平凡に生きるのが一番むずかしくない?
昔々―…なんて続くような噺を俺は知っている。
ここは湧沢町という町。といっても俺たちが住むのはその町より少し離れた、この野々山というところだ。元は村だった場所で、隣の家とは100m離れているのが当たり前なド田舎。
建物は洋風の建物が目立つが、少し奥へ入っていくと興味を惹かれる建物がある。
その場所へ行く道を進んで行くと木々が目立つようになり、山の麓に突如威厳ある門構えが現れた。
年季の入った門扉を開けるとそこには、500坪ほどの土地に日本家屋が建っている。
ド田舎だが周辺の雰囲気とは明らかに違う、異質な空気を放つその場は、周辺でも有名な場所だ。
昔からそこに住まう一族の摩訶不思議な昔噺。
そしてこれからも続いていく物語。
【異刻 No.001】
「ぉー?♪あの黒髪眼鏡っ子はゆっきー!!いらっしゃーい♡」
両手を上げ楽しそうに声を掛けてきた住人。きっとその物語を読むとしたならば、彼女が主人公になる。
銀髪のショート、眼は灰色の小柄な女性だ。あきらかに日本人離れしている容姿は、良い意味でも悪い意味でも目立った。
彼女の服装は白のパーカー、グレーのハーフパンツというラフな格好がスタンダードだ。
「相変わらず難しい顔してるね?眉間に皺寄っちゃうよ?」
ケラケラとそう笑う彼女は、氷野愛子
俺、橘雪弥の生業でのパートナーだ。
「…誰の所為だろうな?」
「あれ?私の所為?」
「他に誰が居るんだよ」
「あっきー」
「即答か…そういや暁斗はどうした?」
「んー、女の子に追いかけられてんじゃない?」
「…あり得る話で笑えねぇ」
縁側に腰を掛けると、愛子も隣に座り園庭を眺めた。整った木々や石一つにも凛とした美しさがある。
「いつみても綺麗な庭だ。」
「庭師っていい仕事するよね。癒されるよ。」
静かに流れる時間。風の通り、心地良い自然の音。何もない平凡な日常ならばどれだけ幸せだろうか。
この一族の始まりは江戸からと、歴史はまだ浅い方だと思う。だが始まってしまった物語は、産まれる前から決められていた。
それは愛子も俺も受け入れるしか道はなかった。
「…今日の依頼人、あいねはどう思うかな」
チラリと愛子を見るとキョトンとした顔で俺を見てから言葉を続けた。
「あ、今日お仕事入ってるの忘れてた♡通りでゆっきー和装なわけね」
「後であいねも巫女装束に着替えろよ?」
そういうと軽い返事で「はーい♪」と答える。
仕事着は皆、和装と決まっていて俺はグレーの着物そして各々の家紋が入っている。
「あ、さっきの返事だけど本質は変わらないと思うよ。人の奥底に在るドス黒いものなんてものはね♪」
腹に手を当てニッコリと笑う。
「朝からドス黒いんだよお前は」
―ペシッ!
背後頭上から降ってきた言葉と手。
小気味好い音を立て愛子の頭を叩いたこの男、名前は結城暁斗
愛子と同い年、誕生日も4日違い、生まれた場所も一緒という、愛子の親戚だ。
それもあるからなのか、幼馴染というより家族に近い関係だ。
「あっきー…この私に手をあげるとは良い度胸…今夜は寝かせない…」
「あいね、それは違う意味なのは知っているが、女の子がそんな言葉を使っちゃダメだぞ。そして…暁斗、俺もお前を寝かせる気はねぇ…」
「やだ!何この子達!目が一切笑ってない!!」
3人揃えば誰かが餌食になる。子供の頃から変わらない関係。
「寝かせてくれ!そんな24時間テレビ要らねぇ!」
暁斗の慌てぶりに反応したのが愛子だ。
「ゆっきー、もしかしてあっきーは最近24時間テレビしちゃったの?」
覗き込むように俺を見上げ、探りを入れてくる。
「おう、修行サボってたからな」
彼女はその言葉に小さく溜息を吐き、哀れな目を暁斗に送った。
「あっきー…そろそろ学習しようか…」
24時間テレビ…愛は地球を救うんだかどうだかわからないが、某ボランティアテレビではない。俺らがいう24時間テレビとは、24時間監視されながら生業の修行をしなくてはいけない。掟を破った時の罰則が、24時間テレビだ。
その辛い修行は2度としたくないと俺もあいねも思っていたんだが、暁斗は違った。
度々サボっては辛い24時間監視付きの修行をしてる。
「暁斗…お前はいつからドSからドMになったんだ?」
「言葉!!アイネ居るんだからちょっとは気を遣えよ!!」
「私は、あっきーがどんなことをして、どう責めてイクのか凄く興味が!」
「アイネさん自重して!?字が俺の脳内に語りかけてくるよ!?」
「あいね落ち着け…仕向けた俺が悪かったから。…さぁ、茶番はこれ位にして本題に入ろうか。暁斗が来たんなら準備は出来てるんだろ」
その言葉にようやく2人の仕事スイッチが入りだす。
俺たちの生業それは人には理解されない視えないモノの浄化だ。
仕事の話をすると空気が一層ピリッと張り詰める。
「準備は整ってる。」
暁斗が依頼宅まで車を走らせること2時間、ようやく着いたその場所で思わず真顔になった。
閑静な住宅街は一見なんの変哲も無い綺麗な街並みだ。ただ1軒を除いては。
「ゆっきーの眉間の皺が普段より一層深い…」
「盾の俺でさえ感じ取れるこの異様さはなんだ?」
「蛇も狐もそろそろ敷地内に入れ。」
暁斗が敷地内に入り俺たちを呼んだ。
仕事の時は決して本名を呼ばず、それぞれの受け継がれた名で呼び合う。
暁斗は狗、愛子は狐、俺は蛇という名を付けられていた。縛りのあるこの忌み名に嫌悪さえする。
「わんわんは、お仕事となると真面目っ子なんだから」
愛子は俺の手を引き、敷地内に足を踏み入れた。
「蛇さまさま頼むね♪」
ニッと笑う顔はまるで楽しんでるようにさえ思う。
「任せろ。狐に傷は付けさせねぇ」
ーーピンポーン♪
『はい…』
「ご依頼頂きました、祓い屋の者です」
『い、今開けます!!』
ーガチャッ
扉の向こうから現れた女性は見るからにやつれていた。目の下の隈も化粧ではカバー出来ていない程だ。
「どうぞお入り下さい…!」
この様子だと藁にもすがる思いってところだろう。暁斗も愛子も何を思ってるのか表情から一切読み取ることは出来ないが…雰囲気は仕事モード全開だ。
「お邪魔致します」
ニッコリと笑う暁斗。こいつの分厚い仮面には感服する。人受けする甘い顔も怪しく笑む顔も女性を虜にしてしまう。
「あ…はぃ…どうぞ…」
通されたリビング。ソファに促され座ると早速、暁斗が話を切り出した。
「賑やかですね」
「え?」
ニッコリと笑む暁斗だが、この部屋には俺たち3人と依頼人の計4人しかいない。それに言葉を発しているのは暁斗と依頼人の女性だけだ。
「さて、本題に入りましょうか」
女性の疑問を遮っても問題はない。今から全てを聞くのだから。
「貴女の周りに起こる、怪奇現象の数々を解決する為に」
彼女の目は急に泳ぎ、ソワソワと落ち着きがなくなる。何かを警戒しているようだった。
「私は、何も…知らないんです…」
「何を知らないんですか?」
「ですから、何も…知らないんです!」
声を張り上げる女性に、今まで真顔だった愛子が「ブハッ…!」と噴き出し笑う。
「な、な、何ですか!?私は何も!」
「すみません…狐は重い空気に耐えられないと笑ってしまうもので…」
すかさず暁斗がフォローすると、彼女は口角をこれでもかと言わんばかりに上げた。
「それで貴女様のお名前をもう一度お伺いしても宜しいでしょうか?」
彼女はニコリと笑い自分の名前を答えた。
「相沢 遥です」
渡された資料に目を通しながら、無表情で聞き入った。
資料に書かれていた依頼人の名は、
『斎藤 亜由美』
さて、お前は誰だ?