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穢れ狩り  作者: 氷見田卑弥呼
狐面の穢れ狩り
33/82

刺繍

暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。

 あれから趣味関連の代物も届き、私は無言で刺繍をしていた。

 日課である占もそう何度もしても……という感じなので、以前と同じようにしていたら余計に暇になってしまっていたのだから、刺繍をするのに必要な道具が揃ったのは嬉しい。

 趣味である刺繍をしながらふと、私は以前に教えてもらった陣、という奴を思い出した。


「……あれを刺繍したらどうなるんだろ」


 独り言ではあるが、大変興味の湧く疑問で、私は早速現在していた物が終わったのを良いことに兄さん達から教わった際に貰った本を開いて結界の陣が描かれているページまで捲った。

 治癒、では効果があるのか怪我をしないと判らないから、最も安全に効果があるのかが判る結界にしたわけですね。怪我をしてまで効果を確認してたら誰か入ってきた時に物凄く心配されるし。

 結界の陣は物凄く判りやすくて、丸の陣が一般的である中で、珍しい四角の陣だから、不思議な形ではあるものの、丸よりは縫いやすいだろうとは思う。

 基本的に陣というのは真ん中に五芒星、もしくは六芒星が描かれていて、どちらもある、という場合もあって、結界の陣がそれだった。

 特殊に特殊を重ねているが、どちらが優れている、というのは人によるらしい。そこらへんは霊力の質による影響じゃなかろうかと言われているけど。

 練習して何度も描いてきた陣とはいえ、形が違えば意味を成さないので、しっかり本を見ながら描く。

 しっかりと確認してから間違いがないことが判ると私は何色の刺繍糸で縫うか考えた。


「白……黒?」


 縫うのは本当に凄い陣なので、色には気を付けないと思わぬ効果を発揮してしまう可能性が高いと思い、私は黒ではなく白を使うことにした。

 丁度、布の色も白ではなかったので問題はないだろうと思い刺し始める。

 刺繍をしている途中も終わっても別段何かあるわけでもなく、困った顔をする。

 好奇心での行動ではあったが、それでも何の意味もないと判ってしまうと残念に思う。いやまあ、霊力も込めてないんだから何もなくて当然なんだけども。

 ただ思ったよりも綺麗にできただけに残念に思う気持ちが強かっただけだ。

 沙織とか来たら世間話として出来上がった刺繍と一緒に言ってみようか、と思いつつ、出来上がった物をもう一度見てから机に置いた。


「月夜ちゃん?」

「美香さん」


 刺繍仲間、ということで仲良くなった美香さんが顔を見せたことで私は目を瞬いた。

 確かにまだ復帰できないとされているけど、事務仕事はできるようになったはず。暇ではなくなったと言っていたのに何かあったんだろうか?


「どうかしましたか?」

「事務ができるようになったとはいえ、休みが多いから刺繍をしたの」


 簡潔な説明ではあるものの意味が判り、私は納得した。それなら訪問してきてもおかしくはない。

 部屋の中に入ってきた美香さんに、机に置いた先ほど出来上がった刺繍を思い出し、美香さんに聞いてみることにした。


「美香さんって陣の刺繍ってしたことがありますか?」

「一度だけね。でも意味が無かったわ」

「やっぱりそうなんですね……」


 結果は同じだったと聞いて少しだけ残念そうにした私に美香さんも私が試したのだと判ったようで、実物を見たいと言ってきた。

 別に見るぐらいすぐに終わってしまうので、あっさりと渡したけどさ。

 しかし美香さんは私が渡した物を見て、目を瞬いていた。何かあったんだろうか?


「これ、術の発動準備で止まってるわよ」

「え? じゃあ効果があるんですか?」

「霊力を流さないと判らないけども……可能性は高いわね。『騰蛇』の所に持って行ったらもっと詳しく調べてくれると思うわ」


 思わぬ言葉に目を瞬けば、私は感じ取れていないことに気づいたらしく、難しい顔をしていた。

 ちなみに美香さんは『騰蛇』である五郎さんが興味本位で聞いてきたから作ったらしく、詳しく調べても何の効果もなかったとか。

 でも、私の刺繍には明らかに発動準備、で止まっているんだって。後は霊力を流すだけで大丈夫という状態ですね。

 さすがにこのままというのは後味が悪いということで、二人で立ち上がって研究班の居る場所まで向かうことにしたけど。


  ――――――――――


「む? 『太陰』と月夜ではないか。何用だ?」

「『騰蛇』。ちょっとこれを調べてほしいの」

「これは……」


 研究班の集う場所まで来ると、早々に美香さんが本題に入った。五郎さんも困惑した様子を見せたものの、それが刺繍で縫われた結界の陣だと判ると、同時に首を傾げていた。


「明らかに術発動準備の段階で止まっているようだが、どうやったのだ?」

「月夜ちゃんが縫った刺繍よ。本人は霊力に気づかないという状態だけど」

「なんと……」


 驚いた表情をした五郎さんはすぐさま調べるためなのか立ち上がって姿を消した。……それぐらいの速さで調べにいったわけですね。

 好奇心は猫をも殺す、とは言うが、本当にその通りになりそうで若干顔を引き攣らせています。

 この後、沙織と会う予定があったのだが、延期になりそうだ。……だって絶対に逃がしてくれないもの。

 そうして調べてきたらしい五郎さんが難しい顔をしながら帰ってきた。


「確かに霊力が籠もっている。しかも他者の霊力でも発動する上にそこから壊れても所持者の霊力で再び張り直す仕組みになっている」

「私が縫ったのも結界の陣だったわよね?」

「ああ、同じ陣を使用してのな。糸と布は普通のなのか?」

「私の所で売っている糸と布を使っているから、そうね」


 先に確認されていたことを答えた美香さんに五郎さんは益々難しい顔で黙り込んだ。

 困った顔でずっと美香さんの隣に立っている私としてはとんでもないことに発展しそうで緊張しまくりなのだが。


「月夜よ。他の陣でも刺繍をしてみてくれないか? 他の陣でも同じことになるのかが知りたい」

「それは構いませんが……」


 色々と考えていたらしい五郎さんの申し出に頷きつつも、同時に困った。私は治癒と結界以外の陣をまともに知らないのですよ。

 じゃあ、何が起こるかというと、教えてもらわなければできない、ということです。治癒と結界だけではあまりにも見比べる事例が少ないだろうし。

 春樹兄さんも多くの事例などを見た上での判断を下すので、恐らくは五郎さんも同じであろうと考えて問題点を述べた。


「ですが、私は治癒と結界以外の陣を知りません。教えてもらわないと無理です」


 はっきりと難色を示す理由を告げると、五郎さんと美香さんも思い出したようで、黙り込んだ。

 別に教えることはやぶさかでもないとは思うのだが、美奈子さんなどから許可を得る必要性がある。

 一応、私は一般人に分類されるからね。家族が桜桃軍に所属しているだけで、私は部外者です。桜桃軍の今後に関わることに関わらせるには許可が必要です。

 教える術でさえ制限が掛かるんだから、そりゃあ許可が必須でしょうよ。

 しかし、そこは研究者の五郎さん。黙り込んだ次の瞬間にはもう申請書を手に持っておりました。

 部外者に協力を願う際の申請書です。いつの間に……? と思ってしまうほど早かった。

 そして私を抱き上げて刺繍と申請書も持って颯爽と部屋を出てとんでもない速度で本部内を駆けてくれたよね。……酔いそうなぐらいの速度でした。


「刺繍に?」

「ああ」

「以前、『太陰』がした時は何の効果もなかったのよねぇ?」


 申請書、刺繍、私、という三つを手にして美奈子さんの執務室に入った五郎さんに中に居た全員が驚いた顔をしていたと同時に私のぐったりした様子に慌てていた。

 乗り物酔いしないタイプだけど、大きく揺らされるのは本当に無理。

 かなりオロオロした様子の里美さんに介護されながら私も会話を聞いている現状です。


「しかし、月夜の縫った刺繍は発動準備段階で止まっていた」

「明らかに霊力が籠もっているわよねぇ……ご本人は認識できないのかしらぁ?」

「できてなかったわ。ずっとそうみたい」

「自身の霊力だけは感知できない、という穢れ狩りも居るけども……月夜お嬢さんもそれなのかもしれないわねぇ」


 美奈子さんの言葉に五郎さんも頷いたけど、同時に微妙な顔をしていた。


「恐らくは少量では感じ取れない、もしくは他に無意識に移った霊力には気づけない、のかもしれん。実際、あの治癒の術も彼女は減った霊力には気づけていなかったそうだからな」


 目覚めて割とすぐに聞かれた五郎さんの質問に対する答えを思い出し、私も頷けば、美奈子さんは難しい顔になった。

 そういう特殊体質の者は基本的に自身の霊力を上手く感知できない代わりに他者の霊力を強く感知できるそうで、私が敵対者に気づくのが早い原因はそこにあるのかもしれない、とのことだった。

 普段ならば特別問題にもならない特殊体質なので、霊力量だけはきちんと把握できるようにされるそうだけど、それ以外は普通なんだって。


「……申請は認めますわぁ。でも危ないことには巻き込ませないことねぇ」

「それは判っている。さすがに私も危険に晒すことなどできんからな」


 あっさりと許可を出しつつも危険なことはさせないようにと注意してきた美奈子さんに五郎さんも何の反論もなく頷いた。まあ、ただ刺繍をするだけなら問題ないもんね。

 刺繍の途中で術が発動するならまだしも、そういうわけでもないだろうし。

 少なくとも縫っている途中で完成する、というのは無理な話だ。陣は完成してこそ陣として効果を発揮するだけで、未完成では発揮されないのだから。

 まあ、全員から細心の注意を払うようにとは言われたけどね。


  ――――――――――


 美奈子さんの下から場所を移動して現在は自室に戻っています。

 陣に関しては効果は判らなくとも、描かれたのさえあれば判るから、判りやすく拡大された陣とどういう陣なのかという説明付きで渡された。

 元々刺繍は好きなので、特に苦にも思わず、次々に刺繍していった。

 作業中でも術として発動するのかどうかを確認するために五郎さんが傍で見ているけど。

 今のところ、何の問題もないそうだけど、興味深げに観察されています。

 すでに三枚ほど出来上がってるという状況を考えても異様な光景です。今日は今している刺繍で終わりだけど、凄い集中して見てるんだよねぇ……。


「……よし」


 最後の一枚も問題ないか確認した上で大丈夫だと判ると、一つ頷いて他の三枚と重ねて、五郎さんに渡した。

 五郎さんも確認した上で、四枚とも持った。


「毎日四枚、とはいえ大変ではないか?」

「間違えさえしなければ早く終わりますし、元々から刺繍は好きですから大丈夫ですよ」


 それに暇でしたし、と言って苦笑した私に五郎さんも納得顔で頷いた。知ってるもんね、どれだけ暇だったのかを。

 暇潰し扱いも失礼ではあるが、実際、丁度よい暇潰しにはなると判ったからなのか、五郎さんもそれ以上は気にする必要性はないと思ったようで、何か言ってくることはなかった。

 私としても変に気遣われるよりは良いから普通に五郎さんを見送ったけど。

 渡された陣は結構攻撃系の陣も混じっていて、あらゆる種類で可能なのかどうかを調べるつもりなのだと判ったけど、同時にどう確かめるんだろうとは思った。

 危険だから結界の陣を使う、というのは判るんだけど……そういや、研究班の所には術を試し打ちするための場所があったっけ? なら大丈夫か。

 少しどういう構造をしているのか気になって五郎さんに聞いたことが以前あったのだが、その時に当たる直前に強制的に霊力や魔力などに還してしまうという石を全面に使っていると返ってきた。

 どういう構造で出来上がった石なのか判らないこともあって、物凄く興味深いそうだけど。

 とはいえ、現在はかなり限定的な場所でしか世界的に取れない上に取れても大量には入手できないとかで、まず一般には出回らない代物なんだそう。

 調べるために入手するにも莫大なお金がかかってくることもあり、さすがに二の足を踏んで調べられていないのが現状なんだとも言われた。

 削るのでさえ特殊な道具が必要らしいからねぇ……。

 なんて考えながら私はまた刺繍に戻ったけどね。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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