監視
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――月夜視点――
「ん……」
妙な気だるさを感じながら瞼を開いた私は目の前に広がる光景が白であることに驚いた。
最後の記憶は……そういえば、術を行使したんだったっけ? 熱に浮かされたかのような感覚ではあったから、曖昧ではあるけど、それでも何となく使ったというのは覚えていた。
何を使ったのかも覚えているし、何故使えたのかも覚えているから、レティの言っていたとおり、少しずつ過去の記憶が戻り始めているのかもしれない。
切っ掛けは判らないまでも、私はこれから次々に思い出していくのだろうと何となく予想ができた。
それにしても、慣れない術の行使で霊力を多く使う場合、気を失う場合が多いとは教わっていたけど本当に気を失ってしまったらしい。
慣れない、というよりも久しぶり過ぎた、が正解なんだろうけど。
そんな風に考えていると、引き戸のドアが開かれる音がした。
誰か来たのかな? と思っていると、周囲を遮っていたカーテンが開き、五郎さんと紗良ちゃんが揃って顔を見せた。二人とも私が起きていることに驚いていたけど。
「起きていたのじゃな。体調はどうじゃ?」
「少し気だるさを感じるけど大体は大丈夫」
「それは良かった」
ホッとした様子で二人とも安堵するものだから、少しだけ訝しげな顔になった。寝ている間のことを知らないから当然なのだが、そのことに二人も気づいたようで、すぐさま説明に移ってくれた。
二人の説明によると、私は昨日倒れたばかりではあるんだけど、私が治した『玄武』の海斗さん、『太陰』の美香さんの二名はすでに起きているそう。
私が倒れていたので、先に二人に事情を説明し、二人は三日ほど様子を見た上で現場復帰という形になったということで、怪我の具合を聞いた二人とも自身が相当厳しい状況に立たされていたことを知って青褪めていたらしい。
本人達でさえ青褪めるほどに実は酷い状態だったらしく、血が抜けすぎて碌な手術も行えない上に治すのは不可能なのでは、と言われるほど医療班内では対処困難な状況に憔悴していたんだとか。
まあ、冷静に判断を下そうとすればするほど『不可能』という結論が出るような状況ではそうもなるだろう。
こんな医療班達でさえ憔悴する状況だったところに私が治したものだから、正しく奇跡と言わざるおえない状況だと説明されて、顔が引き攣りそうになった。
奇跡でも何でもなくただ忘れていただけの過去の記憶を少しだけ引っ張り出して治しただけなのだから当然の反応だと思う。
「大げさすぎませんか」
思わずそんな言葉まで飛び出すほどである。それに対し、五郎さんと紗良ちゃんは揃って首を横に振った。
「万が一、月夜が記憶を一片だけとはいえ思い出さなければ? あの場に月夜がいなければ? そういう小さな『偶然』の重なりが『奇跡』に変わったんじゃよ」
「何事も切っ掛けがなければ『奇跡』は起こらない。そういうことだ」
「今回は特に、完全に月夜に救われた形になるからのう……」
しみじみと言う紗良ちゃんに私も微妙な顔はしつつも納得した。大げさだと、私は感じたけど、確かに周囲からすれば「死ぬ確率の方が高い」となっている状況で状況を引っ繰り返されれば驚くと同時に『奇跡』と感じるだろう。
やっていることは本当にあの詠唱のとおり、死へ向かいかけた者を生へと無理矢理戻しているのと同じ。
確かになぁ、と納得できてしまえる部分があるだけに、それ以上は何か反論のようなことをせず、二人から更に詳しい事情を聞いた。
「とにかく、一度は医療班に診てもらうことにはなるが、それで大丈夫だと判断されたら『玄武』と『太陰』の二人に会ってやってくれ」
「自分達の命を救った恩人に感謝を言わねば十二天将の名が廃ると言われてのぅ……」
……微妙に断りづらい感じで言われたらしい。ま、まあ、確かに恩人? に感謝は当然か。私が恩人とか何かを間違えているような気もしなくはないけど。
だって、医療班の人達が必死に繋いだ命を離れていかないようにしただけなんだもん。どちらかと言えば医療班の方が感謝されるに値するとは思う。
と、二人に言ったところ、苦笑された。
「まあ、医療班の尽力もあったことは事実だ。だが、その医療班でさえ『無理』と判断してしまうような状況を変えた以上は感謝されても仕方あるまい」
「そうじゃの」
「そうですか……」
五郎さんの説明に頷くしかない私を二人は苦笑しながら頭を撫でてきた。
その後は医療班を呼んだ紗良ちゃんによって、すぐに医療班の代表と主要メンバーが来て、診察する前とした後に感謝され、大丈夫と判断された段階で海斗さんと美香さんに会うことになった。
「無理を言って会う形になってごめんなさい」
「ごめんな」
早速会うことになった二人に謝罪されつつも、割とすぐに感謝の言葉に入ることになった。
二人はまだ回復した翌日であることと、三日の様子見のため、任務からは外されているし、事務仕事に関しても、事情聴取はされたが、それ以上のことはしていないんだって。
完全な休暇扱いなので、当然と言えば当然なんだけど、二人とも「暇だ」とぼやいていた。普段忙しい人達なのだから、突然休暇など渡されても鍛錬をしてしまうらしい。
それについてはすでにきっちり五郎さんと紗良ちゃんに怒られたそうで、何故か震えていた。……えっと、何をしたんだろう、あの二人。
その後、一応で、二人からまだ詠唱は覚えているのかと聞かれ、頷きつつも過去の記憶も覚えている旨を伝えれば考え込んではいた。
海斗さん曰く、「夜の貴族の女性から『思い出す時期に入ったかもしれない』的なことは言われていたから、こちらも注視していたんだ」とのこと。
私もレティからそれっぽいことは以前言われていたので、納得する。レティの言うとおりならば私は徐々に何かしらの切っ掛けで思い出していくのだろう。
ただ思い出すだけならば問題はないと言いたいが、思い出す内容によっては霊力を暴走させる可能性がある、ということを考慮した上で警備の強化もこれからはしていくことが決まったそう。
今回はただ治す術を母親から教えてもらう、という場面を思い出しただけだったから良い結果になっただけの話。毎回こうだろうとは言えないんだから、警戒は必要だよねぇ。
特に攻撃系の術に対する本能的な拒否をしたなどから、それを取得するような記憶を思い出す場面に遭遇した時が一番警戒する場面だと考えられているんだとか。
死亡していることはほぼ確実なのではないかと言われている現状なら、そりゃあ、警戒する。
「……という感じよ。私と『玄武』が重傷を負った原因である大公爵については他の十二天将の手によって倒されているわ」
「援軍が到着するのが少し遅かったんだよ」
二人の説明はそこで終わった。
しかし、私は紗良ちゃんと五郎さんとの会話で少し気になることというか、懸念のようなものがあった。
今回の二人の下に大公爵が現れるというところで私は占で出てこず、更には勘も働いていなかった。
桜桃軍の本部に入る際に様々な検査が鳥居を通過する度にされては勝手に排除をしてくれるんだけど、私は最初の鳥居の所で「危険性のある術」が掛けられていたため、その術が排除されていると教えてもらっていた。
かけられていた術は刻印と言い、術の内容は『監視』という至ってシンプルな内容ではあったそうなのだが、同時にこれが危険性がある、とされた理由があった。
『私が無自覚にその刻印を常に警戒していたため』という理由が。
通常、ただ監視をされているだけでは警戒などしない。私は常に監視が居る状態なのだから、警戒していても仕方がないのだ。
にも拘らず、その刻印自体、桜桃軍は誰も行使したことはなく、しかも誰も霊力波動にも合致しなかったことから『信仰会』によって気づかない内にやられたという見解がされているとはいえ、無自覚に危険性を感じているなど不自然でしかない。
どう考えても普通に『監視』をしていたわけではないからこそ、警戒していた。
現状で確実に言えるのは、私が一人で自室に居るだけで後ろから視線を感じるや、占が私関連ばかり出るようになっていたということがあったこと。
これにより、紗良ちゃん達の中の現時点での結論は「勘も占も全てが自身のことに向くほどに警戒をしていたため、外に向ける余裕がなく気づけなかった」というものだった。
そうなるほどに警戒していたなどあり得ない話だろう。たかがと言ってはあれだけど、やられていることは『監視』しかないのに、まるで常に拉致の可能性があるかのような警戒具合だ。
ただまあ、それを完全に否定できないほどに神楽家周辺では『信仰会』と思しき人物達が結構な頻度で目撃されているそうで、その点からしても外側の守りだけではなく内側の守りも必要だとされた。
結果として私は元々されていた位置把握の刻印に更に私が危険だと感じた段階で本部に情報が行く刻印や転移の刻印などが刻まれることに決まったと伝えられた。
転移の刻印に関しては私が転移するのではなく、位置把握の刻印で把握した術者達が即座に私の下に転移できるようにする刻印なので、敵を捕まえる気の刻印だったりする。
他にも術拒否の刻印もされるので、危険性がある刻印などは全て即座に排除される。跳ね返す気満々だったけど、さすがにそこまではできないので断念したらしい。
その情報が五郎さんの口から出たというだけで恐ろしい。あの人、気さくではあるけど、桜桃軍最強の人だからね……どう考えても殺る気に満ちている。
何せ五郎さんが「ないのならば作ろうとなったんだが、周囲から止められてな」と言っていたのだ。……絶対に術拒否の刻印は五郎さんの妥協案的な位置だな。
最強は思考回路もそれなりに物騒だったらしい。初手で殺しに行こうとするなと言いたい。先手必勝も程々にとはこのことなんじゃなかろうかとさえ思えたほどだ。
そんな風に紗良ちゃんと五郎さんの会話を思い出しつつ、美香さんと海斗さんとの会話を終えて、私は漸く少しだけ気を緩めた。
怒涛のように危険な目に遭ったり、遭った人に遭遇したりしたため、常に気を張っていたが、今までと比べればまだ気を張らずに済む状況になって安堵する気持ちもある。
元々蓮兄さん達が桜桃軍に所属している以上は私も狙われる可能性があると前々から自衛は教えられていたけど、最近はその程度では足りないようになっていた。
というか、どれだけ実力があろうとも今回ばかりは誰でも私と同じ状況になっているだろう。
そう考えながらも私は近くにずっと居る五郎さんと紗良ちゃんの僅かに見える影を見ながら眠った。
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