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嗤うメビウス  作者: 澄石アラン
《DAY3 7月17日》 贄と産声
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都市伝説

 久々に深い眠りに陥ってたが、着信音に叩き起こされた。

 朝の六時だった。

 夢うつつのまま、異常事態と思ってスマートフォンを掴み取る。発信元は町田絵梨――赤城だ。

 応答ボタンを押すなり、金切り声が鼓膜を叩いた。


「あんたね、嫌がらせやめなさいよ! カメラマン! あんたでしょ!」


 この瞬間に後悔した。異常事態でもなければ、かかわらないほうがいい問題だった。


「吉瀬です。おはようございます」


 これはぼくなりの嫌味である。

 一瞬、戸惑いの間があったが、赤城はふんと鼻を鳴らすと冷静さを取り繕った口調になった。


「わかってるのよ、昨日からの嫌がらせ。あんたたちの仕業だって」


 もちろん身に覚えがない。


「してません」


 我ながら反抗期の子どもじみた返答だった。

 叩き起こされたぼくは虫の居所が悪く、まさしく寝起きという声をそのままに、こういった態度だった。

 中西の奴隷、底辺弱者のぼくから否定の、それも攻撃的な声色が返ってくると思ってもいなかったのだろう。赤城は負けじとヒステリックに声を張り上げる。


「玄関前にあんたが立ってたのも見たんだからね! ぶつぶつ文句言ってたのも聞いたんだから!」


「…………は?」


 思わず声が漏れた。


 当然、ぼくにはそんな理由もヒマも、なんなら体力だって残っていない。

 それどころか、昨晩、ぼくが見た変質者の影と同じシチュエーションではないだろうか。

 自分のアリバイを確信すると同時に、燈子の言葉を思い出していた。


 ――非常にマズいことになっている。


 つまり、ぼくと赤城のところに、()()()()というのだろうか。


「なんとか言ったらどうなのよ!」


「とにかく、ぼくじゃありません。見間違いじゃないでしょうか」


 見間違いであってくれ。

 そう願ったが、赤城はすっかりぼくの仕業だと決めつけていた。


「怖がらせようって腹積もりでしょうけど、そんなことしたって無駄よ、今度は警察に通報するからね!」


「あの、実はあのあと――」


 ぼくが燈子から受けた忠告を寝ぼけた頭から捻りだそうとしている間に通話は切られていた。プー、プー、という単調な音を聞きながら、ぼくはようやく頭の中の情報を整理し始めた。


 『自殺アパート』の鏡の前に立っていた何者か。

 昨晩、赤城の家の玄関前に現れたぼくではないぼく。

 昨晩、ぼくの家の玄関前にやってきたのもまた、ぼくではないぼくだったのではないだろうか。

 すーっと、背筋に寒いものが走った。


 似通った話であれば、『ドッペルゲンガー』という都市伝説が有名だ。自分の姿を見た者は数日後に死ぬ、という噂である。

 あるいは――これはややマイナーであるが『シェイプシフター』と呼ばれる変幻自在のモンスターの話も世界中に存在している。

 いずれにせよ、あの時もう少し早くドアスコープを覗いていたら、そこには自分の姿があって……なんてことが起きていたのかもしれない。

 想像するとかなり不気味な光景だ。


 とにかく、赤城を訪ねたのはぼくではない。警察沙汰にされてはたまらない。

 誤解を解こうとすぐさま履歴からかけなおしたものの着信拒否を受けているのか繋がらず、その後、ぼくは赤城と会話することは無かった。

 二度と。


 *


 薄気味悪さを社畜根性で押し潰し、あれから眠らぬまま出社時間を迎えた。

 本社からワゴン車に乗り、ぼくと中西はS県の郊外へ向かう。

 『自殺アパート』の現在の所有者である保坂さんにインタビューを行う予定だ。


 保坂さんは、所有者であると同時に以前はあのアパートの一階に住んでいたという。

 『自殺アパート』がどれだけ曰く因縁の場所であるのかを語ってもらうのが目的だが、電話口の印象からしてこの老人は心霊やらオカルトは当然、自分が所有するアパートにさえあまり関心がないという印象だ。

 青々とした田園が目立つようになってから、中西が当然のように言った。


「袖の下、いくら用意しとんのや?」


「賄賂ってことですか?」


「せや。『自殺アパート』ちゅうてもヤラセやからな、なんも怪談話出んことも想像つくやろ。まさかおまえ、考えとらんかったんか? あ?」


「あとでコンビニに寄って用意します……」


 中西は舌打ちに末にぼくの肩を殴った。ぼくが運転中だったこともあって、威力は小さめだ。

 のどかな風景に目をやりながら中西は一方的に話し始める。


「『自殺アパート』な。ありゃ、たしか十五年くらいまえに三流ゴシップ誌のオカルトコーナーに載ってたネタでな。あそこで自殺したらバケモンに復讐してもらえるだか、復讐できるバケモンになれるだか、てな。お、パクりちゅうわけやないで。その記事書いた田邊ちゅう男がどうしても俺に番組にしてほしいていうから、仕方(しゃあ)なしにな。田邊とは同じ穴の貉やったけど、あいつはもう落ちぶれて、ラボホテル街でうろついて芸能人の不倫追っかけまわしとるわ。あいつのためにも俺は成功せんとあかんな。そのためにも俺は――」


 番組を成功させてオカルトブームを再来させた伝説になる……と、いつもの話が続いた。


 田邊。

 初めて聞く名前だ。

 そもそも中西の交友関係など知ったことではないが、自己顕示欲の強い中西は自分のことをよく語る。たいていは対立関係の人間の悪口だ。

 だが、ここにきてはじめて友人関係といえる人物の存在を知った。

 中西と馬が合うなんて、同類としか思えない。


 もしかしたら――ありえる。やりかねない。

 姿見も大量の靴も、田邊が手を加えたことだとすれば。

 ぼくさえも知らないところで、『自殺アパート』を新たな都市伝説にせんとヤラセが行われているのなら……辻褄が合う。


 であるのなら、いずれぼくは同業者として、田邊と出会うだろう。

 心の中で『タナベ』という響きに要注意人物の札をとってつけた。


 そうこうして、ワゴン車はスケジュール通りの時刻に保坂さん宅に到着。

 国道から離れた田舎とあって敷地が広く住宅前にはワゴン車がゆうに停車できるだけのスペースがあり、住居は母屋に離れと立派だった。

 車から降りれば蝉時雨が鼓膜を揺さぶり、熱風がねっとりと肌にまとわりつく。


「あっつぅ。昼飯時やし、冷えた蕎麦でも食わしてもらえんかな。天ぷら蕎麦がええな」


 インターホンを鳴らし待っている間に中西が零した言葉はあまりにも不躾だったが、魅力的な話だった。


「おまえ天ぷらなにが好き?」


「海老ですかね」


 天ぷらなら海老。

 おでんなら大根。

 おむすびなら鮭。

 なんでもいいぼくは、あたりさわりない答えを用意している。


「お、一緒や」


 中西は「かぼちゃもええな」とにやつき舌なめずり。今日もなかなかにご機嫌だ。

 しかしまあ、ぼくと一緒でなにが楽しいのだろう。でも悪い気はしなかった。


 与太話をしているうちに、保坂さんが玄関先に出てきた。

 青白い顔に濃い隈を浮かべた、枯れ枝のような老人だった。例えば『トレント』といった樹木の精霊が――いや、いまは関係ないか。

 年齢相応に身体を患っているのか、手が震え、脚を引きずっている。


 ご挨拶一式のあと、和室の客間に通され、上座がぼくらで下座が保坂さんと、テーブルを挟んで着席した。


「あっ、冷たい麦茶でも」


 保坂さんはそういって膝を庇いながら再び立ち上がると、ほどなく盆を抱えて戻ってくる。


「わざわざ遠くからお越しいただいたのに、とくにお話できることもなくて……」


 保坂さんの震える手が支えた盆の上には、ガラスのコップに入った麦茶と盆菓子があった。

 余計な気を利かせて思わぬ事態……ということもある。ぼくは冷や冷やとしながら茶色の水面を揺らすコップがテーブルに配置されるのを見守った。


「ささ、どうぞどうぞ」


 盆菓子までが無事に着地して、おもわず安堵の息をついてしまった。

 かたや中西は片膝を立てた横柄極まりない姿勢で麦茶を一気に煽ると、ガラスコップをぞんざいに置き、膝でぼくを小突く。ぼくは今度、落胆の溜息を吐きながら進行役を務めることにした。


「まずは、お電話でうかがったことをお話いただけますか? それからいくつか質問させていただければと」


「質問……え、ええ……どうぞどうぞ」


 何にせよ、あの鏡について知りたかった。

 テーブルに置いたハンディカメラの録画ボタンを押し


「さっそくですがあのアパートについてお話いただけますでしょうか」


と促すと、保坂さんは緊張した面持ちになりながらも、つらつらと話しはじめる。

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