アルバの述懐
花盛りの季節になると思い出す。
過ぎ去った日々達のことを。
◇◇◇
寄宿学校では毎年春に球技大会が催される。生徒間の親善の為にと始まった当大会だが、近年は腐敗の一途を辿りつつあった。
「……あんた、いくら賭けた?」
「マリアに銀貨ニ枚」
「私はノンナに三枚よ」
「結構大穴じゃん」
「だって、その方が面白いもの」
オリビアが卒業し、後を追うようにサラも去ってから学校の風紀は荒れに荒れた。目立つ奴がいないと纏め役が不在になって押しの強い連中だけが生き残る社会になる。
一般棟、別棟問わず、差別は強まり、階級意識は増した。最早獣人も人間もない。栄枯盛衰、弱肉強食。いじめっ子が翌日にはいじめられっ子に。みんな常にストレスの捌け口を探している。
「あんなんに賭けてないで俺に賭けろ」
「何、アルバに?」
「無理っしょ。やってるところ一度も見た事ないし」
それは態とだ。
今日まで実力をひた隠してきたのは卑怯な連中からの妨害を阻止する為。やる前から分かっていたら正々堂々と挑む奴が居なくなってしまう。それじゃ意味がない。
「平気、平気。誰に賭けたかなんて誰にも分かりっこないんだから。お前らだって嫌だろ? 今と似たような奴らが蔓延るのは」
「うんまあ……」
よし、釣れた。
試合はホームでやるに限るからな。
◇◇◇
「俺達で最後の組か」
一回戦の相手はノンナ。我が愛しの幼馴染と運命の対決である。
話しかけても応えてこない。体裁のためか。奴は幼少からの付き合いで姉貴ともよく一緒に遊んだらしいが、女学校に入って以降は疎遠になり、家が傾いて仕事を始めてからは寧ろ虐める側に回ってくれやがった。朱に交われば赤くなる。本意じゃないにせよ忘れたとは言わせない。
「何とか言ったらどうなんだ? この中にノンナに賭けた奴は何人居るんだおい!」
疎らに声援が上がった。こいつは大衆の側に着くのは上手いがトップではない。今のドンはマリアだ。彼女に気に入られるか否かが各々の学校生活を大いに左右している。
だがそれも今日までだ。
「くたばれアバズレ野郎!」
クソミソに吹っかけてやると向こうは何やら喚き散らした。どうやら昔の俺のままだと思っているらしい。ノンナ、知ってるか。実は今、俺の方が微妙に背が高いんだぜ。
「クソ変態野郎!」
最悪の啖呵で戦いの幕は切って落とされた。勝てば天国。負ければ地獄。賭けた奴らはすかんぴん。
ストレートで勝ち越すまでも無く、結果的にノンナは棄権した。奴にしては賢明な判断だったと言えよう。零と百に振り切った賭けを制したのは勿論俺である。
おや、歓声が二つ足りない。
芋ったな。
ざまあみやがれ。
◇◇◇
戦いの日々は過ぎ、漸く春が巡ってきた。マリアは手強かったものの、オリビアと比べると数段見劣りする。つるんでいた連中も利用し合っていただけで瓦解は存外早かった。
刺激的な暮らしも良いけれど、奴らと遊んだあの時間は特別だ。今思えば立場も性格もてんでバラバラの癖によく集まったものだ。オリビアのお陰か、サラのお陰か。
いや、あいつだ。
自由なあいつのせいに違いない。
俺の件で教頭に楯突いた奴はいの一番にここを去ることになった。一年生の冬だ。去り際に奴は言った。いつかまた会えると。
考えてみれば不思議だった。
姉貴の縁談が持ち上がり、つまらない思いを丁度燻らせていた頃だったのだ。一度は小説家になるなんて親に歯向かったから、少しは見直していたというのに。
母親がエルフだからと美人で評判の姉。
腹違いの俺に対する当てつけのように男遊びを全くしなかった。真相は謎のままだ。本当はどこか変わり者だったのかも知れない。
珍しく手紙が届いたかと思えば、親の勧め通り結婚すると。唐突さのあまり驚いた。一体どこにそんな兆候があったのだ。
けれどそれと引き換えに奴が来た。鬱屈とした思いを吹き飛ばすように、孤独な暮らしは正に一変した。何か姉貴からの贈り物めいた予感さえあった。大方気の所為だろうが。
奴についてよく覚えている。
穏やかな眼差し。
角の取れた丸い声。
見かけに寄らずやんちゃな性格。
いつかの夜、同じベッドの上で奴の右手が俺の左手を信じられないほどの力で強く握り返したことも。
また春が来る。
あいつのいない春。
冬から春。
雪解けからプラムの華めく頃へ。
季節が移り変わっていく。それでも俺は。
俺だけはお前を忘れない。
また会おうぜ、クロ。
今、元気か。