記憶の一片
暇潰しに読んでいただけると嬉しいです。
全く危険を感じることなくレティに送り出された私と沙織は赤い鳥居を幾つか通り、本部に着いた。
襲撃されたわけではないにしても、外に出た瞬間から見られていたという報告はすでにレティがしていたみたいで、皆から物凄く心配された。
というか、レティが吸血鬼と呼ばれることもある夜の貴族であることを十二天将の皆さんは教えられていて知っていたらしい。沙織が「先に言っててほしかった……」と言っていたけど。
とにかく……初めて、というわけではないけども、かなり久しぶりに入った本部は以前に見た時よりも広く感じた。
保護されたばかりの時は何も覚えていないということもあって、精神的余裕がなくってよく見ることができていなかったからこそ余計に感じたのかもしれないが。
ただ……どことなく慌ただしそうな雰囲気は伝わってきて、微妙に眉を寄せた。忙しいというのは知っているが、それとは何かが違うような……?
その違和感のまま紗良ちゃんに聞いてみた。
「何かあったの?」
「む?」
「何だか緊張で糸が張っているような感覚がするんだけど……」
確証がないので、曖昧な表現で言えば、目を瞬いて驚いたような顔をされた。やっぱり何かあったのだろうか? と不安に少しだけ思ってしまったけど。
沙織も緊張した面持ちで紗良ちゃんを見ているし。
揃って視線を向ける私達に気まずげな顔をした後に紗良ちゃんが口を開いた。
「実は、先ほど『玄武』が重傷の状態で運ばれての。まさか一番遠い場所に居て気づくとは思わなんだ」
「海斗さんが?」
思わぬ言葉に驚けば、紗良ちゃんも苦い顔で頷いていた。十二天将は一番下でも大将と大きく実力差があるから、そんな人が重傷で運ばれてくるなど珍しいどころの話ではなかった。
沙織は元々から少し青かった顔色を更に酷くさせて紗良ちゃんを見ているから、どれだけありえない状況かが判ると思う。
幸いにも心肺停止までは行ってないそうだけど、意識不明のままではあるらしい。
「途中で大公爵が出てきたようでな。彼一人では対応しきれなかったんじゃ」
「こんな短期間に大公爵が出てくるなんて……今までなかったことでしょう」
「前例はないが、何時だって事態は予想外の方向に進むものじゃ。一緒に組んでいた『太陰』も重傷とまでは行かんが、こちらは吹き飛ばされた結果、肋骨が折れて意識不明じゃ」
「容態は……」
「十二天将であったことから、本格的な危険には入っておらんが……このままでは危ないじゃろうな」
紗良ちゃんがそう言ったことで私は青褪めるどころではなかった。桜桃軍には医療班だって居るのに危険な状態から脱することができていないということが恐ろしかった。
これは本当の意味で危険に晒されたことなどないからこその感情だった。このまま亡くなっても私はその事実をきっと受け入れ切れず、まだ生きていると信じたいと思っているかもしれない。
そんなことを咄嗟に考えてしまい青褪めている私にさすがに話題が強過ぎたと思ったのか紗良ちゃんが申し訳なさそうな顔をしてきた。沙織もこちらを気遣わしげに見ているし。
二人の様子を見て私は亡くなった時のことを考えないようにした。今はまだなっていないのだから。
「こんな話をしてすまんな。……会うか?」
「え?」
「ただ見ているだけしかできんじゃろうが、このまま部屋に行っても気になるだけじゃろう」
本来ならば駄目なはずなのにそう言ってきた紗良ちゃんに私と沙織は顔を見合わせた。だけど、確かに紗良ちゃんの言うとおり、このまま部屋で居たとしても気になって仕方がないか。
まだ見ている方が不安は和らぐとはいかないだろうけど、それでも想像ばかりが膨らんで不安が増すという状況よりはマシかもしれないと思った。
沙織も同じ結論に至ったらしく、揃って頷けば、紗良ちゃんが方向転換した。途中で会った五郎さんにも事情説明を紗良ちゃんがすれば納得してくれたけど。
「霊力が桁違いに多いんだ。何かしらを感じ取る力が強くとも不思議はない」
「だから気づいたのじゃな」
「おそらくはな」
研究者だからこそ霊力に関しての知識も一般よりもあるみたいで、説明をしてくれて紗良ちゃんも納得していた。私達も霊力に他者の感情を朧げに感じ取る力があるとは知らなくって驚いたけど。
そのまま、四人で目的地に向かえば、容態をずっと見ているらしい美奈子さん達が驚いた様子でこちらを見てきた。
同じく紗良ちゃんと五郎さんが説明をしてくれたよ。
「なるほど……不安にさせてごめんなさいね。ついさっきまで攫われるかどうかという状況だったのに」
謝罪してくる美奈子さんに首を横に振る。レティの爆弾発言のお陰もあって、見られている恐怖はなかったし、彼女が居るというだけで見ている者達が怯えていたから特に怖い思いはしていない。
本当に最初の方しか怖い思いをしなかったのだから、危険に晒されたとは言わないと思う。
などと考えながらも、美奈子さんは場所を開けて私と沙織に二人の様子を見させてくれた。
「『太陰』の方はまだマシなのよ。問題は『玄武』の方ね」
「医療班はどう言っておるんじゃ?」
「『太陰』の方は何とかなるだろうけど、『玄武』は難しいかもしれないって」
とは言っても『太陰』の方も肋骨が粉々に近い状態で折れたらしいので、医療班は思うように治療ができていないらしい。
今更だけど、医療班とは医療免許を持った人達の集まりなんだけど、同時に霊力による治療を得意とする者達でもあるんだよ。そんな人達が『難しい』と言うなんて余程だ。
こちらからは詳しい状態が見えないけど、それでも僅かに見えた血の色に青褪めた。その見えた範囲があまりにも広かったからだ。
出血で死ぬ可能性すらある状況だと言われては青褪めるしかないよね。
でも私には何もできない。それは沙織も同じことで、青褪めるしかできないことに歯噛みしていた。
こんな時こそ私の無駄にある霊力は使われるべきだろうに、私も何もできないからね。
『もう一度やりましょうか』
『でも……私はお母様と違って誰かを治す術は得意じゃありません』
『それで諦めてしまってはいつか後悔することが起きるかもしれないわよ?』
『う、はい……』
知らない女性が優しげに微笑みながら私と手を重ねてもう一度、詠唱をしてくれた。
それに従って幼女は拙い声で紡いでいるのが確かに『視えた』。
だが、それでも成功しない術に落ち込む幼女を女性は慰めるように頭を撫でていた。
『上手く想像ができないと治癒系の術というのは発動してくれないから、それができない理由でしょうね』
『いつになったらできるようになりますか?』
『自ずと治したいと思えばできるようになるわ。だから今は術を覚えているだけでも良いの』
『私は今すぐできるようになりたいです』
『こればかりはすぐにできるものじゃないのよ……』
諭すように言ってきた女性に幼女は不満そうな顔をしつつも納得したようで、再び詠唱していた。きっと忘れないためだろう。それを見て女性も止めることはしなかったし。
きっと私の覚えていない記憶の一部なのだとは思う。幼女は確かに私にそっくりだし、女性もどことなく私に似た面影があるような気がする。
その幼女が紡ぐ拙い詠唱を聞いて私は……口を開いた。
――――――――――
――『勾陳』視点――
「月夜?」
突然、黙り込んだ月夜に全員が訝しげな顔になった。その直後じゃった。
霊力が高まり、ぼんやりとした眼差しをしている月夜が口を開いた。
「『十五の月が巡るように、失われかけた玉の緒を紡げ。夜から昼に転じるように、失われた五体を戻せ。死への道標を持ちかけた者達に生への道標を与えよ』」
ざわり、と空気が大きく揺れ、月夜の身から溢れた霊力が大きく広がったのが判った。
そのあまりに強過ぎる力の奔流に咄嗟に意味もなく腕を顔の前にやったほどじゃ。
だが、それが治まり、何があったのかと月夜の方を見ると同時に月夜の体が傾いだ。
慌てて隣にいた沙織が抱えたのと、部屋の中がざわめいたのは同時じゃったな。
「き……『貴人』様!」
「どうしたの」
「『玄武』様と『太陰』様の怪我が……か、完治いたしました」
医療班の代表をしている者の上ずった声と共に告げられた報告は信じられぬもの。驚いて『貴人』と『太裳』が確認するために中に入り驚愕を更に深めた。
本当に完治したらしい。それが起こった理由は……月夜か。
明らかな術の行使じゃったのだから、確実に彼女が過去の記憶から引っ張って来たのじゃろう。
夜の貴族であるあの女性曰く、「もうそろそろ彼女が自力で記憶を取り戻す時期に入っただろう」とのことだったので、今回は切っ掛けかもしれん。
そうは思いはしたが……同時に感謝もした。月夜が強い想いを持たなければきっとこうはなっていないだろうからのぅ。
「無意識に記憶を一片だけとはいえ取り戻したか」
「おそらくはのぅ……それだけ強く願ったのじゃろう」
「人の想いほど強いものはない、ということか……月夜の記憶に助けられたな」
安堵した様子で言った『騰蛇』に妾も頷く。本当に月夜が記憶を思い出さねば妾達にはどうしようもなかったからのぅ。
ただ……あの術は相当な霊力を消費するようじゃが。でなければ霊力が今は妾達にも判るほどに少し減っているという状況にはならん。というか、あれだけ霊力を使って少ししか減っておらん月夜の霊力保有量の方が恐ろしいわ。
助けてもらった側になる以上、感謝しかありはせんが、それでもじゃの。他の者達には使えそうにもない術じゃよ、あれは。
「ところで、『騰蛇』よ」
「なんだ」
「あの術、聞いたことがあったか」
「ないな。だからこそ驚いていただろう」
そういえばそうじゃったな。こんなすぐに判る質問をしてしまうぐらいには妾も動揺しているようじゃ。
しかし……『騰蛇』が知らぬなど本格的に一族で伝えられてきた術としか思えんの。
それは向こうも感じたようで、難しい顔で月夜を見ておるわ。
「……月夜の両親については下手に調べん方が良いかもしれんぞ」
「何?」
「今は『信仰会』の連中が狙っているというのもあるが……それ以上に出てきた情報次第では更に狙われる確率が増すかもしれん」
「……!」
懸念を口にされ、妾達の視線は自然と月夜に向かった。そうじゃ、万が一彼女が神に関する役職に就いていた一族の出だったのならば……確実に狙ってくるじゃろう。
そういった者達は揃って神を降ろす体質を有しやすいとは聞いたことがある。それを『信仰会』が知らぬはずがないのだから、下手に調べることは危険が増すだけじゃ。
思わぬ問題増加に頭を抱えてしまいたくなったの。
「今は静観じゃな。そうでなくとも常に見られておるようじゃし」
「なんだ、そんなに監視が凄いのか」
「のようじゃ。外に出て数分で月夜が視線に気づくほどじゃからな」
「完全に月夜ちゃんを狙いに来とるやん……その執念を別の場所に向けて欲しいわ」
呆れた様子で言ってくる『天空』に思わず全員が同意してしまったの。それぐらいに凄いのじゃ。
確認されているだけでもすでに十回以上は神楽家周辺に『信仰会』と思しき人物が出現しておる。結界の性質を変えることが可能とはいえ、妾達と相手はしたくないようで見ているだけじゃが……。
今日のように少しでも隙ができる可能性があると判断されれば奪われるかもしれん。
結局はその場では警備の強化が提案されただけで終わったがの。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




