17話 操り人形の糸を追え
黒須のアルバムを元の場所にしまって、二人は部屋から出た。
案内をしてくれた家政婦がいたはずだが廊下にいない。どこへいったのか。
「証拠は得られませんでしたが、今日はひとまず帰りましょう」
「広いからうっかり迷いそうだね……」
「そうですね……私が覚えているので問題ありません」
すると庭の方から悲鳴が聞こえた。家政婦の声だ。
泉水たちは何事かと庭へ出ると、何人もの男が塀を乗り越えて侵入していた。
肘や首、膝などの間接に赤い糸のようなものがくっついていて、まるでゾンビみたいな挙動で近づいてくる。
「な……なんなんだこの状況……!?」
「あれは魔力の糸だ。魔物が無関係な人間を操っているようだな」
脳内にペイルライダーの声が響く。
つまりこれも鍵を狙う犯人が差し向けた刺客というわけだ。
それも、今回は無関係な人間も巻き込んだ大仕掛けの強襲。
「真央さん、ペイルライダーさんが魔物の仕業だって言ってる……!」
「把握しました、まずはここから逃げましょう……!」
真央の手のひらの上に青白く光る魔法陣が浮かび上がる。
悪魔めいた姿をした魔物、ザミエルが現れると同時に拳銃へと変形。
「趣味の悪い奴だぜ。人間を操るなんてよぉ! 真央、やっちまおうぜ!」
「言われるまでもありません。ですが弾丸の威力は調整してください」
「そう命令すると思ったぜ。任せときな」
真央が発砲すると、近寄ってくる男の足が撃ち抜かれた。
といっても本当に魔力の弾丸が貫通したわけじゃない。
軽い衝撃を与えただけだ。もしかしたら骨くらい折れてるかもしれないが。
「う……うぅ……助けてくれ……身体が勝手に動く……!」
足を撃ち抜かれた男は懇願するようにそう言って、ずるずる片足を引き摺りながら歩くのを止めない。
真央は狙いを定めてもう片方の足を撃ち抜く。男はこれで歩けないはずだ。
「いたい……いたい……止めてくれぇぇ……!」
立ち上がろうとしても立ち上がれないので、這いつくばって近寄ってくる。
操られているからだ。強制的に身体を動かされているから、どんな状態になっても泉水たちを追ってくる。
「おいおい……! こりゃ厄介だぜ……!」
ザミエルがぼやいているうちに、他の操られている人間たち数名が走ってくる。
手には包丁や金属バット、ゴルフクラブなど。それぞれ凶器を手にしている。
「くっ……!」
武器を持った手を撃ち抜きつつ、足を狙う。
どの男も盛大に庭を転びながらそれでもなお追いかけてくる。
玄関へ逃げると、そこにも赤い糸で操られた男たちが迫っていた。
「やべぇ……逃げ場がないぜ。殺っちまうか……!?」
「それは駄目です。操られている人に罪はありません……!」
その時、背後から威厳のある声が響く。
「……こっちだ。裏口から逃げなさい」
助け舟を出してくれたのは黒須の父親だった。
真央は無言で泉水の手を握ると引っ張って後をついていく。
「すみません……ありがとうございます!」
「……礼など不要だ。君は魔物に狙われているんだろう」
黒須の父親が二人を裏口まで案内する。
外には誰もいない。今なら上手く逃げられそうだ。
「……私はもう魔物とも契約していない身だ。これ以上の助けはできない」
「十分です。感謝いたします」
真央も泉水に倣って手短にお礼を言って裏口を出る。
人のいない方を目指して逃げていると、また赤い糸に操られた人間が現れる。
「くっ……きりがないですね……これでは……!」
魔銃を発砲して足を撃ち抜きながら、真央は考えを巡らせていた。
操られた人を無力化し続けても意味がない。手駒になる人間はそこら中にいる。
ならどうすればいいか。その方法はひとつしかない。
「……泉水くん。あの『赤い糸』を追いかけましょう。その先にこの人達を操る魔物がいるはずです」
解決の道はシンプルだ。本体の魔物を倒す、これしかない。
だがそれは敵の群れに突っ込むようなもの。危険な作戦だ。
「そりゃ名案だけどよぉ……弾が何発あっても足らねぇーよ。大丈夫かね?」
ザミエルが呟く。
今は十数人くらいしか襲ってこないが、もっと数が増える可能性もある。
人海戦術で挑まれたら真央だって膝を屈するしかないだろう。
「……泉水、私を召喚しろ。二人くらいなら抱えて運べる」
そんな時、脳内に響いたのはペイルライダーの声だった。
ペイルライダーはいつもの落ち着いた調子で話を続ける。
「私なら家の屋根を飛び移って移動できる。追手も撒けるだろう」
「なるほど……! さすがペイルライダーさん……!」
「さんはいらない。君の五感から伝わる情報で状況を把握しただけだ」
契約魔物とは念じるだけで会話可能だが泉水は思わず口で返事する。
それにしても、よもや本当に召喚する機会が生まれるとは。
はじめてなので緊張するが、泉水は強く念じて手をかざした。
「……召喚っ!」
地面に魔法陣が浮かび、青い鎧を纏った騎士が現れた。
ペイルライダーが泉水と真央を両脇に抱える。
「……二人とも私に掴まれ。跳ぶぞ」
足に力を込めて跳躍すると近くの一軒家の屋根へ飛び乗った。
目標を見失った操られた男達が周囲をきょろきょろと探している。
彼らにくっつく赤い糸の先を目指せば、本体の魔物へと辿り着けるはずだ。
「……ペイルライダー、魔力の消耗は大丈夫なんですか?」
「問題ない。ただ移動するだけだ……戦うわけじゃないからな」
真央が確認すると、ペイルライダーはぶっきらぼうに返答した。
屋根から屋根へと飛び移りながら、赤い糸を手繰り寄せるように追いかける。
糸をどれだけ伸ばせるか分からないが、そう遠くにはいないはず。真央はそう推測していた。