過去の遺産
暇潰しにお読みください。
その日、桜桃軍に衝撃が走った。
というのも、被害に遭った少年の証言で再び狐面の穢れ狩りが現れたからだ。
しかもだぞ? その狐面の奴、白っぽい銀色の髪をしていたんだそう。
ここからが問題だった。正直なことを言うと髪を染める奴もいるから、それだけでは断定できないんだよ。銀髪って普通は持って生まれるとかない色だから、憧れる人間って多い。早いと小学生ぐらいから染めたりするし?
その中から霊力がある奴だけ探せとか至難の業過ぎる。
なので、とりあえずその髪色を持つ人物を出すという方向になったんだが……。
月夜もその特徴に当て嵌まっちまったんだよ。しかも霊力持ちなのは知られてる。
何より、月夜は現在記憶喪失を起こしていて、どんな記憶があるかも判らん。これじゃ疑うな、という方が無理だ。桜桃軍としては月夜の状態から大抵の奴は『心穏やかに過ごしてほしい』と思っているし、できれば所属はしてほしくない。
どんな形で記憶が刺激されるかも判らないしな。中学生に辛い記憶を思い出せとは誰も言えない。言えるわけがない。
だから桜桃軍としての決定は『僅かでも記憶が戻っている可能性、もしくは二重人格によって記憶を保持し、穢れを狩っている可能性はあるものの、現状は特に何もしない』という方向に決まった。もしかしたら記憶を失ったのが、親を殺さなければいけない状況に追い込まれたからじゃないか、という推測は言ってあったからな。
色々と辛い過去を背負っている者が多い桜桃軍ではその推測を否定できる要素はなく、一気に静かに見守る方向になった。
元々無理矢理に思い出させれば危険だ、という判断はされていたし問題はない。
まあ、さすがに本当に何もなし、とはいかないので俺達が今まで通り監視を続けることになったけどな。こればっかりは仕方がない。
せめて狐面が出てくるのが桜桃軍の中でも実力者のいる所だったら良いんだが、実力者がそう簡単にピンチになるわけがないしなぁ……。
ここが狐面の厄介なところだ。死にそうという状況にならないと来ないんだよ。
そうなるのが多いのが一般人や桜桃軍でも下の階級の奴らだから、霊力を探るなんていう余裕がないし、なによりそんなことができるのは実力者だけ。
全員ができたらいいんだが、そうもいかないんだよ。
難し過ぎるんだよ。霊力って人からすると特定しにくい力なんだ。これが魔力とかなら別だが。
魔力に関してはこっちでは妖とか言われる穢れに属する悪魔を倒す力の一つだ。
国とかによって違うんだ。国ごとに『悪』とされるものが形を取っている感じだと思ってもらっていい。総じて人に仇成す存在だしな。だから一纏めに『穢れ』なんて扱いになってる。
それを倒す側も『穢れ狩り』であって、『陰陽師』とか『魔法使い』とは呼ばれてないし。
嗚呼、人によっては「魔力持ちがなんで悪魔を倒せるんだ?」と思うかもな。
魔力持ちの奴曰く「あっちとこっちの魔力が違うからだ」とのこと。
こればかりは実際に比べてみないと判らない。感覚の問題になってくるから。
確かに似てるんだが、根本的な所で違うんだよ。そんな感じだから口での説明が難しい。確実に言えるのは、魔力持ちの方は澄んだ場所で力が回復するが悪魔の方は淀んだ場所で力が回復する。
明確に違うのに言葉にすると似ているんだから不思議だよな。
とまあ、こんな感じで霊力は他の力に比べて判りづらい。
勿論理由があって、霊力が一番自然に近い力だからだ。
だから自然に関する力を発動しやすい。流動性が高いと言うべきか?
何に対してもあんまり反発力というのを持たないから、「神を降ろすのに最適な力」とも言われているな。
聖力とかはどっちかと言うと、「神に捧げる力」と捉えられている。実際に神を見ることができる奴なんて限られているが。
俺だって実際に見たことはない。見るためにはありえないほど禊を何回もして、徹底的に現世の穢れを落としてない状態にしないと無理だと聞いたことがある。
中には例外もあるらしいが、そういうのを禊なしでできる奴は一族特有の性質を持っているからであって個人としてではないだとか。
まあ、穢れを持った状態で神降ろしができるって家系が関わってないと無理あるわな。神が個人を優遇するとか聞いたこともない。
その一族も元から神に近いから、という理由で禊なしでできるらしいし?
魂の段階で神力を与えられているんだって。力に差があるから神降ろしできるかどうかは与えられた神力に左右されるとは言われている。
ああ、神力というのは神が持っている力のことな。人間には強大過ぎて扱いきれないが。
扱いきれないはずの神力を扱えるのがその一族の特徴。だから肉体の方も最初から人間離れしている……という話だ。
生憎と俺もその一族について詳しいわけではないし、そっち方面を調べてる奴も実在したっていう記述があまりにも少ないどころかないに近いから存在自体を疑ってた。
力が高ければ肉体の方も器として必要なだけの強度がいる。
基本的にこの法則にどの力も従っている。神力も同じく。
十二天将の身体能力が高い理由もこれだったりする。同時に年を取るのが遅いのも。
老化が遅い理由に関してはまだきちんと判明しているわけじゃないが、それでも同じ原理だろうという見方はされている。霊力が衰えば、肉体の方も衰えるからだけど。
まず俺達が持つ特殊な力である霊力や魔力などに対する理解も進んでないしなぁ……。
理解できるのはあと何百年か後になりそうだ。術者自体の数も少ない以上、これは仕方ないと割り切るしかないよな。
事実、視える人間こそ増えたが対抗できるだけの力を持った人間は極僅か。
だから桜桃軍って表舞台に立たないんだ。狙われたら終わりだからな。
ここ数十年で漸く二百人を超えた……んじゃないか? と言われるぐらいの数だって言ったら誰だって判るだろ?
日本の中での話ではあるが世界的に見ても千人行かない可能性が高い。
現状を考えると絶対に公表できないよな。穢れの数と比べたら圧倒的にこっちの方が少ないし、現在では穢れ憑きなんてのも現れ始めた。
以前までだったら穢れが人を襲うことはあっても憑くなんてなかった。
あっちも多少なりとも知恵が付いてきたんだろう。人に成りすますために憑りつくようになったし。
精神的に余裕のない奴が狙われるから、穢れとの融合率も高く、ゆえに穢れごと倒すしかない。
どうにかしようとはしているんだが、こればかりは数年程度では無理だ。
色々と試しているがこれといった成果もない、と研究部門の奴らが言っていた。
各国でもそういうのが出始めてるみたいで、今までのやり方では駄目だとなりつつある。
今までは国ごとにある非公表の組織が対処する形だったのにな。
「連兄さん、一人で考え込んでどうかしたの?」
などと様々なことを考えていると、いつの間にか帰宅していたらしい月夜が不思議そうに見てきたから、何でもないと首を横に振った。
月夜は未だに心配そうにしながらも俺の言葉を信じることにしたのかそれ以上は何かを言ってくることはなかった。
「今日はどうだったんだ? 久しぶりの学校だったんだろ?」
「担任の先生が報復した以外は概ね平和だったよ」
「ああ、あの先生か……」
月夜の言葉に妹のクラスの担任を思い出し納得する。
あの先生、結構前から居るはずなのに見た目が変わらないんだよなぁ。
俺が生徒だった時には既に居たしな。マジであの人何歳なんだ?
ちなみに年齢を聞くと問答無用で説教される。「他の女性にも同じ質問をしてないでしょうね?」という理由で。
「……ないと思うが、あの先生に年齢なんて聞くなよ?」
「? 年齢なんて聞いてどうするの?」
純粋そのものの問いに俺は無言で月夜を抱き締めた。
驚く月夜に「そのまま育つんだぞ……!」と言った俺は悪くない。悪いのは俺の汚れた心だ。そういうことにさせてくれ。
「……。何やってんの?」
「妹の純粋で可愛い姿に感動してる」
「何を今更。月夜はいつだって可愛いわよ」
「わ、私は綺麗って言われたい……。皆、可愛いとしか言わないし……」
凛姉さんが羨ましい……。と言う月夜に凛と顔を見合わせる。
少し頬を膨らませて言う姿はどう見ても小動物だ。
身長は低くないのにそう見えるのは月夜の言動が原因な気がする。
というか容姿だけなら月夜はかなり綺麗だ。纏う雰囲気や言動が穏やかなので、可愛いと言われているが、黙って読書とかしていると大人でさえ直視を避けるぐらいには良い。
ストーカー被害とか普通に二年前からあったしな。
「大丈夫よ、月夜。成長したら『綺麗』と言われるようになるわ」
「……そうなの?」
「ええ。貴女はまだ中学生じゃない。まだまだ成長する機会は沢山あるわ」
そう言って励ます凜に月夜も納得できたのか、素直に頷き息巻いていた。
実際のところ、月夜は十三歳なので、可愛いでも不思議ではない。寧ろその年齢でその美貌というのが怖いぐらいだぞ、お兄ちゃんは。
にしても……突然倒れてから心の蟠りが少なくなったのか、以前のようなほぼ常に暗い顔をするということもなくなったし、周囲と距離を取るということもなくなった。
すぐに顔に考えていることが出るのが月夜なので、ゆえに彼女が記憶を失っていることを酷く気にしているのは知っていた。
前なら抱きつくどころか声をかけるだけで若干怯えたように肩を揺らしていた。
家族だと何度も俺達が言っても、月夜は心のどこかで受け入れられていない様子だった。
それが今は暗い顔をする回数は殆どない状態までになったし、逆に笑顔が増えた。
まあ、依然として記憶を失ったままではあるが……それが幸せなのかもしれないという言葉を月夜に向ける気はない。どれほど月夜が取り戻したいと思っているか知ってるから安易に言えないよな。
「そうそう、湊が一緒に料理をしないかって言ってるのよ」
「湊兄さんが? いつも一人で作ることが多いのに?」
「今日はそういう気分なんですって」
驚く月夜に凜が説明を簡潔ではあるがすれば、月夜は頷きすぐさまキッチンの方に行った。
ああいう素直なところはちょっとどうかと思うんだけどなー。
「明るくなったわよね。前までは何かある度に暗くなっていたのに」
「倒れたことで溜まってた分が軽減されたのかもな。もう一度は勘弁だが、良い方に行って良かった」
「無茶の繰り返しだったものね、蓮達は」
揶揄うような発言に言葉を詰まらせる。誰から見ても無茶と言われる状態だったのを自分でも自覚してるさ。
そういや、あの時はそんな余裕がなかったが、朱里も心配されていたんだよな?
「朱里の方はどうなんだ? 大分と追い詰められていたという話だったが」
確認のように凜に聞けば無言で頷いた。やっぱりかなり危険な状態だったらしい。
俺は仮にも十二天将だから、無茶はしても簡単に追い詰められるということは早々には発生しない。
それでも随分と周囲から心配されたが。
「月夜が目覚めたから安定したわ。食も細くなっていたから不安だったんだけど」
「これで一週間目覚めなかったら危うかったかもな。霊力は精神面への依存が強い」
「そうなのよね。精神が安定していないと途端に術の威力が落ちるし」
二日で目覚めたのは月夜の体調面でも、朱里達の精神面でも良かった。
俺達だって超常的と言われる力や身体能力を持ち合わせているが、所詮は人間だ。疲れたりとかは普通にある。
神でさえ全てを完璧にできるかと聞かれると微妙なんだ。それよりもできない人ができることに制限があるのは不思議ではないし、寧ろ当然とすら思う。
こればかりは誰だって無理だろう。十二天将達だって疲れるということを実体験といて知っている。
「とりあえずは様子見だな。何かあればすぐにでも対処できるように」
「湊にも言っておくわ。月夜の霊力の量がまた異常なほどに増え始めたし」
「またか? この調子だと人の身には多過ぎる量になるぞ」
「でも止める方法はないわ。少なすぎることはあっても多過ぎることは今までなかったから……」
凛の正論に苦い気持ちになる。本当に今まで多過ぎるという人物が存在しなかったんだ。
だから月夜に対する対処も遅れている。
前例がないとここまで苦労するものなのかと全員が思ったほどだ。どれだけ規格外かが判るだろ?
本人に非はないし、自分がどれほどの量を持っているのかも把握できてない子だから、こっちで気づかないうちに対処してしまうのが最良なんだが……。
術も簡単なのしか教えられないのがそのせいだ。
今後も増える可能性が高いだけに早くどうにかしなければいけないんだが、一向に対処法が見えてこない。このまま行けばいずれは俺達も月夜も危険な目に遭う。
霊力って他の力と比べて精神に大きく依存するんだ。本人の心が乱れると勝手に術が発動したり、場合によっては自然災害さえ起こす。
精神面が落ち着けば治まるので対処法は、本人の心を落ち着かせることなんだが……。
霊力が高ければ高いほど心を乱した時の被害が大きくなるから、上の階級にいる者は簡単には心を乱さないように気を付ける。
ただし、強く質に偏っている場合などは質によっては感情や心の制御が難しくなってくる。それが朱里な。
朱里の質は火。五行の中でも特に感情的になりやすい質で、その質が強い者は揃って精神面の制御が上手くできない。これが十二天将に匹敵すると言われる朱里が十二天将になれなかった理由だ。
正直なことを言うと、単純な火力ではあっちの方が高いぞ。
更にあいつは過去に家族が目の前で穢れに殺される状況を目撃してしまい、家族という存在が亡くなることに恐怖を抱くようになっている。
事情が事情なだけに長い時間を掛けて本人が解決させるしかない。
ただその途中で月夜の……だから暫くは回復できないだろうな。月夜の前では平静を装っているが、人の機微に聡い月夜が違和感を感じていた。
本当にあいつは隠すのが苦手だ。月夜の好意以外の感情には聡いのもどうかと思うが。
「月夜と朱里は気を付けましょう。最近は特に穢れが活発だし……問題事が多いわね」
「今までなかった動きなんだろ? そうでなくっても後手に回りやすいのに」
「穢れのことを詳しく知っている国や組織なんてありゃしないわよ。昔は居たそういう人達が消えてどれだけの年数が経ったと思ってるの?」
「失われた知識や技術は大事だったと痛感してるところだろ、世界的に」
「神に対する信仰は失われなかったのに、そういうのは失われたんだから各国の政府は頭が痛いでしょうね。否定したものが牙を剥いたんだから」
凛の言うとおり、昔……数百年前の多くの者達が妖や悪魔などを否定的に捉えるようになった時代があったんだ。それにより一気に知識も技術も失われた。
今や大昔から伝えられてきた技術も知識も一切残っていない。
昔にはそういう歴史を全て嘘だと言い張り、捨てた政府も普通にあったぐらいだ。
結果として未来で生きる者達が苦労することになったんだから、過去の政府を恨む奴がいるのは当然のことだろう。
術を作り出した人物はひっそりとかろうじて生きていた霊能者だとか言われているし。
これがまた誰か判ってないんだよな~。何せ過去の出来事からそういう人達は完全に表に出るのを拒み、子孫に伝えていくことなく静かに消えていったんだから。
記録にすら残ってないから本当に誰が作ったのか判らん。
怪しさ満載の技術なんだぜ? 俺達が現在使っている術って。
当時も今も効果があるなら何にでも縋りたい状態だから誰も何も言わないが。
こんなことになるって捨てた政府は思いもしなかっただろうな。もし生きていたら現状を信じないかもしれないがな。
何事も知識や技術は大事ってことだな!
最後までお読みいただきありがとうございます。