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町内会は面白いか?  作者: 東海林会計
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第七話 夏祭り(一)

 

第七話 夏祭り(一)


 最後の夏祭り実行委員会も先週末に終了し、計画段階での調整では大きな問題はなかった。老人会会長の墨田が健康上の理由でしばらく欠席しているおかげで、会議も滞りなく進行したのがありがたかった。

 俺やマサは休日だけですんだのだが、ハカセや堀北総務部長は連日のように役所等への届け出提出・物品の買出し・業者工事の立会・各部の進行管理の把握調整等、ほとんど休みなしだった。浅井さんも平日は病院の仕事があり、堀北は一人でよく頑張ったと思う。浅井先生も褒めてたぞ。

 準備にこれだけ時間をかけても実際に祭りが始まれば、予期せぬ問題が発生するのは仕方ない。実行委員総出で問題発生時の対応をするしかないのだ。実行委員同士全員で携帯番号を登録してすぐ連絡できるようにするとともに、必要があれば車を出す人・自転車で走る人・警察消防へ連絡する人等を決めておいた。

 昨日の夜は遅くまで夏祭りで使う物品・食品・その他部品の搬入があった。音響機器やレンタルしてきた太鼓やバーベキューセット・綿アメ製造機等、高価なものもあったので、保安要員として俺が会館に泊まり込むことになった。誰もいない会館の二階でテレビなどもないもんだから、久しぶりに快適な睡眠が取れたと思う。誰にも起こされることのない素敵な眠りの世界にいたのだが、なんか胸が苦しいな。と思ったら、たたきつけるような痛みを感じ、目を開けると……。

 白いワンピースを着た幼女が、寝ている俺の胸の上に立っていた。

「………」

「………」

「舞ちゃん?」

「………」

「どうしたの?」

「まいはねぇ、らいねんひまわりようちえんにいくのぉ」

「おお、そうか。良かったな。それで、どうしておじさんの上に乗っているのかな?」

「ママが、おじさんおこしてきなさいって」

―ドン!

「うっ!舞ちゃん、おじさん起きたから。人の上で飛び跳ねてはいけない。な?」

「なんで?」

「おじさんはもうおじいさんだから。死んじゃうかもしれないから。な?」

「わかった」

舞ちゃんは胸の上から飛び降り

「ウッ!」

一階にドタドタと降りながら叫んでいた。

「ママー!おじさんおきたってー!しんじゃうんだってさー!」

……七時半か。今朝は役員全員八時集合だったか。それにしても小さな子供に起こされるのは久しぶりだな。なつかしいもんだ。孫でもいればこんな感じなのだろうか。…危険だから堀北にはあとで説教しとこう。

 さあ、いよいよ夏祭り当日だ。


「おはようショウちゃん、ご苦労さん。さっき奥さんが朝ごはんだって届けてくれたぞ。

皆さんもどうぞって、こんなにたくさん」

「おう。サフランの焼きたてパンか。好物だ」

「マサ、ぜいたくクリームパンは俺んだぞ」

「おぉ、うああっえばぁう」

「ほら堀北さん、口にパン入れてしゃべらないの。舞ちゃんも見てるでしょ」

「んん、東海林さん、いただいてまぁす。舞ちゃん、おいしいねぇ。浅井さんもいただきましょうよぅ」

こいつは、と思ったら

「会計の東海林さんですね、いつも家内がお世話になってます。堀北の夫です」

「…いえいえ、こちらこそ総務部長さんにはお世話になっております」

堀北パパか。普通の好青年だな。くそぉ、文句言えねぇじゃないか。

「堀北部長の旦那さんにはさ、今日一日お手伝いしていただくんだよ。助かるよねえ」

「舞の子守兼務で申し訳ないんですけど、よろしくお願いします」

「基本的には会計のショウちゃんの助手をしてもらって、適宜に雑用にも回ってもらうから、ショウちゃんよろしく頼むよ」

「そりゃ助かるな。正直一人じゃ大変だと思ってたんだ」

「よろしくお願いします」

「東海林さん、うちのパパは書道三段ですよぉ。ご祝儀の金額書いて貼り出すのは任せてくださぁい」

来賓や業者が持って来るご祝儀は、会計の俺が半紙に金額と名前を書いて、祭り会場の掲示板に貼り出すのだ。先日試しに一枚書いて感想を求めたのだが

「………」

「………」

誰も何も言わない。遅れて来たマサが

「小学校三年の時にショウ君が銅賞を取った字のままだ。なつかしいな、ふふふふ」

失礼な奴だ。では誰か代わりに書いてくれと頼んだが、誰も応えてくれなかったのだ。

「おお、それは素晴らしい。是非ともお願いしようではないか」

「まっかせて下さい。パパは東海林さんと違って、大人の字を書きますよぉ」

こっ、こいつは…。マサとハカセが腹を抱えて笑ってやがる。さすがに堀北は旦那と浅井先生に叱られていた。ざまあみやがれ。


 そうこうしているうちに役員全員が集まったらしい。天候は絶好というか最悪というか、雲ひとつない快晴で、朝八時だというのに外気温三十度は超えているのだろう。日本の夏は確実に異常だ…。数年後にはこのクソ暑い時季に、東京でオリンピックなんぞをやるらしい。まともな人間の考えることではないな…。

「ショウちゃん、一度うち帰ってシャワーでも浴びてこいよ」

「どうせこれから集会用テント立てたり、紅白幕を張り巡らしたりするんだろ。汗かくしな。肉体労働終わってからにするわ」

「それがいい。全員で朝の内に重労働を終わらせよう。このままだと、へたすりゃ全員熱中症だ。猫の手も借りたい」

「おいマサ、五十七歳でも貴重な男手を、猫の手扱いとは。…まあいいや。とっととやろうぜ」

ハカセ会長の簡単な挨拶のあと、テント立て・紅白幕張り・各模擬店へのテーブルとイス運び等、屋外での力仕事は男性役員が行った。

女性陣は会館内のレイアウト変更・接待用の料理作り・会場全体の飾りつけなどの軽作業が中心となる。テント立てで苦労した他は、概ね順調に作業は進んでいった。そうこうしていると老人会というより野球部の連中が集まりだし、模擬店準備にかかりだした。続いて婦人会や子供会の奥様やお婆様が飲み物コーナーや接待、ちびっこ模擬店の準備にとりかかる。十時からは子供神輿が始まるので子供たちも集まりだして、会場は祭りらしく賑やかになってきた。


「ショウ君、大体準備も終わりそうだ。子供神輿出発まで三十分位あるから、今のうちに汗流してこいよ。会館の留守番いないと出発出来ないからな」

「マサちゃんの言うとおり、あとは僕たちでやっとくから一度うち帰んなよ。奥さんにごちそうさまって言っといてね」

炎天下の作業のおかげで汗がビショビショだったし、二人に勧められたのでいったん家に帰ることにした。

 シャワーを浴びてヒゲを当たり、ドライヤーで髪を乾かしていたら

「関口先生は来るのか!」

いきなり婆に怒鳴られた。耳が遠くなったもんだから、自分でも時々大声で話す。

「びっ、びっくりしたっ!驚かすなよホントによ」

「関口先生は来るのか」

「踊りのお師匠さんか?夕方六時には来られるよ。踊って下さるそうだ。お嬢さんも婿さんと太鼓叩くんだってよ」

「そうか!そりゃ行かんとな」

「…いいよ、来るなよ。婆さん暑くて干上がるぞ」

「関口先生の踊りはきれいだぞ。今のうちに昼寝しとくか」

「人の話を聞けよ。それに昼寝って、まだ十時前だぞ」

「そうか、そうか。鈴木さんの奥さんにも声かけとくか」

本当に人の話を聞かない年寄りだな。

 時間がないので髪も半乾きでふるさと会館に戻った。もうすぐ十時、子供神輿パレードが出発する。夏祭りの始まりだ。


 会場に戻ると模擬店コーナーで、なんか揉めてるらしい。おお、しばらくぶりの墨田ではないか。揉めているのは婦人会のおばちゃんたちと墨田のようだ。

「だから墨田さん、模擬店のほうには来ないで下さいよ」

「なんでだよ。俺だって野球部だぞ。いたっていいだろ」

「だってさぁ、アンタ病気なんだろ?」

「もう治ったよ。薬も飲んでる。大丈夫だって。気にすんなよ」

「気になるわよ。そんなもん、分からないでしょ。陽気も暑いしさ。何かあったら困るから」

「何もねえよ、俺は焼きソバ焼くわけじゃねえし。吉田、大丈夫だよなあ?」

「…調理しなけりゃいいんじゃねぇか」

「ほれみろ、大丈夫だって」

「よくないわよ。吉田さん!万一何かあったらどうすんの?手伝ってるアタシたちだって変な目で見られちゃうでしょ!」

「…どういう意味だよ。俺の病気がなんだってんだ!」

うははは、これは面白い。集まりつつあるお子様たちの前で、爺婆がヒートアップしてきたぞ。

「あら、いいのかい?アンタの病気、大声で言ってさ」

「なっ、なんだと!」

これはなんという展開!自分がからんでないから、心の底から楽しめるじゃないか!この素晴らしい寸劇!

「あの、止めなくていいんですか?」

いつのまにか側にきていた堀北パパが心配そうに話しかけてきた。

「ふふふふ、しばらく放っておこう」

さすがはマサだ。分かってる。

「こっちは親切で病気のこと言わないのにさ。そんなに言ってもらいたいのかい?」

「なっ、なっなっ」

「アンタもさ、いい大人なんだからさ、一緒に働いている人の気分ってもんも考えとくれよ。みーんな口に出さないだけさ」

「おっ、おっおっ」

すげぇーな、おばちゃんは。容赦がない。野球部の爺たちの援護射撃もない。だんだん墨田がかわいそうになってきたぞ。

「まあまあ、みなさん落着いて。ハハハハ、子供たちも見てますから、ハハハ」

どこのご隠居さんだよ、ハカセ。

「墨田さん、皆さんは墨田さんのお体が心配なんですよ。ほら病み上がりのお体じゃ、こう暑いと大変でしょ。今日は屋内の涼しいところで采配振るってくださいよ、ハハハハ」

「そ、そうだよ。墨田さんよぉ。ヒロシの言うとおり、無理すんなよ。ここ火使って暑いしさ、あとは俺たちに任せてさ、なっ?」

「……お前らがそう言うなら」

くそぅ。つまらん。治まっちまった。何が病み上がりだ。自分の体の中で回虫飼ってても気が付かない奴だぞ。

 ハカセになだめられながら、墨田は会館に入っていった。


 爺婆合戦があって若干遅れたが子供神輿は無事出発した。これから途中休憩をはさんで約一時間半、「ワッショイ、ワッショイ」と町内を練り歩くのだ。

 ハカセとマサは保安要員として同行し、堀北夫婦と浅井さんも自分のお子さんが参加しているので「ごめんなさい」と言ってついていった。俺は祝儀を持って来るお客さん対応と模擬店のガスコンロやボンベを点検にくる消防署対応のため、ふるさと会館に留守番として残った。エアコンが効いて涼しくていいや。近くで墨田がどこかの年寄りつかまえて「近頃の若いもんは」とか「昔の町会では」とかグチをこぼしている。うざいなあ、こいつは。

 三十分もしないうちにハカセから携帯に連絡が入った。

「ショウちゃん、悪いけど北ブロックの町会倉庫のあたりまで来てくれないか」

「いいけどよ、どうした?」

「伊藤副会長がめまいで倒れた。たぶん軽い熱中症だね。今マサちゃんたちが自宅まで送っていった」

「副会長、使えねぇなぁ。俺は何すりゃいいんだ?」

「伊藤さん、記録係で神輿パレードのスナップ写真撮ってたんだよ。代わりに撮ってくんないかなあ?」

「いいけどよ。留守番どうすんだ?」

「そこに墨田さん、いないかな?何年もやってるから留守番くらい出来るよ。なんか仕事与えておけば尻尾振ってやるさ」

「お前ホントに黒いな。分かった、墨田さんに引き継いでからすぐ行くわ」

電話の途中から何かあったなと気づいた墨田はすぐ隣まで来ていた。

「墨田さん、南田会長から伝言です。伊藤副会長がこの暑さで倒れたそうです」

「なに!伊藤か?使えねぇ奴だな」

同感です。

「神輿の写真係がいなくなったんで、俺が代わりに行くことになりました」

「おう」

「留守番がいなくなるので、南田会長が『墨田さんなら何でも知ってるから留守番お願いします』ということです」

「おう、そうだな。俺しかいないな。任せておけ。もう何年も祭りやってっからな」

うれしそうだな。

「ご祝儀持って来る人がいたら、この芳名帳にお名前を書いてもらっておいて下さい。お礼のタオルはここ、いただいたご祝儀はこの手提げ金庫に入れといて下さい」

「おう、任せとけ任せとけ」

何を張り切ってるんだ、こいつは。

「あとそろそろ消防署の方が点検にみえられますから、模擬店までご案内して下さい。野球部の吉田さんには話してあります」

「おう、分かってる分かってる。毎年のことだ。気にしないで、早く行ってやれ」

腹黒メタボの言ったとおりだな。

「じゃあよろしくお願いします」

会館を一歩出たら、そこは真夏の炎天下だ。

「…行きたくねぇ」


 ハカセたちと合流し、カメラを預かり子供たちの写真を撮りまくった。めっきり子供の数が少なくなったこともあり、お年寄りにしてみれば子供たちが神輿を担ぐ姿を見るだけでうれしいのだろう。沿道では年寄りがお菓子やジュースを振る舞ったり写真を撮ったりしている。子供たちもうれしそうだ。なごやかな風景だ。

 しかし、俺は暑い。暑いぞ。さっきまで涼しい屋内にいたもんだから余計に暑い。

「…おい、これはたまらん。夏祭りを十月とか十一月とか涼しい時期にやることは出来ないのかよ、ワッショイ!」

「馬鹿だなぁ、それじゃ夏祭りではないではないか、ワッショイ!」

「マサ、そういうことを言ってるんじゃねぇよ、ワッショイ!秋祭りや春祭りでもいいじゃねえかってことだよ」

「ハハハハ、ショウちゃん、これはもう夏の風物行事だからねぇ。子供会も夏休み中だから動きやすい、ワッショイ!盆踊りも夏だしね。第一、春は執行部の町会サイドがまだ慣れてないから無理だな、ワッショイ!」

「だったら秋ならいいではないか、ワッショイ!見ろ、この殺人的な暑さを!俺たちがガキの頃より確実に夏は暑くなっている。伊藤は軽度で良かったが、ワッショイ!熱中症で子供も年寄りも倒れてしまうぞ。これから年寄りだらけの世の中になるんだからな」

「確かになぁ、ワッショイ!ショウ君の言いたいことも一理あるな。うちの祭りは神社の祭礼とか関係ないしな。今は運動会も秋じゃなく春にやる学校が多いらしい、ワッショイ!そのうち夏祭りで熱中死とかの騒ぎになるかもしれないしな」

「おいおい、ワッショイ!縁起でもないこと言わないでくれよ。死ぬなら来年からにしてくれよ、ハハハ」

「ハハハじゃねぇよ、ワッショイ!こいつ本音でしゃべってるぞ、怖いな」

「ハハハ、ともかくもうすぐ白熊公園だ、ワッショイ!ガキどもが倒れないように、ちょっと長めの休憩にしよう。ショウちゃん、伊藤さんの代わりに先に公園に行って、ワッショイ!笠井商店さんからジュースとアイス受け取っておいてよ」

「くそぅ、伊藤め。了解だ」

白熊公園では木陰に全員退避させ、ジュースやアイスを配ってたっぷり休ませた。

「…なあ、浅井先生」

「私に言わないで下さい。笠井商店さんのチョイスだそうです」

「ハハハハ、真夏にガリガリ君コーンポタージュ味とはねぇ」

「…俺は普通のガリガリ君が食べたかったよ、なぁ堀ちゃん」

「これはこれでおいしいですよぉ、ねぇ舞ちゃん」

「………」


 その後三十分かけて町内を「ワッショイ!ワッショイ!」と練り歩き、定刻より若干遅れてゴールのふるさと会館までたどり着く。

「さあ、みんな最後だ!頑張って!ほらふるさと会館だ!エアコンの効いた涼しい会館で、婦人会のオネエサンたちが冷たい麦茶作って待ってるよ!ハハハハ」

子供でもツッコミにくいハカセの掛け声で、ようやく全員無事に子供神輿パレードがゴールした。あっ、一人使えない副会長がいたか。どうでもいいや。

―パチパチパチ

模擬店などで準備をしていた大人たちが頑張った子供たちを拍手で迎えている。子供たちは少しはにかみながらも自慢げだ。かわいいじゃねえか。

「暑いのにみんな頑張ったねぇ!さあ、中に入って涼んでから、お土産のお菓子をもらって帰ってねぇー!」

子供会会長の号令でぞろぞろと会館に入っていったのだか

「…おい」

「暑いじゃないか…」

「エアコン故障したのかしら?」

外気温と変わらんじゃないか。むしろ風通しがないので暑い。子供たちからも「あーつーいー」という声が上がっている。ハカセと子供会会長が台所にいた奥さんに状況を聞いてみると「墨田さんが館内のエアコンのスイッチを切って、窓を全部網戸にした」ということだった。急きょ、館内で涼を取るということは中止にして、外でお土産を子供たちに配り解散してもらった。その間に俺たち三人と浅井さん・子供会会長は、本部席脇の受付にいた墨田から事情を聴くことにした。

「おう、タダシ。ご祝儀持ってきた奴はいなかったぞ。消防署はさっき帰っていった。消防車で来たからびっくりしたぞ、へへへ」

「あー、ありがとうございました。それよりなんでエアコン切ってるんですか?」

「おう、お前ら省エネだぞ。毎年祭りのときはクーラー入れないんだぞ」

そうだ、こいつは例の回虫の件で定例役員会欠席してたんだ。

「墨田さん、前回の定例役員会で今年は館内全部の冷房を入れることにしたんですよ。吉田さんから聞いてないですか?」

「聞いとらん。聞いとらんけどクーラーなんぞ入れてはいかん!省エネだぞヒロシ」

いつの時代だよ。言ってやれ、ハカセ。

「熱中症対策です。子供神輿や盆踊りで気分が悪くなったりしたら、すぐ対応できるよう冷房を入れることにしたんですよ」

「何言ってるんだ!うまいこと言って、お前たち幹部役員が涼みたいだけだろうが!」

失礼な!俺はそのとおりだけど。

「それはないですよ、墨田さん。ともかく窓閉めてエアコン入れますから」

「だめだ、だめだっ!外では老人会や婦人会の皆さんが汗流して働いてんだ!申し訳ないと思わないのか!お前たちも汗流せ!」

「墨田さん、お神輿を一生懸命担いできた子供たちに、涼しい会館で休んでもらってから帰ってもらおうって計画してたんですよ。それが台無しです!子供たちがかわいそうじゃないですか!」

おお、子供会会長、よほど頭にきたんだな。

「子供なんてちょっとくらい暑くても大丈夫だよ!俺たちが子供のときは」

「時代が違うんだよ、墨田さん。そもそもアンタが子供のときはエアコンなどなかったろうが」

「うははは、マサの言うとおりだ。時代は省エネより熱中症防止だ。アンタもニュース見てるだろ?」

「まあまあ、二人とも。いつもの展開になっちゃうよ、勘弁してくれ。墨田さん、申し訳ないが定例役員会で決定したことです。エアコン入れますね」

「ダメだ、ダメだっ!この俺が許さん!」

「何を言ってるんだアンタは。役員全員の決定事項なんだよ。ショウ君、窓閉めてくれ」

「お前ら、ちょっと待て!野球部に聞いてみろ!オーイ、吉田ぁ、ちょっと来てくれぇ!いいか、お前ら若いもんの勝手にはさせねぇぞ!」

仲間呼んだか。子供かよ…。

「なんだよ墨田さん、ちょっと忙しいんだけどなぁ」

焼きイカくせぇな、この親父。

「ヒロシたちが会館のクーラー入れるって言ってんだ。とんでもねぇだろ?」

「…なにが?」

「…いや、だからよ。野球部や婦人会が外の模擬店で暑い思いしてるのによ、クーラー入れるって」

「おう、こないだの役員会で決まったんだぞ、熱中症とか怖いからな。とくに俺たち年寄りはな。あれ?言ってなかったっけ?」

「…聞いてないよ…」

「あっ、アンタ『ぎょう虫』で休んでたんだっけ。悪かった悪かった。まぁ、いいんじゃねぇかエアコン。俺たちも交代で涼めるしな。南田会長、俺たちも中で休んでいいんだろ?」

「もちろんですよ。老人会さんと婦人会さんと子供会さんの席は用意してありますから」

「おう、悪いな、助かるよ。墨田さんよ俺たちアンタと違って忙しいからよ、もう行っていいだろ?あんまり我儘言って、マサヒコたちに迷惑かけんなよな」

「…………」

焼きイカの匂いを残して吉田さんは颯爽と帰って行き、ひとり残された墨田は寂しそうにその背中を見ていた。なんか可哀そうになってきたな。哀れすぎて「ぎょう虫」でイジルことも出来ないぞ。

「ということだ。ショウ君、窓閉めてエアコン入れるぞ」

「おっ、おお。じゃあ俺二階入れてくるわ。浅井先生はマサと一階お願いします」

「あっ、はい」

ハカセよ。あとは頼むぞ。


 時刻は午後一時、ようやく涼しくなった会館で俺たち三人は昼飯代わりの焼きソバを試食していた。この本部席と受付は西側の祭り会場に面しており、晩夏の猛暑の中、模擬店準備の大人たちと祭りの雰囲気に浮かれた子供たちがよく見える。暑いだろうになあ…。

元気だよなぁ、老人と子供は。

 ハカセが上手くなだめて、墨田は自宅に帰ったらしい。堀北一家と浅井さん親子も、昼食と子供のお昼寝のため帰って行った。夕方四時半の二回目の集合までは大きなイベントもなく、役員は交代で留守番だ。

「爺たちが作ったわりにはうまいな、この焼きソバ」

「うん、一平ちゃんといい勝負だ」

「ハハハ、インスタントと比べちゃ悪いよ」

「それで、ハカセよ、墨田はおとなしく帰ったのか?」

「うん、ちょっと疲れたってさ」

「模擬店では仲間からシャットアウト。会館には俺たちがいるから居づらい。奴の居場所はないからな。自分の家でおとなしくしてればいいのさ」

「でもマサちゃん、墨田さん夜には顔出すってさ」

「なんでだよ。家にいろよ」

「真田先生が来るはずだから挨拶しなくちゃいけないんだってさ」

「真田って、国会議員の真田か?」

「そう。何年かに一度、問題発言を繰り返すあの真田タカオ」

真田は地元選出の与党代議士で、何年か前には「原発事故で発生した指定廃棄物は人の住まなくなった福島の東電施設に置いとけ」とか、最近では「従軍慰安婦は職業としての売春婦だった」とか発言し、その都度マスコミなどで叩かれている。当選回数のわりになかなか大臣になれない土建屋さんだ。

「あれでも国会議員なんだから、こんなちっぽけな町のお祭りになんか来るのかね?」

「さあねぇ。僕はここ数年、選挙のとき以外は見たことないねぇ。でも墨田さんが地元後援会に『二十三日は菱町のお祭りだから来て下さい』って電話したらしいよ」

「…なんであいつは勝手に余計なことをすんだかなぁ。野党支持者になんか言われたらどうすんだよ」

「大丈夫だよ。『墨田さんが町会執行部に無断で招待した』って言えばいいのさ、ハハハハ」

「…こいつ、黒いな」

「うははは、それは面白い。ぜひやろう。なんなら俺が扇動してやる。『なんで与党代議士だけ招待したんだ!町会が与党に組していいのか!』」

「じゃあそれを受けて俺は『町会では議員さんを招待などしておりません』と答えよう」

「で俺が『じゃ誰が呼んだんだよ?』って聞くから、ハカセお前は『墨田さんです』って言うんだぞ」

「ハハハ、なんの打合せだよ」

「うははは、夜が楽しみになってきたな」

「ふふふ、ふふふふ」

「ハハハ、ハハハハ」


―ガラッ!

「すいません。お祭りの受付はこちらでよろしいですか?」


おうぅ…、びっくりした。このクソ暑いのに背広着た青年が立っている。

「真田タカオの地元秘書をしております。真田ヨシオと申します。菱町の皆様には真田がいつもお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ真田先生にはお世話になっております。今年度の町会長の南田です」

保冷のため会館の引戸閉めといてよかったなぁ。今の会話聞かれたらまずかったわ。

 ヨシオ秘書とハカセの会話によると、タカオ代議士は外遊中で申し訳ないが来れない、だけどもお世話になっている菱町町会さんのお祭りなのでヨシオが祝儀を持って行き、無礼をお詫びしてこい、ということだった。ハカセが「中でお食事でも」とお誘いしたのだが、今日はこれからあと五つもお祭りを回らなくてはならないということで丁重にお断りされた。ヨシオ秘書は野球部の爺たちの何人かと顔見知りらしく、帰りがけに模擬店で捕まり、土産に焼きイカとフランクフルトを無理やり持たされ「車の中で食え」とか言われていた。可哀そうに…。

「噂をすればなんとやらか…。危なかったな」

「ああ、驚いたな。でも腐っても国会議員秘書だな。ビシッとして、腰が低かったな」

「ハハハ、ヨシオはタカオの息子だよ。将来はヨシオが金バッジ」

「やっぱりそうか。でも親父よりはマシな代議士様になりそうだな」

「ハハハハ、誰がなってもタカオよりはマシだよ」

「…黒い、ホント黒いわ…」




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