欲望
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広がった『影』の結界の外にまで広がった部分が何かに触れた感覚がして、私は式達が近くまできたのだということを悟った。
あれから数分。私が時間稼ぎをせずとも、あの二人組は勝つことを確信してでもいるのか、ずっと自分達の理想を言っていた。言ったところで叶う可能性は非常に低いというのに。
正直に言うと、まだ話し続けようとしているので最初に感じた恐怖が少しマシになっている。行動に早く移さなくていいのだろうか、と私が感じてしまっているほどに、話し続けているんだもの。
個人的な考えを言うならば、夢や願望を持つことは構わないと思う。でも、それが過ぎれば周囲にも自身にも害にしかならない。それにしか目が行かない人物になってしまうからね。
とはいえ、それで夢や願望を叶える人もいるので、やはり最終的に物を言うのは、本人の努力とかなのかも。努力だけで結果は出ないから、出るようにその場を作り出す力も必要だろうし。
努力して、肝心の場数を経験していなければ、それはあくまでも机上のものでしかないように、私は思っている。
素敵な男性に囲まれたいというのだって、本人が容姿を磨き、話術を上達させ、見え方なども研究し尽くして、ようやく理想の状況を作り出せる可能性が高い。勿論、それで嫌悪する男性も出るとは思うけど。
それでも努力して、結果を出していることを評価してくれる男性だっているはず。全員が全員同じとは限らない以上、その可能性は捨てきれない。
なのに、努力もなしに生来の美貌だけで行けると思っているのは、少し気に食わない。記憶を失う前の私だって努力して、術を会得してきただろうしね。
桜桃軍の人達だって同じだ。各々が使いやすいように改良する、というのは難しいことであり、それでも大火力にしようと思ったら、単語でも発さなければならないと言っていた。
十二天将の人達でさえそうなのだ。そう思うと、昔の人達は余程凄かったんだと思う。記録に残っていることがあまりにも少ないというのが残念なほどだ。
などと考えていると、散々話して満足したのか、二人がこちらを見た。
反射的に柊を抱きしめれば、その様にすっかり警戒されているとわかったようで、男の方がどことなく不快感を感じる眼差しを向けてきた。
「くっくっ、私達の夢を叶えてもらえれば、貴様は特別に私の愛人にしてやる。先が楽しみな顔をしているからな」
「あら……それは良いですわね。何か叶えてほしい度に叶えてもらえるじゃありませんの」
「だろう?」
……中学生を愛人とは何を考えているんだろうか。結構年が離れていることはこの際構わないとしても、未成年に手を出したということで、捕まるんじゃないか?
思わず、眉を寄せて男女を見つつ、静かに息を吐き出す。ここで嫌悪とかを見せれば、何をされるかわかったものではない。
でもドン引きはしたので、会話をする気は更に減ったが。
意思を伝えないのは、問題なのかもしれないけれど、何を言ったとしても通じまい。散々自分達の理想とやらを垂れ流していた人達に私の言葉が受け入れられるはずがない。
下手をすれば、『恥ずかしがっている』という理由にされかねないから、何も言う気も起きなかった。
柊もよく、この人達の傍に居れたものだ。潜入をするため、とはいえ、素直に感心する。
とりあえず……式達の反応がかなり近くまで来ている。彼らが自分達に酔っている人達で良かったかもしれない。こういう時の時間稼ぎの仕方を私は知らなかったからさ。
何とかして時間稼ぎをしなければ、とは思いつつも、何の策も浮かんでいなかったので、これは僥倖だった。とは言ってもまだ記憶を無理矢理取り戻させられる可能性はなくなっていないけれど。
おそらくは、この陣はそういう類のものだろう。ただ、どうも二重で陣が設置されているような感じがするので、ここで神を落とさせて拘束するということもできるのかもしれない。
記憶を取り戻すつもりは今はまだない。今、取り戻せば確実に死傷者が出るからだ。
そこまで考えて、私はふと、思い出した。ここにいる人達は捨て駒の可能性が高い、ということを。
つまり、信仰会の中枢は私が記憶を取り戻したら確実に暴走することに気づいている。だからこそ、組織として死んでも構わない人物達を選んだ。
意識を失って倒れている術者達は基本的に捨て駒扱いしていないのにも拘わらず、目の前の幹部二人はそうしているということは……何か理由があるのだろうか?
でも、資金繰りに困っているという感じはこの消えても構わないと思われる場所の大きさから考えても難しい。そもそも、困っているならば、あんなホイホイと人を攫えまい。
となると、彼らは金銭の方ではない理由で幹部に仕立て上げられたのだろうか?
もしくは……彼らが金を積むことで幹部になったか。それならば、捨て駒でも不思議はない。
そういう要素がある時点で、宗教としては終わっている気がするけれど、組織の頂点が何を考えているかなんて、私にもわからない。そもそも、宗教として認識しているかどうかも怪しい。
何せ、正常な人達を追い出してますからね。そこから考えても、何か企んでいるとしか思えない。
「……ふん。話す気もなし、か」
「本当に生意気なこと」
口を開かずにただ見ているだけだった私に、男女はそんなことを言ってきたけれど、私は内心更に嫌悪感を持った。
生意気なのは結構だけれど、自分達が言っていることの愚かさも自覚した方がいい。その欲が神々に受け入れられる確証など、ないというのに、信じ切っているのだから。
「だが、まあいい。貴様は神々を降ろす役目が果たせればよいのだからな」
「それもそうですわね。本当、その眼差しが気に食わないですけども」
そんなことを言って、私が居る陣の近くまで来ると、二人して陣に触れ、霊力を注ぎだした。しかし霊力量が足りないのか、術の発動に至らない。
それを見て、私は柊が使われることに気づいた。だが、成人男性の柊を運ぶなんて芸当はできず、より強く抱き締めることしかできなかった。
ドクリ、と心臓が音を立てたような気がした直後、柊からも霊力が出ていき、陣が光り出した。
これはまずいと本能で察する。直後、無理矢理何かに干渉されている感覚がして、私は抵抗を試みた。
私には感じ取れない自身の霊力を放出し、術と衝突させる。バチバチと音が鳴っていることで、何とか思っているとおりの結果が得られていることがわかるが、それがなかったら、わからなかった。
規格外だと言われた霊力量を誇る私の抵抗が予想外だったのか、男女が霊力を注ぐことを中断し、私に直接干渉してこようとしたが、すでに術として発動してしまっている陣は一種の防衛となっており、霊力が低い彼らは入ることができていないようだ。
「くそっ」
「きゃあっ」
陣の発動を意味する結界が二人を弾いているのが声でわかった。
でも私の方にそちらに目を向ける余裕がない。
中心に柊がいるせいで、この陣の発動が止まらないのだ。柊が私ほどでなくとも、霊力量は桁外れ。一人でこの陣の発動に必要なだけの霊力を放出することぐらいはできる。
だからって、ずっと続くとは思えないけど。
生憎と霊力が完全に尽きた場合の結果は現代には残っていない。そこまで行くのに、絶対に体調を崩してしまうので、その段階で皆が止めるからだ。
また、実験をして、死んでしまった場合も問題があるので、研究されていないのだと、五郎さんが言っていた。
「柊、柊、起きて。お願いだから」
必死になって呼ぶも、結構暴行による影響が酷く、起きる様子を見せない。もしかしたら術で眠らされているのかもしれない。
そうこうしている間にも、少しずつであっても干渉されている私に記憶が無理矢理こじ開けられている感覚がしてきて、頭痛に耐える必要が出てきた。
これ以上は危険だと脳内で警鐘が鳴るも、今の私にあの二人を退けるほどの力がない。影を使えば良いのかもしれないが……それも難しいだろう。
柊以上に攻撃手段も、殺す覚悟もない私には難しいのだ。
「うっ……」
一際強い頭痛がした直後に、私は記憶を封じている術に皹が入った音が聞こえた気がして、蒼褪めた。
記憶を失う前の私が特に強く施した記憶が戻ってくる、と確信を得て。
蒼褪める私を余所に、私の意識はどんどん暗転していったのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




