青空
雨天にとりのこされた水溜まりは、古びたアスファルトの上を転々としていた。
まさに、此処が入り口であり終末であるのだと、十分感じられる光景だった。
両脇には緑の銀杏が続いており、人影はない。
曇天より、開けたばかりの太陽は、惜しみなく光ばかりを降り注ぐ。
銀杏の木の葉より垂れた滴は、風に揺らめいて数多なるもの光を落とす。
嗚呼、壮観であった。風の匂いはもはやすでに夏の気配を宿している。
そして、その先に佇む彼の美しい瞳にはこの風景が余すことなく映されていた。
終末の予想は遙か遠く。いや何処までも近く、傍らに。
非のうちどころなど何処にもない。
透き通るような白肌はほんのり赤みがさし、嫌味なく広げられたその両腕は、細くしなやかである。
さあ、僕は、彼の元へと行くべきか?
終末の予想は、傍らに。
嗚呼、でも、遙か遠く。
ふと動いた。足が勝手に僕を連れて行く。
銀杏の枝がざわめく。頭上を高く高く覆って、緑の滴がぱらりと肩と唇と。
幾つかの水溜まりを踏みしめた。
そのたびに色は醜くゆがむ。
激しく波打ち、僕の、黒いズボンの裾に飛沫が吸い込まれていく。
嗚呼、入り口?
幾ら飛び込もうと、何処にも繋がらないではないか。
繋がるのは、ココダケダヨ
きらきらと彼が呼ぶ。
おいで。さあ。終末へ。
入り口へ。
なにも始まらぬ、
終末の入り口へ。
ー終末の予想は傍らに……
嫌味なく広げられた両腕は、細く、しなやかであった。
非のうちどころなどない。
透き通るような笑顔だった。
その時、風がざわりと鳴った。僕は立ち止まってしまった。
微かな耳なりが聞こえる。
嗚呼、此処にきてまだ。
彼は、僕を呼んでいるのに。
激しい焦燥が、体中を巡った。
頭を抱えて眼下を見下ろすと、足元の水溜まりに、ふと綺麗な空色が映った。
手のひらを翳して見上げると、天井の枝葉の隙間から、幾つかの流れ行く雲と、真っ白に光る太陽と、空色が見えた。
とても今日、終末を迎えようとしている独りの少年がいるようには、見えないそらであった。
―もしかしたら、明日はやってくるのではないでしょうか?
ふつりと沸いたその考えは、今の自分には到底信じられなかった。
君がいないこの世界を、信じられないのと同じように。
明日など、未来など永久ではないのだ。
嗚呼、だって……
"陽はまた昇る"
微かな耳なり。
優しい、囁き。
透明な色彩が、色を成して眼前に揺らめいていた。
涙があふれてくる。
霞む、視界。
嗚呼、明日が?
君がいなくても、明日は、あるのですか?
立ち止まった膝ががくりと折れた。
白くまばゆい太陽が、湿った僕の真っ黒な喪服を、ゆっくり乾かしていった。
緑の枝葉から落ちる木漏れ日が、僕の涙をきらりと輝かせた。
そこには彼はいない。
終末は、ただ遙か遠く。
どこまでも遠く、永遠に。
訪れることのない終末よ。
彼は、君ではなかったのですね。
入り口なんか、何処にもなかった。
君は太陽に。そして僕は、ずっと、ずっと。
このそらを眺めましょう。
雨が上がった後は、そこかしこに、水溜まりが散らばっている。
その小さな存在は、驚くほどきれいに、よく晴れた空色を、地上に映していた。
誰かが言っていた。
白く、まばゆい太陽がそうさせているのだと。
雨が降ったあとに、地面をじっと見つめて泣いている人たちに、"ほら、綺麗に晴れたよ。青空だよ。"と教えるために。