現状からの脱却
暇潰しにお読みいただけると幸いです。
――月夜視点――
「ん……」
どれぐらいの時間が経ったのか自分ではわからないけど、よく眠れたのか、頭はすっきりしていた。
未だに自分が倒れたなんて信じられないけど、事実なんだと受け入れられる程度には冷静になれていたのだから、寝るのは良かったんだと思う。
けど、相変わらず自分が倒れた原因は思い出せないままだった。
そこは少し期待していたんだけど、どうも思った通りの成果は出なさそう。
残念ではあるけど、一度目覚めた時のような動揺はなく、普通に受け入れられていた。
やっぱり、精神的に不安定な状態だったんだ……。
冷静に分析しているけど、思い出せないということに落ち込んでいないわけじゃない。
ただなんとなく、遠くない未来で思い出すような気がするだけ。
それは勘とも言えるけど、何故か確証のない自信はあるんだよね。
だから今は精一杯現状を大事にしようと思ってる。
最悪の事態ばかり考えてても、気持ちが暗くなるだけだし、今はそうなるべきじゃないと思ったから。
気弱で、余計な事まで心配して、勝手に暗くなってしまう自分だけど、何故か今の私はやたらと気分が良かったし、物事も楽観的ではあるけど、暗く考えることはなかった。
……もしかしたら、ずっと不安があったのかも?
その不安が一気に押し寄せてきたから倒れて、寝たからすっきりしたとか?
改めて考えてみたらありそうで、ちょっと苦笑してしまう。
「あ、今の時間は……七時か…」
時間を確認したら、ずっと眠っていた所為なのか、急にお腹が空腹を訴えてきた。
割と大きな音が鳴って、自室に私しか居ないのに顔を真っ赤にさせてお腹を抱えちゃった。
一人しか居ないのに、恥ずかしい~!
と、とりあえず、一階に行って、何か食べよう! 時間的にも夕食の時間だし!
恥ずかしいのを紛らわすために無理矢理自分を納得させた私は顔の火照りが治まったところで、部屋を出ようとした。
「あれ、起きたの?」
「凜姉さん。うん、ついさっき」
「お腹空いた?」
「ちょっとね…ずっと寝てたから」
ドアを開けたら、ちょうど凜姉さんが自室に戻っているところだったのか出くわした。
お腹が空いたから一階に行こうとしたと告げれば、すぐさま納得顔で「じゃあ、何か用意するね」と言って一緒に一階に行く事になった。
自分で用意するって言ったんだけど、倒れてから目覚めたばかりの病み上がりなんだから甘えときなさいと言われて、大人しく従うことにした。
凜姉さんの言うことも間違いじゃないし、万が一でも用意している途中で具合が悪くなったりしたら危険だもんね。
いつもは食事は私が作っているんだけど、凜姉さん達も作れないわけじゃない。
湊兄さんは料理を趣味にしてるぐらい好きだし、普段でも私と湊兄さんで順番を交代したりして作っている。
蓮兄さんと朱里姉さんも作れるんだけど、大雑把だし、作るよりも食べる方が好きっていう人達だから、滅多に作らない。
凜姉さんは気になる料理を見つけたら作るって感じで、春樹兄さんは作るのも食べるのも普通で、どちらかというと、自室で寝食も忘れて術の開発などの研究をしているタイプの人。
いつも朱里姉さんか私が呼びに行かないと来ないぐらいに没頭しているから、凜姉さんや湊兄さんが気を付けるようにと言っているんだけど、今のところ改善される気配はない。
研究の方に行っている人はありがちらしいけど、それでも心配だから、いつも呼びに行っている。
朱里姉さんは無理矢理連れてくるけど、私は部屋の中に遠慮なく入ることはせずに、外から声を掛けているだけなんだよね…。
なのに、毎回一回で出てきてくれるし、朱里姉さんが呼びに行くよりも簡単に来てくれる。
その差がわからないんだけど、凜姉さん曰く「月夜だからよ」とのこと。
私にはさっぱりだけど、兄さん達はそれで意味が通じるらしく、誰からも否定は出なかった。
「できたわよ、熱いから気を付けてね」
「あ、ありがとう」
春樹兄さんのことについて考えている間に料理が出来たみたいで、凜姉さんが私の前に置いた。
一応病み上がりなので、お粥だけど、味はちゃんとつけてある。
無理せずに食べるようにと言われたけど、結構お腹が空いてたみたいで、それなりに量があったのに完食できてしまった。
「やっぱり二日も寝ていたからかしら?」
「え、二日も寝てたの!?」
「そうよ? 知らなかったの?」
「聞いてない…」
「春樹も朱里も、月夜が目覚めたっていう気持ちで一杯になっちゃったのね」
衝撃の事実に驚いていたら、凜姉さんが詳しく話してくれた。
私が突然気を失って、二日間も眠った状態だったらしい。
つまり、私が倒れたのは二日前で、その間、ずっと凜姉さん達は気が気じゃなかったとか。
二日も眠った状態だったんじゃ、春樹兄さんと朱里姉さんのあの反応もわかる。
私も誰かが二日も目覚めないままだったら心配になるし、目覚めたら良かったって安心する。
大袈裟だなと思ってたけど、状況的にそれは当たり前だったわけですね…!
一度目覚めたのが三時ぐらいなので、学校には私が目覚めたことは伝えてあるみたい。
ただ目覚めたばかりなのと、倒れた原因が不明なので、様子見も兼ねてあと三日は学校を休むようにと指示が出たんだとか。
私がもう一回寝ている間にお医者さんが来て、調べてくれたらしいよ。
異常はないけど本当に一応で休むようにって指示が出たから、学校にはそれも含めて話し済みだって。
有り難いけど、どうしても迷惑を掛けてしまったって思ってしまう。
ま、まあ今は異常がなかったことを喜んでおくべきだよね。凜姉さん達も異常はないって言われて安堵したみたいだし。
「沙織ちゃんにも無事な姿を見せてあげてね」
「沙織に…?」
「あの子、月夜が倒れてからずっと食事も喉に通らないくらい体調を崩してね…月夜が倒れたことが物凄く衝撃的だったみたい。だから少しでも無事な姿を見せたら安心すると思うの」
「そんなに!? 沙織は大丈夫なの…?」
「大丈夫よ。痩せてやつれてはいたけど、月夜が目覚めたって聞いてからは顔色も良くなったわ」
「そっか……良かったぁ…わかった、明日にでも会う」
「そうしてあげて。月夜が起きている姿を見せるだけでも、大分と精神的に安定すると思うから」
凜姉さんの言葉に素直に頷きつつも、それほどに精神的負担をかけてしまったなんてと驚いていた。
沙織はいつも頼れるお姉さんみたいな感じで、他の子からも頼られることが多い。
私は逆に可愛がられたり、もっと可愛くしようと弄られたりすることが多いけど。
愛嬌があるって言うと聞こえは良いけど、なんだか扱いが小学低学年ぐらいの子を可愛がってるって感じなんだよね…。
そりゃあ、童顔でたれ目だから幼く見えるのはわかるけど、いくら何でももう中学二年生なのに、小学生と同等って…。
どうせ、未だに小学生に間違われて、中学生だって言ったら驚かれてますよ!
……自分で言ってて空しくなってきた…。
身長は百六十あって、それなりな筈なのに、最近の小学生は発育が良いから、人によっては同じくらいの身長だったりするんだよね…。
特に女子の成長期は早いから、違和感はない。
も、もっと大きくなる……筈だから、大丈夫だと思いたい。
身長よりも童顔とたれ目の方を先にどうにかした方が良いのかもしれないけど。
雰囲気もふわふわしてるって言われるから、もっとこう…キリッとした感じになりたいんだけどね。
こればっかりは私の性格上難しい気がする。
凜姉さんや沙織みたいな憧れの女性って感じの雰囲気にはなかなかなれません。
今後も難しいんだろうなぁ…。頑張るだけ頑張ってみるけど。
「月夜!」
凜姉さんから話を聞いた翌日、早速沙織と会っている。
まだ安静にすべきって言われていることもあって、自室のベットにいる状態で、沙織にはわざわざ家に来てもらうことになってしまったけど、大丈夫な姿を見れて、沙織は安心できたみたい。
昨日も私が目覚めたって聞いてすぐに家に来てくれたみたいだけど、その時には眠っていたから、結局会わずに帰ったらしい。
にしても……凜姉さんが言っていた通り、三日前の沙織に比べてかなり痩せていた。
本当に食事も喉を通らない状態で二日間過ごしてたんだな、と実感できるぐらいに。
申し訳なく感じるけど、結局は倒れた原因もわからないままなんだから、どうしても不安は残る。
隣で倒れるまで見ていた沙織からの話では、青褪めた直後倒れてしまったらしい。
ずっと視線が合わなかったってことだから、もしかしたら過去の記憶を見ていたんじゃないかってのが今のところの有力な説なんだとか。
私が倒れたことと過去が関係している可能性が高いということで、蓮兄さん達は早急に私の過去について今回のことでわかった情報を詳しく調べている。
わかったことと言っても、精々私が怯える何かがあったという程度らしいけど。
こればっかりは私が記憶喪失であることもあるけど、まったく情報が集まらないのもあるから、思うようにいかないし、どうしようもない。
だからって諦めるわけにはいかないから、と蓮兄さん達は必死に調べているらしいけど(ただし、蓮兄さんと朱里姉さんはそういうのが不得意で下手ということで、あんまり協力してない)。
「月夜、なんか……吹っ切れた顔をしてる?」
「え?」
蓮兄さん達のことを考えていたら、沙織に急にそんなことを言われた。
……そういえば、蓮兄さん達が調べてくれているということを思い出す度に暗くなってた筈なのに、今は申し訳なさは感じていてもそれ以上暗い気持ちになることはない。
一度寝てスッキリした時も思ったけど、何か精神的に軽くなったように感じる。
何か切っ掛けがあったようには思えないんだけど、何かあったのかな…?
「うん、やっぱり吹っ切れたというよりも、表情から暗さが消えてる」
「そんなに…? 私は実感があんまりないんだけど…」
「うーん…なんていうか、今までは常にってわけじゃないけど、どこか暗さを感じる表情を浮かべている時があったんだけど、今はそんなことは一度もないもの」
「何もできないことに申し訳なさは感じてるよ?」
「でも、いつもよりも落ち込んでないんじゃない? 逆に言えば、今まで必要以上に落ち込んでいたってことよ」
なるほど、そういう考え方もできる。
思えば、今までどこかおかしかったのかもしれない。
言われて気付いたけど、確かに必要以上だと自分でも感じるくらい落ち込んでいた。
そこまで落ち込む必要性はあったのかなって、今の自分は思ってしまうほどに。
「……心のどこかで負担になってたのかな」
「かもしれないわね。そう思えば倒れたのは問題だけど、結果的には良かったのかも?」
「周囲の人達に迷惑をかけているんだから良いことではないよね!?」
「確かに私達は心配したし、不安になったけど、無事に目覚めてくれたんだから、それで良いのよ。しかも月夜が何か吹っ切れた顔をしているという良い面もある! ほら、問題ないでしょ?」
いやいやいや、普通に問題大ありだと思うんだけど!?
え、私がおかしいの? 違うよね? 心配とか不安をかけさせた時点で、迷惑をかけてるってことにならない!?
ああ……この人達に常識が通じるわけがなかったや…。
何度も過保護すぎると訴えても、気にするなと言われて意味がなかったのを思い出した…。
私って本当に中学生? なんか周囲の人達の反応的にまだ小学生にもなってない子ども相手な感覚がするんだけど!?
割と本気で常識を取り戻してほしい……私は中学生であって、小学生や幼子じゃないからね!?
無理か、無理なのか…!? ゴーイングマイウェイを貫く人達の集まりだけどさ!?
毎回、私の意見は微妙に聞き入れてくれないんだよね。
心の中でどうにかできないかと考えている私の姿に沙織は楽しそうに笑ってるけど、笑い事じゃないよ!?
え、心の中を読まれているのは問題じゃないかって? 今更だよ!
表情に出やすい自分が悪いんだけどさ、もう少しわかりにくいようにしたい……。
なんか愛の力とかって言って、わかりにくくなっても読んできそうな感じはするけど。
「ふふっ、相変わらず、考えてることが表情に出るのは変わらないね」
「うう……い、いつかはもっとわかりにくくなってる筈だもん!」
「そうなっても全力で読まれると思うわよ? 私も神楽家の人達も月夜が大事なんだから」
「ちょっとは自重しよう!? 傍から見たらヤバい人の集まりになるよ!?」
私が悪いわけでもないのに、どんどん変な方向に暴走していく沙織と蓮兄さん達を止めないといけないとか無理過ぎる。
おかげで沙織や蓮兄さん達が暴走する度に呼ばれたり、拉致されたりしてる…。
彼らの暴走は洒落にならないのに、私以外には止められないことが最もな原因だけど。
十二天将の皆さんは、居場所を把握するのが難しい上に易々と動かすわけにもいかないということで、居場所も把握しやすく、結構簡単に動ける私に話が来てしまう。
凜姉さんや湊兄さんは暴走が少ない人ではあるけど、ゼロじゃないという…。
冷静な人達な筈なんだけどなぁ…。
え、春樹兄さんもそうじゃないかって? あの人は研究で作った術を試す為に暴走することが多くって、何気に蓮兄さんや朱里姉さんよりも呼び出されることが多い人だよ。
何もなければ一番の常識人でもあるんだけど、新しい術開発に関しては常識がぶっ飛んでしまう人なんだよね。
凄い人ではあるんだけど、その暴走の多さから階級を下手に上げられない状態になっているらしいよ。
凜姉さんや湊兄さんも実験のために暴走するのは控えろって何度も注意しているんだけど、今後もそれが果たされることはないと思う。
それぐらいに暴走癖のある人なんですよ。
「自重しろって言うけど、別にそれほど迷惑はかけてないわよね?」
「いやいやいや、かけまくりでしょ!? 常識で考えて?!」
「常識で考えてるじゃない。月夜には迷惑をかけてないわ」
「それは常識って言わない…!! しかも、暴走する度に呼ばれてるのは私だよ!?」
「そういえばそうね。じゃあ、今度からなるべく暴走しないように気を付けるわ」
「そうじゃないけど、有り難う!」
本当に自重して欲しい……姉さん達の暴走は洒落にならないんだからさ!
そんなことを考えていた私は結構大声で話しているのに兄さん達が来ないことに気付いた。
時間的に朝の九時なので、もしかしたら仕事とか学校で家を空けているのかもしれないけど、なんだか違うような気がしてしまうのは私の勘……なのかな?
これが兄さん達の勘だったら少しは信用できるんだけど、私の勘じゃ当たらないことが多そうだし、きっと気のせいだね。
一人で納得している私に沙織が不思議そうな顔をしてこちらを見ていたけど、何もないと笑って答えれば少し不安そうな顔をしながらも納得してくれた。
何故、不安な顔をされるのかこの時の私の表情を見ることができたらわかったかもしれない。けど現実は無情で、私は笑って言ったと思っていたのに、実際は一切感情の出ていない無表情だったなんて知らなかった。
もしも知っていたら沙織に不安そうな顔をされる理由もわかったんだろうけどね……。
結局はタラレバの話であって、一度始まった変化はかわらない。
私はこの日を境に少しずつ周囲も含めて変化していくことになる。
それが良いことか悪いことかは……現状の誰もわかないことだった。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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タイトル名『王道過ぎておかしい異世界』
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