幕間 レスリー
「最後にお願いがあるの」
背中でその声を聞いた。子供が眠ってしまってもエルフの女は黙って自分の薬指をじっと見つめている。
女々しさに虫唾が走った。同時にあの子供と出会った時の記憶がまざまざと蘇ってくる。
まず初めに憐んだのは確かだった。然程困窮しているようには見えなかったものの、せっせか客を取らなければならない理由でもあったのだろうか。
その不憫さは故郷の寒村に残してきた弟妹達を思わせた。親を亡くし方々に引き取られて行った幼い彼らを私はあの場所へ置き去りにした。
村を離れる時、何より強く感じたのは安らぎだった。私は親じゃない。誰もそんな期待はかけないでくれ。
だからなのか嫁ぎ先で夫が死んだ時、矢張り自分は親になどなりはしないと、今となっては少し安堵したようにすら思えるのだ。
振り返ればぐっすりと眠る子供の横で女は自分の薬指を噛んでいた。夢から覚めるのを遅らせようとする惨めさに、ああはなりたくないと願う。
明日へ歩みを進める者と今日に縋り付く者。時間は平等に流れる。
今、誰かが旅立つ決意をした。
自分はどうすべきか。
「取り敢えず」
えいやと掛け声と共に起きると、エルフの女は心臓が飛び出したかのような喫驚ぶりで頭板に頭をぶつけて唸った。
「あんた名前は?」
「どうして……」
「気紛れよ」
下らない日々は続く。