罠の発覚
暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。
――月夜視点――
嫌な予感がする。
ただ、それだけではあったけれど、その日は特別強く警鐘を鳴らすことなく、終わったので油断していた。
ドクドクと心臓が脈を打つ音が聞こえてくる気さえしてくるほど、冷や汗を流して頭を抱えている私に柊と呼んで欲しいと言ってきたあの男性は心配げに見てきた。
「姫、何かございましたか」
そう聞いてくる柊(さん付けも許されなかった)に答えることもできず、蹲っている私に何か変だと感じたようで、傍から離れようとしない。
「頭……」
「頭がどうなさったのですか? ……まさか、何か干渉のようなものが?」
焦った顔で聞いてくる柊に無言で頷く。その反応で柊の顔色が変わったけど。
人の意識を逸らす術はまだ効果を発揮しているのか、彼は狼狽したような顔になっている。すでに術を掛けられていたと気づけなかったことに対する自責の念も窺えたが。
だけど、このままの状態で済ませられるはずもなく、柊は側を離れることなく、式に連絡を取っているようだった。この時には頭痛のし過ぎて完全に柊に体重を預けている状態だったけど、辛うじて彼の状況を確認できたので良かったのかもしれない。
頭痛によって滲む涙を拭うこともできず、何とか意識を繋ぎ続けている私に柊も支えつつ、連絡が終わったのか、私の方を向いた。
「報告を式にいたしました。式が言うには、おそらくはあちらの術式破壊が影響して貴女様に影響が出ているのだろうとのことでしたので、行動を止めるようです」
なるべく頭痛を軽減させたかったのか、ベッドの上に寝かせた柊の報告に頷くこともできない。それでも向こうが動きを止めたからか、頭痛が治まって、辛うじて他のことを考えることはできるけども。
ただ完全には消えないようで、内側からハンマーで殴られているかのような衝撃が先ほどからずっと続いている。ある程度は進めてしまったからこその影響なのかもしれない。
まるで自身に施された記憶封印の術に干渉されているような感覚に襲われて、目を見開く。
そして、不意に柊が誰なのかを悟り、自然と彼の『名前』が口から飛び出した。
「――」
「!? まさか、姫様、記憶が?」
本名で呼ばれた彼が驚くが、私はまだ彼の正体を思い出しただけだ。それでも大きな問題があるかもしれないけどさ。
同時に彼の本名を他者が居る場所で呼んではいけないこともわかっている。何となくでしかないが。
だけど、これで私の記憶を封じる術が干渉を受けているのだとわかったのか、柊は急いで式に連絡をしているのがわかった。生憎と他者にはただ黙りこんだだけに見えると思うけど。
その間も頭を撫でることは止めないのだから、優しいのかそうではないのかがよくわからない。もしかしたら私だけなのだろうか?
幸いにも深いところには干渉されていないようで、戻ってきていないけど、これ以上進めば必然的に戻ってくることになる。そうなれば……最悪暴走だ。
こんな場所で暴走させるかもしれないなどという危険な行為をして一体どうするつもりだというのか。監視や世話役などが大勢居るというのに。
それとも彼らは捨て駒だとでも言いたいのか? そうすることができるほどに人数が居ると?
頭痛が治まってきたことで色々と考えられるようになったが、それでも疑問点は多過ぎるし、真実には近付けないと思えた。
「記憶を封じている術に干渉する形になっていると伝えておきましたが……一体、いつ仕掛けられたのか……私にも気づけぬほど隠されているなどとは……」
思わぬ罠だったのか、柊が焦った様子を見せているが、私もそれは同じこと。近くに来ることが殆どなかっただけに、油断していたとも言う。
だが、今考えてみれば、式やレティが来る前から一定距離以上は近寄ろうとはしなかった。十二天将が居ても向かってくる可能性の方が高いと判断されていたにも拘らず。
あの時はまだ水速さんが動いていなかったから、完全にどこかで仕掛けられていたんだろう。そうでなければ現状はあり得ない。
刻印に干渉することで、逆に排除の対象から逃れたのだろうか? どうやったのかは私にはわからないけども、少なくともこれを解除することができる者は眠っているだろう。
まだ残っている頭痛を堪えながらも私は起き上がる。私が横になっている姿を柊以外に見られれば確実に桜桃軍の動きを悟られる、と察したからね。
未だ呆然としたような様を見せていた柊に視線を向ければ、戸惑いつつも絶望した顔で頭を下げてきた。
「このようなことにも気づかず、申し訳ございません、姫。私の処罰は如何様にも」
「……いえ、貴方が居なければこの姿を見られていたでしょう。そうなればこちらの動きが悟られていた。気にしないでください」
そう言うものの、それだけでは納得できないのか、柊の視線が私に向いた。まるで処刑を望むかのような姿に首を横に振ることで拒否する。そこまでの重罰が必要だとはとてもではないが思えない。
完全に記憶が戻ったわけでもなく、まだまだ封じられている記憶の方が多いけど、記憶を有する私でも同じ判断を下すだろう。何の確証もないけど、そう思えた。
「その代わり、できるのならばこの場所の特定を。それを式達に伝えるしか、ここに辿り着く方法はありません」
位置特定の刻印がずらされている上に破壊し続ければ私の記憶を封じている術に影響が出ることがわかってしまったからには、内側から位置を伝える者が必要になってきた。
それは柊にもわかるのか、すぐさま頷き了承を返してくれた。
「勿論ですとも。必ずや、特定してみせます」
「……自分も大事にしてくださいね」
下手をすれば自分の命が尽きても遣り遂げそうな柊に一応で釘を刺せば、やはりそうしてでも、と考えていたようで、彼は言葉を詰まらせた。
何と言うか……短い付き合いではあるけど、彼は本当に私の思い通りに動くことだけが最重要で、自身の命が尽きることは何の支障も感じていないらしいとわかって、微妙な顔になる。
正直に言って、この時代ではかなり異質な考え方よ? それ。本人の正体が正体なだけに、時代を考えろと言ったところで通じるかわからないけども。
いやまあ、桜桃軍も死傷者が多く出るのが普通の組織なので、完全に平和かと言われると微妙だし、そもそも、穢れが視える者が多いから、平和とは言い難いのかもしれない。
年々、視える者が増えているということだが、これは視える者の母数が増えたせいだろうとも言われているほど、人数が居るのだ。どう考えても昔の時代ならおかしな時代だろう。
などと考えつつも、渋々ながらも頷いた柊に頷く。これで一応は自害とかは回避できる……はず。潜入している時点で危険を冒しているのに、更に死ぬなと命令しているんだから、無茶振りだけどさ。
それでも、人が死ぬのが当たり前ではない私にとって、それが呆れた願いだったとしてもそう命令せずにはいられない。誰かの犠牲の上に成り立つ正義の方が多いのかもしれないとしても。
私のそんな思いが伝わったのか、柊が苦笑した。
「記憶を失われる前の貴女様も犠牲を厭う方でしたが……記憶を失っても貴女様の本質は変わっていないのだと実感でき、私は本当に嬉しゅうございます」
「不可能に近い無茶振りだというのに?」
「ええ。それこそ、私が忠誠を誓う方ですから」
意地悪とも受け取れる質問をした私に即答で返してきた柊に困った顔になる。本当に心酔? されているようだ。これは記憶を失う前の私も苦労したんじゃなかろうか。
小さな箱庭の中で過ごしていたというのはわかるので、世間知らずな上にかなり純粋で優しい性格をしていただろう。そんな人物がこんな人を上手く使えていたのかね……?
そんな疑問が私の中で浮かんでくるけども、今はそういう時ではないのはわかっているので、柊に行くよう促す。そうすれば即座にも姿を消し、室内には私だけとなった。
これですぐに特定できればいいんだろうけど……そう上手く行かないだろうと考える。そこまで簡単に特定できるならば、とっくにあの人達なら見つけているはずだ。
となれば……どうやって隠していたのやら……。
答えの見つからない疑問を感じつつも、私は昼食を届けに来た女性に対し、いつも通りに振る舞うのだった。
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