訓練開始
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――『騰蛇』視点――
そろそろ教える段階に入った方がいい。
自身の勘がそう告げてきた時、私はすぐさま行動に移した。私も常人よりも勘が鋭い方であるため、勘を頼ることがそこそこにあるのだ。
『貴人』達は難色を示したが、私の勘を全く無視できなかったようで、最終的に許可をしてくれた。
まだまだ引退するような年齢ではないし、あと十数年は現役で居続けるだろうが、何があるのかわからないのが穢れ狩り。できれば早めから少しずつ教えていった方が本人も慌てる必要がない。
急に詰め込まれても意味がないのだ。実戦で使えるかどうかが鍵を握るのだから当然だな。
そうして、許可が出て早々に私は月夜を研究班が過ごす研究棟の地下にある実験室の一つに案内した。
次期『騰蛇』の件は伏せられているが、攻撃の術を教えるというのは事前に伝えていたので、かなり緊張しているようだ。教えられない理由も先に説明されていたから、教えても問題はないだろうと判断されたことに驚きつつも少々怖く感じているのだろうな。
精神の不安定さが教えられない理由だっただけに、周囲が『もう大丈夫だ』と判断を下したのを撤回しなければならない状況になるのが申し訳ないのではなかろうか。
「そう緊張するな。最初は攻撃の術とは言っても、精々、家事などに使える程度の威力しかない術を教えるだけだ」
「そ、そうですか……」
攻撃の術などまず習ったこともないから、緊張するのもわかるが……術に慣れる、ということもあって、最初は家事で使える程度の術しか教えられない。
時々、「自分はもっと強い術を使えるはずだ!」と主張する者が居るが、この初期が上手くできなければ他の術も上手く発動しないので、それはあり得ない話なのだ。
本人は上手くできているつもりなのかもしれないがな。
こうして術を教えていったのだが、月夜は体が覚えていたのか、すんなりとどの術も扱うことができていた。それもかなり高水準で。
霊力の使い方が上手いのかわからんが、家事に使える程度の威力しか発揮しないはずの術が弱い攻撃の術に相当するレベルで使えているのだ。
まあ、月夜自身の霊力量がそうさせている可能性もあるがな。それでも上手く霊力が使えていなければ霊力が多かろうとも全然威力は出ないので、やはり本人の扱いが上手いのだろうが。
いくら規格外に多い霊力だったとしても最後に物を言うのはその霊力を保有する本人だ。保有者が努力しなければそれ相応にはならない。
あの治癒の術も母親から教えてもらった記憶から発動させたとのことだから、恐らくは両親が教えてくれていたのだろう。
大半の記憶が封じられている状態になっていても、体は覚えている、とは言われているが、本当にそうなのかもしれんな……。
「……うむ。ここまで初めてできるなら十分過ぎるな。とはいえ、どういった形で記憶が刺激されるかわからんから、しばらくはこの術の練習になるだろう」
「わかりました」
「自力で身を守れるようになりたいだろうに、すまないな」
かなり慎重に進めている自覚があるため、謝罪すれば月夜は首を横に振った。
「今の私でも以前の私はあまりにも不安定だったと思うのです。他の人から見たらもっと不安定に映っていたと思っていますから慎重なのは当然かと」
「少なくとも今はあそこまでの不安定さを持っておらんだろう。以前の不安定さも凄まじかったが」
他の十二神将から話だけは聞いていたので、以前の月夜がどれほどだったかは知っている。実際に見たことがあるのは遠目に一度ぐらいなのだから私が自身で判断を下すことはできなかったが。
以前はいつ霊力が暴走してもおかしくない、と言われていたほどに精神が不安定で、私達はずっと気を抜けなかったのだが、今は以前が不思議に感じるほどに一般的になっている。
夜の貴族の女性によると、封じた術が完全、とは言い難いものなので、それによる精神負荷が原因ではなかろうか、とのこと。記憶や精神を封じる術というのは繊細な霊力の行使を要求されるので、実に納得したものだ。
それが取り除かれた。ならば、いよいよ本人の記憶が戻ろうとしているということに他ならないのではないか? 術が術として意味を成さなくなっているから精神が安定したとしか判断できん。
となると、今度は記憶が戻ったことによる暴走が心配だが、だからといって私達にできることは何もない。
静かに見守っていることしかできないのだ。それでも私は大丈夫だろうと思っているのだが。
勘でしかないそれを完全に信じているわけではないがな。
「何か不調を感じるようであれば、すぐに伝えるように。言われなければ気づけない場合もあるからな」
「はい」
「まあ、お前さんの場合、周囲が勝手に色々してくれる可能性の方が高いが」
私の言葉に心当たりがあり過ぎるのか、月夜は苦笑いをして目を逸らした。さすがに同意するわけにもいかなかったようだ。
気遣われるのを当然とは思っていないのだろうな。彼女の性格は謙虚すぎるもので、かなり遠慮をする感じなのかもしれない。
逆に言えば誰に対しても丁寧で、周囲を気遣う心優しい少女、といったところか。さり気ない気遣いが輝くタイプとも言う。
その優しさが穢れにも発動してしまっているのか、無意識に覚えているトラウマが原因なのか……穢れを殺せない、というのは大変問題だな。最近はそれほどでもないそうだが。
ただ不安定だった頃は本当に駄目だったらしい。視界に入っただけで青褪め霊力を暴走させるほどに。
それはそれで驚きというか、色々と心配になる行動だが、今は穢れが視界に入っても青褪めはしても霊力が暴走することはないのだとか。『朱雀』達からの報告なので信憑性は高いだろう。
となると、やはり封じられている記憶が何かしらの形で表に過剰過ぎるほどに出てしまっていた、と考える方が妥当か。
「五郎さん?」
「む? どうかしたか?」
「霊力が何だか悩ましげ? なものになった気がしたので、声をかけたのですが……」
金と赤の瞳が射抜くように私を見ていることに気付き、内心舌を巻いた。微かな霊力の動きでさえ気付けるとは……それは確かに自身の霊力がわからないとなるだろう、と。
特殊体質なのは確実だろうと判断されているが、ここまで鋭い感覚を持っているならなおさらその可能性の方が高いな。なかなか凄いものだ。
この体質が関係して他者の感情なども強く感じることまではわかっていたが、私でも気づけない微かな動きで気づけるのか。
他の同じ体質を持っていたとされる者達でもここまでの敏感さは発揮されていなかったように思われる。とはいえ、文献でしか残っていないほどそれなりには昔の人物しか知らないので正確にはわからんが。
極めればもっと強く感じることができるのかもしれんな。それはそれで興味がそそられる。
……ふむ。今日はここまで、と思っていたが、思った以上に早く終わってしまったこともあってかなり時間が残っているし、別のことをしても構わないだろう。これは攻撃の術でもないしな。
「その特殊体質。もう少し極めようとは思わないか?」
「できるんですか?」
できるということを知らなかったらしい月夜の質問に頷く。索敵に有効なのだから、自己を守るためにも極めることが悪いことではあるまい。
肯定した私に月夜はそんなことまで可能だとは知らなかったこともあって、興味深そうに見てきた。
基本的に知的好奇心が強いようだ。気になったことはとにかく調べたがるとは以前から聞いていたので驚きはないが。
「時間もかなり余裕がある。……やってみるか?」
「はい!」
元気よく頷いた月夜に私も微笑み訓練が開始されたのだった。
――――――――――
「結構難しいのですね……」
あれから数時間が経過し、月夜は少し汗を流しながら特殊体質を操ろうと私から教わりながら訓練を続けていた。
かなりの時間、集中することを要求されているにもかかわらず、彼女の集中力が乱れる様子は今のところ一度もない。休憩を途中途中で挟んでいるから、というのもあるかもしれんが、脅威的な集中力と言えよう。
だからなのか、たった数時間で無意識に使っていた特殊体質をある程度は意図して使うことが可能になっていた。元々の素質が高いのか……?
「いやいや。特殊体質を持つ者は皆、最初はもっと苦労するものだ。月夜は早い方であろう」
「そうなんですね」
「うむ。まず意図して使う、というのが難しいんだ。無意識に使っているのだから当然だが」
「あ、そっか」
説明されて初めて気付いたようで、月夜は納得していた。完全に感覚でできてしまっていたらしい。典型的な天才肌なのだろうが、同時に努力家でもあるようだ。
できなければしない、のではなく、できるまでするのが当たり前。何となくだけでできたとしても本人が納得できるまでする。これは他の人が見たら引くであろうな。
ここまで努力ができる者も少ないのだ。どうしても術に関することは相当な努力が要求されるので、そこで挫折する者が結構多い。特殊な霊力の質を持っている月夜の友人である沙織などもっと努力が要求されただろうな。
同じ質を持ち合わせている者が生きていれば良いのだが、そうではない場合の方がああいった者は多く、文献を読むか、自力で開拓していくしかない。
沙織はまだ十四歳だったはず。となればどれほどの努力が必要だったことか……想像するだけで私でも顔をゲッソリさせそうだ。
本人から聞いたことがないのであくまでも想像だけだがな。
今度聞いてみるか。あちらは私達に対してかなり恐縮しながら対応してくるので、あまり話さないようにしていたが、研究者として少々気になる。
月夜を介してならば問題はなかろう。月夜は身近に居るのが十二天将だったこともあって、桜桃軍所属者と違い、全く怖いとも思っていないしな。
それはそうと、そろそろ訓練を終わるか。
「月夜、そこまでだ。これ以上は明日に響く」
「わかりました」
ふぅ、と息を吐きながら汗を流しながら訓練を終えた月夜に私はタオルを渡す。それを受け取り汗を拭いている月夜を見ながら、彼女の才能に内心期待と共に恐れ慄いたのだった。
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