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電影のホムンクルス  作者: 宮前タツアキ
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矛と盾(5)

 ファストゥに向かう人びとの群れを眺めつつ、ノブヤの胸には言いようのない感慨がわいていた。思うのは……ハルモニアとケハヤの予想外な「完成度」だった。二体の首領AIのコアプログラムが作られたのは十年以上前のこと。自分たちとしては本気で取り組んだものではあるが、国家規模のプロジェクトなどに比べれば、予算も時間も比較にならない。にもかかわらず、彼らは想像以上に「人間」に見えた。消えゆくスクネを見送った時には、胸の痛みさえ覚えたほどだ。おそらく、専用の潜在意識演算ユニットなど、エドワードが相当に最新技術を添えてはいただろうが……


(……人間とAIは、思っていたほど離れてはいないのだろうか。俺たちは知らないうちに、その差を踏み越えてしまっていたのか……)


 そんな思いに駆られていたノブヤの前に、もの言いたげな表情でエルムが立った。チラチラと上目づかいの視線をノブヤに向け、また伏せる。


「……何かな?」


 彼女のいつにない態度を不思議に思い、声を掛けるノブヤ。しばし迷った末、


「あ……あの……」

「うん?」

「ちょっと……腹立たしい人……くらいにしといてあげますっ……!」


それだけ言うとノブヤの前から駆け去って、エルムはセカンダリア方面に向かっていく。怒ったような顔が、少し赤らんでいた。


「エルム、待ってよ……」


 ノブヤに会釈を送り、ユーリは彼女の後を追った。


(……「キライ」から、ちょっとは格上げしてくれたという事かな?)


 かすかに頬をほころばせながら、ノブヤは二人の背を見送る。やはり、どう見ても人間……どこにでもいる勝ち気な少女に思えた。自分たちが過去に作ったAIさえ、あそこまで人間に近いのなら、むしろ当然のことかも知れない。


「戻ろうぜ、ガートさん」

「ああ、そうだね」

「あ、急がないならアレイオンに乗ってかない? ちょっとくらいムリさせる位が、経験値稼ぐにはイイみたい。あはは」

「ブヒヒーーン!」


 シャウラの召還馬が迷惑そうにいなないた。

 そんな会話に緊張をほぐしつつ、ノブヤとネストボックスの仲間たちもセカンダリア同盟都市に帰って行った。


 ◇


 セカンダリアの路地裏にレンドルの姿があった。作戦終了と解散を宣言し、仲間の何人かは既にログアウトした後だ。誰かと通信を交わしている。


「……うまく行ったよデリラさん」

『そう、よかった』

「さすがだね。俺にゃ、とてもあんな事は思いつけないわ」

『私はちょっと可能性を示しただけよ。作戦のほとんどはガートって人が立てたんでしょう?』

「それにしたってさ……」


 そこで言葉を切り、少しためらってからレンドルは切りだした。


「デリラさん……直接指揮を執ってもらうわけにはいかないかな?」

『……ごめんね、前にも言ったけど、この件で表に立ちたくないの』

「手を貸してくれる事がイヤなわけじゃないんだろ? 正直その、俺が中継する形になってもさ、何人かにはもうバレバレっていうか……」

『それに仕事の都合でしばらくログインできなくなるわ。これはどうしようもない』

「うん……」


 彼女が一週間ほどのサイクルでFSOをプレイしているのは既に知っているので、レンドルもそれ以上言えなくなってしまう。


『ガートさんがいれば大丈夫よ。私なんかよりよほど切れ者なんだから、素直に彼を頼りなさい』


 なにせ「中の人」は、ビッグファイブの一人だと言うし。心の中で付け加えるデリラ。そして彼女は通信を切った。

 デリラはイグニスエリアの中心都市、フォースターにいた。火山地帯に作られた、入り組んだ構造の鉱山都市だ。宿屋の窓から、煤けた屋根の続く景色を見おろす。


(……大した情報は得られなかったわね。残りの「首領AI」は、どんな連中なんだろう?)


 普段のプレイペースからすれば、かなりな急ぎ足でここまで進んで来た。そして情報収集に取り組んできたのだが、明確に首領AIの仕業と思える事物は見つけられなかった。何にせよ……今回のプレイはここまでだった。明日からはアルカディアの搭乗勤務が始まる。

 レンドルから聞いていた、ユーリが立てなくなるほど消耗していた話を思い出す。


(病状が悪化していなければいいんだけど……)


 そんな不安を胸に秘め、デリラはFSOからログアウトしていった。


 ◇─────◇


「……ねえ、ケハヤって、何で消滅しちゃったの? 自暴自棄みたいなマネを始めたのはわかるけど、制御プログラムを完全に破壊してはいないのに」


 場所は中央管制室。モニターに映るケハヤ最期のシーンを見て、アイラが疑問を口にする。ログアウトしてきたばかりのノブヤは、コーヒーに口を付けた所だ。


「ああ、それはね」

「説明しよう! それは俺がFSOの職員用サーバ内で、さるプログラムをロードしようとして失敗したことに端を発する!」


 脇から割り込んできたダニエルに苦笑を向け、ノブヤは無言で説明役を譲った。


「……さるプログラムって何よ?」

「それは詳しく言えないが、ノブのケハヤはロードできるのに、俺のはできなかったんで、何でだろうと考えこんだのさ」

「はっきりミダスのバックアップと言え。話が通じないだろうが」


 話の要点をぼかすダニエルに、端的に突っ込むノブヤ。


「いやいや、何をおっしゃるノブヤさん。アレは人権委に凍結を宣誓させられてるシロモノじゃないですか。それを俺が密かに隠し持ってたなどと」


 ダニエルの小芝居に、あたりの皆がジト目を送る。どうやらノブヤだけでなくダニエルも、自分の作品のバックアップを保管していたらしい。同じ研究者のアイラにも気持ちはわかる。自分が手塩にかけた研究成果をむざむざ取り上げられるなど、それが「紳士協定」じみた強制力を伴わないものなら、つい「目を盗んで」という気になるのもムリはない。


「ミダスとケハヤの元プログラムをFSO内でロードしてみたら、ケハヤは成功して、ミダスの方はできなかったってわけね」

「あー、まあそのー、そういう事にしとくとして、なぜだと思う?」


 ざっくり言い切るアイラに白旗を挙げて、ダニエルは話を進めることにする。


「……あなたたちが二人そろって、FSO環境への適合調整でつまづくとは思えないし……」


 考えこむアイラを、ダニエルはイタズラ小僧の笑顔で見守る。自分が種明かししたくてしょうがないという顔だ。


「……こういう事かな? ミダスは既に一度FSO内で敗北・消失している」

「おーぅ、お見事」

「一度敗れた首領AIはエントリー資格を停止されるんだ。何度もロードするようなズルを防ぐために」


 さすがにアイラは察しが良かった。ダニエルは後を引き取り説明を補足する。


「『ズルを防ぐため』とエドワードが考えたなら『どの口が言う』って話なんだけどさ、とにかくそういうルールになっていると俺たちは考えたわけ。となると、ケハヤへの対処は非常に簡単って事になる。オリジナルデータをロードして、ケハヤにぶつければ……」

「ああ、どっちが勝っても『ケハヤの敗北』と判定されてエントリー資格が停止される。そういう事か。つまりケハヤが消失したのは、『スクネ』が負けたことによりエントリー資格を失ったってわけね」


 コーヒーを飲み干し、ノブヤは物思わしげにもらす。


「変な話ではある。普通は同じプログラムの二重ロードを禁止しとくべきだと思うんだけどね。なにか事情があったのか……」

「そこら辺は仕組んだ本人に聞いてみなけりゃ分からないわね。しかしそういう事か。ケハヤを泳がしてハルモニアにぶつけるって、聞いた時には危険な賭けだと思ったけど、ケハヤ自体はいつでも始末できるメドが立ってたわけだ。なるほどね」

「……それほど気楽な話でもなかったさ。できれば、最後までオリジナルデータは使いたくなかった」

「ん? なんで? って、ああそうか……」


 アイラは軽く顔をしかめながら納得の声を上げる。その瞬間を見計らったかのようにコール音が鳴りひびいた。続いてオペレーターAIの合成音声が流れて来る。


「中央官制所属ノブヤ・カトー博士、国連人権委員会のクリスティアン・ブロッホ氏が、アクセスを求めています」

「……繋いでくれ。仕方ない」

「やれやれ、耳の早いことで」

「FSO内に監視役が送られてると見るべきね……」


 モニターに、一別以来の堅物氏が映し出される。


『お久しぶりです、カトー博士』

「どうも」

『……あなたにとって、愉快な話ではないでしょうが、これが仕事でして』

「ええ、理解しているつもりです」


 軽くせき払いして、ブロッホは本題を切りだした。


『我々は、率直に言いまして、FSOプレーヤーの間で協力者を募り、ゲーム内動向を報告してもらっています。あなた方からすればスパイじみた行為に見えるでしょうが、必要な措置だとご理解いただきたい。そこから直近の報告で気になる事例がもたらされました。あなた方運営サイドが「首領AI」のデータをFSO内で故意にロードしたらしい、というものです』

「うわあ、直球だな」


 モニターに映らない位置から小声でダニエルがもらす。ノブヤはかすかに迷ったが、結局いつもの態度で臨む事にした。


「……そういったオペレーションを行ったのは事実です。しかし、あくまでゲーム内から人工人格プログラムを排除する手段として行った措置でした」

『無論……理由はおありなのでしょうが……』


 眉根を寄せて口ごもり、ブロッホは続けた。


『カトー博士、我々が職務上よく持たれる感想は「融通の利かない堅物」というものでしょう。しかし、我々が個別ケースを自己判断して「融通」を利かせだしたら、むしろその方がよほど有害なのです。人工人格の研究・使用は禁止する。それを原則としないことには、問題は混乱するばかりでしょう』

「……おっしゃるとおりでしょうね」

「おいおい、あんまり素直に誘導されるなよ」


 脇からダニエルが小声でささやいてくる。見守るアイラも少々心配そうだ。研究者としては大いに評価できるが、対人交渉役としてはちょっと……というのが、アイラのノブヤ評である。

 ダニエル・アイラの目には、ブロッホがノブヤを丸め込もうとしているように見えたのだが、突然彼は意外な方向に話を向けた。


『それでも「融通」を利かせてもらいたいとおっしゃるなら……それには私の上の権限が必要になります』

「は? 上の……権限?」

『はい。人権理事会の裁定です』


 ノブヤと、左右に控える二人も一瞬言葉に詰まった。人権委員会は、言ってみれば人権理事会の下働き組織である。個別の問題に対処する現場組が委員会で、その上に位置する理事会は国連加盟国の互選で理事国を決定し、人権問題を世界レベルで調整する機関だ。


『カトー博士、ニューヨークにお越し願えませんか? 理事会において、あなた方の主張を聞かせて頂きたいのですが』

「……それは……」

「ちょーっと待ったあ! あんた、ノブをつるし上げの場に引き出そうってわけかい? あんまり見え透いたエサで釣りをやろうってんなら、俺の口が軽くなっちまうかもよ?」


 脇からダニエルが割り込んでまくしたてた。ブロッホには以前、国連アーカイブからペンタAI関連データが漏れたのではと指摘しており、その件で彼から口止めを頼まれている。その件を持ち出してブロッホを制しようとしたのだが


『……その件も併せて博士に報告・説明したいと思っています。遺憾ながら、今回の件は内部職員の手によるデータ漏洩だったと認めざるを得ない状況です。数日中に調査結果を公表する予定ではありますが』


あまり動揺もせずに堅物氏は答えた。そばでダニエルたちが話を聞いているのは、織り込み済みだったらしい。


「む……」


 脅しのネタを、言わば無効化されたダニエル。さすがに一瞬言葉に詰まる。その時


「わかりました。出頭に応じましょう」


ノブヤはあっさりとブロッホの要請に応じた。


「おい、ノブ!」

「ちょっと!」

『ありがとうございます、カトー博士。ついで、出頭などという言葉を使う必要はありません。あなた方はあくまで被害者側であり、被害回復のため様々な手段を講じている。我々はそう認識しておりますから』

「お心遣いありがとうございます」

『では、ニューヨークでお待ちしております』


 儀礼的な挨拶を交わし、通信は切れた。


「おいおい、あっさり飲みすぎだろう。弁護士がつく前に警察の取り調べに応じるようなもんじゃないか」

「ノブ、道義うんぬんは抜きにして、相手の要求はまだ『要請』レベルでしょう? こっちから進んで手の内に乗るような事は……」


 ダニエルとアイラがたしなめるのに、ノブヤは淡々とした口調を返した。


「オリジナルデータをロードした時から覚悟はしていたさ。向こうが都合よく見逃してくれるはずもないし、くぐらなきゃならない関門なら早い方がいい」

「「…………」」


 旧知の仲であるダニエルとアイラは説得の言葉に詰まった。この男は優柔不断に見えて、一度決めた事に対しては妙に頑固な所がある。一種さっぱりした顔で決めた事を語るのは、そういう時だ。


「しばらく空ける事になるが、後を頼む」

「……ま、しゃーないか」

「あたしかダニーがついてく方がいいんじゃない?」

「いや、これ以上現場の手を減らすわけにはいかないよ。大丈夫。お守りがなくても何とかやってみるって」


 気遣わしげなアイラに手のひらを向け、小さく笑みながらノブヤは答えた。

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