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穢れ狩り  作者: 氷見田卑弥呼
狐面の穢れ狩り
70/82

時間稼ぎ開始

暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。

 一ヶ月というのはこれほどに長いものだっただろうか。

 月が替われば神々も干渉できるようになる、と柊が言ったのは一体いつのことなのかさえ思い出せない。思い出そうとすると消えてなくなってしまう。

 ただわかることは、私は拙い状況に立たされていることのみ。

 ここ数日は平穏に過ごせていたから、常に警戒していることに疲れてしまい、疲労が一気に襲ってきて柊に勧められて睡眠に時間を多く割くことにした。

 眠っている間に誘拐されたこともあって、眠りが浅くなっていた自覚はあるので、柊が傍で見ているということもあって早くに意識が途絶えたのも覚えている。

 そうして目覚めてみれば、何かもわからない陣の上に居て、周囲を見渡して確認するも、柊の姿もない。

 呼吸が浅くなり、恐怖が私を襲ってくるのがわかったが、縋る存在なんて居るはずもなく、私は一人で陣の上で座り込むことしかできない。

 そうこうしているうちに、人が入ってくる音が聞こえて私は咄嗟に音がした方に顔を向け、顔色を悪くさせた。


「ひ、いらぎ……?」


 入ってきた男女の男の方に髪を掴まれて引き摺られている柊を見て、私は悪い夢だと思いたかった。

 だが、先ほど自身の手の甲を抓って痛かったので、これは現実だと妙に冷静な頭が伝えてくる。

 呆然とした様子で呟くことしかできない私に男の方が引き摺っている柊を見た。女の方は……どことなく不満そうな眼差しを男に向けているが、現状に文句はないのか、何も言わない。

 その様子から、柊の裏切り行為に気づかれたのだとわかり、動揺する。突然の事態の変化に付いて行けていないのがわかるが、今はそれどころではないのも理解していた。

 私の発言で裏切り行為を確信したようで、男の方は苛立たしげに柊を蹴って、陣の中に入れた。

 恐怖で上手く立てないまま、何とか近くに来た柊を見るも、かなりの暴行を受けたのか、至る所に殴られたり蹴られたりした痕があり、痛々しかった。

 思わず、柊を抱きしめながら男女を見れば、二人ともかなり苛立っているのがわかった。どうやら、元信者達の妨害を無理矢理押し退けて私を攫ったようだ。

 その際に柊も抵抗したのかもしれない。眠る前に「何があったも守ります」と言ったとおりにしたのかもしれないが、それは彼らからすれば裏切りでしかないことも理解できる。

 元々から裏切者と言えばそうなのだが、潜入していたというのに、主を優先させたのかと思わずにはいられない。まあ、彼からすればそれが当然なのかもしれないけども。


「まったく……巫女というのは、全てがこうなのか? いらん労力を使わせる」

「同感ですわ。ですが、ようやく本物の現人神様が手に入りましたもの。先行投資と思えばどうとうことはありませんわ」

「違いない」


 目の前で平然とそんな会話を繰り広げる二人に私は怯えを見せるしかない。対抗手段なんて、私には存在しないのだ。

 こういう時に式の戦闘の知識や技術を有していないことが欠点になる。記憶を失う前の私がしたことなので意味があるのだろうけれど、どういった意図があったのか、今の私にはわからないままだ。

 同時にこの陣がどういうものなのかもわからないので、移動したいんだけど、柊を引き摺って移動なんて不可能だし、そんなことをすれば、何をされるかわかったものではない。

 今は下手に動かずにじっとしていた方が正解だと思うので、動かないけれど……先ほどからずっと勘が警鐘を鳴らしているのが不安を煽ってきた。

 いっそのこと、これが幻覚や夢であったならば、どれほど良かったことか……。願ったところで、実際にそうなることはないので、諦めるしかないのだが。

 それにしても……『本物』ねぇ……。

 女性の発した言葉に、私は内心眉を寄せる。今までに攫ってきた者達も本物ではないとは言わないが、本職ではない人達ではあった。そういう意味では、本職らしい私は本物になるのかもしれないけど……彼らにはやはり神に対する信仰心など欠片も感じられない。

 どこまでも自分達が利用できる存在としか認識していないのだろう。だから、こんなことができる。でなければ、もう少し私に下手に出るとかする。こんな強引な方法など取らないはずだ。

 この陣が無理矢理にでも神降ろしをさせるものなのか、何なのかわからないが……随分と強引過ぎる手段ばかり使うので、彼らは神々を降ろす術をすでに手に入れていたのだろうかとさえ思う。

 まあ、今まで一度も降ろせたことがないそうなので、完全に現人神とした者達頼みなんだろうけど。

 もしかしたら、神々を降ろした後の対処法は確立しているのかもしれない。


「これで私は億万長者として、一生を遊んで過ごせるのか……」

「ふふ、私も素敵な男性に貢がれる優雅な日々を送れますわ」


 揃って自身の欲を言う男女に私は益々嫌悪感を抱いた。そのためだけに多くの者を犠牲にしても構わないという自分勝手さにも呆れるが、自分達の願いが叶うと微塵も疑っていない姿が嫌悪を抱かせた。

 どうして、叶えてもらえると思うのだろう? どうして、自分達は選ばれたとばかりの発言ができるのだろうか?

 考えたところで、一生理解できないだろう。どちらにしろ、考え方の違いで、私はこの人達とぶつかることになるのだから。

 ドクドクと体内の血が音を立てて流れているような気さえしてくるほどに、恐怖を感じながら、私は静かに二人を見て、ふと気づいた。

 女性の方は初対面だと思っていたけれど、彼女は違うということに気づいたのだ。

 あの、仮初の体に魂を入れ、周囲には見えないようにされた状態で過ごした時に思い出した湊兄さんにかなりしつこく付き纏っていたという女性。

 目の前に居る女性はその人だと、私はお面で隠れているが気づき、少しだけ柊を抱きしめる力を強めた。まさか、湊兄さんに近づいていた女性が『信仰会』の一人だったなんて……。

 思わぬところからの正体発覚に驚きはしたが、今はそういった表情も出さない方がいいだろう。向こうは私のことを覚えていないようだし。

 それほどに彼女にとっては、どうでも良かったのだろう。家族構成も知らない様子だったとは聞いていたが……本当に知らなかったようだ。


「これで湊も、他の素敵な男性も全て私のものなのね……」

「ああ、『桜桃軍』の……あの組織は裏の権力が強いからな」

「ええ。お蔭でお父様はすっかり落ちこぼれましたわ」

「その程度の男だったということだろう」

「そうですわね。まあ、お母様似で良かったことですわ。あんなのに似るなんて嫌ですもの」


 自身の容姿に余程自信があるのか、女性はそんなことを言っている。湊兄さんって、確か清楚な女性が好きだったはずだけど……そういうのも調べていないのだろうか?

 どこまでも自分が求められる側であるべき、なんだろうなぁ。私には理解できないけれど、世の中って色々な女性がいるものだ。

 あの時って湊兄さん、常に不機嫌そうだったんだよね。食べる量もどんどん増えていたし。

 非常に怖かったです。蓮兄さんと凛姉さんも何も言わずにそっとしていたぐらいだ。

 まさか、また会うとは思わなかったけれど……本当に顔の良い人が好きなんだ。

 先ほどの柊に対する眼差しもさることながら、未だに湊兄さんを諦めていない様子からして、普通ではないだろう。もしかしたら、素敵な男性は彼女にとって装飾品と一緒なのかも。

 呑気にそんなことを考えることで、何とか恐怖に負けないようにして、私はもう一度二人を見て、時間稼ぎをどうにかしようと考えるのだった。

 式達が来るまで、あと少しだと、私の勘が告げていたからね。


 ……その時に私が正気を保っている保障はないけれど。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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