第八話 夏祭り(二)
第八話 夏祭り(二)
真田秘書が帰った後、俺たちも交代で自宅に帰りシャワーを浴びたりすることにした。サッパリして祭り会場に戻ってみると堀北一家や浅井親子も戻ってきていて、舞ちゃんと有希ちゃんは友達と会館の中で駆け回っていて楽しそうだった。四時半の集合時間まで、そんな子供たちをからかったりからかわれたりしながら過ごすことになり、独身のマサは当然だが俺もハカセも小さい子供との生活は久しくなかったので、予想外の楽しい時間となった。孫がいるとこんな感じなんだろうな…。疲れるけど…。
四時半になり、墨田と伊藤の役立たず以外が集合したので最後の打合せとなる。タイムスケジュールに沿って、会場警備体制の確認・防犯パトロールの出発・ビンゴ大会とお楽しみ抽選会の段取り確認・祭り終了後の片付け・ご苦労さん会の準備等を打ち合わせ、いよいよ時間は五時となった。夏祭り夜の部の始まりだ。
マサがダビングして作成した盆踊りのCDをかけ、小学生の男の子たちに太鼓を叩かせていると、それが合図になって人が集まってきた。町内放送でも
「盆踊りが始まりましたぁ。皆さん、お誘いあわせのうえ、ふるさと会館前広場においでくださぁい。模擬店も開店でぇす」
堀北の間延びした案内が町内に響いた。
婦人会有志、と言ってもほとんどおばあさまなのだが、お揃いの浴衣を着て踊りだし、子供たちはそれを見て一緒に踊っている。満を持して控えていた踊り自慢の婆様たちも、これまた自慢の浴衣で踊りの輪に加わる。何を勘違いしているのか、ハワイアンのムームーというのかハイビスカス柄の衣装を着て踊っている一団もいる。なんなんだ、このカオスは…。
おや?浅井さんではないか。
「おお、浅井先生が浴衣のコスプレでキリリと踊ってるぞ。まさに掃き溜めの中の鶴!マサ、しっかり写真を撮っておけ!そして俺の携帯に画像を送るんだ」
「ショウ君、声でかいって!問題発言ばっかだぞ。どこからつっこめばいいんだよ…」
「ハハハハ、さすがは婦人会会長だねぇ。踊りも上手だ。あれ?ショウちゃん、ハイビスカス軍団の中にお母さんいるぞ」
「…嘘。……いや。あれは知らない老婆だ」
「ふふふふ、ショウ君、その老婆の写真を撮ってあげよう、ふふふふ」
「あれ?ショウ君のおばさんの後ろで踊ってるのはマサちゃんのお母さんだ、ハハハハ」
「………」
「………」
「…さあ、堀北パパに悪いから俺は受付に戻ろう」
「…踊りの先生がもう来ているかもしれん。俺も一緒に行く」
祭りの盛り上がりが一気に醒めた瞬間だった。
「おう、タダシ。国会議員の真田先生はみえられたか?」
浴衣を着たひねた小学生かと思ったら、墨田ではないか。なんだ、そのなりは?病院抜け出した痴呆老人かよ。
「昼ごろ秘書の方が来ましたよ」
「嘘つけ。本人が来るはずなんだぞ」
「知りませんよ。ご祝儀置いて帰りました」
「俺に挨拶なしか?」
何様なんだよ、お前は…。
「知りませんってば。外の掲示板にご祝儀の芳名書いて貼ってありますから、見て下さいよ。公職選挙法うんぬんで『真田建設様』ってぇ奴です」
「…そんなはずはないんだがな…」
どんなはずだったのかは分からないが、えらく意気消沈している。そんなに具合が悪いのなら、もう家帰れよ。
踊りの関口先生も加わり、盆踊りも一層華やかになった。お嬢さん夫婦も白い股引に粋な祭半纏を揃って羽織り、見事なバチさばきでカッコイイ。関口先生はとても人気者で、例のハイビスカス軍団に囲まれていた。婆さん、ほどほどにしとけよ…。関口先生の人気はうちの町会だけでなく、先生を慕って他の町会からもおばさん達が踊りに来るほどなのだそうだ。
模擬店にも多くのお客さんが並び、大盛況だ。こう祭り会場が賑やかになると、町内パトロールも活発化する。祭りのため家を留守にする家庭が多くなるからだ。このパトロールは防災防犯部と老人会有志で行う。実はこの町内パトロールこそが、祭り成功のための大きなポイントらしい。
「祭りの間に空き巣に入られたり、火事でも出されたりしたら町会の責任問題になりかねないからねぇ、ハハハ」
ということだ。警察にも頼んでパトカーも巡回してもらっている。
「これだけやっとけば万一何かあっても言い逃れできるだろう、ハハハ。抜かりなし!」
この町会長は…。
盆踊りの一回目の中休みということで、踊りを中断して子供会主催のビンゴ大会が始まったらしい。堀北パパも舞ちゃんと参加するために会場へと出ていった。
「ご盛況ですな」
「あ、いらっしゃいませ」
「南田会長はいらっしゃいますかな?みどり町の会長をしている大竹です」
お、来たな、みどり町。ハカセと違ってただのデブというより、恰幅のある社長さんという雰囲気の親父だ。ハカセを携帯で呼び出して応対させた。それに副会長の小松崎を交えた三人は、受付近くの接待席でビールを飲みながら話し始めた。初めのうちは今日は天気が良くてよかったとか先週開催されたみどり町の夏祭りが素晴らしかったとかいう話だった。
「それにしても菱町さんの綿アメコーナー、人気ですな。子供が群れてる。どうやらうちの町会の子供たちもいるみたいですな」
「ハハハ、自分で作れるから余計に楽しいんじゃないでしょうかね」
「お金を取って作らせてるんですか?それはどうなんでしょう?」
「いえ、お金は取ってないですよ。タダですから。ハハハハ」
「え、タダなんですか?」
「ええ、初めは子供会のママさんたちが作って五十円くらいで売ろうかとと思ったんですけどね、商売にすると食品衛生法だかなんだかで保健所に検便提出しなければダメなんじゃないかって。ママさんたちに検便出してくれって言ったら、『絶対イヤだ』ってなりましてね。検便だけは勘弁ですって、ハハハ。でも綿アメ製造機はレンタル契約しちゃったんでね。じゃあそれならタダでやっちゃえってね、ハハハハ」
今のはシャレか?ダジャレを挟んだのか?
「ほう、それはまた…。太っ腹ですな」
そうなんだよ、メタボなんだよ。てか、シャレ合戦なのか?
「いえいえ、レンタル料は材料費込で一万円ちょっとですよ」
「え、そんなもんなんですか?意外と安いですな」
「安いでしょう?タダなら子供は黙ってても集まってきますでしょ。それにママさんたちじゃなく子供たち自身に作らせれば、万一なにかあったとき子供たちのせいに出来ますからねぇ、ハハハハ!」
「………」
そうなんだよ、黒いんだよ。
「来年はみどり町さんでも、綿アメやってみたらどうですか?いい人寄せになりますよ、ハハハハ」
「そうですな。…検討しましょう」
来年絶対やるな、綿アメ。
「ところで南田さん、話は変わりますが流川郵便局からポストの件で何か言ってきましたかな?」
おお、情報収集か?これが聞きたかったんだろうな。
「そういえば六月の初めにポスト設置場所の候補地を視察に来てからは何も言ってきませんねぇ。忘れられちゃたかな?まあ、僕もすっかり忘れてましたけどね、ハハハハ。みどり町さんの方には何か言ってきましたか?」
「うちの方も何も言ってこんのですよ。もう八月も終わりだというのに。だから先日こちらから郵便局に電話して『ポストの話はどうなったのか』と聞いたんですわ」
「ほう、それでなんと言ってました?」
「なんか上の方でいろいろ考査してるんで、もう少し時間がかかるということでした。決まり次第すぐに電話くれるそうです」
「そうですか。みどり町でも菱町でもどちらでもいいですから、早く設置されればいいですねぇ」
「いやぁ、本当にそうですよ。やはり近くにポストがなければ、近隣の皆さんが困るんですからな。はははは」
「そうです、そうです。ハハハハ」
腹黒タヌキ同士の化かし合いかよ。菱町にたいした進展がないのに安心したのか、大竹はニコニコしながら帰っていった。
「ハカセよ、みどり町の会長は安心して帰っていったな。まあ、どっちにしても郵便局から連絡なければどうしようもないからな」
「郵便ポストなら来月初めに、このふるさと会館の入り口脇に立つよ。昨日連絡あった」
「えっ?」
「えっ?」
小松崎も驚いている。
「だってお前たった今、みどり町の大竹に……。嘘ついたんか?」
「ほらこういうことはインパクトがある方が面白いだろう?サプライズっていうやつだよ、ハハハ」
「あとで大竹さん、文句言ってきませんかね」
「大丈夫ですよ、小松崎さん。『連絡なかった、いきなり工事来てポスト立てた』ってとぼければいいんです、ハハハハ」
「…悪い奴だな。でもなんでみどり町でなくうちになったんだ?」
「みどり町の申請場所はバス通りのみどり公園だったらしい。あそこは流川市の土地だから市の認可をとったり手続きが大変らしい。その点うちは町会の土地だから関係ない。たぶんそれが一番の要因だろうね」
「まさか、お前それ知ってたのか?」
「うん、うちも最初は中央公園で申請しようとしたんだけど、郵便局の人が町会の土地があればそっちの方がいいって教えてくれたんだよ。親切だよね、ハハハ」
「いいのか?郵便局…」
「大丈夫だよ。申請時の注意事項は何かありますかって僕が聞いて、一般的にはこうですよって教えてくれただけだもんね。そういうことをちゃんと聞かない奴がいけない。ハハハハ」
「…なんか大竹が可哀そうになってきたわ」
「ハハハハ、だからショウちゃんも小松崎さんも今のことは内緒にしといて下さい。サプライズですから、お願いしますね、ハハハ」
「…俺は聞かなかったことにする」
「…私も」
そんなことをしているうちにビンゴ大会は終わり、盆踊り後半戦となっていた。いつもより来場者が多かったので、模擬店の焼ものコーナーは品切れになったらしい。野球部の連中は会館内の老人会休憩席で酒盛りをしている。来賓用の酒やつまみはほとんど残っていたので、奴らはハイエナのようにそれを食い荒らしている。年に一度の祭りなのでこちらも黙認状態だ。一番騒いでいるのはいつのまにか復活した墨田だが、奴も今日は散々だったので大目に見てやることにした。
「俺たちが若いころは祭りももっと盛大でな。へへへ、一日中音楽流したり打上げ花火をバンバンと上げてな……」
今それやったら苦情殺到だよ。
「やっぱり祭りが一日だけだと盛上りに欠けるな。二日に戻せば……」
そんなヒマな奴はお前らだけだよ。
「なんでぎょう虫いたかなぁ。不思議だよなぁ。ちゃんと手は洗ってるし……」
ぎょう虫じゃなくて回虫だろうが。ぎょう虫よりもっと大物だよ。
「あれ、日本酒が足りねえな。よう、浅井さんよう。へへ、悪いけど日本酒持ってきてくれねぇか?」
あ、この野郎…。酔っ払いやがって…。
「よう、子供会や婦人会のママさんたち。へへへ、こっちで一杯どうだい?」
あ、この馬鹿…。調子に乗りやがって…。
「墨田さん、皆さんはまだお仕事中なんですから。無理強いはダメですよ」
「いいじゃねぇか、浅井さんよう。堅いこと言わないでさ。へへ、一緒に飲めねぇなら、ちょこっとお酌くらいしたってバチは当たらねぇだろ、な?」
あ、この鼻毛野郎…。バチ当ててやろうか?さすがに浅井さんたちも怒ってるぞ。
「墨田さんいいかげんにしてください。お酌するのは私たちの仕事じゃありません。セクハラですよ」
「な、何がセクハラだっ!お高く留まりやがって!」
これはまずいな。小さな子供たちも周りにいるのに、この鼻毛は。さすがに吉田さんたち他の野球部員も止めに入った。
「墨田さんよ、そのへんにしとけよ。みっともないだろ?」
「なんだと!俺のどこがみっともないってんだっ!」
お前の存在全部だよと怒鳴ろうとしたときだった。
―ガラッ!
例のハイビスカス軍団が入ってきた!先頭はうちの婆だ…。婆は入ってくるなり
「アレ?墨田ミツオ君じゃないか。久しぶりだね!」
「…ご無沙汰してます」
「ここんとこウチの爺さんに線香上げに来ないから、とうとう寝たきりになったのかと心配してたんだよ。元気そうで良かった、良かった!なぁ墨田ミツオ君」
「…おかげさまで」
「野球部の皆さんも元気そうじゃないか、なぁ?吉田ケンサクさんよう!」
「…はい、おかげさまで」
「東海林さんの奥さんもお元気そうで…」
「おかげさまで年の割にはまだまだ元気だよ、はははは!ところでなんだい?皆さんで酒盛りかい?楽しそうだねぇ。どれアタシらもお仲間に入れてもらおうかね」
「いえ、ちょっと休憩してただけなんですよ。あ、そろそろ鉄板とか片付けないと。な?みんな」
「そ、そうだった、そうだった。後片付けするとこだった」
「そうそう。あぁ、タダシちゃん、お母さんたちご休憩だよ。案内して、案内して」
野球部員は先を争うように出て行ってしまった。残されたのは墨田ただ一人だ。
「どうだい墨田ミツオ君!アタシらと一杯やるかい?」
「…いえ、ちょっと飲み過ぎちゃったかなと…。へへ、なにしろ病み上がりなもんで…」
「あら、そうなのかい?まだまだ暑いんだから無理しちゃいけないよ。おや、帰るのかい?奥さんによろしくね」
「あ、ありがとうございます。じゃお先に失礼します。むあ、タダシちゃん、ヒロシに俺はちょっと飲み過ぎたから帰ったって言っといてくれ、な?」
飲み過ぎの爺とは思えぬ素早さで、墨田は帰ってしまった。うちの婆はそれに目もくれず婦人会席で婆仲間としゃべりまくっていた。婆さん…、アンタ何者だよ。会館内は婆さんたちの「ヒィーヒヒヒ!」とか「ヒャーヒャヒャヒャ!」というケモノじみた笑いにつつまれていた。
「ショウちゃん、何かあったのかい?」
役立たずのハカセとマサが入ってきた。浅井さんが、これこれこういうことがあったんですと説明した。
「東海林さんのお母様には、ホント助かりました」
「ハハハハ、なるほど、そりゃ墨田さんたちも災難だったね」
「何者なんだよ、あの婆は…」
「アレ?知らないの?ショウちゃんのご両親は、墨田さん夫婦の仲人さんだよ」
「えっ?」
「それに婦人会が輪番制になるまではずうっとおばさんが婦人会会長やってた。十年くらい前まではマサちゃんのお母さんと民生委員もやってたからね。菱町というか、このあたりの女性のボスみたいなもんさ。野球部の連中の奥さんたちとも仲がいいしね」
ハカセの解説のうしろで「ヒャーハッハッハッ!」「ひぃーひっひっひっ!」という婆どもの鳴き声が響く。
「だいいち四菱OB野球部作ったのはショウちゃんのお父さんじゃないか」
「うっ、嘘だ…。親父は野球など出来なかっぞ。趣味は陰気くさい囲碁だった」
「あれ?あの人たち、野球なんかしないよ。毎週日曜日に野球のユニフォーム着て、中央公園に集まって笠井酒店で酒買って、飲んだくれてるだけだよ。知らなかった?」
「…知らねぇよ。おいマサ、知ってたか?」
「まあ、おばさんの顔が広いことは知ってた。うちの婆さんからも話は聞いてたしな。でも野球部の話は初めて聞いたな」
―「ひゃーはっはっはっ!」
―「ひぃーひっひっひっ!」
「あれ、そうだったの?ちなみに野球部創設の発起人にはうちの死んだ親父とマサちゃんのお父さんも入ってる」
「えっ!知らなかったな…。じゃあ、なんであいつら野球のユニフォーム着てるんだ?」
「ああ、あれはさ、普段着で爺さんたちが日曜の昼間に公園に集まって酒飲んでいるのは、どう見ても不審者の集まりにしか見えないから、野球の打上げという体裁を取ろう、だったらユニフォーム揃えようってなったらしいよ」
「どういう発想だよ。馬鹿じゃねぇの」
「ショウちゃんのお父さんのアイデアらしいよ」
―「ヒィーヒッヒッヒッ!」
―「ギャーハッハッハッ!」
頼む、誰かあのバケモノたちの咆哮を止めてくれ…。
「おーい、正志。あれ?博士と雅彦もいるじゃないか。こっち来て奥様たちに酌でもしなさい!」
「うるせぇー、くそ婆!アンタがセクハラしてどうすんだっ!」
「ギャーハッハッハツ!」
「ヒィーヒッヒッヒッ!」
何が何だか分からなくなったころ、夏祭りも最後のイベント、お楽しみ抽選会となった。騒ぎまくっていたハイビスカス軍団も「コメだ、コメ!」と言いながら出ていった。
今年の賞品は全て町会長のハカセに任せてある。一等のPSVitaは良しとしよう。だけど二等の魚沼産コシヒカリ十キロ、三等同コシヒカリ五キロ、四等同三キロというのはどうだろうか?ましてビニールの米袋に「町会長のお店のおいしいお米!」というシールが貼ってある。なんという姑息な…。しかしながら予想外に会場のあちこちでは
「今年の賞品はなかなかだな」
「コシヒカリ十キロ!当たるといいわね」
という声が聞こえる。好評じゃないか。コシヒカリは主婦層の心を鷲掴みにしたようだ。
ハカセと堀北ののんびりした声で発表される当選番号に一喜一憂して、最後は大いに盛り上がった夏祭りもようやく無事に終了した。
後片付けはほとんど明日の日曜日にすることにして、役員や老人会・婦人会・子供会の協力者は総務広報部主催のご苦労さん会に出席している。来賓用の飲食物が大量に余り、模擬店で買い置きしておいた焼きソバ・焼きイカ・フランクフルトなどもあるので、なかなか豪華な宴会となった。この大きなイベントを成功させた堀北は放心状態だったが、ハカセ町会長が乾杯の挨拶で
「堀北総務部長のおかげで大成功となりました。堀北さん、ご苦労様でした」
と言ったとたんに
「あっ、あじがどございまじだぁー。うぇーん」
と言って、浅井さんに抱きついて泣き出した。
うん、堀ちゃん、頑張ったな。本当にえらいぞ。たいしたもんだ。それにこの抱擁シーンはなかなかいいぞ。隣の堀北パパでなく、浅井先生を選んだのがいい。上出来だ。
「おいマサ、この角度から一枚、写真撮っておいとくれ」
「何言ってんだ、お前は…」
その後は「ご自由にご歓談」となった。堀北もようやく落着いて、浅井親子と堀北パパと舞ちゃんと一緒に笑いながら焼きソバを食っていた。
「だいげんばっばげお、ばろじがっがげふげ」
「堀北さん、口の中に食べ物入ってるときに無理して話さなくていいから」
「ママ、舞ちゃんもいるんだから、食べるか話すかどっちかにしてよ。しょうがないなぁ…」
「んぐっ。大変だったけど楽しかったですねぇ」
確かに楽しかったが、俺にとっては中身が濃すぎる一日だった。
「ハカセよ。さっきの話だが、どうしてもあの陰湿な俺の親父とあの四菱OB野球部とのイメージが結びつかんのだが」
「ああ、昔は野球部も今とは違う性格の団体だったからね。町会の下部組織というか実働部隊というか」
「あれか?老人会のヤングバージョンというか、青年部みたいなものか?」
「そう、青年部だよマサちゃん。昔むかし四菱団地にだんだん人が集まってくる。人が集まればそこで生活する人のために、どうしても町内会みたいな組織は必要なんだな。それを作ったのが俺たちの父親たちの世代だったんだよ。なにしろ四菱製作所の若い労働者諸君のための住宅だったから、老人などほとんどいないという特殊な町だ。先達がいないから親父たちも苦労したらしい。試行錯誤の連続だ。その親父たちの手足になって動いていたのが青年部だったのさ。下水溝のどぶさらいをしたり、引っ越しの手伝いしたり、冠婚葬祭の手伝いしたりしてね」
「結局は社宅みたいなもんだったからな」
「そう。職場では先輩や上司。うちに帰ると町内会の幹部さん。休みの日でも俺たちの父親から手伝えって言われれば断れないさ」
「少々哀れだな」
「でもね、それはそれで楽しかったそうだよ。当時は娯楽も少なかったし、飲み屋行くほど金はないしね。町内の仕事が終われば、お金を出し合ってお酒買ってきて、奥さんたちにツマミ作らせてさ、みんなで青年館に集まって酒盛りしたらしいよ」
「それであのぼろっちい建物を『青年館』って呼んでたのか」
「うん。僕たちの父親や野球部の爺さんたちにはそういう時代があったんだねぇ。ま、その後は青年部が中年部になり老人部になり、みっともないから野球部を名乗っているということだよ。ショウちゃんのお父さんはその相談役みたいな人だったのさ」
「ふーん、なるほどなぁ…。そのころの俺たちはそんなことも知らないで、ひたすら遊びまくってただけだったなぁ。気が付けばあのころの親父たちより、俺たちはずっと年上になっているのか。不思議なもんだ」
「おお、ショウ君にしては珍しく真面目な発言だな」
「ハハハハ、でも確かに親父たちは僕たちより一生懸命働いて女房子供を養って、僕たちより本気で町づくりに精出ししてたのは間違いないよね」
「ふむ、仕方ない。親父たちの悪霊に免じて、本日散々だった墨田を呼んでやるか。何もしなかった墨田にはご苦労さん会など不要なんだけどな。ついでに副会長の伊藤も呼んでやろう」
「どうした、心の狭いショウ君にしては寛大な提案ではないか。何か変なもん食ったか?」
「マサよ、長いこと生きてきたが、面と向かって『心が狭い』と言われたのは初めてだ。まあいい。今日の俺は大人の俺なのだ。さあハカセよ。俺様の気が変わらないうちに墨田と伊藤に電話してやりなさい」
「ハハハハ、すでに大人のセリフじゃないね。でも二人とも喜ぶよ。電話してくる」
ハカセが連絡して十五分もしないうちに墨田も伊藤もやって来た。伊藤は「ご迷惑をおかけしたお詫びに」とよく冷えたプリンを大量に持参して、名誉挽回をしていた。とくに女性と子供から称賛を浴びている。
墨田は相変わらず墨田だ。肩身が狭いという自覚とか手土産ですがというサービス精神は全くなく、「町会長から是非来てくれって頼まれちゃなぁ」とか言って堂々としている。いっそこれはこれで見事なもんだ。
まあ、今日は年に一度の夏祭りだ。今日くらい大目に見てやろう。俺たちもいい年をした大人なんだからな。いつものケンカなんかするのは無粋ってもんだ。