変化した状況
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――朱里視点――
「……は?」
蓮兄の訝しむ声に私は顔を上げた。
皆、私のことを馬鹿って言う。それは私も自覚してるよ? 霊力の質にかなり依存するような形になっているというのもあるけど、すぐに感情的になるし。
それでも考えられないわけではない。難し過ぎることを言われるとさすがに理解できないけど、一般的な思考はできると思ってる。
……なんだけど、これはちょっと私の範囲から外れていた。
蓮兄も「少年のような人」って言われるけど、十二天将になれているから、決して馬鹿ではない。私が候補になれない原因は他でもない霊力の質である『火』に依存する体質持ちだから。
感情的になりやすく、本能的に難しいことを考えないようにしてしまうために、私は火力だけで見れば十二天将に匹敵すると言われても、候補ではない。
それも仕方のないことだと判っている。私だって自分が十二天将に相応しいとは思わないもん。
まあ、それはさておき、なんだけど……。
蓮兄が訝しむような声を発した原因を聞いていなかったから、私も首を傾げれば、蓮兄がそんな反応をした原因を言ったらしい春樹が口を開いた。
「狐面の穢れ狩りが出た」
「え? 先日出たばかりだよね?」
驚く私に春樹も無言で頷いたあたり、やはり不自然だと感じたらしい。
今まで狐面の穢れ狩りは一ヶ月に一回、ぐらいのペースで現れていた……はずなんだけど。
一ヶ月もしないうちに現れた、というのは今までの行動から考えればおかしい。
同じ場にいる蓮兄と凛姉、湊兄も再び聞いたことで厳しい顔つきに変わった。この場に月夜が居なくて良かったと咄嗟に思ってしまったけど。
今日は沙織ちゃんとお出かけって言ってたよね? 倒れて割とすぐに夏休みが来てしまって、ちょっとだけ残念がっていた。「遅れた分を取り戻したかったのに」って。
帰ってくるのは夕方、という話だからまだ大丈夫だね。
そっか……気づいたら夏休みが来ちゃってたね……時間が経つのも早いなぁ。
「ああ。だが、今回は様子がおかしかったらしい」
「証言が出たの?」
「襲われたのが桜桃軍の奴だからな。でも……聞けばかなり具合が悪そうだったらしい。穢れを討伐した後はすぐに姿を消すのに、今回は突然頭痛に襲われたように頭を抱えた後に慌てて去っていったとか」
春樹からの報告に私達は顔を見合わせた。
なんか……それって……。
あることを思いついていた私の耳に蓮兄の声が届いた。
「なんだそりゃ。何か持病でもあるのか? そいつ」
「何がしたいのかさっぱりの人物だけど、そういった事情があるなら、桜桃軍に所属するのを遠慮するのも頷けなくはないよね。自分の寿命が近いとかなら余計に」
「ああ、自由には行動しにくくなるもんな、所属してしまうと」
蓮兄と湊兄の会話に直感的に私は違うと思ったし、咄嗟にそれを否定していた。
「そうじゃない」
はっきりとした否定に全員の視線が私に集中した。それに少しだけ怯みながらも直感に従って口を開いた。
「その人……記憶喪失で、記憶を取り戻しかけているんじゃないかな」
「朱里、それは直感かしら」
「うん。確証はないけど、咄嗟にそう思った」
私が桜桃軍でも特殊と言われる理由。それは……鋭すぎる直感が原因だった。
直感的に『こうだ』と思ったことが実際にそうだった場合が多く、それゆえに私の直感による発言は桜桃軍の中でも重要視されることがあった。
人によっては「神託を無意識に受け取っているのではないか?」という意見も出るけど、真相は今現在も判っていない。
判っていないけど、それでも私の直感による発言が予言並みに当たるということで、桜桃軍ではその発言を必ず記録するようにされているほどだ。
私の直感による発言に全員が顔を見合わせた。……現在、それに該当する人物が我が家にいるもんね。
そう、他でもない月夜。あの子は現在、本当に記憶喪失だ。となると……。
「……まずは、桜桃軍に報告だな。朱里の直感は絶対に報告しなければならないし、それによる対応もどうするか決めないと」
「でも……」
「本当に月夜だった場合、それがどういう状態なのか詳しい事情を聞かなければならないだろ? 前々から疑惑はあったんだ。もはや現実から目を背けるのは無理だろ」
蓮兄の言葉に全員が沈黙するしかなかった。誰だってあの子をそっとしておきたい。でも本当に狐面の穢れ狩りなら……どうしてそんなことをしているのか詳しく聞かなければいけない。
ただ、懸念があるとすれば……。
「多重人格などによっていくつかに記憶が分かれていた場合、真実に辿り着けない可能性がある」
「やっぱりそこが問題点になるか……」
皆が思っている懸念を春樹が口にすれば、蓮兄も片手で顔を覆いながら天井を見て嘆いた。
そこなんだよね……一番の問題って。
つまり、狐面の穢れ狩りも本能的にそれを行なっていて、それによって記憶を別人格が取り戻しかけている状態の可能性もありえなくはないってこと。
というかそちらの方が可能性としては高い。主人格がどれなのか判らないけど、その主人格が今の月夜なら……記憶を所持している人格は隠れているか眠っていることだろう。
で、本能的にそうしなければいけないと思っている別の人格が出てきていてて、穢れを討伐しているとしたら、そりゃ詳しい事情を聞いても判らないだろうし。
どうしよっか……下手に聞いて更に記憶を混乱させる危険性だってあるかもだし……。
混乱するあまり暴れたりなんかされたら……月夜の霊力量的に洒落にならない。現状予想されている被害の広さは『王』に匹敵すると言われている。
それもあってかなり慎重に進めていたんだけどね。倒れた時の桜桃軍の慌てようも凄かった。
万が一、暴走でもしようものなら、全勢力を向けたとしても勝てるかどうか……。
過去に一度だけ現れた『王』の本気があの程度なんて誰も信じていない。下手をすればあの時に国が滅んでいた可能性も十分にあった、と言われている。
それに匹敵する被害規模を作り出せるだけの霊力量を持っている月夜は当然警戒対象だし、監視対象でもあるんだけど……彼女の現状からかなり同情されてもいる。
記憶を失って、保護当時は明らかに栄養失調を起こしていると判るやせ細った体。それとは比例しない霊力量に穢れに過剰と言えるほどに怯える姿。
これを見て素直に「監視対象だ」と言える奴はいなかったよね。桜桃軍って穢れによる様々な要因で最終的に所属している者達が殆どだから。
勿論、一族代々桜桃軍に所属しています、というのもいるけど、かなり少数派。
元々の数が少ないどころか表向きはゼロとされていたぐらいなのだから、そりゃ一族で、というのは何とか政府による排除を免れた一族ぐらいなもの。
月夜ももしかしたら一族特有の力を持った特殊な人間ではなかろうか、という意見はあるけど、「じゃあ、どんな一族の出の人間なんだ?」となると、徹底的に文献などを消されたせいで「全く判らない」の一言で終わってしまう。
八方塞がりとはまさにこのことか、と全員が嘆いたほどだからねぇ……どれだけ情報がないかが判るというものだよね。
十二天将『勾陳』の発言で、実は先代の十二天将達を先代を知っているはずの者達でさえ知らないという状態であることが判明して、私達は正直に報告として上げたんだよ。
『天空』が『勾陳』に聞いた時も「判らない」としか返ってこなかったらしいし、報告として上げた私達に返ってきた、知っているはずの年代の十二天将達は揃って「判らない」としか言えなかった。
『この時ばかりは先代までの十二天将内で常識としていた秘密主義が恨めしく思うのう……まさかこんな形で大きな壁にぶつかるとは思わなんだ』
『勾陳』のこの言葉に全員が思わず頷いてしまう程度には本当に先代までの十二天将に関する情報がなかったんだよね。
わざわざ桜桃軍の運営をしていて、十二天将の情報を見ることが可能な『貴人』と『太裳』が調べてくれたんだけど、結果は散々だった。
個人情報さえなかったんだよ。十二天将からの報告書ばかりが保管されていて、肝心の個人情報は全くと言ってもいいほど残ってなかった。
本当、どうやって今まで組織として運営できてきたのかが謎過ぎるよね。何かしらの理由があったようにも思えないし……。
ここまで徹底した秘密主義って逆に凄いと思うけど、物凄く不便さを感じたりはしなかったのかな? 特に桜桃軍運営をやってきた十二天将達は。
感じても今までの慣例を崩すのが難しかったという可能性もあるけど……それにしたってねぇ?
現在も調べてはくれているけど、結果は芳しくない。今にして思えば、湊兄が先代『六合』の年齢や『玄武』と同じ苗字であった、という情報を知っていたのは奇跡だったわけ。
偶々、先代『六合』と会ったことがあったから知っていただけみたいだけど。
基本的に十二天将は名前では誰も呼ばないし、十二天将側も名乗らない。月夜が唯一の例外と言われるぐらいだよ。あの子は一応部外者に属するから、桜桃軍の暗黙の了解となっている決まりを無視できたというのもあるけど。
で、その一度だけ会った時に『苗字が同じなんだよ』と言われていたらしい。よく会えたものだとは蓮兄の言葉だったりする。
いや、基本的に十二天将は個人行動だから……まだ十二天将にもなっていない状態で会うなんてまず滅多にない話なんだって。
これに関しては他の十二天将達も同意していた。実際、先代と会ったことは誰もないらしいよ。
うん……だから、なんでそれで組織として成り立ってるの? 絶対にどこかで破綻するはずでしょ、それ。
不思議だ……桜桃軍最大の謎だって、これは。絶対にそう。
十二天将達から話を聞く度にそう思った私に春樹が珍しく同意するように頷いていたのが印象的だったよね。やっぱり全員同じ感想を抱くに至ったようだ。
「だぁー! なんで十二天将ってここまで秘密主義だったんだ!? 普通、もうちょい関わりがあるはずだろ!? どうやって今まで組織としてやってこれたんだよ!」
「静かにしてちょうだい。私だって同じことを考えているんだから」
「僕が先代と会えたことを奇跡と言われるぐらい珍しいもんね……」
ああ、やっぱり湊兄達も同意見なんだ。……まあ、そりゃそうだよね。どうしたらそこまでの秘密主義になると決めることになるのか……。
いくら穢れにどう伝わっているのかが判らなかったとはいえ、そこまで隠すって別の意図があったようにしか思えない。深く考えられない私でも疑うよ? これは。
「嘆いてもどうしようもない。とりあえず報告は上げるんだから、そのための書類作成を蓮兄、やったらどうかな」
「うげっ、忘れてたっ。湊! 凛!」
「「自分でやれ」」
助けを求めた蓮兄に素気無く却下した凛姉と湊兄に……蓮兄はいつもどおり泣きつくのだった。
頭が悪いわけじゃないし、寧ろ良い方なんだけど……本当に事務仕事が苦手なんだよね、性格的に蓮兄は。
私も苦手……というか、できないので人のことを言えないけど。
頑張れ、蓮兄。心の中でだけ応援しておくね。巻き込まれてもどうしようもないから、私には。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




