第一話:CATCH
「ふぅー」息をついた勇斗は
「このあと何か有る?下でジュースでも買って、そのまま見学に行かないか?」
涼太に対して勇斗は思い切った発言をすると感じている。
「今日は入学式だよね」
「オレらはね。ただ先輩達は練習してる。」
「それで…」
「観るだけならタダ、入ってくれとは言わない。だから今日だけ誘うのさ」
ニカッっと明るく笑う勇斗に魅せられて、涼太ははっきりと返事をした。
「観るのはタダ、間違いないな。ついでにジュースも奢ってもらえるなら僕はタダだね。」
涼太もまたニカッっと笑い返した。
二人揃って昇降口を抜け、自販機でジュースを買う。
勇斗は炭酸飲料を、涼太はスポーツドリンクを手にハンドボール部が屋外で活動するコートを目指す。
歩きながら涼太は勇斗に質問する。
「今日見学に行くのは問題無いのか?」
「オレらはすでに練習に加わってるから、今日だけ休みと言われてるんだけどな。」
何でそんな事聞くんだと言う表情する。
「それなら安心だね。」
「何だ、いきなり行くと何か言われると思ってるのか?」
「普通思うだろ?人が多いから色々な感情が有ってもおかしくないし…」
「お前さん、学校選ぶ時にも人数とか気にしてたか…?」
「人が多いのは慣れないね…」頬を掻く涼太
「まぁ大学目指すなら、ここで人に慣れとかないと…もっと多いところで暮らすんだろう?」
「まぁなあ、まだ決めきれていないけど… 先ずは目の前に用意してくれたもの観るよ。」
涼太はスポーツドリンクを口にした。
勇斗は「良いね~、その前向きな考え」
こちらも炭酸を一口煽って、二人はコートのフェンスの前にたどり着いた。
「チャース!」「失礼します。」頭を下げて敷地に入る二人
その目の前に広がった光景は、涼太は未だに忘れていない。
そのコートで高く飛び上がりシュートを放つ選手、
そして放たれた目にも止まらない早さのボールを掴む長ズボンを履いたキーパー、
その瞬間、守備側の選手がライン際を駆け抜けて、キーパーからのパスを受けとる。
まだ距離の有るゴールに向かって、二つボールを突く。
そして両手で抱え大きく、一歩、二歩、三歩っと三段跳びの様に飛び上がる。
仰け反った身体、頂点の右手でボールを握り絞めて
放たれたシュートはバレ―ボールの様な感じがした。
そしてサッカーの様にゴールネットに突き刺さった。
思わず小さな感嘆の声を洩らした涼太に
「どうだ?」と声を掛ける勇斗。
「スゴいなぁ…、オリンピックで競技紹介をテレビで観た記憶が有るから何となくだったけど…間近で観ると迫力とスゴさが有るなぁ…」
まだ感嘆が収まっていない涼太の顔をチラリと見る勇斗。
「これがハンドの速攻プレー、オリンピックには到底及ばないが、スゴいもん魅せられたと思うよ。」
その満足げな勇斗の声は、涼太に届いたのかどうかは分からなかった。
しばらく続いたバスケの様な瞬時に入れ替わる攻防、
時にはゆっくりとペースをつかむ様にボール回しが始まり、
それに合わせて両方が少しずつ流れて、加速していく選手達、追い掛ける守備側も決してゴールには近づけさせないサッカーの様な応戦、バスケの様なクロスした入れ替わりで、一瞬のフリー体勢からのシュート、…押さえ込もうとした守備選手を欺くかの如く、
フワリと時が止まり浮き上がったボールに、違う長い手が伸びてきて巻き込み…飛び上がってシュートを放った。
笛が鳴り、気付くとコートに居た選手がコート外に出ようとしてた。
「キミは新入生かい?」
声を掛けられて振り向くと、涼太よりも高く細身でジャージ姿の青年が立っていた。
「外崎先生、チャース」と勇斗が挨拶をする。
「こんにちは、お邪魔してます。」とペコリと頭を下げる涼太。
「ああ、樹神こんにちは。こっちのキミは?」
「新谷 涼太と言います。」
「うちのクラスの有望株です。」と付け加える勇斗。
ハッとして勇斗の顔を見るとニャっと笑ってる。
「そうか、僕は外崎 琢磨 26歳の教師で、一二年生の数字を担当する。よろしく新谷君」
長い身体を折り曲げて、挨拶を返す。
「よろしくお願いします。だけど僕は有望株では…」返す涼太に、笑いながら手を振り、
「僕も赴任してまだ日が浅いんだよ。しかも経験者でもないし。」青年はそう言い放ち、指を指す。
指先を辿ると、そこには160cm位のヒゲを生やし、小太りな30歳過ぎのジャージ姿の中年が居り
「あちらが顧問の杉田先生で、社会科担当するはずだよ。」と付け加えた。
「ところで樹神、今日は休みだよなぁ。どうしたんだ?」
「今日知り合った涼太が将来の有望株と見て、今日なら一緒に見学出来ると思って来ました。」
「そうか、問題無いと思うが一度杉田先生に断りは入れてこいよ。」
「あっ、ハイッ!」返事をした勇斗はすぐさまに、顧問の下へと駆け出した。
二人きりになった外崎は話を続ける。
「樹神の見立てだと、有望株だと呼ばれるキミは何かしてたのかい?」
「ハイ、勇斗にも言いましたが陸上部で、ハードルと高跳びの経験が有ります。」
「そうか、体格も有るし。ユニフォーム着て並んだら、あそこに居る奴らにも見劣りしないな。」外崎は笑う。
「体格だけで判断されても、困るんですが…」真面目に苦笑いをする涼太。
「そうでもないさ、体格と言うか身長や足の早さ、ジャンプ力はどんなスポーツでも重要で、最初の判定基準となるしな」
「そうですが…先ほどプレーが自分に出来るとは思えなくて…」
頬を掻く涼太を見て、一瞬目を開いた外崎は
「僕もバレーをやって青春時代を過ごした。その時にも後から始めた人間に、選手として技術面で抜かれた事は有ったよ。」そして目を閉じ
「その時に見たソイツの印象は、僕より低くて、体格も有った。そう丁度キミに近い感じがするよ。」笑って涼太を見ている。
何となく上手く丸め込まれた感が有る涼太は、手に持っていた飲料を口に含み喉を潤した。
「樹神は他に何か言っていたかい?」質問をする外崎
「インターハイに出たい!と、後は外の力が必要とも言ってました。」
「外の?」
「経験者ではない人間の力を指したと思うですが……?」
フムッと腕を組んで考える仕草を採った外崎は
「まぁ間違いではないな」と応えた。
「それは?どうして?」先ほどからモヤッとしてる涼太に
「答えのひとつがやって来たよ。」
振り替えると、ボールを手にした勇斗がゆっくりとこちらに向かっていた。
「勇斗、どうした?」
「顧問に話してボール借りてきた。キャッチボール位はしてみてくれって。」
「と言うことみたいだ。見学だがボールを握ってみてくれ。」先生から言われる。
外崎の指示に従って、勇斗からボールを受けとる。
使い込まれたボールを両手でクルクルと転がしてると、
「涼太、片手で握ってくれ」と勇斗が言う。
手のひらを目一杯広げてボールを掴む。
「そのまま回せるかい?」次に外崎が問い掛ける。
下から上にボールを持ち上げ回し出す。
外から中にラジオ体操をするかの様にゆっくり回す涼太に、勇斗が声を掛ける。
「左足を前に出して、前後に振り回してくれよ。」
言われた様に左足を前に出して、背中側から野球のフオームの様な回転をさせると、クルッと1回転する。
更に2回転、3回転と回す。
「第一段階は樹神の見立て通り合格だね。じゃあ樹神はそのまま相手をしてハンドボールを説明してくれよ。」
「元より承知ですよ。その為に誘ったんですから!」
外崎に敬礼で返す勇斗は、にこやかに笑みを携えていた。
それを見た外崎は、
「じゃあ後は樹神に、僕は杉田先生のところに行くから。」
そう言って外崎は涼太達の側を離れて歩き出した。
「勇斗、あの先生第一段階は合格と言ってたけど…」
「手のひらの大きさと握力さ」
「そんな事?…」
「ボールを握って回しただろ、そしてスッポ抜けなかった。」
「うん」と返事をした。
「だけど、外崎先生もそれをあんな時間で見抜いたのか…?…」妙に感心した顔する勇斗
「勇斗はいつそう思ったの?」
「握手したろ! 最初に…その時デカイ手と思ったし、握力も有りそうだと感じた。」
「それで…」
「あの先生のおメガネにも引っ掛かったんだ。オレ、お前を入部させたくなった!次の段階だ。上着脱いでキャッチボールしようぜ!」
すでに上着に手を掛ける勇斗、やる気満々の姿勢で涼太を誘った。
近くにあるベンチに、上着を掛けた二人は6m位離れた距離で向かい合った。
「涼太、野球の経験は?」
「少しだけ、大人と一緒に草野球程度なら…」
「なら大丈夫かな…野球は球小さいから肘も使って投げるけど、ハンドのボールはデカいから上にあげて肩で回す感じで投げる感覚となる」
向かい合って、勇斗のフォームを真似てみる。
「次にキャッチはドッジボールと違って、胸の前に親指と人差し指で三角を作る。そして残りの指を広げる」
「こんな感じ?」涼太は大きな手で三角を作り出して見せる。
「そうそう、それで三角に力を入れて、外から挟み込むようにボールを包むんだ」
二、三回動作を繰り返していると、勇斗はフワリとボールを放り投げた。
先ほどの言葉を思い返し、放物線を描くボールの前に三角を出して包み込んだ。
「今度は初投げだ、球はどんな競技も基本は胸の前だ!」
勇斗はそう言うと構える。
「ボールは上に挙げて…」先ほどの言葉を反芻して肩を回して投げた。
球はきれいに勇斗の胸まで届く、また目を見張る。
「もういっちょ!」またフワリと放り投げた。
しばらく続いたこのラリー、涼太はボールしか見てなかった。
不意に近付いて来る勇斗に「どうした?」と声を掛けた涼太。
「初心者らしく、女の子投げ期待したんだが…」
「ダメだった?」
「それなりになってるし、キャッチも出来てる」
「よかった。」息をついて答える涼太。
「やっぱりセンス有るよ、お前さん」ニコやかに誉める勇斗
「何かキャッチはバレーのトスみたいに意識したんだ。」
「そうか、感覚良いね。今度はオレもちゃんと投げてくよ。」
勇斗は力は抜いているが、肩を回した送球を涼太に返し、少し離れた。
胸の前に来るボール、これを三角で包み込んで肘を伸ばして返球する涼太。
次第に離れて行く二人の距離はハーフコートまで広がった。
涼太の山なりなボールと同じように投げていた勇斗。
ボールを持ち上げて「強くいくよ!」
シュッーと音が聞こえた。
涼太は弾いて、掴めなかった。
「悪い、落とした!」
「突指してないか?今度は包み込む時にも力を入れるんだ!」
「了解、こっちも強く投げて良いんだろ?」
手を上げ「おうッ!」と返す勇斗。
力を込めて涼太はボールを投げた。
こちらもシューと音を奏でて水平に飛ぶ。
バシューと音を立てて、少し右にそれて勇斗の手に収まる。
「良いぞぅ!このまま行くよ!」
勇斗は水平に正確に涼太の胸元に投げ込む。
対して涼太は水平だが胸元にキレイに届かない。
繰り返されるキャッチボール、テンポ良く行われる動作は気持ちいいもので、涼太は勇斗に向かって何度も投げた。
涼太は知らない。夢中になっていたから、コートにいた皆に注目されていた事を、杉田先生が外崎先生に言葉を投げ掛けていた事を…
書いてわかる。初心者設定ってもの凄く手間が掛かる・・・
そうするとスラムダンクってスゲーなーいきなりバトれるんだもんなー。