記憶の術と昔
暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。
レティと五郎さんを待っていると、事前に聞いていた約束の時間よりも少し早めに五郎さんが来た。
で、私が思い至ったことを五郎さんにも言ったんだけど、やっぱりレティと同じく気づいてなかったようで、厳しい顔つきになった。
「ふむ……我々が思っている以上に面倒なことになりかねん」
「記憶操作を解除できるだけの術者は桜桃軍には?」
「おらん。しいて言うなら……月夜が出来る可能性があるぐらいだ」
そう言われて思わず、両手を体の前で祈りを捧げるような感じにしてしまった。五郎さんの言っていることがどれほど切羽詰まったものになるかわかってしまったから。
通常の術でも得手不得手が出てくるのと同じように、精神や記憶への干渉は特に適性が求められるのだと、レティは教えてくれた。
つまり、現状の桜桃軍にそういった術が伝わってないだけではなく、適性もない、ということに他ならない。適性がある場合は、自然とそういったことが出来るらしいから。
そして……私は自身でほぼ確実に記憶を封じたと考えられている。もしも他者から掛けられていたのならば、封印解除の設定がきっちりしてないと無理なのだとか。
自身に対して掛けた場合と違うが生まれる理由としては、それぞれに異なる魂を持つからであり、自身に対し掛けた場合の方が自由度が増す。
一卵性の双子だったとしても、器こそ似ているもの、魂は違うため同じ現象が起こる。
だから他者と自己で、難易度が全く違うんだって。
「じゃあ、向こうには手練れの記憶操作を行える術者が……?」
「可能性は高い。あの特殊体質からしても、そこそこの数が特殊な者達で構成されているかもしれん」
五郎さんは難しい顔をしつつも、早急に伝えるべきと判断したのか、立ち上がった。私とレティも付いてくるように言われたので立ち上がる。
「記憶に干渉する術はどれも難易度が高い上に要求される魔力や霊力が多いの。だから、殆どの者には馴染みがない」
「それが気づけなかった理由?」
「そうね」
レティの言葉にずっと疑問に思っていたことを聞けば、あっさりと頷かれた。馴染みがないからこそ、最初に思いつくことがない、ということらしい。
例としてしりとりを出されたけど。
「しりとりをしている最中は思い出せなかった名前を、日常で思い出したりするでしょう? あれと同じ。他から指摘されないと気づけない時もあるわ」
「それって、無意識に精神が追い詰められているってことなんじゃ……」
「そうでしょうねぇ……問題事が発生すれば無意識にであれ、私達は早急な解決を、と焦る。そうすると、冷静に事を見ることが難しくなっちゃうのよ」
「まあ、当事者の方は冷静であるつもりが多いがな」
二人の言葉に微妙な顔になる。いくら不思議な力を有していても、脳の構造は一般の人と変わりないのだと、そう言われたような気がしたのだ。
勿論、普段の様子から見ても、穢れを狩っている以外は、特別な部分なんてないというのは知っている。
戸籍が消されているとか、髪や目の色が一般人と大きく異なるとか、細かな部分での違いは当然ながらあるけど、普段の生活も大きく違うということはない。
まあ、夜に出歩いている時点で色々と駄目だけど……そもそもが警察でさえ夜は一切外に出られないしねぇ……誰も咎められないんじゃ、特別問題はない気がする。
いやまあ、法律には抵触するだろうけど。法律で外に出られるのは午後五時までって決まってるし。
昔の人からすればあり得ない法律だが、それだけ穢れによる被害が多過ぎるということだ。しかもその捜索を国は全くできない。だってまともな対抗手段がないんだもん。
穢れには、昔から考えれば大きく開発が進んだ兵器は一切効かない上に、場所によっては国が崩壊するので、まともに使えない。
じゃあ、拘束できる物を開発すればいいと、最初はなったらしいが……そもそも穢れは実体と呼べるものが人間と違いない。それこそ心臓を潰すしかないわけですね。
で、その心臓が五個ある上に、再生能力も持ち合わせている。正直言って、現状ある兵器を使っても穢れの再生能力には適わない。
一応は討伐できた例もあるんだけど……それはどれも最下級の穢れのみ。上位の穢れに対しては精々が足止めを成功させた程度。
つまりは現状の兵器では『男爵』か『子爵』ぐらいまでしか倒せないというわけです。
圧殺するのが確実だとなっているみたいだけど、それも実体がない穢れは少しの隙間でもあればそれだけで逃げ出すことが可能だし、上位の穢れになれば素早さも持ち合わせている。
そりゃ、何故か再生が遅くなる霊力や魔力を持つ者頼みになるよねぇ……。
「とりあえず、急ぐとしよう。月夜、夜の貴族殿、抱えても?」
確認で聞いてきた五郎さんに私もレティも頷く。ちょっと慣れないと怖いけど、速度としては私とレティに合わせて歩くよりは早い。恐らくは一般人の走りと比較しても早いだろう。
頷いたのを確認後、すぐに抱き上げた五郎さんは走り出した。あまりの速度に思わず振り落とされないように五郎さんに抱きついたほどです。
――――――――――
五郎さんの超特急で桜桃軍本部内にある、美奈子さん達運営組がいる部屋へと到着し、五郎さんはノックなしで部屋に入った。仮にも私とレティという部外者がいるというのに、である。
「あらぁ? 月夜お嬢さんに夜の貴族様ぁ? 『騰蛇』どういうことぉ?」
普段の間延びした口調で聞いた美奈子さんに、五郎さんは神妙な面持ちで私が疑問に思った部分を美奈子さんと傍に控えていた里見さんに伝えた。
当然ながら静かに聞いていた二人とも厳しい顔つきになりましたよ。ちょっと怖い……。
若干、怯えていると、私の表情が引き攣ってでもいたのか、美奈子さんと里見さんがすぐさま表情をいつものに変えた。雰囲気こそ変わっているけど、表情が違うだけでまだ安心感がある。
「なるほど……確かにあそこまでの人数が集まって全ての者が野心を抱いている……という可能性は低いでしょう。何より無理矢理にでも現人神を連れてくるという手段からして、十分に考えられます」
「だとすると、何故現人神であった者達は洗脳をされなかったのかしら」
「それについては、無理だったからではないじゃない?」
美奈子さんの疑問に、すんなりとレティが言った。全員の視線がレティに注がれる。
無理だった、とはどういうことなんだろう? と私が首を傾げていると、少々呆れた目でレティに見られた。え、なんでだろ。
「レティ?」
「……貴女は無自覚に神降ろしを成功させているから、実感はないのでしょうけど、神は体に着いた穢れも嫌うけど、それ以上に魂の穢れを嫌うのよ。つまり、洗脳は魂の穢れに値するってこと」
「禊とかしたら勝手に祓われちゃうってこと?」
「そういうことよ」
肯定されて、私は納得する。確かにそれでは術による洗脳は無理だろう。ただし、幼い頃から刷り込まれた場合は別らしい。
そっちになるとそれはもう当人にとって純粋なものとなるので、神々も穢れと判断しないのだそう。ただまあ、歪んだ刷り込みを持つ神降ろしが出来る者は出来ないとなるそうだけど。
ゆえに『信仰会』はほぼ確実に幼い頃からの刷り込みも行っていないだろうと言われた。そもそもが幼い頃は降ろせても、成長した後まで降ろせるかは確証がない上に、幼い時に見つけ出すなんか至難の業だ。
話を聞いた全員が納得した理由です。そりゃ、力尽くでの拉致になるわ。従える、という感じでもないのにも理解出来ました。
「じゃあ、拉致とかを担当する人達が怪しい、のかな?」
「かもしれないわね。普通に所属している者達も怪しいけれど、そっちでも術による洗脳を受けている者が一定数存在する可能性はあるわ」
「こういう失われた一族の力が必要になる時が来るといつも、昔の政府に苦情を言いたくなりますね」
「当時は仕方がなかったわ。どんどん科学などの技術が発展して、穢れなどの概念を嘘だと断じようとした時代なんだから」
「一部で『神々による粛清が行なわれている』と言われるのも致し方ないな」
思わずなのか愚痴のようなことを呟いた里見さんに五郎さんと美奈子さんが宥める。レティは……里美さんの呟きに同感ではあるものの、当時の様子を知っているからなのか、フォローも何もしなかった。
彼女は政府に属していたわけではないし、むしろ当時の政府に排除されかけた人物。また私達とは違った感情を抱いていてもおかしくはない。
それが怒りや憎しみなんかであっても私達の方では受け止め切れないだろうからね。
「あ、そうだわ、月夜」
「うん?」
突然口を開いたレティに呼ばれて、私は首を傾げた。場の空気を換えるため、でもあるんだろうけど、この感じは別の話題に入りそうだなと直感的に悟る。
明確に狙われていると実感したあたりから、私は直感が鋭くなったようで、こういうふとした瞬間に勘が発動することが多くなったんだよねぇ。
「貴女が見つけた神社。日本の方の逃れ者達に聞いたんだけど、知らないと返ってきたわ」
「え? 知らない?」
「ええ。あそこは隠れ者が張った結界があって、逃れ者ではわからないそうよ」
突然の報告に目を丸くする。どうやら、こちらに来なかっただけで、見ていてくれていたらしい。来る回数が減っていたのも、恐らくはわざわざ聞いて回ってくれたからだろう。
にしても……なんか、知らない言葉が出てきたな……。
「あの、逃れ者とか隠れ者って何?」
「そこを知らなかったわね。ごめんなさい。私のような異空間などに行き、政府の手から逃れた者を逃れ者。一族代々受け継がれてきた場所と共に隠蔽の結界などを張って認識できないようにして政府の手から逃れた者を隠れ者と呼ぶの」
「逃れ方が違うということ?」
「そうね。隠れ者は基本的に神社などの神聖で下手に壊されると国が困るという場所を守ってきた一族が多くて、逃れ者はそういった場所の守護に就いていたわけではない者達が多いの」
わかりやすい説明に私は納得したものの、同時に自身が確実に隠れ者と呼ばれる一族の出だと確定したような感じがした。だって、その隠蔽の結界……絶対に同じ血を受け継ぐ者じゃないと気づけない感じにされてるよね。
と思いながらレティを見れば無言で頷かれた。
「ええ。貴女の考えているとおり、あそこは貴女の身に流れる血を有していた一族が守っていた場所。それも……今までの隠れ者達が隠してきた中で一番、邪な者達に見付かるとまずい場所よ」
その言葉に、私は絶句するしかなかったのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




