

「そ、そうなんだ……そんなに頼りないんだ……僕って……」


 自覚してはいたが。しかしそればかりは性格なので仕方ない。

 これまでもたびたびパニックを起こしたり頭が真っ白になったりした。

 綾瀬から見れば、どうしようもないほど頼りなく映ったのだろう。


「あまり気にするな、自分のできることをやればいい」


 ペイルライダーなりの励ましだったのだろうか。

 前向きに考えよう、と思った。皆が自分のことを守ってくれた。

 だから泉水自身も自分の命を守るため努力しなければならない。


「……もうじき身体が起きそうだ。この時間も終わる……気をつけろ」


 その言葉を最後に、泉水は意識が急速に浮上していくのを感じた。

 景色が暗転するとまぶたがゆっくり開いていくのが分かる。

 目に映ったのは星が点々と散りばめられた暗い夜空だった。


「こ……ここは……?」


 身体を起こそうとして、すぐに自分の手足が縛られているのに気づいた。

 大理石みたいなでかい円盤の中央、そこにある台座に寝かされているようだ。

 円盤には見慣れない文字が刻まれている。前に見た魔導語に似ていた。

 だが、泉水は魔導語について知識がないので本当にそうなのかは分からない。


「あ、起きたんだ。もう少し寝てればいいのに」


 そして台座を背にして真央の妹、雷花が座っていた。おそらく見張りだろう。

 ペイルライダーを召喚すれば手足の縄は簡単に切れそうだ。

 そんな泉水の思考を読んだように雷花は忠告する。


「言っとくけど逃げたら殺す。何もしないなら手は出さないけど」


 雷花はぞっとするほど冷たい目で言い放った。

 大人しい真央からは想像もつかない妹だが目だけは似ている。

 逃げるのは諦めた。今は大人しくするしかない。


「真央さんの妹だよね……! ここはどこ……!? 何でこんなことを……!」

「質問が多いなー。まず場所ね、ここは大鳳市内にある落日山の山頂だよ」


 落日山。大鳳市の中でも特に時空が歪みやすく、魔物がよく出現するそうだ。

 そのため古くから危険な場所とされており地元の人間さえ近寄らない。


「で、次の質問だけどー、私はなんか面白そうだったから。他の二人の理由は本人に聞いてよ」


 泉水は唖然とした。いたずらや不良の万引きじゃないんだから。

 理由があまりに軽すぎる。子どもの悪さとして限度を超えている。


「それは……いけないことをするのが楽しいってこと……?」

「……そういう時もあるけどさぁ。もしそうだったらどうするんだよ」

「どうもしないけど……こんなことは止めた方がいいよ」


 しばらく泉水を見ていた雷花だったが、やがてそっぽを向いた。

 しかし地理も分からない山の中ではますます逃げようがない。

 そんなことを考えていると、円盤の四隅から突如、柱のようなものが伸びる。


「おーい、零士。泉水くんが起きたけどどうする?」


 柱のひとつに目を向けると、そこには黒ずくめの少年がいた。

 忘れもしない。突如現れて綾瀬を傷つけた張本人、黒須零士だ。


「そのままにしておけばいい。もう封印を解くぞ」

「ラジャー。んじゃー泉水くん、くれぐれも余計な真似はすんなよ」


 立ち上がって雷花が黒須のもとへ歩いていく。黒須は柱のひとつに手を重ねた。

 すると円盤に刻まれた文字が青白く光り、黒須は四つの柱にそれぞれ触れる。

 木々がざわざわと揺らぐ音が聴こえる。大気が張り詰める。山が震える。

 最後に台座に寝かされた泉水の身体がぼんやりと青白く光った。


「ま、まずい……! まずいよ……!! 一体どうなるんだ……!?」


 その異常な状態に泉水は危機感を覚えた。山が鳴動し、やがてふっと静止する。

 泉水は夢だと思いたかったが、黒須の声で現実に引き戻された。


「やった……! やったぞ……! これで封印は解かれた!!」


 縄で縛られたまま台座から転がり落ちると、強く念じる。

 地面に魔法陣が現れてペイルライダーを召喚すると縄を切ってもらう。

 周囲を見ると山の各地から黒煙のようなものが立ち昇っていた。


「ありがとう泉水くん。君のおかげで……世界は闇に包まれる……!」


 黒須は喜びに満ちた声で泉水に感謝を述べた。

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