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穢れ狩り  作者: 氷見田卑弥呼
狐面の穢れ狩り
5/82

不確かな不安

またまた登場人物が二人増えます。

 ―――伊織(いおり)視点―――


 その時の月夜(つきよ)は明らかにいつもとは違ってた。

 月夜が何かを考えて、落ち込んでいることはよくある。

 何を考えているかなんてわからないけど、月夜は的外れな心配をして、勝手に落ち込むことが多い。

 今回もそれかと思って、声を掛けようとしたの。

 けど、声を掛けようとした直前、急に月夜の表情が変わった。

 ざあぁぁ、という音が聞こえそうなぐらい勢いよく顔色を悪くして、カタカタと震えだした。

 あまりに急な変化に私は咄嗟に動けなくなっていた。

 様々な修羅場を抜けてきた自負がある(けが)()りの私が、月夜の変化に驚き、心配のあまり動けなくなっていたの。

 これでも私は十四歳で『中将』になった実力者だって有名なのよ?

 自慢でもなんでもなく、それは事実。

 そんな私から見ても、素質がありすぎるのが月夜。

 触れただけで霊力測定器を壊したなんて、普通じゃない。

 十二天将の方々でも聞いたことないわ。

 霊力は後から多少は鍛えて増やすことができるけど、基本的に変動することはない。

 けれど、私と月夜はまだ成人していない未成年。

 正確には体の成長が止まるまでは霊力というのは成長する。

 十四歳は第二成長期に入ったところで、ちょうど霊力を大幅に増やすことができる期間。

 髪や目の色は霊力がある一定以上に増えた場合、後天的であっても変わる。

 だから穢れ狩りになろうって子供は必死に訓練をするの。


 でもね、何処にでも生まれながらにして才能を持っている者がいる。

 それが月夜。

 十一歳なんて第一成長期が終わって、次は第二成長期に備え始めるある意味、最も霊力が上げやすい年齢だって言われてる。

 第一成長期が小学三年生とか小学四年生で始まって、小学六年生で一回落ち着くの。

 で、第二成長期は中学一年生の終わりから中学二年生の始まりから始まって、こっからは個人差が大きいから、正確にこうとは言えないけど、大体は高校生で終わるわね。

 ああ、話がずれたわね、まあ、その最も霊力が上げやすい年齢である十一歳で、十二天将でも太刀打ちできないほどの量を持っているのは普通じゃないの。

 だって、十二天将は桜桃軍(おうとうぐん)の最高戦力よ? そんな人達を超える霊力を持っている人なんて滅多に居ないわよ。

 それを平然と超えて、何なら力の暴走を危惧されるぐらいに霊力を多く持っている月夜は、その霊力の多さだけで、将来有望と言ってもいい。

 しかも話を聞けば、五行(ごぎょう)を全部持っているって言うじゃない。

 どこまで規格外なのよって思ったって仕方がないと思うの。

 というか、触れただけで壊しちゃったって言われた時の衝撃は凄かったわ。


 ちょっと過去を振り返ってしまったけれど、それでも月夜の様子はちゃんと見てたわよ。

 咄嗟で動けなかった事は反省点だけど、それでも落ち込んでいる暇はないもの。

 突然糸の切れた人形のように気絶して、前のめりで倒れようとしている月夜を支え、私はすぐさま保健室に駆け込んだ。

 私は少し特殊な霊力の質を持っていて、五行の中ではなく『風』という霊力の質を持っているの。

 だから、明らかに自分よりも体躯が大きい者でも、割と簡単に持ち上げて運べてしまう。

 防御も攻撃もバランスよくできるしね。


「先生! 月夜が……!」

「月夜さんがどうしたの?」

「急に青褪めたと思ったら意識を失って…!」


 運んできた月夜を保健室の先生が事情を聞くと、すぐさまベットに案内してくれた。

 そこから軽く色々と見てくれたけど、本当にただ意識を失っているだけみたいで、これといった危険はないという判断だった。

 ただ、倒れた原因がわからないので、様子見も兼ねて、私と月夜は帰った方が良いと言われてしまったけど。

 私が月夜の護衛役だってことは、先生は知っているものね。

 それに、神楽家の人達を大人しくできる人って少ないし。

 扱いに慣れている私でもいないと、絶対に暴走する。

 私もそれはわかるから、大人しく先生の指示に従ったけど。




 ―――月夜視点―――


「ん………」


 ずっと海の底に沈んでいるような感覚を体験していたんだけど、気付いた時には現実に戻ってきていた。

 見慣れた天井だと、よく回らない頭で考えていたんだけど、すぐにそれはおかしいと思った。

 だって、確かに学校に居て、沙織と一緒に教室に向かいながら、一緒に話してたんだから。

 というか、私はなんで寝てたんだろ……?


「どうして……」

「月夜! ああ、良かった…!」

朱里(あかり)、落ち着け」

「何よ! 春樹(はるき)は月夜のことが心配じゃなかったわけ!?」

「心配してたが、月夜は起きたばかりだぞ」


 溌溂(はつらつ)とした印象を受けるオレンジ色の髪と瞳を持つ朱里姉さんと黒髪黒目に見えて若干、紫が混じっているのがわかる春樹兄さんの二人が口論していたけど、これはいつものこと。

 長兄の蓮兄さんと気が合う朱里姉さんがよく暴走して、それを春樹兄さんが止める。

 年が近いんだけど、朱里姉さんは高校三年生とは思えないぐらい、小学生の男の子みたいに行動力があるから、周囲からは「蓮の小型女性版」と言われていたりする。

 本人はそう言われているって知らないみたいだけど、知ったとしても変わらなさそう…。

 あ、喧嘩が終わったみたい。


「月夜、大丈夫か?」

「うん。けど、どうして私は自室にいるの? 確か、学校に行ってたよね…?」

「ああ、ただ沙織が言うには、突然青褪めて倒れたらしい。原因がわからないから、一応で家に戻されたんだ」

「そうなんだ…」


 倒れた? 私が?

 健康そのもので、病気も保護された二年間、一度もしたことがないのに?

 しかも、倒れた原因を思い出そうとしても思い出せない。

 まるで靄でもかかったかのように思い出そうとすればするほど、遠ざかっていく。

 はっきりと憶えているのは、沙織と話して……何かを祈ったことぐらいまで。

 何を祈ったのかも思い出せないし、そこから先はどれほど記憶を手繰り寄せても出てくる気配がない。

 私が必死に思い出そうとして、思い出せない姿を見て、春樹兄さんも朱里姉さんも無理はするな、と言ってきた。

 倒れてから、意識が回復したばかりなのだから、頭に負荷をかけるべきじゃないとも言って。

 心配してくれているのがわかるから、私も大人しく従うことにしたけど、やっぱりずっとモヤモヤが消えてくれない。

 思い出した方が良いって勘が言っているんだけど、肝心の記憶が思い出せないから、どうしてもモヤモヤが残るんだよね…。


「月夜? やっぱり疲れてる?」

「もう一度寝ておけ。自分ではそう思っていなくても、意外と混乱していることもある」

「そう、だね。うん、もう一度寝る」


 春樹兄さんの指摘も確かだから、私は大人しく寝ることにした。

 次に起きた時には思い出せるかもしれないもんね。

 そう信じて、再び眠りにつく私は、春樹兄さんと朱里姉さんが安心したような、でもどこか不安に感じているような表情をしていることに気付かないまま、意識が沈んでいった。




 ―――(りん)視点―――


「月夜は?」

「一度起きたけど、また寝た。必死に記憶を思い出そうとしてたみたいだけど、思い出せない様子だった」


 月夜の様子を見に行っていた春樹と朱里がリビングに戻ってきて、すぐさま(みなと)が月夜の様子を聞いていた。

 春樹の詳しくも簡潔な説明に、全員がホッと一息つけた。

 そして同時に、倒れた原因を月夜本人でさえ思い出せない事に一抹の不安を抱えた。

 このまま目覚めないかもしれない…なんて、誰も思ってはいなかったけれど。

 何が原因で倒れたのかぐらいはわかりたかったんだけどね…。


「二日も眠っていたから心配していたんだが、異常はなさそうだな」

「そうね。あ、沙織ちゃんにも話を。あの子もかなり心配していたから」


 普段の少年のようだと称される雰囲気を消して、安堵の溜息を吐く(れん)に同意しながらも、私は沙織ちゃんに話をするようにと指示を出した。

 月夜が倒れた日、一日中月夜の傍で、月夜よりも死にそうな顔をして座っていたのを未だに思い出す。

 あまりに顔色が悪いからこの二日間は学校にも行っていない。

 二日間、月夜がずっと(うな)されていることも知っていたから、余計に自分を追い詰めてしまっていたみたい。

 私達も月夜とは仲が良いけど、過ごす時間としては沙織ちゃんの方が圧倒的に長いのよ。

 だからこそ、近くに居たのに何もできなかった自分を責めている。

 そこまで責めなくても良いと言っても、当の本人である月夜が寝込んでいる上に、魘され続けているのだから、慰めにもならなかったでしょうね。

 無事に目覚めてくれて、安堵したのは、私達も沙織ちゃんも精神的に平常を装えなくなっていたからなんだけども。

 こんな状態で仕事ができるはずがないから、なるべく仕事を休むようにはしていた。

 穢れ狩りの仕事は特に精神が安定しているかどうかで決まったりするので、遠慮させてもらっていたわ。

 朱里や蓮は仕事でもしてないと気が紛れないのか、普段よりも真剣に仕事をしていたけど。

 気持ちはわかるけど、もしもこれが一週間目覚めないままだったとしたら、逆に体調を崩していたんじゃないかしら。

 二日でも大分と周囲から心配されるほどに無茶を続けていたのだから。

 本当に月夜が二日で目覚めてくれて良かったと思う。

 長期間眠り続けているのも不安だけど、その間、無茶をし続ける蓮と朱里も心配になる。

 春樹も湊も仕事を休むようにと言うほどに心配していた。

 これで少しでもいつも通りに戻ってくれたらいいんだけど……。

 しばらくは月夜を心配して、より一層過保護になるでしょうね。

 こればっかりは、月夜も覚悟しているでしょうから、諦めるしかないわ、私達だって同じく過保護になるでしょうから。



「月夜が目覚めたって本当!?」


 バンッ、という音を立てて部屋に入ってきた沙織ちゃんに、揃って口の前に指を持って行った。

 静かにしてくれというのが伝わったみたいで、沙織ちゃんは顔を真っ赤にさせて静かに勧められるままに椅子に座ってくれた。


「さっき目覚めて、また寝たのよ」

「そ、そうだったんですね……。良かった…」


 説明すればすぐさま理解してくれるのは有り難いわ。

 食事も喉を通らなかったみたいで、二日前よりも明らかに痩せていたけど、顔色は元に戻っていた。

 月夜が目覚めたと聞いて、慌てて来たのがわかるぐらい、服も髪も乱まくっていたわ。

 一番、倒れるんじゃないかって心配されていたのが沙織ちゃんだから、一応は安心できるわね。



「それより、月夜が魘されていた時に言っていた言葉を思い出さないか?」


 突然話題を変えた春樹に私達も無言で頷いた。

 月夜は、眠っていた二日間魘されていたけど、その間ずっと何かを言っていた。

 最初はただの寝言だと思ったんだけれど、どうもそうではなさそうだとわかった辺りから、聞き取れた言葉だけ記録しておくことにした。

 結果として、その内容が月夜の過去に関わるんじゃなかろうかと思える部分が多くって、全部聞き取れなかったのが残念に思えたわ。

 なにせ単語でしかわからなかった部分が多いのよ。


「父様と母様っていうのが結構多いな」

「そうね。やっぱり、二年前以前の記憶も戻っていたのでしょうね…」

「一番の手掛かりは…人が穢れになった…かな?」

「やたらと謝ってたんだよね…」

「それ、もしかして……月夜は目の前で両親が穢れになって、自分の手で殺したんじゃないか?」


 春樹の指摘に、全員が息を呑んだ。

 もしそうなら、あの子は……記憶を失うのは当然。

 だって、最も思い出したくないであろう記憶だもの。

 自分の手で両親を殺したなんて、これ以上ないトラウマになる。

 そう言えば、あの子は保護されたばかりの時、穢れにやたらと恐怖を感じていたじゃない。

 あれが記憶が無いまでも、トラウマによって体が憶えていたが故の反応だとしたら…。


「月夜が武器を触れないのも……」

「……可能性としてはある。術だって、最初は怖がっていたし」

「もし本当なら、月夜は記憶を失っている方が幸せだということになってしまいますよ!?」

「実際幸せでしょうね。御両親の事に関して、まったくと言っても良いほど憶えていないのも、一種の防衛本能だと考えれば、納得できるわ」


 雰囲気が暗くなるけど、それも仕方がない。

 今まで必死に調べようとしていたのに、それを止めた方が良いんじゃなかろうかと思わせる仮説が出てきてしまったのだから。

 穢れ()きと言われる、人に穢れが憑くというのは滅多にないとはいえ、可能性としては十分にある。

 一度穢れに憑りつかれてしまうと、完全に穢れとなってしまうため、倒す以外の方法では助けられない。

 もしも月夜の両親がそれになったのだとしたら、近くに居たであろう月夜が倒す以外の方法しかない。

 そこでふと、疑問に感じた。


「……月夜の御両親は穢れ狩りとかではなかったのかしら」

「なんでそう思ったの?」


 朱里に訊かれて、私も困ったような表情になった。

 何かの根拠があったわけではないから、どう説明すれば良いのかわからなかったからよ。

 そこら辺は春樹とか湊の方が得意だから。


「月夜の霊力の量から考えても、御両親が穢れ狩りだった可能性は捨てきれないね」

「……そうだな。ずっと一般人かと思って調べていたが、よくよく考えてみれば、あの霊力の多さで、両親が一般人だとは考えにくい。せめて片方でも十二天将でもない限り……」


 春樹が何かを言いかけて、ハッと全員が思わず立ち上がっていた。

 そうよ、片方が十二天将でもない限り、月夜の霊力の多さを説明するのが無理があるわ。

 十二天将の代替わりは珍しいから、調べればいくつか不自然な部分が出てくる筈。

 それこそ、大公(だいこう)や王でも出てこない限り、十二天将は寿命か体の衰えでしか代替わりをしない。

 十二天将ともなると、現在の最高年齢である『騰蛇(とうだ)』でも見た目は四十代。

 しかも霊力が多ければ体の衰えもかなり遅くなるのだから、見た目は四十代でも中身はまだまだ二十代後半ぐらい。

 そんな感じなんだから、もしも若い時に大公や王に襲われたとかでもなく、不自然な代替わりをしているなら、詳しく調べてみる価値はあるわ。


「……あ」

「湊?」


 突然声を出して固まった湊に、私は訝しげな顔を向けた。

 湊の方も若干戸惑っているようで、少し動揺が見える表情で一つの情報を伝えてくれた。


「いる……僕の前の『六合(りくごう)』が、三年ほど前に突然失踪してる」

「それ、本当?」

「うん。僕が『六合』最有力候補ってなってたけど、その前の人が四十歳だったはずだから、もう少し後になるだろうなって思ってたところに、突然失踪で、急いで決められたんだ」


 穢れ狩り、それも十二天将の引退は大体八十歳ぐらいだから、確かに前任者が四十歳なら、もう少し後になると思って当然ね。

 逆に言えば、不自然だったからこそ、湊も記憶に残っていたのでしょうけど。

 しかも三年ほど前なら、月夜が記憶喪失の状態で発見された二年前に近いから、可能性としては高い。


「その前任者は結婚していたのか?」

「そこまでは詳しく聞いてない。ただ、『玄武(げんぶ)』の前任者と同じ苗字だったらしいけど」

「『玄武』の? 可能性としては高いが……」

「いつ失踪しているのかがわかればいいんだけど…」


 春樹と湊が揃って頭を悩ませているけど、十分すぎるほどの進歩だった。

 調べない方が良いんじゃないかと思ってたけど、十二天将の不自然な失踪を解き明かす切っ掛けになるかもしれないし、月夜が十二天将の子供なら、その素質は計り知れないわ。

 何とかしてでも、解き明かす必要性がある。

 今は可能性だけだったとしても、桜桃軍としても無視できないし、家族としても無視できない。

 月夜の両親がわかれば、素性の解らない子みたいな扱いを止められるのだから。

 監視や護衛をするのは、あの子の霊力の多さもあるけど、あの子の出自がわからないから。

 家族として接したいのに、桜桃軍としての決定を優先せざる負えないのだから、ずっと腹が立ってたのよね。

 それは月夜と親友と言えるほどに仲が良い沙織ちゃんも同じ気持ちだった。

 きっと月夜もそれを無意識に感じ取っているから、微妙に壁があるんだと思うわ。

 なんでも相談できない状態にさせてしまっている現状を悔しく思うけど、素性さえわかれば、監視はしなくても良いとなるのだから、全力を注ぐに決まっているじゃない。

 そりゃあ、場合によっては戦闘の仕方なんかを教えることになるでしょうけど、今までの扱いはなくなる。

 何度も「今だけは我慢していてね」と思うこともなくなるのだと私が考えるのは当然だった。

 けどやっぱり、月夜の幸せを一番に願ってしまうのは仕方がないと思うの。

 大事な大事な私達の最愛の妹なのだから。

 私達は月夜の幸せを願っているから、いつか……その不安を教えてくれる日を願っているわ。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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