お爺さんと弊害
暇潰しに読んでいただけるとありがたいです。
――月夜視点――
私が倒れて少しして学校は夏休みへと入った。
正直に言うと、まだ遅れた分を取り返せていないので、今のうちになんとか追い着いておきたいところではあったんだけど……沙織からは「根を詰めすぎるとまた倒れる」と言われて、夏休みに入って初日は遊びに行くことになった。
夏休みに出された宿題自体は夏休みが始まる前に終わった。なんか私が通っている学校では夏休みが始まる結構前から出されるんだよね……。
いやまあ、理由は判ってるよ? 密かに大勢の穢れ狩りや将来なる者が入学してくる学校だから、夏休みという大型の休みに宿題をできないからということぐらい。
実際、沙織は私の護衛という一面も持ち合わせているから、日中は私の護衛が仕事となっている。
それでもちょくちょく呼ばれていたのが例年なので今年もそうなるだろうなとは思っている。
私は神楽家の人達か沙織、十二天将のいずれかの人達が一緒に居ないと通学以外で外に出ることは禁じられているから、自然と凛姉さん達と沙織の予定は聞くことになるんだよね。
まあ、家の中に一人は確実に残るから、「外に出たい」と言っても問題はないんだけども。
偶に学校からの帰りの途中で沙織が呼ばれて別れるということもある。万年人手不足なのだから、それも仕方がないんだろうと思っているのに、沙織はいつも呼ばれると申し訳なさそうな顔をしているんだよねぇ……気にしなくっていいのに。
「月夜? 何か気になることでもあった?」
「……ううん。ちょっとあれが綺麗だなって思って」
沙織に誘われて来た大型のショッピングモールの中にある天然石を売っている店を指差せば、沙織も納得顔で頷いた。
「じゃあ、行く?」
「ん~……うん、行く」
妙に気になって、沙織の言葉に頷けば、すぐ私達はそのお店に近づいた。
やはり自然石が店内の光に照らされてキラキラと輝いている様は綺麗だと思った。
幸いにも私が買うことができる程度の値段だったので、二人で誕生石のブレスレットを買うことにした。沙織は「お揃い!」と嬉しそうだったけど。
「んー……」
「それ、水晶だよね? 気になるの?」
「蓮兄さん達がよく身に付けているからかな、気になる」
「値段的にも月夜が買えそうだもんね」
同じく水晶を眺めながら、沙織は手に取っている。ううーん、それとは何か違うような気がするんだけどなぁ?
このお揃いのブレスレットにも水晶がついているから、余計に気になった、とか?
……私も霊力を持つ者として気になったのなら、買っておくべきなのかな。
「お嬢ちゃんや」
内心、かなり悩んでいると、店主らしいお爺さんが声をかけてきた。店内に私達にいないとはいえ、良いのだろうか? 確かに店内の奥の方だけども。
突然声をかけられて二人揃って顔をお爺さんに向けるけど、お爺さんは真っ直ぐに私の方を見ている。
「ああ、赤い方のお嬢ちゃんじゃなく、白の方のお嬢ちゃんじゃよ」
「え、私?」
驚く私にお爺さんは無言で頷いた。沙織じゃなくて私って何なんだろ?
「お嬢ちゃん、それが気になるなら買いなさい」
「え?」
「その直感を疑ってはならん。特にお嬢ちゃんのような霊力の持ち主はな」
はっきりと言われて、私と沙織はすぐさま警戒することになった。
『霊力』という言葉自体、世間一般ではない。穢れ狩りの者ならばいざ知らず、一般人はまず耳にしない言葉だ。……昔の文献などを全て捨てた弊害とも言えるけど。
こういった自然石の効果さえ現在では失われていて、誰も見向きしない綺麗な石扱いだ。昔は石言葉といって、それぞれに何かしらの意味があったそうだけど。
「……貴方は」
「そう警戒せんでいい。この店に近寄り、しかも中に入ってきた時点で『そちら』側の者だと判っておったからな」
「結界を張っていたのですか」
驚いたように私が言えば、お爺さんは「おまじないの方が良いかもしれん程度のものじゃがな」と返してきた。それでも世間からすれば驚きだろうに。
魔術や陰陽、そういった言葉は何とか残っていても、技術や知識は全て捨てられた。それを知っている者がいるなんて……。
「まあ、白のお嬢ちゃんの方はそのまじないが効かなかったようじゃがな」
「え、でも沙織も……」
「お嬢ちゃんに言われて初めて気づいておったじゃろう? 儂のまじないで気づいた者は数が少ない。……余程、霊力が多いのじゃな」
「あ、はい。それは……」
「ああ、言わんでいい。どうせもう会えんじゃろうからの」
お爺さんの言葉に私と沙織は顔を見合わせた。どういうことだ?
「ここには一度しか訪れることができんのじゃよ。そういう風にまじないを重ね掛けしておるからの。きっと時代も合っておらん。儂は弾圧されるのを防ぐためにこうしたのじゃからな」
「「っ!?」」
じゃあ、目の前のお爺さんは……もしや。
揃って驚く私達にお爺さんは「やはりか……」と寂しそうに目を伏せた。
「白のお嬢ちゃんが初めてじゃな。これほどに重ね掛けしてもなお効かないどころか、逆に興味を持ってここに来るのは」
「それってどうなんですか……」
もうそれ、まじないの域を超えていると思うんだけど……。
思わず、そういう思いで口にすれば、お爺さんは笑った。どうやら自分でも無理があると思っていたらしい。じゃあなんてまじない、なんて言ったのやら……。
「儂はちゃんと学んではおらん。だが、残っていた文献で見様見真似でやったらこれじゃ。今となっては数奇な運命に感謝しておるがな」
「どういうことですか?」
「白のお嬢ちゃん、名前は?」
「え……」
名前を聞かれて咄嗟に言うのを躊躇うとすかさず、「利用する気はないわい」と言われてしまった。
それなら、大丈夫……かな?
「……月夜です」
「ほう! また凄い名じゃな。意図して付けられておるなら、私は驚きじゃよ」
「は、はあ……?」
「ああ、判らんか、まだ。気にせんでいい。いずれ判る時が来るじゃろう。それよりお嬢ちゃんや、ちょいとついてきなさい」
お爺さんにそう言われて、私は沙織を一度見てから、お爺さんの後ろをついていけば、店内の更に奥、店主が休む場所として使っているのであろう場所に案内された。
だけど、何故か沙織だけは弾かれた。驚く私達にお爺さんも驚いた顔をしていた。
「……む? ああ、どうやら、赤のお嬢ちゃんの方は違うとなったようじゃな」
「違う?」
「結界じゃよ。とある条件で張ったんじゃが……不思議な組み合わせじゃの、お前さん達」
一人で納得顔になっているお爺さんには申し訳ないけど、私は沙織の傍をなるべく離れないように言われている。
いくら襲う気がないと言われても無理なものは無理なのだ。
「さっさと来なさい。すぐに終わらせてあげるから」
「……待ってるね」
お爺さんの声音にも雰囲気にも危険はないと判断した沙織が一声かけてから離れたので、私もお爺さんに近づいた。
そして、お爺さんが手招きし、見せてくれた物を見て目を見開いた。
先ほど見ていたものである、水晶が目の前にあるんだけど、直感でそれが酷く力の籠もった物だと思った。
そんな私の反応を見て、お爺さんもしきりに頷いていた。
「この店で一番力の籠もった水晶達じゃ。お前さん、あの水晶を見た時に一体何を思い浮かべた?」
「え……? えっと……知り合いの人達、です」
「ならば、人数は?」
「沙織も入れて六人です」
訳の判らない質問をされて正直に答えれば、お爺さんは考えるように黙り込んでから私に視線を向けてきた。何か意味があるのだろうか。
首を傾げながらお爺さんの次の言葉を待っていると、お爺さんは口を開いた。
「なら、これを六つ、持っていきなさい。そして、できればお前さんが『神聖』と感じる場所でこれを一つずつ持った状態で祈ってから思い浮かべた者達に渡すといい」
「神聖……」
「神社や寺などじゃな。きっとお前さんの直感は間違っておらん。今後も強く何かを感じたのなら、その直感を信じなさい。自ずと助けることになるかもしれんがの」
不思議なことを言うお爺さんだが、それでも助言だと思ったので素直に頷いておく。今までも直感を信じる時はあったけれど、それをこれ以降もっと気を付けるようにと言われたんだろう。
そんなことを考えているとお爺さんが水晶を六つ、袋に入れて渡してきた。
「お金は要らん。必要な者に必要な物を渡すのが儂の使命じゃと思っておるからの」
「でも……」
「それとこれも持っていきなさい。どうせ、お嬢ちゃん達の時代は科学系統の技術は更に進歩しておるんじゃろう? 使い方はこの本達を見れば判る」
そう言って、更に何かよく判らない盤? を指差されて困惑した。しかも渡された本も異常に多い。
え、何、これは。
「儂は主に陰陽に関して学んでおったんじゃよ。儂はまじない程度の力しか持ち合わせておらんかったが、お前さんはそうじゃない。きっとその力が正しく導いてくれるじゃろう」
つまり、陰陽に関する代物ってこと? 桜桃軍に報告するべき代物じゃなかろうか、それって。
でも……この人が私に渡してきたということは何か意味があるのだろう。人の好意を無碍にするのも心苦しいし、ここは素直に受け取っておくべきかな。
「……判りました」
「うむ。すまんな。こんな爺の訳の分からん話に付き合わせて。それとこれを使用できるのはお前さんだけじゃ。他の者達には無理じゃろうな。……そういう代物なんじゃよ、あれは」
目を凝らして見るといい、と言われて盤の方を目を細めて見れば、よく判らないが、何か強い力が籠もっているのが判った。
「儂でさえ所持を何とか許された物でな。人を選ぶんじゃよ。じゃが、お前さんが来た途端、認めた。……余程の占の使い手になるじゃろう」
そういう代物じゃ、と言われて唖然とした。この人、本当に齧った程度の知識や技術しかない人なのだろうか。絶対に有する知識や技術が普通じゃないって。
しかも渡された本はどれも普通じゃ手に入れられないというのが判る代物ばかり。もしや、若い頃は本業だったんじゃなかろうか。
こういった詳しく書かれた本というのはまず手に入れるのが大変だったという話を聞いたことがあるだけに不自然には思ったけれど……今は素直に受け取るべきだ。
私の直感的にそう思い、聞きたい衝動を抑えて頷いて、全て受け取れば、頭を撫でられた。
「儂のことを聞かんでくれてありがとうな、お嬢ちゃん」
悲しそうな顔をしながらも、そう言ったお爺さんはそのまま再び店内の方に足を向けた。
ああ、やっぱり、そちらを専門として学んできた人だったんだろう。嘘を吐いたのは……もはや引退した身という気持ちでいるからか。
それで、私以外の者達が気づけなかったのは……彼が最初に設定した条件に合う者がいなかったから。
なんで私にそれが当て嵌まったのかは判らない。でもここまで色々と教えてくれて無償でくれるということは、そういうことなんだろう。
「儂の他にもこういうことがあるかもしれん。じゃが、どうか拒んでくれんよ。皆、未来にその技術と知識を託したいと思って必死に足掻いている者達じゃからな」
「判り、ました」
お爺さんの優しげな声音と共に紡がれる言葉は酷く重かった。
全てを潰すことを決定した当時の政府に対し、彼らは抗ったのだろう。『今は良くとも、未来ではそうならない』と。
この人達はどうして、穢れが出現するのかをきっと知っている。そこまで解明できていたからこその『抵抗』。この場で教えてくれないのは……まだ『その時じゃない』から。
普通ならば「教えろ!」と言うべきなんだとは思う。でも、きっと時が来なければ私達はきちんと理解できないのだろう。でなければとっくに教えてくれているはずだ。
必要な知識と技術がなければ言われても納得できないか、まず『聞き取れない』か。
予めに術を掛け、基準に満たない者達には聞き取れないようにする術が過去にはあったという噂がある。あれが事実なのだとすれば、ここで言わないことの説明にはなる。
「そのとおりじゃよ」
私の心の声を読んで、言ってきたお爺さんに私は少しだけ悲しい顔になった。
この時も穢れによって亡くなっている者達がいるというのに、それを知ることができないとは……。
「もはや儂らにも解くことができんほどの強力な術が掛けられてしまっておる。……大昔の力ある者達が揃ってそうした理由も判らなくはないが、それでも……と思ってしまうの」
「そうですか……」
やはり、一定の『何か』がなければ教えるのさえ不可能のようだ。私の心情も判っているのだろうけれど、大昔は力ある者達が大勢居た時代。それに劣る時代ではまず解くのは不可能だろう。
状況が違い過ぎる。危険が多ければ、それだけ開花する力も多いだろうけど、それと同時にそれに対抗できるだけの技術がなければ何もできずに死ぬしかない。
ああ、本当に……過去の政府の行ないは彼らを『怒らせる』ことだったんだな……。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




