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町内会は面白いか?  作者: 東海林会計
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第五話 六月期定例役員会


第五話 六月期定例役員会


「では三役さんと各部長さん、総務広報部員全員と老人会・婦人会・子供会の各会長さん、そして四菱OB野球部代表の吉田さん、以上十七名の方が夏祭り実行委員となりまーす。配布資料のとおりぃ、一回目の実行委員会は二十八日の土曜日ですのでぇ、実行委員の方はご出席お願いしますぅ。何かご質問ありますかぁ?」

めんどくせぇな、おい。

「ショウ君、声に出てるよ」

「んン!」

堀北、にらむなよ。

「ないですねぇ。では最後に南田会長からお願いしまぁす」

「ハハハ、まずは先日行われましたゴミゼロ運動へのご協力ありがとうございました。主幹の環境福祉部の皆さん、ご苦労様でした」

ああ、あの日も疲れたなぁ。梅雨入り前の五月の日差しは予想以上にきつく、中央公園での草むしりは五十代後半の男達の体力を容易に奪っていった。

「さて、本日は野球部の吉田さんにも出席していただきまして、夏祭り実行委員会の立ち上げとなりました。夏祭りは町会二大イベントのひとつであり、これから八月二十三日の夏祭り当日まで総務広報部を中心として準備を進めていかなくてはなりません。もちろん総務広報や実行委員だけに任せることなく、ここにいる役員全員で協力して取り組み、町内の皆さんを巻き込んで、楽しく明るく元気よく、夏祭り成功に向けて頑張っていきましょう!」

パチパチパチ!墨田が一人だけ、楽しく明るく元気よく拍手している。何が楽しいんだか……。

「ハハハハ、以上で六月期の定例役員会は終了となりますが、最後に一つ情報提供をしておきます。かねてから要望のございました郵便ポストの設置につきまして、流川郵便局さんとの調整に入っておりましたが、先日ポスト設置の希望場所の視察がありました。私が立ち会いましたが、郵便局さんの感触は良好です。引き続き交渉を行ってまいりますが、近隣町会からの希望もあるようで決定には至っておりません。決定となりましたら、別途ご報告いたしたいと思います」

「おぅ、ヒロシちゃん、いつできるんだ?どこにできるんだ?」

墨田だよ…。

「ですからまだ決まっていません」

「でも近いうちにポストできるんだろ?違うのか?」

「ですから未定です。最終的には郵便局の判断ですから、場合によっては他の町会へ」

「みどり町だけには負けるなよ!」

負けるなって、なんだよ?

「おい、タダシ。同じ郵便局だろ?なんとかなんないのか?」

「俺はゆうちょ銀行ですって。ポストの設置は郵便集配関係だし、第一、俺の勤務先は流川郵便局じゃないですから無理ですよ」

「ちぇっ、使えねぇなタダシは」

「なっ、なんだとコラ、墨田。お前も人の名前、呼び捨てにすんな!」

「お、お前はまた」

あっ、マサの野郎、笑っていやがる。

「まあまあ、墨田さんも東海林さんも落ち着いて、ハハハハ。ともかくこの件に関しては会長の私に任せてください。出来る限り菱町町内のポスト設置に努力しますが、最後は流川郵便局さんが決めることなので、そこのところはご理解下さい。では本日はこれで終了です。皆さん、お疲れ様でした」

無理やり終わりにしやがったな、まあいいか。

「みどり町だけには負けるなよ!」

しつこいな、こいつは。


 ともかく、またくだらないやり取りで帰りが遅くなりたくなかったらしく、さあっと全員帰っていった。

「他の町会ならどこでもいいけど、みどり町だけにはポスト立てさせんなよ!ヒロシ!」

としつこくハカセに念押ししていた墨田も帰り、残っているのは俺たち三人だけだ。

 今日はマサと俺でつまみやカップラーメンを、ハカセはビールを調達してきた。


「今日も早く終わって良かった良かった。さあ、反省会だ。うははは」

「ショウ君のせいでヤバかったけどな」

「なんだとマサ、墨田のせいだろうが、そうだよね?」

「ハハハまあまあ、ともかく早く終わったんだからいいじゃないか」

「まあいいか。それにしても墨田が『みどり町には負けるな』ってしつこく言ってたけど、ありゃなんだ?」

「ああ、あれはね、もともとこの近隣にポストは一本だけしかなかっただろ?」

「おう、みどり町の野沢タバコ店」

「そう。去年の春ごろ野沢の爺さんが介護付高齢者住宅入るんで、タバコ屋辞めてあの土地売っちゃったんだ」

「…そうなのか」

「…知らなかったな」

野沢タバコ店は気のいい爺さんと婆さんがタバコ屋やりながら、子供たちには駄菓子やアイスなどを売っていた店で俺たちも子供の頃はよく入り浸っていた。この近隣の子供たちの社交場でもあり、店の周辺にはいつも子供用自転車が何台も止まっていたものだ。日用品や缶詰なども置いてあり、コンビニなどなかった当時はそこそこはやっていたと思う。切手や葉書なども売っていて、店の前には赤いポストが立っていた。そのポストの上に乗って遊んでて、郵便局のおじさんに怒られたりもしたものだ。そのうちコンビニがあちこちでき子供の数も少なくなって、婆さんに先立たれた爺さんがタバコだけを老後の趣味のように売っていた。…そうか、野沢タバコ店なくなったのか。

「それでね、あの土地買った不動産屋が敷地内に立ってたポストが邪魔だから、郵便局に届を出して撤去してもらったのが去年の暮だった。うちの町会は町会長の引継事項として『町内にポストを設置するよう努力する』というのがあってさ、前会長の墨田さんも流川郵便局にポスト設置願を提出していたんだ。郵便局にしてみれば、この辺で唯一のポストがなくなりました、隣の町会で申請出ています、じゃあそこに立てましょう、となったわけだ」

「ほうほう、いいではないか」

「ところがこれに対してクレームつけてるのがみどり町町会なのさ」

「なんで?」

「みどり町の連中が気に入らないのは、もともとみどり町にあったポストなのになぜ菱町に立てるのかということらしい」

「へっ?そんなのどこでもいいじゃんか」

「普通はそう思うよね。でもね、この菱町町会とみどり町町会は実は仲が悪い、とくに俺たちより上の世代はね」

「そうなのか?知らなかったな」

「そうなんだよ。もともとみどり町は菱町より後に開発された住宅地だろ。大手の鉄道会社が一般の人向けに開発したから、うちと違って一軒当たりの敷地も広いし、注文住宅も多い。住民もそれなりの資産家が多く、へんにプライドが高い。このあたりの町会では『みどり町』は常にトップであらねばならんらしい。それはもう一種の選民思想なんだよ。彼らはこの菱町がみどり町より駅に近いというだけで、うちの町会が気に入らないらしい」

「本当かよ?」

「らしいよ。たとえば夏祭り一つとっても、みどり町はうちの夏祭りより必ず一週間前に夏祭りをする。なぜか。菱町がみどり町に持ってくるご祝儀より、みどり町が菱町に持っていくご祝儀が多くなるようにするためらしい」

「本当かよ?」

「毎年うちのご祝儀プラス一万円なのは事実。あとな、昔は祭りで打ち上げ花火上げただろ?うちが五発ならみどり町は必ずその倍、十発上げてた」

「嘘くさいな」

「ショウちゃん、ゴミ集積所に金属製のゴミ捨てゲージあるだろ?」

「おお、めったにほめることのないうちの婆さんが、あれはいいって言ってたな」

「うちの婆さんも『あれは便利だ。道路にゴミ袋が広がらない。ゴミ当番がカラス避けネットをかけたり、次の当番にそのネットを回さないで済む』って感心してた」

「うん、あれは当時この近隣にはなかった画期的な道具でね。あれも最初はうちの町会が業者に発注かけたんだけど、どこかでその情報仕入れたみどり町が、その業者に無理言って先に設置させた。うちの設置が遅れたわけじゃないからいいんだけど、みどり町は急がしたからうちより二割増しの料金払ったそうだ。これはその業者がこぼしていたから間違いない」

「…まじかよ」

「うちには町内放送施設があるだろ。ふるさと会館の二階の屋根の上にスピーカーあるだけなんだけどな、それが気に入らん。みどり町の会館は平屋建てだからスピーカー設置できなくて、町内放送できないからな。それでたいした音量でもないのに、うちの放送がやかましいと文句を言ってくる」

「めんどくせぇなぁ」

「京武バスが運行始めたときもひどかった。当初バス停はみどり町も菱町も一か所だけだったんだけど、それが気に入らんと京武バスに連日ねじ込んでとうとう二か所にさせた」

「うわー、でもそれは嘘だろ?」

「いや、当時のみどり町の町会長が、その年の賀詞交歓会でうちの会長に自慢げに話したそうだ」

「…子供かよ」

「まあ、昔からこんな調子だから自然と町会同士、仲が悪くなっちゃうよね。個人間ではもちろんそんなことないけど、町会という組織になるとダメなんだよ。それでね、うちの町会でも町会長が二十年くらい前からポスト設置してくれって毎年郵便局に申請してたんだけど、近くに野沢タバコ店のポストがあったりして認められることはなかったんだよ。それで墨田さんのあの発言になるのさ」

「ふーん、なるほどなぁ。それでみどり町も郵便局にボスト立ててくれとお願いしてるわけだ」

「『立ててくれ』というより『立てろ、なぜみどり町に立てないんだ』っていう感じでな、郵便局でも困っているらしい」

「うははは、馬鹿だな。郵便局などおだてて褒めればポストなど何本でも立てるのにな」

「郵便局員のお前が言うなよ。そんな訳ないだろ」

「ハハハそうだね。郵便局の話だと、近隣のポストとの位置関係や収集ルートとか収集車両の駐車の問題とか総合的に考査して決定するそうだ。念のため菱町とみどり町に一本ずつ立てられないか聞いたんだけど、近すぎるし経費的にも無理だってさ」

「だよなぁ。でもよ、正直ポストなんか町内になくてもさ、別に困らんだろ。駅の近くにはいっぱいあるし、コンビニの中にもあるところがあるしな。そもそも郵便物自体、出すことあるか?年賀状くらいだろ」

「ショウ君お前、仮にも郵便局員だろが。いいのか、そんな発言して」

「あのな、墨田にも言いたいけど郵便局員といったって、俺はゆうちょ銀行の人間さ。正直、郵便関係の職員とは距離がある。郵政民営化のときに自民党さんにバラバラにされてから、同じ建物の中で働く別の会社の人って感じだわ。それに郵便事業に未来があるとは思えん。黒い猫と比較してみろよ。サービス業としての品性も感じられない。あいつらと一緒にするな」

「こいつまともなこと言ったと思ったら、自分の会社批判か?まあいいや。とにかくこれだけネット社会が進むと、ショウ君の言うとおり必ずしもなくては困るというものではないな、ポストは」

「そうだねぇ、でも墨田さんと同じ世代の人たちにしてみれば、念願のポスト設置ということなんだよ」

「うははは、なんかせこい念願だなぁ」

「で、どうすんだ?このままだと、うちに立つのかみどり町に立つのか分からないんだろ?うちに立たないと、墨田たち古株連中がうるさいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。もしみどり町にポストが立っちゃったなら、墨田さんたちには『努力したんですけどねぇ。みどり町の強引な申し入れに郵便局が屈したんですかねぇ』とか言ってさ、みどり町と郵便局のせいにしちゃえばいいよ、ハハハハ」

「さらっと腹黒いな、こいつは…。いい人そうな顔して」

「ハハハ、どっちにしても郵便局が決めることだし、これ以上何か出来るわけではないからね。うちの町会に立ったら『一生懸命頑張りました』って言えるしね」

「こいつは…。マサ、お前以上に腹黒かもな」

「お前に言われたくないよ」


「月末に夏祭りのなんとか委員会やるとか堀ちゃん言ってたけど、相当めんどくさそうだな」

「堀ちゃんて、お前…」

「堀北って呼び捨てするのも悪いし、あれでも人妻で一児の母なんだからな。旦那と娘に悪い」

「まあ、いいか…。実行委員会だろショウ君。委員会だけでも、祭り当日までに五回予定されてたな」

「えっ、そんなに?」

「お前は配布資料も見てないのかよ。大体のスケジュール表があったじゃないか」

「一回だけかと思ってたよ…」

「ハハハハ、それはないよショウちゃん。なにしろ町会行事の中でも総会と並ぶ二大イベント、町会員の参加率で言えば最大の行事だからねぇ。予算だって八十万円くらい組んでいたはずだよ」

「まじですか!めんどくせぇー」

「お前、会計だろ。予算くらい把握しとけよ」

「そうだね、他の役員からいろいろ聞かれるから、実行委員会までには予算案くらいは目を通しておいた方がいいね」


その時だった。


―ガラッ!

いきなりホールの引き戸を開けて


「あー!やっぱりここにいたぁ!あー!お酒飲んでるぅ!いけないんだぁ!」

「おっ驚かすなよ!心臓止まるかと思ったぞ!いや止まったわ、絶対止まったわ。死んだらどうすんだよ、堀北…。年寄り大切にしろよ!」

マジびびった。堀北が浅井さんと二人でいきなり入ってきたのだ。

「えー、生きてますよぅ。いいんですかぁ?こっそりお酒なんか飲んじゃって」

「いいんだよ!タバコさえ吸わなきゃ何してもいいんだよ!あー、まだ心臓バクバクしてるぞ」

「心臓動いてるじゃないですかぁ」

こっ、この小娘。

「ハハハハ、ショウちゃん何しても良くはないよ。堀北さん、会館内は禁煙だけど食事したりお酒飲むのはいいんだよ、ハハハ」

「そうなんだぁ。でも怪しいですねぇ、この三人で酒盛りしてるのは」

「しっ、失礼な!俺たちは町会のためにだな、役員会の後に反省会を開いているのだ」

「そうだな堀北部長。ショウ君の言うとおり俺たちはだな、この町会をいかによくしていこうかとか、墨田の馬鹿と良好な関係を築くためにはどうすればいいのかとかな、話し合っていたのだ」

「小西さん、墨田の馬鹿と言ってる時点で嘘ですねぇ」

「ハハハハ、それよりお二人そろってどうしたの?忘れ物?」

「違うんですよ。堀北さんがね、夏祭りについて何も知らないから教えて下さいってことになってね、うちでいろいろ教えてたんです。それで総務が購入する物品関係の話になって、去年の領収書やレシートに記載されてるからそれを見ましょうってなったんですけど、そういった領収書関係は会計の東海林さんが引継いで管理しているはずだから借りに行きましょうってなってね。遅くて申し訳なかったんですけど東海林さんのお宅に伺ったら、奥様が『まだ帰ってません。おやつ買ってから役員会行くって言ってたから、まだ会館で遊んでるんじゃないかしら』って教えていただいたんですよ」

「反省会だと言ったのに、遊ぶって…。あの嫁は…」

「遊んでましたねぇ」

「ふん、奥さんにはかなわないなショウ君」

「うるさいよ、お前は。くそぅ。そんでなんだっけ?去年の夏祭りの領収書とかだな?ちょっと待ってなさい、今探すから」

俺はカバンの中から「夏祭り関係書類」と書かれたファイルを引っ張り出して、領収書やレシートが貼付されているのを確認し、堀北部長に渡した。

「ほれ、月末の実行委員会のときに返してくれればいいよ」

「ありがとうございますぅ。どれどれ。あっ、これです、浅井先生やっぱり項目ごとに領収書貼ってありますぅ。これさえあれば、ふむふむ…」

「おう堀ちゃん、いっちょまえに総務部長らしいな、えらいえらい」

「なんですか、堀ちゃんて。東海林さんの方が偉そうじゃないですかぁ」

「ハハハハ、それにしてもショウちゃん、引継資料いつも持っているのかい?」

「うん、誰に何聞かれてもいいようにな」

「それでお前いつもそのデカいショルダーひっかけて来るのか?おやつ用かと思ったわ」

「それもある」

「それもあるのかよ」

俺はバッグの中からかつサンドを取り出した。

「あー、まい泉のかつサンドだぁ、いいなぁ」

「フフフ楽しそうですね」

「ハハハ、浅井さんたちも良かったらいっしょにどう?ビールがダメならお茶あるよ」

うまいぞ、デブ!グッジョブだ!二人とも七時からの役員会に引き続いての自主勉強会で腹が減っていたのだろう。

「あっ、いただきまぁす」

「じゃあ、ちょっとだけ…」

堀北はウーロン茶で、意外なことに浅井先生はビールを口にした。

「堀ちゃんは、旦那と子供は大丈夫なのか?」

「んグ、ばいじょうぐげすよ。んグッ。今日は浅井先生のお宅で夏祭りのお勉強するんで、舞ちゃんはパパが面倒みてますですぅ」

「堀北さん、口にかつサンド入れてしゃべらないの」

子供か、こいつは。

「それにしても会長さんたち三人は仲いいですよね。昔からですか?」

「ハハハ小学生の頃はね。でも僕たち中学は柏中だったからバラバラになっちゃってさ」

「あら、私も柏中です。私の次の学年から流西中が開校して。じゃあ皆さん先輩ですね」

「へー、そうなんだ。じゃあ柏中のデカさは分かるでしょ?」

「ええ、私たちのときは一学年十組ありました」

「うははは、俺たちのときは団塊の世代末期でな、十七組まであった。同じ学年で知らない奴がいっぱいいた」

「それはすごいですね」

「うん。だから中学入ったらなんとなく付き合いなくなってね…。だからね、こないだの二月の役員選考会で四十何年かぶりに話したんだよ、ハハハハ」

「へぇー、でもそんなに離れていたのに、また子供のときのようにお付き合いできるんだからいいじゃないですか。うらやましいですよ。わたしなんか近所には子供のときのお友達なんて、もういないもの」

そう言った浅井さんの顔はとても寂しそうだった。それは単に近所に友達がいないということだけではないのだろう。


「あー、カップラーメンまであるぅ」

マサがペヤング製作に取り組んでいると、堀北がうらやましそうに叫んだ。

「これは俺んだ。部長にはやらん」

「いいな、いいなぁ」

ガキか、いや餓鬼か?よく食うなこいつ。

「堀ちゃん、一平ちゃんでよければあげよう。俺は胃がもたれてきた。太田胃散を飲まねば」

「ありがとうございますぅ。作ってこようっと」

堀北はキッチンに行ってしまった。

「うちで夕飯用意してたんだけど、この調子ならいらないわね、フフフ」

「ああ、それは悪かった。無駄にしちゃったかな」

「いえ、いいんですよ小西さん。簡単なものだったし。そうだ、聞こうと思ってたんですけど、墨田さんが東海林さんのこと『タダシ』って呼びますよね?会長と小西さんは『ショウ』って言ってますけど」

「『正志』と書いて『タダシ』と読むんだけどな、亀有から転校してきたときに同じクラスに『忠』という奴がすでにいたんだ。そいつと区別するために東海林のショウ、正志のショウで『ショウ』になったらしい。小学校のときだけのあだ名だよ」

「ああ、それでショウ君なんですね」

「うん、タダシよりショウの方がかっこいいから気に入ってる。ハカセの『ハカセ』も昭和の小学生のあだ名らしくていい」

「ハハハ、僕はなんだかそれはいやだなぁ」


―ガラッ!


「出来ましたぁ!あとは待つだけ」

「だから驚かすなって言ってんだよ、堀ちゃん!」

「東海林さんって意外と小心者ですよねぇ」

「なっなんと失礼な!六十年近く生きてて、初めて年下から小心者と言われたわ!日本語の意味をよく考えてだなぁ……」


 この無礼者をこんこんと説教していたら

「あっ、三分経ちましたぁ。いただきまぁす」

「こっこいつは!って、…おい。堀ちゃん。お湯捨てないの?」

「あれ?なんか変だなぁ、おソースの匂いするぅ」

「……なんか変なのはアンタだよ、部長」

「ハハハハ堀北さん、それ焼きソバだよ?」

「焼きソバ味のラーメンですかぁ?」

「何を言っているのだ堀ちゃん。一平ちゃんはカップ焼きソバなのだ。知らないのか?」

「カップ焼きソバ?」

「こういうものだ、部長」

と言って、マサは自分のペヤングを堀北に見せた。

「…焼きソバだぁ…」

どこのお嬢様なんだよ。この小娘はカップ焼きソバというものを知らず、他のラーメンと同じように乾燥具材とスープ、この場合はソースか?ともかくそれを面の上にあけて、熱湯を注いだらしい。マニュアル読めよ。つうかパッケージよく見ろよ。

「ハハハハ傑作だねぇ、ハハハハ」

「ふふふ、ふふふふ、……ふふふふ」

「うはは、天然か、天然なのか?うははは」

「そっ、そんなに笑わなくたっていいじゃないですかぁ、ねぇ、浅井せんせぇ?」


浅井せんせえは、顔を真っ赤にして涙を流し声も出せずに笑っていた。


「…くっ苦しいー、もっもうダメぇー、…」




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