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デート(後編)

北の街は華やかだった。


都市を南北に貫く街道は都市と都市とを結ぶ太い血管の役割を果たし、行き交う旅人や行商人の轍の跡が絶えない。


そんな人々の流れに牽引されるように発展してきた都市の中でも、とりわけ北の街は都から出戻った際の玄関口として栄えた。


中心部にある広場には早朝から露店が並び、昼前には出揃う。


木組みの宿屋が軒を連ねる舗装された通りを抜けた先に開けた白い石畳を埋め尽くす出店の立ち並ぶ様は全く持って壮観だ。


「今日は祭りなのか?」


アルバが目を丸くして尋ねる。


「いいや、これが毎月さ」

「うわぁ!」


田舎娘丸出しで歓声をあげ、彼女は今にも飛び出して行きそうに見えた。一つ結びが鹿毛の仔馬の尾のようで似合っている。


「うろちょろしては駄目だ。言うことを聞くと約束しろ、そうしたら好きな物を三つまで買ってやる」

「本当かっ?」


アルバを連れてオリビアは行ってしまった。サラは詰まらなそうに爪先で石畳を弄り、それを見たテスは気不味そうに目を逸らす。


これは後でアルバに言って聞かせないと。


◇◇◇


「なあなあ」


お昼時、川の方へ移動した所でアルバが何やら尋ねてきた。橋の欄干に腰を下ろし屋台で買って貰った肉入りのパンを頬張っている。


「何だい?」


問いにオリビアが応える。先程の件で距離が縮まったのだろうか。落ちるなよ、なんて言っている。面倒見が良い先輩のようだ。


考えてみればアルバは来年学院に入学する。そうなったらオリビアが最上級生の頃にサラが第二学年に進級し、更にそこへアルバが後輩として加わることになる。


その頃に俺がまだ学院で仕事をしているかは分からないが、この三人が同じ学校にいるのは人間関係としてもどうだろう。


アルバはすっかりオリビアに懐いた様に見えるし、オリビアも満更でないように思える。そこへサラと来れば火花は免れない。宥め役のテスの先行きが思いやられる。


「大丈夫だって。それより気になったんだけどさ、市場に似た奴が多いのは何でだ?」

「……ああ」


少し風が出てきた。夏場でも涼しいのは吹きっ晒しの橋の上だけある。覗き込むと街中を流れる運河の支流は濃い緑色に澱んでいた。魚はいるのだろうか。


「あれは出稼ぎだ。農村なんかじゃ冬の時期に人手が余るから、都会へ出て仕事を探すんだよ」

「まだ冬には早いけど?」

「この辺りはね。北の地方じゃ夏が短いからそろそろ刈り入れが済む頃かも知れない。色白で寡黙なのは北国の人間だろう」

「ふーん」


アルバは足をぶらつかせながらパンを食べ終えると欄干から飛び降り、丹念に膝のパン屑を払いつつ河を眺めるオリビアの隣に並ぶ。


「学校ってそんなことも習うのか?」

「いや」

「じゃあ、お前が物知りだ」

「大して役に立たないけどな」


言いつつオリビアは髪を掻き揚げる。照れ臭そうにしながらも何処か気分良さげだ。こういうことを教えて喜ばれるのが案外珍しいのかもしれない。


「あ……飛んだ」


側ではサラが下の水鳥にパンをちぎって投げていた。


◇◇◇


「先輩、本当はまだ行き足りない所があるんじゃないですか?」


帰路に着く前、唐突にサラが言った。

オリビアが意外そうに振り向く。


「何で分かったんだ?」

「さあ。心ここに在らずな様子でしたし」


気付かなかった。

話しかけられずともよく見ていたのだろう。

いじましい努力だ。


「少し遠くてもいいか?」

「構いません。皆も良いよね?」

「うん」


しかし、このとき安請け合いした事を俺達は直ぐに後悔する事になる。


オリビアは崩れかかった市壁を潜り、森を抜け丘を越え一人で黙々と進み始めた。山道の途中で丁度昼下りの最も暑い時間帯に差しかかり、まず始めにアルバが音をあげる。


「どこまで連れて行く気だっ!」

「そう言うなって、偶には都会から離れるのも良いものさ」

「げっ。もうあんな遠くに……」


振り返ると遥か後方に積木細工のような街並みが見えた。それほど急な道ではないが人里から離れすぎても心配だ。


「大丈夫じゃないか? 何度か来たけど獣と出会したこともないし」


信用ならない証言を頼りに着いて行くと、それから大分過ぎた辺りで今度は山肌が禿げている場所に出た。


「ここまで来ればあと一息だ。頑張れ」


それはもう聞き飽きた。


足裏の感覚が鈍い。アルバやテスは元より、段々とサラも赤ら顔になってきた。オリビアだけが汗一つ流さず元気でいる。


彼女は何故疲れ知らずなんだろう。何か身体を鍛える趣味でも持っているのか。にしては結構不真面目な所もあるし、元々丈夫なだけな気がする。そう言うタイプに限って内面は意外と脆かったりするから面倒なのだ。


下らない思考で疲労を誤魔化すのも限界に近い。喉が乾いて死にそうだし、胃の中ではさっき食べた屋台のパンが暴れ出している。アルバなど涙目で今にも吐きそうだ。サラは顔が赤く、テスは赤を通り越して白い。


その全てに気づかないオリビアの後に続く事更に半刻、金輪際決して彼女の言葉に安請け合いしてはならないと心に誓った俺達の目の前に件の目的地が漸く姿を現した。


「見えたぞ」


森を抜けた時点でさっきから山を迂回して来たんだと気がつく。古ぼけた石の階段を降りた先には海岸沿いと見紛うような白い砂浜が続いている。


海だ。


生まれて初めてだ。

呆然とアルバが言った。当然こんな場所に海など有るはずがない。けれどサラもテスも信じ切ったように水平線の先を見つめている。まるで向こう岸に南の島が浮いているのを確かめようとするみたいに。

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