13話 魔弾の射手
運転席にいた遠野は反応が遅れて、泉水は頭の中が真っ白になっている。
この中で正確に現状を把握し、対処できたのは真央ただひとりだった。
「……召喚」
小さな呟き声と共に、手のひらに青白く光る魔法陣が浮かぶ。
魔法陣から姿を現したのは両手で収まるくらいの小さな魔物だ。
空中に浮かぶその魔物はどこか悪魔めいた姿をしている。
「いひひ……待ちくたびれたぜ。仕事の時間だ……!」
「そうですね。ザミエル、変形してください」
真央が命令するとザミエルという名の魔物が姿を変える。
拳銃へと。漆黒の銃には弾倉が無く、代わりに巨大な目玉がついている。
変形が完了すると真央はグリップを握ってトリガーを三回引いた。
「うわっ!?」
激しい発砲の音に泉水は思わず驚く。
弾丸はフロントガラスを突き破るとミノタウロスの顔面に全弾命中した。
「グッ……オオオッ……!!」
怯んだミノタウロスは車から手を放して顔を手で抑える。
車が道路へ無造作に着地する。真央はドアを開けて車から出ると再び発砲。
二発の弾丸が命中し、ミノタウロスが逃げるように後退する。
「かってぇーなあいつ。全部皮膚で防いでやがる」
銃からザミエルの声が響く。効いてはいるようだが致命傷になってない。
魔銃が放つ魔力の弾丸は契約者の供給する魔力で威力が変わる。
仕留めるにはもっと魔力が必要ということだ。
「真央、もっと魔力をくれないと倒せないぜ」
ミノタウロスの動きが止まっている隙に遠野と泉水は車から降りる。
その直後、ミノタウロスは遠野の車を掴んで持ち上げ、真央めがけて投げつけた。
「おいっ!! いい加減にしろよ、新車なんだぞ!」
堪忍袋の緒が切れたらしく、遠野が怒声をあげる。
真央は飛来する車にも動揺せず、銃を連射しながら横っ飛びで回避する。
迫る魔力の弾丸。今度はミノタウロスの硬い皮膚すら貫く威力だ。
「……オオオオオオッ!!!!」
なんとミノタウロスは背中から斧を抜いて、弾丸を全て叩き落した。
長い柄の先に刃が対称についた、分厚い両刃斧だ。
あれで防御しつつ接近されたら真央だってひとたまりもないだろう。
「……それだけですか? なら……私の勝ちです」
冷たく研ぎ澄まされたオッドアイで敵を見つめる。そして発射。
ミノタウロスは魔力の弾丸を叩き落とそうと斧を振り下ろす。
瞬間、六発の弾丸は軌道を変えてミノタウロスの背後へ回り込んだ。
「グオオォォォォォッ!!?」
斧は空振り、背中に全弾が命中する。頑丈な皮膚を貫き、光の粒が漏れる。
道路に倒れながらミノタウロスは理解に苦しんだ。なぜ急に弾丸の軌道が変わったのか。
「いひひ……俺様は弾道も自在に操れるのさ。見抜けなかったお前のミスだぜ」
ザミエルが愉快そうに笑うと、真央は止めを刺すために発砲した。
魔力の弾丸は牛頭の脳天を貫く。ミノタウロスの身体は光の粒となり消滅した。
「さすが真央ちゃんだぜ。俺の車はスクラップだけど……マジでどうしよう……」
「ご愁傷様です。さほど強い魔物ではなかったので苦労しませんでした」
これが退魔師。どんな危険にも恐れず立ち向かう魔物退治のプロ。
少しでも彼らの役に立ちたいと思った泉水だが、かえって迷惑なだけだったことを痛感する。
「……遠野さん、泉水くん、下がってくださいっ。魔物はまだいますっ!」
真央が空を仰ぐ。上からやって来る魔物めがけて魔銃を構えて発砲する。
コウモリのような翼を有した女性型の魔物だ。魔物は弾丸を難なく回避。
だが、ザミエルの弾道操作で軌道が変わって背中へと迫る。
「鬱陶しいですわッ!!」
コウモリの魔物は後ろ回し蹴りで魔力の弾丸を跳ね返した。
そのまま下降すると地面スレスレに突っ込んで泉水へと手を伸ばす。
「おーっほっほっほ。『鍵』は頂きますわ!」
「っ……泉水くん、あぶねぇっ!」
遠野が泉水を庇うと、すかさず真央が牽制で魔銃を連射した。
コウモリは地面に着地して硬質なハイヒール型の足で弾丸を叩き落とす。
「……遠野さん……すみません……!」
「へへっ、いいってことさ。これが仕事だからな」
危うくもう少しでかっ攫われるところだった。
遠野はコウモリの魔物を睨みつけて因縁をふっかける。
「やってくれるじゃねぇか、コウモリさんよ。まだ夜には早いんじゃねぇのか?」
「なんですの? 下賤な男に興味はありませんわ。黙って『鍵』を寄越しなさい」
「お断りだね、泉水くんは渡さねぇ。なんせ俺とツーカーの仲だ。だよな!」
肩を組んで遠野はにやりと笑った。けれど遠野とは会って間もない関係だ。
泉水はどうリアクションすべきか悩んでぎこちなく笑った。
「テメーなんて名前だ、コウモリ。無いならぶちのめす前に命名しといてやる」
「はぁ? 何言ってるんですのこいつ」
魔物は翼のついた腕で口元を隠しつつ遠野の正気を疑った。
たしかに名前に頓着しない魔物は多いがコウモリの魔物にはその必要がない。
「お生憎様、名前ならもうありますわ。私はマナナンガル! 抵抗しなければ命だけは助けてあげましてよ!」
翼を広げて高らかに宣言する。
伝承では背中にコウモリの翼を生やし、人間の血を吸うとされる怪物の名だ。
昼は女性の姿をしており夜になると下半身を切り離して飛び回るという。
「魔物のくせにずいぶん優しいじゃねぇか。誰の指図だ?」
「あなたに関係ありまして? 余裕があるだけですわ」
鍵である泉水が死ねば封印は解ける。
短絡的に殺そうとせずに攫おうとするのは首謀者が退魔師だからだ。
普通の人間なら殺人は忌避するもので、それは当然の感性である。
「私たちが怖いのは冥道くららただ一人。他の退魔師なんて眼中にありませんわ」
「……言ってくれるねぇ。お前の相手は俺がしてやる。これでも弟子だからな」
「知ったことじゃありませんわ、邪魔するなら死になさいっ!」
道路を蹴って加速したマナナンガルは、遠野の顔面めがけて蹴りを放つ。
そのムカつくにやけ面をぐちゃぐちゃに潰してやるために。
だが遠野は抜け目なく手をかざし、眼前には魔法陣が浮かんでいた。