プロローグ
西暦2XXX年も押し詰まった頃、ネット上に奇妙なスパムメールが流された。メールの題名は「message in a bottle」。元々の意味は、小ビンの中にメッセージの書かれた紙片を封入し大海原に流すこと。時おり歌や文芸のテーマとなったその行いは、言わば旧時代のロマンだった。
例えば、嵐が過ぎた翌朝の浜辺に、打ち上げられた一本の青いビン。偶然通りかかった者がそれを目にとめ、拾い上げる。中に紙片が籠められているのに気づいたら、誰もがそうせずにおれないだろう。そして、はるか遠い場所、顔も知らぬ送り手に思いを馳せながら、拾い主はビンの封を開ける──
しかしデジタルな「message in a bottle」は、メッセージと題しながら読めるのはその題名だけで、中身の文面は味も素っ気もない通し番号だけ。添付されていたファイルも、圧縮形式は一般的なものだったが内容は用途不明のデータで、市販されていたアプリケーション中、読み出せるものが見つからない。それが連続して数十種類ネット上に放散された。
この時代、ネット上のセキュリティはかなり厳重なもので、無許可でプログラムその他のデータを放流すること自体が違法行為とされていた。各国政府の取り締まり機関の目を逃れ、連続してアップする行為自体、高度な発信元秘匿なしにはあり得ない。そんな技術力を持ちながら、中身自体は意味がわからないとは、ただの愉快犯か? それとも全ての種類を集めれば、何らかの意味が読み出せる暗号か動作可能なプログラムになるのだろうか?
ネット管理当局側の「何らかのアクションを起こすプログラムの類いとは認められないが、保持しておかず即座に廃棄を」という呼びかけにも関わらず、様々なコミュニティで物好きな連中によるコレクション自慢と解析・憶測が飛び交った。彼らは大なり小なり、顔の見えない送信者から一種の「挑戦状」を突きつけられたと感じたのだ。だがしかし、得てして物好きな連中とは移り気なそれと同義である。「message in a bottle」の発信が途絶えてしばらくすると、じきに忘れ去られていった。
全てが明らかになってから考えれば、「message in a bottle」に込められていたのは挑戦とはほど遠い、祈り、すがるような想いだったのだが……
それから数ヶ月後、あるVRMMOゲームがリリースされ、物語は始まる──