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ある作家

「あたし達は幼馴染みなのよ」


入れ替わりにベッドに腰掛けたテスは背の形に盛り上がった毛布の膨らみをぽんぽんと撫でながら言った。


サラが籠城した後、テスは俺に椅子を勧めつつ三人分の紅茶とお菓子をキッチンから運んできて、脇にあるサラの机の上へテキパキと並べた。早くしないと冷めるよ、と引っ込んだサラに言い訳を与えるのも忘れずに。魔法化学に精通しているという彼女は成程、頭が良さそうである。


「じゃあ元から知り合いだったんだ」

「そうよ。この子ったら来て早々知らない人と一緒に住むのは怖い、なんて言い始めて」

「仲良いんだね」

「昔からの縁だもの。家族ぐるみの付き合いで、小さい頃から会う機会が多かったから」

「へぇ」


相槌を打つ傍ら改めて部屋を眺める。オリビアの部屋と比べて数段物が多いそこは窓枠に小さな雑貨が置かれていたり、備付けの本棚に連作小説が刊行順に並べられていたりと、いかにもそれらしい外観をしている。


パステルカラーのカーテンに何処か似通った互いの机の雰囲気、瓶詰の調味料が立ち並ぶキッチン、大小まちまちの食器が二つずつ重ねられた戸棚、見えない境界線が薄っすらと引かれた床。


友達がいて、自分を持っている。

そういう子達の部屋だ。


「いろんなのがある」

「ああ、本棚ね。全部サラのよ。例の対決から急に集め始めたの。可愛いでしょう?」


毛布の山がもぞりと動いた。


「恋愛小説?」

「そう。結構するのにお小遣い叩いて買い揃えちゃって、案の定あとでお金の無心してきたんだから。実を言えばお菓子を食べたのも十日ぶりよ。また当分は切り詰めなくちゃ」

「誰かの本?」

「いや確かリアムとかいう、いまいちパッとしない作家のよ」

「そんなことないわ!」


いきなりガバリと起き上がったサラはテスに向かい身振り手振りを交えて威勢良く捲し立てる。


「今やリアムは若い女子達の聖典(バイブル)よ、クラスの子達もそう言ってたもん!」

「皆どこで読んだのかしら」

「私が貸した。元手の回収も兼ねて」

「せこい……でも、通りで」


何やら思い当たる節があるのかテスは顎に手を当てて考え込んだ。


「ねぇ、読んでみてもいい?」

「ええ。でも偶にちょっとエッチなのもあるから気をつけてね」

「やめて」


サラが咎める間も無くテスは本棚から何冊か掻っ攫って持ってきた。見れば幾つかの頁に栞が挟んである。


「あ、ここがエッチな場面かしら」

「知らないっ!」


投槍に言い捨てサラは再び毛布の中へ潜っていった。


「もう、冗談よ」


質素な装丁の背表紙からその内容を察することは出来ないが、厚みもなく持ち運びやすいよう裁断されたそれは子供の手に収まるのに丁度良い大きさだった。


中を開けば巻頭や末尾に丁寧な注釈が添えられており、登場人物や諸事情について把握し易い作りになっている。


「実際、若人の間で少し話題になっているのは本当のことらしいわ。私も時々名前を聞くもの」

「どんな人なの?」

「さあ。素性はどこにも載ってないし名前から男って事くらいしか。作風がころころ変わるせいで追っかけも付きづらいみたいで、今回注目されるまで殆ど無名だったって」

「……ふぅん」

「人気に火がついたのは小さい子向けの話を書き始めてからよ」


テスの説明をいつの間にか起きてきたサラが引き継ぐ。


「前は大人向けに小難しい話を書いていたらしいけど、少し前に何の心境の変化か作風を一変させて児童向けの小説を作り始めたの。印刷技術が進歩して本を手に取りやすくなったのもつい最近だし、作者なりの時代に迎合する意志か、って何かの記事で読んだわ」

「そうなんだ」


言われてみれば確かに、飾り気のない仕様も庶民にとっては馴染み深く、親しみやすい理由の一つかも知れない。まるで特定の誰かのために(あつら)えられたかのようなその意匠を注意深くじっと視る。


「今はどんな感じ?」

「うーん、恋物語だからなぁ。元気な話の次は落ち込んだり、まちまちよ」

「そっか」


俺は本を一冊借りてサラの部屋を後にした。


◇◇◇


「久しぶり」


ベッドで仰向けになっていると懐かしさに当て所なく呟きが漏れた。


彼女は一体どんな暮らしをしているだろう。今度手紙でも送ってみよう。ファンレターなら届くだろうか。


「もう寝るぞー」


片方のベッドは今日も使われない。

相変わらずアルバは悪戯好きの怠け者だが、あれから少しだけ寂しがり屋になった。


昨日と似た様な明日がすぐ側で待っている。それの何と満ち足りたことか。いつ終わるとも知れないこの時間を最後の最後の瞬間までちゃんと見つめて行けたら。


明日はもっと上手く話せるだろうか。

とにかく良い日になればいい。

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