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東方に座す  作者: 延珠
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お前にこの名を教えよう

 両性とは、そのことばが示すとおり男性器と女性器を併せ持つ奇形である。その危うい完全性と、突出した美貌のせいでいにしえより神聖視されている。


 ふつう、出生が確認されれば王族の元に差し出されるのが常なのだが、まさか他人のお下がりというようなかたちで神の愛し子を手に入れることになろうとは誰が想像し得ただろうか。


 夜も更け、あれほど寝たにも関わらず再び眠りの世界に旅立った環姫を、国主は複雑な面持ちで見つめる。


 両性は性において完全を得るが、代わりに体のどこかに疾患を持つ者が多いと聞く。


 山茱萸さんしゅゆが眠っているあいだ、彼は延珠亭の店主を質問攻めにした。


 そのとき得た知識をまとめようと、ちりちりと油の含んだ糸を焼く火が揺れるのを目に映しながら、自らもゆっくりと瞼を閉じる。




 女は言った。


「欠けているからこそ、より尊く、より美しいのですわ」


 そのことばに、自然とうなずいていた。


 山茱萸さんしゅゆの場合は少し生育不良の嫌いがある。要するに、知能が遅いのだ。


 だからだろうか。


 子どもであるというばかりでなく、これほど神聖なものを感じるのは。


「抱けぬ。とても無理だ」


 苦しげに眉根を寄せる王に、女は諦めたような笑いをかける。


「しかたありませんね。では、この子の傷を舐めてやってくださりませ。それを以ってとりあえず契約の儀といたしましょう」


「そんなことでよいのか」


「ええ。まあ、本来ならば、唾液より涙、涙より精液、精液より血、の順に好ましいのですがいたしかたございません」


「そなたの言うことはよくわからぬな」


 国主が面食らうのを尻目に、女はさっさと寝ている環姫の下袴を脱がして少し血の固まった膝小僧を露わにする。


「一度に申し上げてもご理解いただけませんでしょう」


 言って、さあどうぞ、とばかりに国主を促す。


 どうにも合点がいかなかったが、大人しく白く細い足の上に舌を這わせてみる。


「んっ」


 小さく身じろいだ存在に、しばしようすを窺ったが起きる心配はないようだ。


 ゆっくりと、接吻を落とすようにざらりと乾いた苦い血を舐めていく。


「はい。結構ですわ」


「終わりか」


「はい。無事に拒絶反応もないようですし、ようございました」


「……は」


 拍子抜けしてしまう。よほど気の抜けた顔をしていたのか、女は楽しそうに喉を鳴らした。




 そこまで先ほどのやり取りを思い返しながら、国主の頭からは女が去る前に見せた厳しい表情が離れない。


「よろしいか。このたびは突然お伺いしたこともあり無理強いはいたしませなんだが、近く契っていただく必要がございますぞ。この者を哀れと思しなら、常に離さず、情をかけてくださりますように。……お頼み申し上げまする」


 どことなく口調も古めかしく、大声を出したわけでもないのに大した迫力だった。


 いったい、なんなのだ。


 なぜ、こんなことが。


 降って沸いたような展開に、彼はまだついていけない。


 ただ、傍らで眠る子の存在は、正直悪くない。


「みさおさま」


 舌足らずの口調で呼ばれたとき、自分でも驚いた。




「お前をこれからサンと呼ぼう」


 延珠亭に帰る女を見送って、寝所に戻る渡りで環姫に告げたときだった。


「はい」


 山茱萸さんしゅゆは顔を輝かせて、すぐに「ぼ、ぼくはなんと呼べばよいですか」と首をかしげた。


 その期待に満ちた目に、うっと口ごもってしまう。


「陛下、とでも呼んでおけ」


「はい。陛下さま」


「……なんだそれは。陛下だけでよい」


「で、でも・・・お名前に『さま』をつけると教わりました」


 だから名などないのだ!


 と、なにも知らぬ子に怒鳴るほどには落ちていない。


 少し迷って、代々名無し王につけられる呼称を教えていた。


「みさお……御青みさお、だ。青は東の色だ。我は国主だからな、そう呼べばよい」


 彼がどれほどの感情を殺して発言したかはきっとわかっていない。しばらくきょとんとしていたが、山茱萸さんしゅゆはやがて嬉しげに東の国主を呼んだ。


 それが思いがけなく嫌悪感もなく、むしろ快く感じて心が騒いだのだった。




「サン」


 はい、みさおさま。


 己がつくった幻影が、もう一度呼ぶ。


「ふ。愚かなことよ」


 御青みさおは起き上がり、灯りを指先で摘まんで消した。


 今日は悪夢は見ない。妙に確信めいた予感があった。そうしてそれは叶えられる。




 東の国主の元に両性の環姫が現れてから、自然と禁止令も流れ、隠れていた半身たちの姿を日の光の下、町で見かけることも今や珍しくない。


 どこか投げやりなところがあった御青みさおも、なんにでも懸命な山茱萸さんしゅゆを眺めるうちにその双眸には穏やかな光が湛えられるようになった。


 一月が経ち、しかし国主のなかではまだ決心がつかないでいた。


 環姫を抱くことに言い表し難い不安を感じるのだ。常に頭の中で警鐘が鳴り、恐れがつきまとう。


 このままでも、よいのではないか。


 我の、弟か妹のようにして。


 このままでも……。


 思いながら、同じとこで眠るのが辛くなった。


「お前のために部屋をつくらせたぞ」


 絹と刺繍と色鮮やかな織物に似せた檻は、思いがけなく環姫の顔をくしゃりと歪ませた。


「今日からここで眠るといい。我の帰りを待つこともないぞ」


「はい」


 泣いたかと思った。だが、山茱萸さんしゅゆはにこりと笑っていた。

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