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幼馴染は負けフラグと揶揄される昨今だからこそ、幼馴染ヒロインが勝利する物語を書いてみた

作者: 湖城マコト

「……貴竜きりゅう、怪我とかしてないといいけど」


 黒髪ロングと青いオーバル型の眼鏡が印象的な女子高生――田中たなかあいは机に頬杖をつき、うれい顔で窓の外の校庭を眺めている。

 愛にそんな表情をさせてしまうのは、幼馴染である九十九つくもざか貴竜きりゅうの存在だ。

 愛と貴竜は家がお隣さん同士。互いの両親も二人が生まれる以前から友人同士で、家族ぐるみの付き合いがある。

 互いの家を行き来するのは日常茶飯事で、幼い頃には一緒にお風呂に入ったりもした。つまらないことで何度も喧嘩をし、その度に仲直りをしてきた。今でも学校には一緒に登校しているし、互いに互いのことを信頼し、悩み事がある時は真っ先に相談する。幼馴染として、そんな良好な関係を二人はずっと続けてきた。

 

 だけど、本当にこのままでいいのだろうか?


 少なくとも愛の側は、幼馴染の貴竜に対して友情以上の感情を抱いている。

 物心ついた頃から、一緒にいることが当たり前だった貴竜。

 多くの時間を共有する異性の存在に愛が惹かれたことは、必然だったのかもしれない。


 ……でも、どうせ私なんて。


 平凡な自分なんかが貴竜と吊り合うはずがない。

 愛は自分のことをそう卑下していた。

 自分に自信が持てない一番の理由は、恋のライバル達が強力過ぎることだ。


 九十九坂貴竜は、眉目びもく秀麗しゅうれい、成績優秀、運動神経抜群のハイスペック。心優しい性格で行動力も伴った、まさに完璧超人と呼ぶべき男の子だ。

 それに加えて貴竜は正義感がとても強く、困っている人を見過ごすことが出来ない。善行は彼の意図しないところでより一層、彼の魅力を高めていた。


 例えば、以前にはこんなことがあった。

 今をときめく大人気アイドルで、貴竜や愛の同級生でもある叢雲むらくも白雪しらゆき。そんな彼女を襲った恐るべき愛憎劇。

 白雪に強い執着を抱く悪質なストーカー、白雪に歪んだ愛情を向ける女性マネージャー、白雪の才能に嫉妬したアイドル仲間達による陰湿な嫌がらせ。叢雲白雪に降りかかった様々な事件を、貴竜は同級生の危機を放ってはおけないという正義感から、見事に全て解決してみせた。

 貴竜は純粋な正義感で行動しただけだったが、窮地を救われた叢雲白雪が貴竜に恋心を抱くのは必然だった。

 叢雲白雪は現在、芸能活動を休業している。理由は単純、貴竜に会うために、毎日学校に通う時間を確保するためだ。大人気アイドルは、九十九坂貴竜にすっかり夢中だった。

 余談だが愛もこの一件に関わっており、一時的に白雪を自宅にかくまうなどして貴竜に協力している。


 例えば、以前にはこんなことがあった。

 あるパーティー会場で知り合った、日本を代表する大財閥――明鏡院めいきょういんグループの社長令嬢である明鏡院めいきょういん涼音すずね。そんな彼女を襲った後継者問題に絡む誘拐事件。

 時期社長の座を狙う涼音の叔父、優秀な妹に劣等感を抱く兄、涼音に狂気的な愛情を抱く社長秘書、明鏡院家に恨みを抱き、身分を偽り屋敷に潜入していたお手伝いさん。成り行きで事件に関わることになった貴竜は、見事な推理力で真犯人を突き止め、自らの手で誘拐された涼音を救出した。

 貴竜は純粋な正義感で行動しただけだったが、窮地を救われた明鏡院涼音が貴竜に恋心を抱くのは必然だった。

 明鏡院涼音は現在、元いた名門女子高から貴竜達の通う高校へと転入している。理由は単純、毎日学校で貴竜と顔を会わせたいからだ。大財閥の社長令嬢は、九十九坂貴竜にすっかり夢中だった。

 余談だが愛もこの一件に関わっており、誘拐現場近くで聞き込みをするなどして貴竜に協力している。

 

 例えば以前にはこんな――以下略。


 今日だって貴竜は、正義感から厄介ごとに首を突っ込んでしまい、学校を欠席してしている。

 数日前、貴竜は突然空から降ってきた金髪きんぱつ碧眼へきがんの美少女――レティシア・ノルトの体を受け止めた。そのまま成り行きで、追手の黒服達から彼女を守るという超展開が発生してしまう。

 レティシアの正体はアルタイル王国の王家の血を引く者らしく、その存在を政治利用され、政略結婚を迫られていたのだという。望まぬ結婚などしたくないというレティシアの意志を尊重し、貴竜は正義感から彼女の力になることを決意。

 黒服達の襲撃を受け貴竜は一度敗北、レティシアはアルタイル王国へと連れ戻されてしまったが、貴竜は決して諦めず、レティシアのために単身アルタイル王国へと乗り込んでしまった。

 流石に今回ばかりは危険だと愛も貴竜を引き留めたが、正義感のスイッチが入った貴竜がそれを聞き入れることはなかった。

 結局、愛に出来たことは「気を付けてね」と貴竜の後ろ姿を見送り、帰りを待ち続けることだけだった。校庭へと向ける憂い顔も、この場にいない貴竜の身を案じればこそだ。


 愛も一度、隠れ家に食料を届けにいった際にレティシアと顔を合わせているが、レティシアの瞳は間違いなく貴竜に恋をしていた。

 貴竜のことだから、レティシアに関係した今回の騒動も見事に解決してみせることだろう。そうなれば、レティシアの貴竜に対する気持ちがより一層強くなることは想像に難くない。

 正義感溢れる貴竜の姿が愛は大好きだし、同じ女性として、レティシアには政略結婚などに負けずに幸せになってもらいたいという思いもある。


 だけど、また恋のライバルが増えてしまうのではと思うと……乙女心は複雑だった。


 金髪碧眼美少女のレティシアも、大人気アイドルの白雪も、社長令嬢の涼音も、この場では紹介出来なかった子たちも、貴竜に惹かれた女の子達は皆、とても魅力的な子たちばかりだ。

 平凡な女子高生でしかない自分なんて、同じ土俵に立つことすらも出来ない。

 やはり愛は、女の子としての自分に自信を持てないでいた。


「……貴竜。早く帰って来ないかな」


 恋愛感情云々は抜きにして、幼馴染が少しでも早くいつもの日常に戻って来てくれることを、愛は切に願った。




「よう、愛」

「よう、じゃないよ。戻ったなら戻ったって連絡くらい寄越しなよ」


 翌日の夕刻。学校から帰って来た愛を、九十九坂貴竜が玄関前で出迎えた。

 貴竜がアルタイル王国へと単身旅立って以来、五日ぶりの再会であった。


「俺もたった今到着したばかりなんだ。特殊なルートで帰って来たから、電話も使えなくてな」

「……心配したんだから」

「悪い」


 表情を隠すかのように俯いた愛が貴竜の腹部に優しくパンチし、貴竜は申し訳なさそうに目を伏せた。


「怪我とかはしてない?」

「幸いなことにほとんど無傷だ。銃弾が頬を掠めた時や、近くで爆弾が爆発した時は流石に冷や冷やしたけど」

「今回は、今まで以上に壮絶だったみたいだね」

「だけど、その甲斐はあった」

「いい顔してる。レティシアさんのこと、助けられたんだね」

「おかげさまでな。話すと少し長くなるけど」


 立ち話もなんなので、続きは田中家の中で話すことになった。

 貴竜はリビングへと腰掛け、愛はキッチンで、貴竜にコーヒをれるべくお湯を沸かしている。


「アルタイル王国へと到着して間もなく、王宮内部でクーデターの動きがあることを掴んでな。紆余曲折を経てクーデター派であるアルタイル王家の第三王子と接触し、レティシア救出の手助けをしてもらえることになった」

紆余うよ曲折きょくせつの部分が凄く気になるけど、とにかく劇的な展開だね」

「クーデター派の協力もあり、俺はレティシアの婚礼の場へと乗り込み、彼女を救出することに成功した。時を同じくしてクーデターも成功し、悪政を強いていた現政権は崩壊、聡明かつ人格者である第三王子が国の代表に就くことが決まった」

「何というか、物凄い大事件だね」

「今はまだ公にされていないが、今夜くらいにはアルタイル王国のクーデターのニュースが世界中を騒がせることになるだろうな」

「レティシアさんの身はどうなったの?」

「政権の崩壊によって、レティシアが政略結婚を強いられる理由は無くなった。クーデターの混乱が落ち着き次第、彼女の意を汲み自由な人生を約束すると第三王子は誓ってくれた。一人の親類として、彼女には普通の女の子として幸せになってほしいと言っていたよ」

「第三王子さんが良い人で良かったね」

「ここだけの話、第三王子は俺のことがえらく気にいったようで、高校を卒業したら新アルタイル王国政府で働く気はないかと、熱烈なオファーを頂いてしまった」

「えっ? 貴竜、学校卒業したらアルタイル王国に行っちゃうの?」

「行かないよ。俺には荷が重すぎると、丁重にお断りした。王子は残念がってたけど、最後は笑顔で俺を見送ってくれたよ。別れ際に『困ったことがあれば何時でも相談してくれ。友人として可能な限り力になる』と、ありがたい言葉もかけてくれた」

「何というか、もの凄い人脈が出来ちゃったね」

「俺自身もびっくりだよ。空から降って来た女の子を助けたところから始まり、最終的には政権崩壊の現場に居合わせ、新たな王と友人関係になってしまうとは」

「……やっぱり、貴竜は私なんかと違うな」

「何か言ったか?」

「ううん、何でもない」


 今までだって相当だが、貴竜がますます遠い人になってしまった気がして、愛は少し切ない気持ちになってしまった。


 やはり平凡な自分では貴竜には到底吊り合わない。


「レティシアさん。自由になった後はどうするんだろう?」

「日本に留学したいと言っていたな。その時はまたよろしくと言っていたが」

「つまり、うちの学校に?」

「たぶん、そうなるんじゃないかな」

「そっか」


 愛は素っ気なく返す。貴竜に心を奪われた女の子が彼を追っかけてくるパターンにも、すっかり慣れてしまっていた。


「ねえ、貴竜。貴竜には好きな人とかいないの?」


 コーヒーの入ったカップを貴竜の前に起きながら、愛は何気なく尋ねる。

 貴竜への気持ちを諦めるきっかけが欲しかったからだ。

 誰でもいいから、貴竜に女の子の名前を出してもらいたかった。


「好きな人?」

「そう、好きな人。白雪や涼音さん、今回助けたレティシアさん。貴竜の周りには素敵な女の子がたくさんいるじゃない。貴竜だって男の子だし、誰かを好きになったりしないのかなと思って」


 違和感を与えないよう、気さくな演技をして続けざまに尋ねる。表情までは上手く作れる自信が無かったので、お茶菓子を出す振りをしながら貴竜には背中を向けている。


「愛」

「えっ?」


 どうして突然名前を呼ばれるのだろうと思い、愛は咄嗟に振り向いた。


「呼んだ?」

「呼んだ? はないだろう。お前の方が誰かを好きになったりしないのかと聞いたんだから」

「ごめん、いまいち状況が飲み込めない」

「だから、俺が好きなのは愛」


 より正確な言葉を受けたことで、聞き間違い等の可能性は完全に消えた。

 正義感の塊である貴竜が、冗談でこんなことを言うはずはない。そのことは、誰よりも近くで彼を見てきた愛が一番よく知っている。


「どうして私なんか?」

「私なんかと言うのは止めてくれ。俺にとって愛は、大切な存在なんだから」

「……私、平凡過ぎて他の女の子に勝っているところなんて何もないよ。今回だって、ただ貴竜の帰りを待っていることしか出来なかったし」

「お前は平凡というのが、その平凡こそが俺にとっては癒しなんだ。小さい頃からいつも隣にいたお前は、俺にとってはいわば日常の象徴だ」

「日常の象徴?」

「お前が待ってくれている、戻るべき日常があるからこそ、俺が正義感に従って非日常へと飛び込んでいけるんだ。お前がいなければ、俺はとっくに潰れてる」

「そ、それは流石に大袈裟だよ」

「大袈裟じゃない。俺にとって愛はそれだけ大きい存在なんだ。今回アルタイル王国で体を張って、より一層そう感じた」

「貴竜……」

「好きの定義は人それぞれだと思うけど、俺にとってのそれは日常を感じさせてくれる人。愛以外には考えられない」


 立ち上がった貴竜は愛の両肩に手を乗せ、愛の瞳を見据えた。


「出来ることなら、愛の気持ちも聞かせてほしい」

「馬鹿……」

「えっ?」

「……好きに決まってるじゃん」


 愛は半泣きだった。自分で勝手に短所と決めつけていた平凡さを貴竜は愛してくれていた。幼馴染のことをちゃんと見ていなかったのは、ひょっとしたら愛の方だったのかもしれない。


「幼馴染相手に面と向かって言うのは少し恥ずかしいけど、男らしく俺の方から言うぞ……愛、俺と付き合ってくれないか」

「はい。もちろんです」


 告白が実った瞬間、貴竜は嬉しさのあまり愛の体を優しく抱きしめ、愛の方も笑顔で抱き返した。




「夕飯食べてく?」

「もちろんだ」


 関係性が変わったからといって、すぐさま劇的に何かが変わるというわけでもない。

 二人にとって平凡で、だからこそ愛おしい日常が流れていく。




 了

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