日常と限界
暇潰しにお読みいただけると幸いです。
私が倒れて早くも三日が経ち、今日ようやく学校に来れたんだけど、私が倒れたことは有名だったようで、知り合いや同じクラスの人達から物凄く心配されると同時に安堵の顔をされました。
沙織から二日も目覚めてないことは教えてもらっていたようで、無茶してないかを何度も確認された。
ご心配をおかけしたようだが、全員がいつも通りの私の姿を見て安心していたので、心配されるのは顔を合わせた時ぐらいだったけど。
それでも重い物とか持とうとしたら周囲から止められて周囲の人達が持つという状態だったけど。
私に荷物運びを指示した先生に対して「病み上がりに何させてんの!?」とか「配慮が足らなさ過ぎでしょ!?」とか非難の声が行くのは、どうかと思ったけど、先生側も私がそうだって気付かなくて慌てて謝ってくることが多かった。
中には勿論、「もう学校に来てるんだから大丈夫だろ」という感じの先生も居たけど、私のクラスの担任の先生がそれを知った瞬間、どこからか取り出した鋏でその問題の先生の髪を丸刈りレベルまで切ろうとするもんだから、周囲の先生が止めてたよね。
うん……担任の先生はお茶目な人なのだ。良く言えば生徒想いの良い人。悪く言うと生徒に酷いことをすれば物理で報復に出る人。言い方次第でここまで変わる先生です。
授業も判りやすいし、生徒の質問に親身になって聞いてくれたり、生徒同士のトラブルがあれば相談すれば聞いてくれて解決してくれようと尽力してくれる人だから、生徒の方もその先生を信用しているんだけど、如何せん、先生が生徒に酷いことをした場合に厳しすぎるのだ。……先生に対して。
本人は「生徒を守るのが教師の役目であって、害することが教師の役目ではない!」と主張しているんだけど、その報復方法が『鋏で丸刈りレベルで髪を切ろうとする』『縄を持ってきて縛り、木の上に吊るそうとする』『笑顔で強制鬼ごっこ及び隠れ鬼』みたいなやり方だから、守られた側である生徒ですらドン引きし、先生達は「生徒の教育に悪いだろ!?」と言って止めるという流れが出来上がっている。
担任の先生……貴女、裏で『報復鬼』なんて呼ばれてますが、少しは自重した方が宜しいのでは?
身体能力とか体力とかが無駄にあるから、担任の報復から逃れられた先生は今のところ居ないんだそう。
校長や理事長とかから怒られないのかって? 知ってる? 世の中には同類という言葉があることを。下手すりゃ担任、校長、理事長の三人が揃って襲ってくるんだよ? 普通にあれは恐怖だから。
三人が追いかけている姿を見た先生達が諦めきった顔でお経を唱えていたよ、その時は。
必然的に止める側になる副担任や副校長の頭が最近急激に悲しくなってきたと話題になったけど、原因なんて探らなくても判るから、全員触らぬ神に祟りなしとばかりにそっと見なかった振りをしたもんね。二人が揃って『暴走列車どもの被害者の会』というたすきをしていたのは気のせいだと思いたいし、私に「入らないか?」と誘ってきたのも気のせいです。
ほら、私にも家族という名の暴走列車が、ね? 更に担任を止める生徒側の人間も居るんだけど、その筆頭扱いが私です。家族で慣れたせいで慌てながらも的確に止められる私が必然的にそうなっただけなんだよ? なんでこうなったって叫びたい気持ちはあるけど。
で、まあ……今回も見事に暴走列車と化したよね、お三方が。
帰ってきたお三方が実にスッキリした顔をしていたのは気のせいじゃないです。だってその三人の後ろに本気の『お説教』をされたらしい問題の教師さんが優男になっていたんだもん。怖いよ、精々三十分しか全く姿の見えない状態だっただけなのに……何があったかなんて誰も怖くて聞けないよね。
元々問題発言や行動が多かった先生で、生徒も先生もいつか暴走列車に性格改善させられるなと思っていたので、考えていることは「ああ……遂にか……」でしたよ。
その切っ掛けを作ったのが私なわけですが。やり過ぎとか皆考えてはいても言わないのは、慣れだよね……。
「私も参加したかったなぁ……」
「沙織も参加したらそれこそ問題になっちゃうよ?」
「だからしてないじゃない。保護者達もお三方に関しては見ない振りをしてるしね」
「ああ……最も敵に回してはいけない三人だもんね……」
遠い目をする私に沙織は楽しげにお三方の後ろに居る教師を見ていた。
その視線に気付いたのか、見られている方の教師がビクッ! と反応し、沙織を見ると青褪めた顔になってたけど、何をしたの? まさかとは思うけどあの人だけに殺気を向けた……とかじゃないよね?
その可能性高そうだけど、違うと言われてしまうとどうしようもないよね……。
残念ながらというのも変な話だけど、私は自衛できるようにと多少は鍛えられているけど、それ以外は一般人と大差がない。だから一部にだけ放たれた殺気などには自分に向けられない限り気付けない。桜桃軍の上位にいる人達なら自分に向けられてなくても気付くだろうし、それが当たり前だろうけど、少し戦える程度の私は無理。殺気を向けられて竦み上がる程度には弱いからね…。
ふと、もう一度問題行動などを起こしていた先生の方を見た時に陣のような何かが見えた。それは一瞬だけで、何の陣だろうかと思った時にはすでに見えなくなってしまっていた。
過去の自分に関することなのだろうか……? それにしては別の人の視点のように感じた。だって視線の高さが合わない。私よりももっと高い人、男性と思われる高さだった。百七十後半はあると思う。
結局、一瞬だけしか見えなかったから、それ以上はわからないけど。
やっぱり倒れたことが発端として少しずつ過去を思い出してきているような……? けど、依然として両親の顔も名前も記憶喪失になった理由もわからないまま。ちょっとぐらいわかってもいいと思うんだけど、こればっかりは自分の意思ではどうしようもないから、気長に待つしかなさそうだ。
というか……。
いつの間に沙織も件の先生とお話してるわけ!? ちょっ、笑みと共に殺気が漏れてるよ!! 他の殺気に慣れてない生徒と先生が青褪めて沙織を見ているけど、当の本人は気付いた様子もなく、止めを刺しにいっていた。私が思考の海に沈んでいる間に色々とやらかすことなくない!?
――――――――――
――時間は遡り
月夜と沙織ちゃんが学校に行って、私達は顔を見合わせ、無言で頷いた。
月夜にはまだ話せない。不安を煽るようなことを下手に言えないのだから、黙秘するしかない。
歴代の、それも先代の十二天将について調べているなんて言ったら、何故調べているのかも教えなければならなくなる。あの子がもしかしたら十二天将の二人から生まれた子どもかもしれない、なんて現段階では憶測でしかないのだから。本当にそうだった場合、あの子の霊力の多さも納得できるけど……同時に十二天将になれるほどの実力者が二人も何者かの手によって倒されたかもしれないという別の問題が出てきてしまう。
十二天将が生半可な実力ではなれないことは周知の事実。それでも穢れに倒される場合もあるのだが…それは大公、王と呼ばれる上位の穢れが出てきた場合に限った話。逆に言えば、十二天将が二人も殺害されたという事実が出てきた場合は、大公か王が出てきた可能性を視野に入れる必要性が出てくるということ。
なので早急に十二天将にいないかを調べる必要性がある。その時期も含めて。
すでに『六合』が三年前に失踪していることは確定しているのよ。湊の証言ですぐさま調べて裏が取れたから。
後は現在、同じく失踪した可能性があると疑惑のある『玄武』について調べるだけ。
苗字が同じというだけで夫婦だと決め付けるわけにはいかないけど、何かしらの繋がりはあるべきと判断すべきだ。それも同じ時期に失踪していれば。
夫婦だったとか、二人の間に子どもがいたとか、その子どもがいつ頃生まれたとかわかればいいんでしょうけど、先代『六合』だけでは思うように情報が集まらなかった。
というのも、先代『六合』の名前すら判明しなかったのよ。調べに調べて出てきたのが苗字が『暁』であること、四十歳だったことのみ。
今日もそれぞれに先代『六合』について調べたことを報告し合うために集まったんだけど……。
皆の顔を見るに思わしくないみたいね、そう言う私もだけれど。
「一応、始めるわよ? 誰か新情報を手に入れた人はいる?」
答えはわかりきっていたけれど、集まった以上、聞かないわけにはいかない。
結果は全員が頭を横に振ることでわかってしまったけど。
「さっぱりだ。元々俺はこういうの苦手だけどよ、こんだけ集まらないとお手上げだぞ」
「僕も詳しくは……ここに来て、十二天将の秘密主義が仇になったとも言えるよね」
湊の言葉に私も無言で頷いた。
十二天将は基本的に互いに己のことを詳しくは話さない。歴代の十二天将の名前が書かれた書物もあると聞くけど、それを閲覧できるのは桜桃軍の運営をしている者達のトップにいる会長とその秘書役を担う副会長のみ。
桜桃軍では上位に位置付けられる十二天将でさえ自由に閲覧する許可を得ていないほどに厳重。
なので、閲覧する際には絶対に許可を得なければいけないし、許可を得るには会長と副会長二人に閲覧したい理由が書かれた紙を提出し、二人から許可が出なければ見れない。
許可が出るまでに一ヶ月は掛かると言われていて、理由としては嘘を言っていないかどうかなどを秘密裏に探られるから。
それぐらい厳重になっているのは、十二天将の個人情報を知ることができてしまうから。
公爵と同程度の実力を持つ十二天将の歴代の個人情報を知ることができるなんて、場合によってはどんな風に利用されるかわかったものではない。
だから必要以上に厳重に管理されていると言われている。実際のところは十二天将の私達ですら知らないし、知ることもできないけど。
そうでなくても最近は人が急に穢れになるという現象が続いているから、余計に許可は出ないと思った方が良い感じになってきている。
申し訳ないけれど、優先しなければいけないのは穢れを詳しく知らない一般人達。
この時ばかりは立場を忘れることができない自分を呪いたくなったわ。
あの子だって、不安を感じながら生活をしているってわかっているのに、思うように動けないんだから、思わず苛立ちをぶつけてしまってしまうことさえあった。
月夜が心配そうな顔で見てくるからすぐに止めたけど。
「…前任者の話は少なからず聞くなら、十二天将全員に聞いてみればわかるかもしれないよな?」
「駄目よ。下手に聞けば、私達が怪しまれるわ」
蓮の言葉にすぐさま反対意見を出す。
今は大きな動きを見せない方が良い気がしたのが主な理由よ。
もしも…本当にあったら嫌だけど、十二天将の誰かが関わっている可能性があるとしたら、それを聞いて回るのは危険すぎる。
人が穢れになる原因にもしも十二天将が関わっていたら?
本来は敵である穢れにさせる方法を十二天将が考えて実行しているなんて嫌すぎるけれど、それでも可能性として潰すことはできなかった。
常に最悪の事態も予想しておけとよく言われている穢れ狩りの私がそれを無視するわけにはいかないわ。
「現状は人が穢れになる原因もわかってない。もしも今のタイミングで私達が疑われやすい行動を取れば…」
「僕達が原因として排除される可能性もあるね。もしかしたら月夜が巻き込まれるかもしれない」
すぐに意味を悟ってくれたらしい、湊に頷く。
私達だけが疑われるだけならまだしも、月夜は一般人に限りなく近い存在。簡単に排除に動こうとする者だって居てもおかしくないわ。
本当…完全に八方塞がりよね。これも相手の思う壺なら腹立たしいったらありゃしない。
とにかく…どうにかしてこの状況を打破しなきゃいけないわね…。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
新しいシリーズの小説も投稿していますので、そちらも暇潰しにお読みいただけると幸いです。
タイトル名『王道過ぎておかしい異世界』
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