第3話 凍傷
早く帰りたい……
自分でもまさかこの歳に失禁をするとは思いもしなかった……
更にはそれを見られてしまったしなぁ……
もう散々だ……
あの後俺は商店街を救ったヒーローとして讃えられ、リーシアのことを説明する間も無く謝礼金を貰った。
この金は俺が貰うことは出来ない。
リーシアに渡さなければ。
あの化け物は彼女が退治したのだから。
俺は事務所の上の階にある住居で生活している。
1LK。トイレ、風呂付きだ。
商店街までは徒歩五分。
八百屋の店主の奥さんの長話に付き合わされてしまい帰るのが遅くなってしまった。
正直今でもあの紫の巨大な化け物を見たのは夢の中の話だと思っているが、濡れたズボンがその事を現実だと知らしめてくる。
俺はでズボンを脱ぎ洗面所にある洗濯機にそれを放り込む。それから替えを履いて、ソファで横になる。
俺はつくづく情けない奴だ。
逃げ腰になり、一瞬とはいえ商店街を守ろうという意思を捨てた。
最低な奴だ。
前にもこんな事があったような気がする。
うろ覚えなのだが、過去に大事なものを見捨ててしまった経験があるかもしれない。
そんな事実を忘れている俺はまた最低な人間だ。
だから強くなりたい。
もう二度と守りたいものを守れずに後悔するのはごめんだ。
リーシアに会えば教えてくれるだろうか。
ふと彼女の事が頭を過る。
先程から頭の隅にこびりついている彼女の記憶は恐らく消えることはないのではないか。
生まれてこの方恋愛なんか経験してこなかったからわからないが、これが恋というものなんだろうか?
もう一度会えば確かめられるだろうか。
あの時の胸のざわめきを体験したい。
魔法のうまい使い方を教えてもらいたい!
リーシアに会いたい……
俺はそう思うと同時に立ち上がった。
今すぐ探しに出かけたい。
俺は商店街とは真逆の方向にあるビル街でリーシアを探し始めた。
さっき彼女が歩き出していった方がこっちだったからだ。
探すこと数分……
俺が本来の目的を忘れ猫を追ってビルとビルの隙間にある道に入った時だった。
見覚えのある長い茶髪が揺れている。
いた……
何故ビルの外壁を殴り続けているのかは謎だが。
俺は彼女に話しかけようとしたが、どうしても躊躇ってしまう。
何故なら今彼女からはとてつもなく禍々しいオーラが放たれているからだ。
「…………」
リーシアが鬼のような形相で此方を睨んでくる。
とんでもなく恐ろしいのですが。
「何よ……誰よ」
俺の記憶は彼女の頭からはとっくのとうに抹消されてしまっているらしい。
「いや、さっき会ったじゃん。酷いなぁ忘れるなんて」
「ごめんなさい……ズボンの色が違ったものだから」
「そこで見てたのかい!?っていうか元気ないけどどうしたの?」
ここで訊くのは不味かったかと思いつつもそんな顔をしている理由をどうしても今知りたかった。
「就活に落ちたのよぉぉぉぉぉ!!!!!!」
彼女の渾身の叫びはビルの狭間を通り抜け、その奥まで響いていった。
就職氷河期と呼ばれる今日。
なかなか就職につけない若者が増えていると聞く。
彼女もまたそのうちの一人なのだろう。
俺が自分で事務所を構えたのはそれが理由でもある。
「じゃあうちで働かない?」
「は?」
彼女の氷のように冷たい視線と冷たいその言葉のせいで俺は凍傷になってしまった。