ヘンタイ
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「ただいまー!」
茉希の明るい声が、二人暮らしの1LDKにこだまする。例のごとく、そこに返事はない。しかし茉希は全く寂しくなかった。今からほんの数分後に訪れるヒミツのひとときに思いを馳せ、重たいランドセルを転がした。
茉希が男と出会ったのは数ヶ月前。放課後の帰路だった。
「まき、だよな」
友人と別れた途端、僅かに上擦った声が茉希を呼び止めた。振り返るとそこには見知らぬ容姿。水色のポロシャツに黒のジーンズを履き、銀縁の眼鏡を掛けた、四十路程の男だった。
徐々に近づく男の影。肩ひもを握り締める茉希の手に自然と力が籠る。気付けば長身の彼の顔は太陽を隠し、彼の影は茉希の華奢な身体をすっぽりと覆っていた。
表情の見えない顔を睨み付け、恐怖で立ち竦む茉希。息苦しさに苛まれ声が出なかった。だれか、だれかと念じる思いは非情にも届くことはなく。ジリジリとこめかみを這う汗は頬を滑り、コンクリートに染みをつくった。
ポンポン。頭のてっぺんから伝わる重さと温もりが、茉希の金縛りを解いた。男の屈強そうな腕が通学帽に伸びている。
「大きくなったね」
何かを圧し殺すように震えた声には、慈愛の色が滲んでいるように感じられた。
溢れた日差しが眩しくて茉希は目を細める。漸く露になった彼の顔は酷く柔和な表情をしていた。
ピーンポーン。今ではすっかり聞き慣れたインターホンの音に、茉希は弾かれたように立ち上がり玄関扉を押し開ける。
「パパ!おそい!」
興奮気味な茉希の熱を帯びた唇に武骨な人差し指を押し当て、彼は少しだけ狼狽の色を覗かせる。茉希はそんな彼を顧みず、口元に宛てがわれた太い指を握り部屋へ誘った。
「ねえ、ちゃんとアレ買ってきてくれた」
茉希の大きな瞳が彼を映す。
「何時までいられるの。7時まではママ帰ってこないって!」
矢継ぎ早に質問を繰り出し、彼は返す隙もない。
「ねえ、次はいつくるの。明日はくる。ママは週末までお仕事だよ」
座布団に彼を座らせ、彼の首に腕を回して帰さんとばかりにキツく抱き締める。
「気を遣わせてばかりでごめんな、本当は3人で会いたいよな」
彼は抱擁に応えるように未成熟な腰に手を回し、もう一方の手でストレートな処女髪を梳いてやる。
「ううん。ママ、パパがきてるって知ったらすごい怒るんでしょ、やだよ」
茉希は正面から彼の顔を見据え、ぷくりと頬を膨らませてみせた。彼はその余りの可愛らしい仕草に堪らず、少し尖った茉希の唇に自身の唇を重ねた。唇を離すと、茉希はいたずらっ子の笑みを浮かべて内緒話をするように耳元で囁いた。
「ふたりだけのヒミツ、でしょ」
買ってきたシュークリームを食べてすっかりゴミをまとめると、彼は帰り支度を始める。このタイミングになると茉希は一層彼に甘える。
「ねえ、明日もくるでしょ」
シャツの裾を引き、上目遣いで彼を見る。
「来るよ」
「うれしいな。今度は一緒にたい焼きが食べたい」
上手な強請り方もいつの間にか板についていた。
「約束するよ、まきが一緒にお風呂入ってくれるって約束するならね」
「うん、パパ大好き!」
茉希は思い切り彼に飛び付いた。
「僕もだよ」
男の腹に顔を埋めた少女は、そのときの彼の表情を知らない。愛娘に向けるには余りに不埒な、情欲を孕んだ眼差しとニヒルな微笑など知る由もなかったのだ。
*
「ねえ、まきちゃん。それお母さんに相談しなよ」
さめざめと泣く茉希に、連れ添う友人は困惑していた。
「ダメだよ、ママいそがしいから、こまらせたくない」
かぶりを振る茉希に友人は焦燥感を募らせる。
「まきちゃん一人っ子だよね、お父さんは」
茉希は再び首を横に振った。
「顔も知らない、わたしが小さいときに出てったって。ママが言ってた」
茉希はぼろぼろと涙を流し、友人はそんな茉希を元気づけようと必死だった。だから、あの日少女たちは気づくことができなかった。2人の会話に耳をそばだてる、見知らぬ男の影に。
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女子小学生は可愛いですが、本作は犯罪を助長するものではありません。