常識
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「そういえば、月夜は今、どこまで進んでいるの?」
攻撃の術の訓練が始まって一週間が経ち、一週間ぶりに会った沙織にそう聞かれて首を傾げた。
あまり他の人は訓練内容を聞いてきたりしてはこなかったからだ。むしろ、心配の方しかされていない。
それぐらいに五郎さんが『鬼教官』として有名なんだろうなぁ、と心配される度に思っております。心配してくる人、全員が「絶対に『騰蛇』様には言うなよ!?」と言ってくるし。
でも、どこかでバレていると思うんだよなぁ。あの人、本当に神出鬼没だからさ。さすが、十二天将、といったところなんだろうか。
「えっと……相手を吹き飛ばす程度の水圧をぶつける水の術を習い始めたところだよ」
「……相手を吹き飛ばす程度の水圧の水の術?」
簡単な術だと五郎さんは言っていたので、特に驚かれることもないだろうと思い、言えば、沙織が何故か顔を引き攣らせてもう一度同じことを繰り返してきた。
何かおかしかったのだろうか? と首を傾げるも、その反応によって私が正確なことを知らないのだとわかったのか、沙織が頭を抱えた。
「それ……なんて、説明されたの?」
「簡単な術、とは言ってたかな」
「……中級の術を簡単な術と言えるのはあの人達だけよ……普通は始めたばかりの子は一回発動させるだけにも大変なのに……」
ぶつぶつ、と呟く声が聞こえ、私も顔を引き攣らせた。更に確認で生活で使える程度の術を昨日までは習っていたと、呪文も一緒に教えた上で確認を取れば、そちらもアウトだった。
なんでも、本当に初期は霊力を動かすだけでも大変らしい。それによって沙織は一週間寝込んだということで、以前に聞いた回答は、前提が違っていたことが判明した。
まず、霊力を当たり前のように操作できるようになるので、半月かかる、なんてことが常識らしく、いきなりその過程をすっ飛ばして術を教えられている時点でかなりの鬼畜らしい。
「それを初日にはできていたんでしょう? 『騰蛇』様が最近ご機嫌なわけよ……あの人、将来有望の人材を見つけると嬉しそうだから」
「まさか前提が違うとは思わなかったかな……」
「月夜はそう教えられて、言われたとおりに術を行使していただけなんだから、仕方がないわよ。もしかしたら、あの治癒の術で霊力の制御はある程度ならばできると判断されたのかもしれないし」
そう慰めてくれる沙織だが、やっていることが規格外を行っていることに変わりはない。他の十二天将の人は知って……なさそうだよね。みんな、沙織と同じ反応をしていたし。
知っていたら、何かしらのことは言ってきてくれるはずだ。恐らくは全員が霊力操作から始まったのだと考えただけなんだろうなぁ……。
これ、知られたら五郎さん、怒られないんだろうか? と思い、沙織に確認をしてみたところ、無言で頷かれた。しかも縦に、だ。
「確かに月夜の潜在能力的にそこから始めても問題はないんでしょうけど、早急な対応が必要とはいえ、いきなりそこからはないわよ。下手をすれば暴走する可能性もあったんだから」
「早急な対応?」
また何かあったのだろうか、と思い、不安げな顔になった私に沙織は微妙な顔になった。それはとても常に本部が監視されている、とかの感じではなく、不思議ではあった。
「何かあった、というわけじゃないのよ。ただまあ……月夜を『桜桃軍』に入れるべきなんじゃないか、という声は上がっている、というだけで」
「なんでまた?」
「規格外過ぎる霊力に、所属者、としてしまった方が色々と守れるからよ。今はまだ部外者扱いしかできないから、守る、と言っても本格的な対処があまりできないの」
「え、そうなんだ?」
すでに結構な守りをしてくれていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。常に十人前後の隠れた護衛や家に蓮兄さん達がいることなんかは、特に凄いことだと思っていたんだけどなぁ。
しかし、所属者ということにすれば、期間を決めずに本部で過ごすことが可能になったり、緊急時の避難場所として自力で来ることが可能になるんだって。
本部は元々、所属者全員が過ごすことができるようにされているそうで、昔は本当に本部から所属者が任務に向かうのが当たり前だったそう。
今でも全員が本部に居ても問題はないぐらいなんだけど、欠点として、外の状況が式を飛ばしたりしないとわからない、という部分があり、少しずつ本部で過ごす者も減っていったとか。
今では研究員や医師など以外は殆どが本部の外で過ごしている。部外者対応も本部の近くに建てられた学園が請け負うようになったので、本当に本部は人の出入りが必要最低限になった。
とはいえ、報告するのに、本部に行かなければいけないので、それなりに一般の所属者もいるのはそういうことなんだって。
ある意味、仕事中なのに声をかけてきてくれていたのである。優しい人達だ。
「昔から『桜桃軍』は部外者には知られないように、と隠れてきたから、部外者に対してできることを少なくしていたのよ……」
「まあ、一応秘密の組織だもんね、『桜桃軍』って」
国は把握しているけど。把握した上で、人数が人数なので公表できないことも理解を示してくれて、積極的に隠してくれているらしい。
とは言っても、一般市民が狙われる確率は高いわけで……知っている人間はそれなりにはいて、それぞれに世話になったお礼として色々と『桜桃軍』に協力してくれている。
資金提供や食料など、様々な面で支えられているので、私も『一応』という言葉を付け加えただけです。世間にその名前が出ていないのだから、それでいいのだ。
「元々が、一般市民の中に対抗できる存在がいることを知った、一部が協力して穢れを狩ることを行なえるようにしてくれたのが始まりだもの。完全には切り離せないわ」
「俗世を捨てるって、仙人みたいだよね」
「まあ……そうね」
仙人は霞、というのを食べて生活ができるらしい。神ではないらしいけど、神みたいな存在なので、あまり存在が消されずに済んだものの一つだ。
……誰もできないだろ、と思ったから残された可能性はなくはない。
そういった、昔は当たり前のように信じられ、当たり前のように伝えられていた存在達を消したのは何もこの国だけでの話ではない。世界的にそうなったのだ。
なので、世界でもこの国と同じ状況になっているらしい。実際にこの目で見たわけではないので、知らないけど、海外の人がそう教えてくれた。
この国では穢れの別称として『妖』という言葉が使われているけど、その人が暮らしている国では穢れのことは『悪魔』と呼んでいるそう。
というか、海外ではそっちの方が有名で、その悪魔を討伐できる者は『悪魔狩り』と呼ばれているんだって。あっちはあっちで、この国以上に出現率が高いらしく、有名な存在と化しているそうだけど。
勿論、あちらも公の場には出ないよ? でも大抵の人が暗黙の了解として指摘していないだけ、状態だそう。それはそれで凄いな、と思ったよね。
その人は昔は『エクソシスト』と呼ばれた存在の一人だと教えられた。他にも『魔女』とか『魔法使い』といった存在もいるそうだよ。
エクソシスト、というのは珍しい方らしく、大抵は『魔女』だとか『魔法使い』なんだって。
中には昔の政府が破棄できなかった本気で何かしらの力が籠もった書物(聖書と言われたりしている)を扱う者までいるそう。
ちなみに、『魔女』と言われると女性の魔法使いを想像するかもしれないけど、まず、『魔法使い』と『魔女』には決定的な差がある。
簡単に言えば、『魔女』は『魔導師』の別称で、『魔法使い』よりも魔術に関して高い知識や技術力を持つ存在を指す。
『魔導師』自体が規格外とまで言われる存在なので、なれただけでも凄いことらしい。
そして、女性は感受性が高いことも関係して、結構高い確率で『魔女』にまでなるらしく、ゆえに別称が生まれたと教えられた。
「とにかく。『騰蛇』様の訓練はかなりの鬼畜、なのよ」
「当たり前のようにできてしまった私が悪かった、と」
「……『騰蛇』様の機嫌を良くしてくれたのは良いんじゃないかしら」
フォローになっていない言葉を投げてきた沙織を少しだけ睨む。知らなかったとはいえ、できるかできないかは、本人次第。普通ならできない。
もしもできなかったとしても、五郎さんは何も言わないだろうけど、できたとしても何も言わない人なのだな、と学びました。少しぐらい世間一般を教えてくれたって良いじゃないか。霊力を持っている時点で世間一般じゃないけど。
「『貴人』様達に教えないといけないわね……絶対に普通の訓練だと思っているだろうし」
「知っている可能性はないの?」
一応で確認を取ってみると、無言で首を横に振られた。それだけは確実にない、と言い切れる部分があるらしい。
「まず、霊力を意図して操作するのだって、無理なはずなのよ。確かに月夜は記憶を失う前に習っていたと思われる行動を起こしているけど、それでもかなり久しぶりなはず。普通は感覚を戻すためにも操作から始まるべきだわ」
こんな感じで説明が始まり、私はどれほど五郎さんの教育方針が鬼畜かつとんでもないのかを一時間ほど語られた。始まりから終わりまでずっと、沙織は「常識を疑われて当然」とばかりに説明をしていたので、本当におかしいのだろう。
今まで知らなかったのだから、教えられたことを常識として学んでいくことになるのに、その常識が歪むようなことをしているのもどうかと思うと、沙織は言っていた。
その言葉には同意できるけど、後から教えることだって不可能ではない。まあ、危険性は常にあると思った方が良いだろうが。
「……というわけで。私は今すぐ『貴人』様達に報告してくるから、待っててね」
「わ、わかった……」
一時間ほど語った末に元気よく部屋を出ていった沙織に私は引き攣った顔で見送るのでした。……あまりの剣幕に何も言えなかったんだよ。
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