交代
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五郎さんによる教育が発覚した翌日、訓練場にしている実験室では、五郎さんではなく紗良ちゃんが立っています。
やはり十二天将のみんなも知らなかったようで、五郎さんはしっかり叱られたそう。物理での説教にならないあたり、最強の名は伊達ではないというのがわかる。……こんなところでわかりたくはなかったけど。
「お願いします」
挨拶は大事だと思ってお願いすれば、紗良ちゃんは笑って頷いてきた。何かおかしかったのかな?
「挨拶は大事じゃ。良い子じゃの。『騰蛇』がすまんのぅ」
「あ、いえ。特別苦でもなかったので、気にしないでください」
褒めるように頭を撫でる紗良ちゃんが謝ってきたので、すぐにそう返せば、苦笑された。まず苦に思わない時点でおかしいのだろう。
沙織も始まりから終わりまでずっと常識を疑っていたし。今が実力者だとしても、習い始めた時からそうだったわけではないという十二天将のみんなも同じ感覚だったんじゃないかな。
今は規格外の実力を持っているだけに、習い始めがどんな感じだったのか気にはなるけど、聞かないでおいた。絶対に何かしらぶっ飛んだ部分が出てくると思ったからだ。
いくら普通だった、と言っていてもそれが本当かはわからない。というか、当時を知っていると思われる人物から「出てきた時からアホみたいな実力を持ってただろ」と言われていたし。
うん。『あの人達を基準にして鍛えてはくれるなよ』と言った所属者さん達の必死なさまを見ているので、是非とも一般的な教育でお願いしたい。
「さてと……とはいえ、霊力操作は問題なくできているのじゃから、今までとそう大差のない訓練になってしまうの。まったくあの脳筋め……」
「え、えっと、今日はどういう風になるのですか?」
小声で呟かれた『脳筋』という単語には触れず、訓練内容を言うように促せば、すぐさま教えてくれた。
まあ、それは術の行使、ではなかったけども。
「『朱雀』達より聞いたのじゃが、お主は身体の方はさほど鍛えておらんのだろう? 今までの状況から仕方のないことではあったが、術を本格的に習っていくのならば必要じゃ」
「そうなんですか」
驚きの声を上げた私に紗良ちゃんは頷いた。術を使うというだけで体の方も要求されるとは思わなかったな……。
「強い術を使うとなれば、それ相応に体の方も強度が要求されるのじゃ。ゆえに上位者達の中に術だけに力を注いでいる者はおらんじゃろう?」
「確かにそうですね」
『桜桃軍』で行なわれる年に一度の所属者達による闘技で、上位にまで残っている人達は全員が術を使わない戦闘も結構できていた。というか、普通に全員が武器を使えていた。
術の威力も武器を使えないというのがはっきりわかる体型をしている人に比べて違った。同じ術ならばその差は歴然だったし、本当に体の方も鍛えるべきなんだろう。
と、紗良ちゃんに言ったら、「よく見ているの」と返された。普通はそこまで気づけないらしい。
私の場合は教えてもらって初めて気付けただけだから、よく見ているわけでもない気がする。
「というわけで、とりあえずは走って体力づくりじゃな。『騰蛇』の調子で術を教えられても体の方が追いつけなくなっていくじゃろうし」
「わ、わかりました」
鬼教官、として知られているもう片方の人から言われて、ちょっと怖かった。どんな感じで来るのかさっぱりだ。本当に体の方はきちんと鍛えていたわけじゃないし。
そりゃあ、本当の一般人よりは動けるだろうけどさ……。
「とりあえず、ここで百周じゃな」
……『桜桃軍』本部全体の地下が実験室になっているのに?
しかも、途中で区切りはない。広大としか言いようがない本部の敷地の地下は何階かあるが、その全てが実験室、とは名ばかりの訓練場とできるだけの高さと広さを誇っている。
術の練習場としても活用する場合もあるそうなので、広さも高さも納得の部屋ではあったけど、それにしたって本部の敷地と同等の広さは広すぎる。
その前面に希少で高価な石を使っているのだから、どうやってできたのかが本当に謎だ。だって、部屋に使われている石は、端から端まで継ぎ目がないんだもん。
もしや本当に神が作った場所なのだろうか。確かに鳥居を通り抜けた先にあるみたいだけどさ。
「えっと……本部の敷地と同等の広さのあるここを百周、ですか?」
思わず確認を取れば、無言で頷かれた。本気で言われているらしい。え、全員がそこまでできるの? 怖くない?
体力、どうなってるんだろ……。
「とはいえ、いきなり百周は無理じゃろうから、できるところまでで構わぬよ。下手に無茶をすれば成長に悪影響じゃしの」
「は、はい」
顔を引き攣らせつつも、一緒に走ってくれるという紗良ちゃんと共に部屋の端を走り出すのだった。
――――――――――
「ふむ……できるとは思っておらなんだが……まさか本当に百周走れるとはのぅ……」
少しだけ息を乱して立つ私の傍で全く息切れしていない紗良ちゃんが言う。あの、百周どころか、二百周させられたんですけど……。
実際にやってみると、意外にも百周は短かったのだ。あ、いや、時間としては二時間ぐらいで走り終わったんだよ? それでも速過ぎると思うが。
なんでこんなことが起こったのか判らない私に紗良ちゃんは教えてくれた。
というのも、霊力や魔力などの超常的な力を持つ者達は無意識に体を動かす際に霊力などで負担が少ないようにするのだそう。
なので、常人離れした体力などを発揮できるのもそのせいらしい。初めて知ったけど、霊力や魔力は体力に変換できるんだって。
とはいえ、まだまだ私は制御が完全にできているわけではないので、力によるごり押し状態らしい。だから普通ならば二百周したとしても、余裕なはずなのに、息が少し乱れた、とのこと。
保有量が少ない者ほど、自力での身体で動くしかないので、もっと早くに息切れしていて普通なんだそうだけど、私は霊力量だけ見れば五郎さん以上。そりゃあ、まだまだ素人のレベルでも二百周走ることができるよね。
その代わりとして、減った霊力を補給しようと体が反応するので、それが空腹となって訴えてくることとなる。睡眠でも可能だそうだけど、出来れば睡眠と食事、どちらも取った方が良いとのことだ。
「とはいえ、現状は規格外の霊力によるごり押しじゃ。今回のように体を動かしていれば自然と体の方が制御を覚えるじゃろう。術を使うのとは違う使い方になるから、本人の基礎も必要じゃしな」
そう言った紗良ちゃんに頷きつつも異常なほど空腹を訴えてくる体に困った。余剰に力を使ったせいでかなり体が補給を欲しているようだ。
初めてのことで、上手く制御できているわけじゃないから、結構余分に使ってたんだって。自分じゃ気づかないけど、紗良ちゃんが言うのならば本当にそうなのだろう。
本来は自分でも気づけるそうなんだけど、生憎と私は自分の霊力が感知できない。そりゃ、気づけるわけがないよね。
「とりあえず、訓練を再開させる前に、食事じゃな。これ以上無理をすれば、体が限界を迎えてしまう」
「わかりました……」
くぅ、という音を鳴らしたお腹を見た後に、私は疲れた顔で頷くのであった。……平然としている紗良ちゃんが恐ろしいと思ったのは内緒にさせてほしいと思う。
――――――――――
実験室から、食事場に移動すると、時間が昼頃を少し過ぎた程度だったこともあり、そこそこに人が居た。
全員が顔見知り……というわけでもないけど、結構な人にはすでに知られているし、仲良くなっているので、さほど気まずさは感じない。
皆さん、良い人ばかりだしね。まあ、こっそり教えてくれた所属者さん曰く、私に突っ掛かりそうな奴は事前に排除されているらしい。
沙織に突っかかっていたと以前に教えてもらった先祖返りの人達は、「お前さん達の努力が足りんだけだろう」と言った五郎さんによって強制的に訓練をさせられ、性格矯正されたそうだ。
……訓練だけで性格が矯正されるってどういうことよ、と思った私は悪くない。沙織も無言で同意するように頷いていたし。
まあ、『桜桃軍』が少数精鋭で行くしかないので、その中に馬鹿が一定数居ると困るんだ、と蓮兄さん達も言ってたっけ。馬鹿扱いも酷いとは思うんだけどな……。
「お、月夜! 久しぶりだな~」
「お久しゅう、月夜ちゃん。どうや? そこの鬼教官の訓練はキツイやろ」
「あ゛?」
「……すみませんでした」
蓮兄さんと新ちゃんが揃って食事をしているのを見て、目を瞬きつつも新ちゃんの続いた言葉に対する紗良ちゃんの顔が怖過ぎて少し引いた。
見た目少女なのに、顔が完全にヤバい人だった。実は暴力系の家出身なんです、とか言われても納得しそうなほどに。
さしもの新ちゃんも即座に謝罪してたよね。明らかに少女の見た目の人がしていい顔じゃなかったし。
「『勾陳』、月夜が引いてんぞ~」
「……む。これはすまなんだな、月夜よ。まったく……余計なことばかり言いよって」
「すまんな、月夜ちゃん。この人、案外短気やねん」
「そ、そうですか……」
そうとしか言いようがない私に新ちゃんは頷くが、即座に新ちゃんの鳩尾に鞭が入った。反射的に距離を置いた私に蓮兄さんは無言で更に距離を取らせてきたよね。
……どんだけ新ちゃん、紗良ちゃんを怒らせているんだろうか。蓮兄さんの慣れた様子からしても五回とかその程度ではないはずだ。まさかとは思うが、毎回こんな感じなのかな?
家に来る時も確かに新ちゃんが何かしら言って紗良ちゃんに殴られたりしてたけど……。
「もしかして……新ちゃんってМ……?」
「月夜、それは言わないでおこうな」
思わず口から出た呟きを拾った蓮兄さんに即座に止められた。……どうやら触れてはいけない話題だったらしい。
……うん。蓮兄さんだけではなく、私の呟きが聞こえていた所属者さん達が揃って口元に指をもっていって、「しーっ」としていた。その必死具合からしても本当に触れてはいけない話題だったようだ。
ええ、もう何も言いませんよ。まだ言い合いをしているけども。
鞭を持って軽く暴れている紗良ちゃんと、周囲に助けを求めているのに無視されている新ちゃんを見て、私は遠い目をするのでした。
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