消耗戦(3)
──数日後──
セカンダリア同盟都市から北方に広がる丘陵地帯の中ほどに、二メートルほどの高さで広さ十メートル四方ほどの台地がある。プレーヤーの間では「丘の上ステージ」で通じる場所だ。そこを不穏な空気を漂わせる連中がとり囲んでいた。
「おやぁ? 懲りないねえ。死に戻りが気に入ったんじゃない? キミら、ひょっとしてマゾってやつ?」
「ステージ」の上から周りの連中をあざける猟兵の少女。緑のベレー帽に羽根飾りを立てている。少女の周りをユーリ、レンドル他、近接戦闘職プレーヤーが固めて守る形をとっていた。
PKerの一人があざけりを返してくる。
「ほざけ、籠城みてぇなマネをして、先に干上がるのはキサマらの方だぜ。オレらをつり出したつもりなんだろうが、こっちの物資は底なしだ。バカはテメーらの方だったと思い知らせてやらぁ!」
「バカは……」
「!」
「学ばぬ君らですっ!!」
「ぐわあああ!!」
包囲の背後から伏兵が襲いかかった。ドワーフ体型の大斧使いハンプティの一撃に、PKer一人のHPが消し飛んだ。思わずそちらに視線が向けられた隙に
「『箭疾歩』! 助かるぜ爺さん!」
「ぐあっ! チクショウ、テメエ!」
レンドルが前線に切り込んできた。一気に乱戦に突入する。前線でアタッカーを努めるのはハンプティとレンドル、そしてジブリールパーティーの双剣使いサティーの三名。初めて見るハンプティとサティーの動きに、ユーリは目を見張った。ハンプティは老獪そのもの。相手の攻撃を斧で受け流してバランスを崩し、重量級の一撃を打ち込む。まるで斧を使って『ハルトマン防御術』を駆使するかのよう。サティーは攻撃の見切りが絶妙だった。鞭がしなるような体さばきで敵の攻撃をくぐり抜け、疾風のように斬撃をくり出して圧倒する。
「向こうから魔法攻撃!」
「『アースバインド』! ヤヌス、位置は見たね」
「おうっ、動けねえなら、こいつは痛いぜ! 『ウィンドカッター』!」
「古の盟約により汝を喚ぶ。疾く来たりて我が敵を焼き尽くせ。召喚『イフリート』!」
台上でユーリに守られたまま、後衛職が存分に回復・攻撃の職分をこなす。ほどなく最後のPKerの「覚えてやがれ!」を残して、襲撃隊は全滅した。これで何度目の撃退になるだろう。
台上からレンジャー姿の少女が飛びおりた。PK連中が死に戻った場所に残された装備を検分し、拾い集めている。
「そんなのに構ってないで移動するぜ、オボ……エルム」
「使えるのがあるかも知れないじゃない。こっちの装備も消耗が激しいんだし」
レンジャー姿の少女はエルムではなく、女忍者オボロの変装姿だった。現在エルムはファストゥの宿屋の一室に引きこもっている。
当初レンドルは、エルムを敢えて旗頭に立ててPK連中をつり出し、一気に殲滅、戦意を削ごうと考えていた。しかし彼女が突然意気阻喪して戦えるような状態ではなくなったため、ジブリールの提案を容れて計画を「替え玉作戦」に変更したのだった。替え玉作戦には当然エルム自身の安全を確保する狙いもある。
「……なるほど、道理で矢の援護がないと思いましたら」
「爺さん、わかってるとは思うけど、この件は内密に」
「当然ですな。大丈夫、信用していただきたい」
ウィンクしながら立てた指を口に当てるハンプティ。むさいおっさんなのに、そのしぐさがやけに決まっていた。
「レンドルちん、さすがに今日はここまでよ」
「ああ、オレも回復アイテムを使い切っちまった。退くべきだな」
シャウラの提言にレンドルも素直に応じた。気配を消す魔法・スキルを重ねて、一行は急いで移動する。
移動中、誰も声を発しなかった。辺りに聞こえるかもという理由以上に、同じ懸念を皆が抱えており、口を開けばそれに触れずにいられない。そんな予感がしたからだった。
セカンダリアのクランハウスで、一行はようやく緊張を解いた。ハンプティも「お礼にお茶でも」と招き入れられている。
「エルム嬢はどちらに? いや、失礼。これは尋ねるべきではなかった」
「あんたは信用していますよ。今は宿屋に籠もってて……」
「そこまでで充分です。それ以上は知らない方がいい」
レンドルたちはクランハウスの方が安全だと説得したのだが、エルムは宿屋を選んだ。これ以上「借り」は作りたくないという事なのだろう。
「じゃ、僕はこれで。ちょっと寄りたい所もありますから」
「エルムん所かい? オレも行っていいかな?」
「いや、ヤヌス……」
席を立つユーリに同行しようとしたヤヌスだが、ジブリールにさえぎられた。
「ん、そうか……そうかもな」
大人数で押しかけるのは、今の彼女にプレッシャーをかけるようなものだ。その言外を察して、ヤヌスは引き下がる。ガラッパチな物言いとは裏腹に、細やかな考え方ができる男だ。そこは魔法職を選ぶだけある。
「僕らは装備の修復をやってくれる所を探そう」
「そうだな。それは必要な事だ」
ジブリール、サティーに先導されて彼らのパーティーもネストボックスのハウスを辞した。後に残ったのはレンドル、シャウラ、ハンプティの三人。
「ありがとう、今日はホントに助かった」
「なんの、特定のプレーヤーを寄ってたかってなど、吾輩自身の美学に反しますからな。しかし……立ち入った事をお聞きしますが、このまま連中のつり出しを続けるつもりで?」
ハンプティの率直な問いに、二人の表情が硬くなる。少しの沈黙の後、レンドルは小さく吐息をついた。
「やっぱ、ムリなのかな……」
「レンドル……くん」
常にないレンドルの様子に、シャウラもおどけた語尾をつけるゆとりがないようだった。
装備・アイテムふくめ、市場価格が高騰していた。時系列的にはノブヤが久しぶりのログインをした頃にあたる。殊に装備の修復をしてくれる生産職のプレーヤーが少なくなっているのが問題だった。FSOには装備品に消耗度が設定されており、鍛冶屋その他の生産職に『修理』してもらう事で回復できる。生産品が売れなくても仕事が途切れないように準備されたシステムともいえる。しかし、生産職プレーヤーが材料の高騰に音を上げて、おまけに鍛冶職に対してPKグループが有形無形の嫌がらせを仕掛けてゲーム内から締め出してしまった。セカンダリアの「ノスの工房」は、集中する修理依頼に忙殺、値上げを余儀なくされ、気軽に修理を頼める状況にない。
PK相手に連勝し続けているが、回復アイテムの枯渇と装備品の損耗から、ネストボックス一派はジリ貧状態に追い込まれていた。正直、参加メンバー全員が気づき始めている。
「……エルムに隠れていてもらって、運営が対策するのを待つべきだったんかな……」
普段強気な彼からは想像できない弱々しい声だった。
「……しかし、その方策を考えながらも、そうはしたくないと思われた。そうでしょう?」
どこか温かみを感じさせるハンプティの言葉に、促されるように語り出す。
「……リアルの話だけど、通ってた学校のクラスん中で、イジメられてる子がいて……。オレは、加担しなかった。いや、加担してないつもりだったけど……何もやらなかったんだ。イジメてる連中にはっきり言ってやる事も、先生に言う事も。で、結局その子、学校にいられなくなって……。だからその、何にもやらないのって、現状を認める事になっちまうと思うんだ。加担しないつもりでいて、加担しちまう。だから……黙っているのは……嫌なんだ」
次第に声に張りが戻ってくる。伏せていた顔をあげ、彼はハンプティと視線を合わせた。状況は確かに楽観を許さないが、しかし彼の心はまだ折れていない。
「……そーそー、レンドルちんは、アホなくらい強気でないとね」
「アホはねえだろ、アホは」
「ふふ……吾輩も少し昔話を。以前プレイしていたMMOで、急にPKが始まった事がありましてな。システムの隙を突くやり方で、運営もしばらく対策できないままでした。その時、プレーヤーは二種類に分かれました。運営が対策するまでログインしない者と、ゲーム内で団結し、自分たちで自警団を組織する者とにです。思うに……ゲームというのは作られた製品だけでは完成しないものなのですなぁ。プレーヤーが参加して初めて完成する。それぞれの遊び方を考えだし、運営の意図さえも越えて〝完成度〟は高くなっていく。だから……一ゲーマーとしても、『何もしない』を選択したくはありませんな」
言いつつハンプティはソファーから立ち上がった。
「吾輩は知りあいの生産職を回って、互いに連携できないかやってみるつもりです。生産職でも戦闘が得意なプレーヤーもいる。上手く組織できれば自衛が可能になるやもしれません」
「頼む。オレも知りあいの生産職に声かけてみるわ」
そう言いのこしてハンプティもクランハウスを辞去した。
セカンダリアの暗くなり始めた路地裏を、ドワーフ体型のシルエットが行く。
「さて、自衛が可能になったとしても、相場の高騰はどうしたものか……」
つい、物思わしげな独り言が漏れていた。
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