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夏の終わり

茫洋たる水面に紺碧を湛え、寄せて返す波を持つものは何であれ海だ。


「真水は塩水より浮きづらい。肝に命じろ。『足を取られる』なんて謂れが残っているのもそのせいだからな」


オリビアの声が遠くに聞こえる。


渚に木陰は見当たらず、燦と照りつける陽射しを遮る物はない。灼けた砂上を靴を履いたまま進んだ。


「あはは! 冷たっ!」


晩夏の湖水は氷水のようだった。

夕涼みにはお誂え向きだ。


夏の日は長い。暮れる気配のない浜辺の午後は規則的な波音のせいもあってか緩く間延びして思える。


「来て!」


子犬のように(はしゃ)ぐアルバはオリビアの腕を引いて沖へ向かった。遠浅の水辺は何処までも続き、行く手には点々とした浮島が見える。


「慌てると転ぶよ」


やがてアルバはオリビアを引き倒し、自分も側に飛び込んだ。前方で二つの飛沫が上がる。オリビアが怒ってアルバの頭を水中に押さえつけるのが見えた。


「全く……」


二人は髪を海藻の如く顔に張り付かせて戻ってきた。服のまま入ったとは言え、ずぶ濡れで街中を歩いて帰る羽目になったのは想定外だったのだろう。


不機嫌になったオリビアに邪険にされようともアルバは笑顔を崩さない。そんな彼女を素直に愛らしいと思った。


◇◇◇


アルバとテスを連れて日が傾くまで遊んだ。鬼ごっこや普段の遊びも所変われば新鮮で面白かった。


「いっぱい遊んだな」

「うん」


沈みゆく夕陽は絨毯の如く空との境へ通ずる小径を湖上に描く。遊びに付き合ってくれたテスは一足先に階段の方へ向かい、残された俺とアルバは濡れた衣服を脱いで森の木の枝に引っ掛け、裸同然の格好で身を寄せ合って波打ち際に座り込んだ。


「なあ」

「ん」

「海はさ、男かな? それとも女?」


答えに困る問いは何の意図があっての事だろう。分からないままに出まかせを言った。


「そりゃあ『母なる』何て付くこともある位だし、女なんじゃないの?」

「そうか」


気付けば風は止んでいた。夕凪の中に揺らめく時間の影が僅かな現実味さえ波のように攫っていく。


「じゃあ、夏はお父さん?」

「かもね」


ついと視線を移せば岩場に佇む二人の背中が目に入る。何を話したのか後で聞けば教えてくれるだろうか。


「長いな」

「本当」

「やっぱり好きなのかな。あいつ」


アルバは急に物憂げな表情になった。


「なあ、お前はさ」

「うん」

「好きな奴っているのか?」

「……まだ分からない。けど」


茜色に染まる遠くの雲を眺める。霞のように揺蕩うそれは薄くふわふわとしていて何だか頼りない。


そんな所に答えが載っている筈はない。

自分の頭で考えなくては。


「好きになりたい人ならいる」


そうすべく此処まで来たと言っても過言では無かった。クロという存在の意味を確認するために。


「俺、お前のことが好きだ」

「私も」

「……どっちの意味だ?」

「ふふふ」


恋とは素晴らしい感情か。

はたまた性欲か。


正解は分からない。けれどそこに今、一瞬の煌めきを目の当たりにする。


太陽が海に姿を(くら)ます頃、今度は月が東の空に昇ってくる。そんな当たり前に似て美しい季節は音も立てず、砂糖菓子の融けるように過ぎていった。

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