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電影のホムンクルス  作者: 宮前タツアキ
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FSOという世界の中で(前編)

 薄暗く狭い部屋の中で、二人の女性プレーヤーが向かいあい座していた。


「……ありがとう、有益な情報だったわ」


 そう言って魔道職姿の女性が席を立つ。ほのかな明かりに浮かぶ横顔は、デリラだった。その場に背を向けつつ、ふと立ち止まる。


「お節介とは思うけど、一つ忠告、いい?」


 肩越しに、顔を伏せたままの相手プレーヤーに語りかけるが


「これっきり……これで最後にするって、言ってくれてるから……」


彼女には「忠告」の中身がわかっていたらしい。先回りして弁解する。


(……それを信じちゃダメだと思うけどね)


 思いつつもそれ以上は口にせず、デリラは部屋を出た。扉の前で小さく吐息をつく。


(お節介グセがついちゃったかな……)


 かつての自分なら、さっきのようなセリフは口にしなかったろうに。ローブのフードをかぶり直し、彼女はその場を後にした。


 ◇


 セカンダリアの「蜂の巣市場」の裏手には、プレーヤーが時間貸しで使える生産工房施設がある。細長い通路に沿って個室が並ぶスタイルで、「職人長屋」とあだ名されていた。狭い通路を生産プレーヤーやNPCが行き交う中、マントに身を包んだ男性プレーヤーが一人、そこに入っていく。一室の前で認証パスを入力し、入室した。


「ごめんなさいね、呼び立てちゃって」

「いや、かまわねえよ。で、話ってのは?」


 中で待っていたのはデリラ、マント姿の男はレンドルだった。彼としては軽い変装のつもりだったらしい。装備修復のために「生産職詣で」をしているのは周知の事実なので、見られても怪しまれる確率は低かったろうが。「職人長屋」に限らずパスワードでクローズドにできる時間貸し施設は、ゲーム内の密談によく利用されている。

 せっかちなのは相変わらずと苦笑するデリラ。別ゲームでリズベルと知り合った二年ほど前には、実の姉である彼女の後にべったりで、さらに行動が子どもっぽかったものだ。

 実際、時間はムダにできないと思い直し、単刀直入に切り出す。


「エルムを付け狙っていたPK連中が、今度は雇い主をキルしようって動きがあるわ」

「は? 雇い主って……ミダスってヤツか? 何でまた、仲間割れなんかを?」

「連中は『仲間』じゃない。利害関係でつながっているだけよ。気前よく金を出す雇い主を襲ったほうが、手っ取り早く大金を得られると考えたんでしょ」

「うわ、呆れたな……いや、しかし……デリラさん、襲撃の時間と場所はわかってるの?」


 自分の狙いを即座に理解したレンドルに、「成長したわね」と笑みを向けるデリラ。十代と思われる彼にとって、二年の月日は「見違える成長」に充分な時間だろうが。


「雇い主──仮にミダスと呼ぶわね──PK連中と会うのに決まった場所はないそうよ。会合の一時間ほど前、リーダー格のプレーヤーにサードラ周辺の場所と時間を指定してくるって話。まあ察しの通り、私は内通者から情報を得ているわけだけれど、三十分前には特定できると思う」


 腕組みして考えこむレンドル。


「……やっちゃえって事だよね?」

「ちょっと訂正すると、やっちゃう手もあるかもよ? くらいかな。慎重論で言えばね、今回の騒動が外部から突っ込まれた『偽アップデート』によるものなら、どんなバランス無視要素が仕込まれてるかわかったもんじゃない。運営も『予測が難しいキャラクターが活動を始めた可能性がある。連中の抗争に巻きこまれないように』なんて注意喚起しているくらいだもの。運営にとってさえ『予測が難しい』ってシロモノには、通常なら関わる事自体お勧めできないわ。しかし……現状、あなたたちの兵站は……」

「ああ、正直苦しい。このままじゃジリ貧だと思ってる。奴らの指令元を叩ければ……」


 パシリ、と拳で手のひらを打つ。どうやら彼の中で方針は決まったらしい。


「一つ忠告しておくわ。エルムは前線に出さない事。そうすれば最低限、彼女の死に戻りは防げる。あのレノックスってナンパ師っぽい男にとって、彼女に嫌がらせをしてどういう得があるのかわからないけど、敵の意図をくじくのは戦略の基本よ」

「ナンパ師……いやまあ、うん、それはわかってる。実際、今も矢面には立たせてないよ」

「……それは私の前でも口にしないのが及第点だったわね」

「うっ……キビシイ」

「それともう一つ、これはお願いなんだけど、私の名前は出さないで欲しいの。ネストボックスの仲間うちでもね」

「仲間うちでもって……ユーリにもかい?」

「そう。あの子には特に」


 デリラの願いに、意外の表情を浮かべるレンドル。


「何で? あんた、ユーリのリアル知りあいなんだろ? それにやろうとしてる事は、あいつにとってもいい事のはずだと思うけど……」


 なにせガールフレンドを助ける事だし。感謝されこそすれ恨まれる事はないだろうに。


「そこは……詮索しないでくれると助かるわ」


 かすかに苦悩が混じったデリラの返事に、レンドルは言葉を飲み込んだ。大人って色々あるんだろう。特に彼女のような「頭脳派」は、あれこれ事情を抱えてそうだ。そんなざっくりした「思いやり」で、触れないことに決めた。


「わかった。この話、乗らせてくれ。時間と場所をつかんだら連絡頼む」

「了解。……そういう個人的事情で、私は襲撃に参加できない。幸運を祈ってるわ」

「ああ大丈夫、任せてくれ。これだけでも大変なチャンスをくれたよ」


 言い交わして、急ぎ二人は別れた。

 いつ連絡が入るかわからない以上、レンドルの側は大急ぎで可能な限りの戦闘態勢を整えなければならない。


 ◇


 同じくパスワードで閉じられたさる商店の個室で。一人の女性プレーヤーが眼前のホログラフィック・ディスプレイに映し出された人影に語りかけている。


「……ええ、仕込みは順調です。うまく乗せる事ができました。そちらの方は……」


 ディスプレイに映る人影が何か語りかけてくる。それは彼女にとっては愉快な情報ではないらしく、返す声音が硬くなってきた。


「なぜです? 私よりよほど乗せやすい相手でしょうに。…………少し慎重すぎませんか? 完全に情報を把握するのは理想だけど、現実的でないのは分かっているでしょう? …………そんなに彼が大切なんですか? 最悪でも死に戻るだけでしょうに」


 相手が返してくる言葉は、どこか言い訳の語調を感じた。そんなやりとりを交わした後、二人の間にしばし沈黙が落ちる。


「……確かに、ミダスのアレは厄介だけど。…………ふぅ……不確定要素があるのは認めます。『日和見』と言うんだったかしら? 状況次第で判断しましょう。連中が成算を感じるほどダメージを与えてくれたなら本格的に仕掛ける。微妙な所だったらムリに仕掛けない。それでどうです? ……では、それで行きましょう。しばらくはお互い、連絡はなしで。これは確か『無線封鎖』と言うんでしたね。では」


 ディスプレイは閉じられた。静寂にみたされた部屋の中で、彼女は卓上に置いていた仮面を再び身につける。目元だけ穴の開いた、のっぺりとした仮面。その内側から独白が漏れる。


「理解不能ね、あの感情は……」


 後は無言のまま、部屋を出て行った。


 ◇

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