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町内会は面白いか?  作者: 東海林会計
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第三話 四月期定例役員会


第三話 四月期定例役員会


 役員選考会から二月・三月と、俺たちはそれなりに忙しかった。各種打合せ・会議・前任者との引継ぎ会などが二週間に一度はふるさと会館で行われ、それに出席しなければならなかったのである。ただし主体は今までの役員たちであって、俺たちはほとんどそれを見たり聞いたりしていただけだ。しかし浅井総務広報部長から

「来年はこの一連の作業を総務広報部が中心になって進めることになります。頑張ってください」

と言われ、マサや堀北新部長はため息をついていた。

「うははは、頑張れよマサ」

のんきにからかっていたら

「東海林さん、この議案書の三分の一を占める会計報告と予算案は、来年は東海林さんが作成するんですよ」

と現会計から諭された。

「ふふふふ、頑張れよショウ君」

…なんということだ。ため息も出ないぞ。

 別の日には新旧役員の引継会が行われた。最初に各班ごとに引継ぎをする。これは回覧板のバインダーや役員の門に吊るす班長プレートなどを前任者から譲り受けるだけだ。その後役職ごとに分かれ、それぞれの役職の説明と引継ぎを行う。

 会計は仕事量がメチャクチャ多いので二日に分けて行った。多すぎて引継ぎの途中で何度寝落ちしたことか…。ざっと説明すると、町会銀行口座の管理・町会費徴収の取りまとめ・町会各部会計の収支管理・各種外部団体への募金や諸費用支払・公共料金等の支払・決算報告書及び予算案等の作成・各部行事等への協力、などなど…。あぁ、会計やらなきゃよかった。くそぅ、墨田め。こうなったらハカセをこき使うしかないな。

 マサも総務広報の特殊性と仕事量の多さに辟易となったらしく

「こうなったらハカセをこき使うしかないな」

と俺と同じことを口走った。マサだけではなく他の総務広報部員も同様で、堀北新部長などは

「あたしやっばり部長さん、出来ないかもぅ」

となって、誰か変わってくれと一悶着あったが、誰も首を縦にするものはいなかったそうだ。そりゃそうだよな。

「それでマサよ、どうなったんだ?」

「ハカセがまた『僕に任せてよ。一緒に頑張ろう、ハハハハ』『ありがとうございますぅ。頼りにしてますぅ』となった」

大丈夫なのか、あの髪の薄いデブは?

「浅井先生も説得してくれてなんとかなった」

「そうか、そりゃ良かった。ところでハカセはどうした?」

「知らんよ。あの世渡り上手は墨田と仲良く引継ぎやってんだろ」

奴は町会長なので、あの墨田と引継ぎをやることになっている。墨田はあの日以来俺とマサのことは一切無視で、ハカセとのみコンタクトを取っている。ありがたいことだ。

「そうだな。あいつとまた話をすると、言いたくない悪口まで言いそうになる」

「嘘つけ、言いたい悪口だろうが」


 三月末の定時総会当日は滞りなく進行し、毎年トラブルが発生するという質疑応答もスムーズに終了した。

「ヘヘッ、なにしろ今年は俺がうるさい連中に根回ししておいたからな」

総会終了後の交歓会で婦人会のおばちゃんたちに酒をついでもらいながら、墨田は偉そうに自慢していた。墨田のくせしやがって。

「墨田さんがうれしいのはしょうがないんだよ。マサちゃんたちは知らないだろうけど、総会ではいつも町会古株連中が質疑応答で重箱の隅をつつくような質問やら要望を出してくるのさ。今年はそれがなかったからねぇ」

「ふーん、そうなのか」

「うん。奴らは基本ヒマでね、定時総会で回答に困るような問題やら議案書のミスとかをさも一大事みたいに質問したりして、役員を困らして面白がるのさ。奴らにしてみたら一種の娯楽なんだよ」

「たち悪いな」

「そういうたちの悪い奴らは毎年決まっていてね、墨田さんはそいつらの家一軒一軒行って、それなりの挨拶をしてきたらしい」

「なんだよ、それなりの挨拶って?」

「自腹で手土産持って行って『総会ではひとつお手柔らかに』ってことらしい」

「なんだよそれは…。小物の墨田らしいといえば墨田らしいが…」

「じゃあ来年は、ハカセがそれやるの?」

「僕には無理だろうねぇ。それにこの手は墨田さんだから使える。このたちの悪い連中はイコール『四菱OB野球部』なんだよ」

「なんだそれ?」

「四菱OB社員で構成されている町会の癌だな。あいつら基本馬鹿でね。『この町会は四菱社員だった俺たちが苦労して作った。だからこの町会は俺たちのもんだ』という強固な馬鹿の思想を持っている。だから四菱OBじゃない人が町会長をやると、奴らの嫌がらせはひどくなり総会は荒れるんだよ」

「馬鹿だねぇ…」

「もちろん墨田さんも四菱OB野球部の主要メンバー」

「うはは、馬鹿だけに、うははは」

「…なるほど、そういうことか。おいショウ君笑ってる場合じゃないぞ。俺たちは来年その手が使えないってことだ。ハカセどうすんだ?」

「ハハハハ、まぁ考えはあるよ。それにあと一年もある。なんとかするから任せてよ、ハハハ」

「またかよ、お前に任せてホントに大丈夫なのかよ」


 忙しかったこともあり、あっという間に四月になった。今日は初めての定例役員会だ。会計の配布資料が多いので余裕をもって開始十分前に会館に行ったら、総務広報部員がテーブルとイスを並べていた。

「テーブルはカタカナのロの字型に、イスは一つのテーブルに三つずつ並べてください。早くしないと開始時間になっちゃいますよ。イスの数は三十ですからテーブルの数も分かりますよね。総務広報さんはもっと早く来て準備しないと。これも引継書に書いてありましたよね。ちゃんと読みましたか。ほらもう五分前です。氏名札は用意しましたか?配布資料も配れないじゃないですか、急いで急いで」

おお、顧問の浅井先生だ。本物の教師みたいだ。女教師か。女教師…。いい響きだなぁ。


 結局十五分遅れで初めての定例役員会は始まった。正面には南田会長、その左隣に小松崎・伊藤の両副会長、右隣に議事進行役の堀北総務広報部長・会計の俺・書記のマサと並び、マサの隣から総務広報・文化体育・環境福祉・防災防犯の順で各班員が座る。残りの三席は子供会・婦人会(通称ローズサークル)・老人会(通称さわやかクラブ)の各会長が座っているのだが

「……おいマサ、さわやかクラブの席によ、とってもさわやかでない奴が座っているのだが、なんでだ?」

「…俺に聞くなよ、知らねぇよ」

「墨田が老人会の会長ということか?」

「だから知らねぇって」

「ローズサークルの席に浅井さんがいるのも不思議だがそれはいい。薔薇さまって感じでな。黄薔薇さまかな?白薔薇さま?」

「何言ってんだか分かんねぇよ」


「では少し遅れちゃいましたがぁ、今年度最初の定例役員会を開催いたしまぁーす。この定例会はよほどの事情がない限り、毎月第二土曜日の夜七時から行いますのでご承知おき下さぁーい」

という堀北総務部長のどこか間延びした挨拶から始まった。浅井先生が「堀北さん、上手に出来たわねぇ」という感じで頷いていた。とても微笑ましい。

「役員会の司会進行は私堀北が行い、書記の小西さんがそれを議事録にまとめまぁーす。その写しは皆さんに後日お渡ししますので、皆さんはそれを回覧板として回して下さぁーい」

「おいマサ。大変じゃないか。メモれよ、メモれ」

「ふふふ、誰がそんな時代遅れのことをするか、昭和人間め。俺にはこういう文明の利器があるのだ」

そう言うとマサはボイスレコーダーを取り出しテーブルの上に置いた。

「おお、これはっ!なるほどコレにまるごと録音して後でまとめるんだな?成長したのは身長だけではないな」

「ふふふ、もっと褒めろ」


「では本日は第一回めですので、まずは皆さんの自己紹介と町会でのご自分の役割などを発表して下さぁーい。では最初に私からぁ」

「ちょっ、ちょっと待って、堀北さん。町会長挨拶が抜けてるって」

「あっ、いっけなぁーい、すいませぇーん」

あわてる浅井先生もかわいい。生徒堀北はちょっとイラつく。

「ハハハハいいって、いいって。ではあらためまして新会長の南田です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、中央公園前の南田米穀店の南田です。えー町会長は初めてですので、皆さんのご協力がなければ……」

長いな、おい。朝礼の校長かよ。

「……というわけで皆さんと一緒に明るく楽しく元気よく、菱町町会を盛り立ててまいりましょう!」

嫌だな。無理だし。

「おいショウ君、声に出して言うなよ」

隣で堀北部長が笑いをこらえていた。

「最後になってすいません。皆さんお気づきかと思いますが、前町会長の墨田さんが今年度の老人会の会長さんに、前総務部長の浅井さんが婦人会の会長さんになられました。お二人は今年度の町会顧問でもありますので、私たちと一緒に町会活動していただくことになります。心強い限りです。お二人ともアドバイザーとして、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

あちこちで「良かったわねぇ」「助かるな」とか言う声が聞かれる。

「…何ということだ。おいマサ、お前ハカセから聞いてたのか?」

「知らねぇって。あいつ俺たちに黙ってたんだな。腹黒メタボめ、どうしてくれよう…」

墨田はまんざらでもない顔をしてニコニコしている。くそぅ、なんか腹が立つ。


「ではぁ、あらためまして私から順番にぃ、自己紹介と役割分担の説明を……」

ようやく堀北総務部長から自己紹介が始まった。その内容は大体が自分はいつ頃菱町町会に転入してきて、役員経験のある人は前回の役職を言ったり、ない人は初めてであることを言って、今回の自分の役職とその活動内容・役割分担等を簡単に説明していた。なにしろ三十人いるわけだから、一人一分でも三十分はかかる。当然全員が余計なことを言って会議が長引かないように注意した。

「二十七班の東海林です。小学校三年のときから約二十年この町会にいました。結婚と同時に実家を出ましたが、諸般の事情で去年の暮れに母親と同居することとなり、約三十年振りに実家に戻りました。ですから町会役員は初めてです。何の因果か会計をやることになりました。町会の金勘定です。さっそく皆さんには各班の会員の町会費を集めていただきますが、それにつきましてはこの後、この会議の最後にご説明しますのでよろしくお願いします」

「九班の小西です。子供の頃からこの町会にいますが、町会役員は今まで両親がやっていました。息子の私は初めて役員をやることになります。総務広報で書記・記録担当。回覧物の配布担当エリアは一班から七班まで、掲示板はひまわり幼稚園前担当です。以上」

こんな感じに順調に子供会会長まで進み

「婦人会の浅井です。ご存知のとおり前年度は町会の総務広報部長を務めておりましたが、運悪く今年度は婦人会の順番が回ってきて、その会長になってしまいました。町会顧問でもありますので、結局は良かったのかなぁ?」

「良かったですよぅ、助かりますぅ」

堀北、うざい。

「フフフ、ともかく一年間よろしくお願いいたします」

いいねぇ、よろしくお願いされたいねぇ、とか思っていたら最後に予想外のことが起こった。

「さわやかクラブの墨田です。へへ、皆さんご承知のとおり昨年度は町会長として……」

はいはい、ご苦労さんでしたねぇ。

「へへへ、今年度はさわやかクラブの会長に復帰しまして……」

お前が復帰した時点で「さわやか」じゃないでしょ。ん?「復帰」って、以前も老人会会長やってたのかよ。

「ご存知のとおりさわやかクラブは七十歳以上の町会員で構成され、会員の福利厚生を……」

知らねぇよ。

「そもそもこの菱町町会はおよそ五十年前、四菱製作所亀有工場の社員用建売住宅として……」

………。

「当時ここは市制も敷かれておらず、東葛飾郡流川町といって……。この町内も道路は舗装もされてなく、へへ、我々有志が四菱の会社側に陳情して……」

…おい。

「あの頃はみどり台小もなく子供たちは三キロ離れた北小まで徒歩で……」

おいおい。

「そこで我々は何とかしなくてはと当時県会議員であった杉崎さん、へへへ、今の衆議院議員の杉崎さんのお父上ですな。その杉崎さんに働きかけ、町役場ヘスクールバスを走らすように……」

おーい、墨田の講演会になってるぞ。マサもあからさまにしかめっ面をしている。

「…でありまして、当時は老人は少なく圧倒的に子供が多く町会活動も子供会が主体で、毎年子供会で船橋ヘルスセンターに行っていたんですが、へへ、バスが一台じゃ足りなくて……」

俺も行ったけどヘルスセンター…。海水プールでゲロ吐いたけど…。いつまでこいつ話するんだ?

「おいマサ、どうすんだ?あいつもう十分以上一人でしゃべってるぞ」

「…俺に聞くなよ。ハカセに聞けよ」

「俺今日『アドまち』の馬久市特集見たいんだよ、録画予約してないからさぁ」

「知るかよ。ハカセに言えってば」

しかたがない。堀北部長越しだがハカセに言うしかないか。

「おい会長、どうすんだよ?とっくに八時過ぎてるぞ。この後俺は『アドまち』じゃねえや、町会費徴収について話さなくちゃならないんだぞ」

「そうだよねぇ、困っちゃうよねぇ。どうしようか?」

「俺が聞いてんだよ。なんとかしてくれよ」

「そうだねぇ。堀北さん、司会の方からなんとか言ってくれる?」

「あたしが言えるわけないじゃないですかぁ」

「そうだよねぇハハハハ」

俺たちがぐずぐず揉めてる間も、墨田は菱町町会の成立ちとか、自分たち四菱OBが町会のためにいかに苦労してきたかとか、今はそのOBが老人会の主体となっていていまだにこの町会を支えているとか、繰り返し繰り返し話している。

さすがに他の役員もイライラしてきたようだ。しきりに目線で「なんとかしてくれ」とこっちを見ている。

「おいマサ、お前嫌われついでに墨田に『いいかげんにしろ』って言ってくれよ」

「なんでだよ、ショウ君が言えよ。嫌われているのはお前も一緒だろうが」

「何を言うか。俺はチビとか言っておらん」

「鼻毛男と言ったのはお前だろうが」

「どうするんですかぁ?あたしぃ主人と子供が待ってるんですけどぉ」

「俺だってアドまち見たいんですけどぉ」

「ひどぉい、そんなのと一緒にしないでくださいよぉ」

「そんなのとは失礼な。あのね、馬久なんて沼と大仏しかないつまんない街なんだよ。それも沼はほとんど竜ヶ崎で、大仏はほとんど阿見なんだよ。テレ東がそれをどう編集するのか、俺は楽しみで楽しみで」

「何言ってるんだか分かりませんよぅ。会長さん、どうしましょう?」

「ハハハどうしようかねぇ」

ハハハじゃねぇよ。よし、こうなったら困った時の浅井先生だ。墨田の隣の浅井さんを見ると視線が合い、「こうなったらもうダメ、私でもダメ」という感じだった。


 結局あの男は一人で一時間近くしゃべり続けて

「……というわけで老人会会長として一年間、皆さんと活動できることを楽しみにしております。ヘヘ、何かありましたら遠慮なく相談して下さい」

と言って終わったときは、もう九時近くになっていた。


 その後、本来は本日の役員会のメインであったはずの「町会費徴収等」について、会計の俺は説明し協力を願うこととなった。といっても墨田の独演会で皆ヘトヘトになっていて「早く終わらせてくれ」という雰囲気丸出しだ。よしよし任せろ。

「町会費の徴収につきましては、配布資料①のとおりです。要約しますと月五百円の町会費を各班長が各世帯を回り、偶数月に翌月分と併せて原則二か月分集金し、翌月の定例役員会開催時に会計の東海林に納入するということです。ただし現状は一年分六千円とか半年分三千円とかまとめて皆さん払っていますね。徴収する方もされる方もお互い面倒くさいですからね。その際会員の皆さんには、配布資料①の受領票に納入した月分の印鑑を押して交付することを忘れないで下さい。徴収方法は各班長さんにお任せします。詳しくは配布資料①の『町会費の集金について』を読んで下さい。何かご質問は?」

………。

「各部各役職への活動費の仮払いにつきましては、配布資料②のとおりです。仮払金申請書へ必要事項を記入して、必要となる一週間前までに東海林へ申請して下さい。清算等詳しくは資料②『活動費の仮払い・清算について』に記載されておりますが、何か購入したときは必ず宛名を『菱町町会』とした領収書をもらっておいて下さい。それがなければ会計からお金が出ることはありませんのでご注意願います。何かご質問は?」

………。

「転入時の入会金及び転出時の町会費返還につきましては配布資料③『入会・退会手続きについて』に書いてありますので、各班で該当事項が発生しましたら所定の手続きをお願いします。何かご質問は?」

………。

「それでは次回五月の役員会開催三十分前から、各班徴収分の会計への納入をここで受け付けます。それまでは皆さんが責任をもって現金の管理をして下さい。会計からの説明は以上ですが、何かご質問は?」

前会計さん作成の台本どおり、五分で終わるかと思ったら

「あのぅ質問ていうかぁ、お願いがあるんですけどぉ」

お前かよ、堀北。

「うちの班十六世帯あってぇ、みんなが六千円出すと全部でぇ、えっと九万六千円になるでしょう?五月の第二土曜までそんなお金をうちに置いておくのは不安だからぁ、全部集まったら東海林さんちに持って行ってもいいですかぁ?」

…この馬鹿。

「そうよねぇうちの班なんかは十二万円になるから、うちもお願いできないかしら?」

ほら同調する馬鹿婆が出てくるだろうが。いらつく。

「そりゃそうだな。ヘヘ、タダシちゃんそれぐらい、いいんじゃないか」

墨田、ふざけんな。ホントいらつくわ。

「嫌です」

「タダシちゃん、それくらいやってやれよ。それが会計の仕事だろ、ヘヘへ」

「そうですよねぇ墨田さん、それくらいいいじゃないの」

この婆、いいかげんにしろよ。

「絶対嫌です」

「へへ、顧問として俺が思うに……」

「おっしゃるとおりですわ、墨田さん」

元来俺は短気だ。

「タダシちゃんよ、ヘヘ皆さんが町会費を集めてくれるんだから、会計としてそれくらいの融通きかせても……」

そのうえ自慢じゃないが、人間が出来てない。

「なタダシちゃん、たいしたことじゃ」

「アンタは黙って!これ以上役員会引き延ばすな!いいですか?そこのあなた!」

と言って婆を指さす。俺を怒らせた墨田を怨め!

「あなた、ご自分がもし会計だったら出来ますか?全部で二十七人いる班長がバラバラでうちに金持って来るんですよ、いい迷惑でしょうが。あなたその都度、銀行行けますか?それだったら一回で済ました方が合理的でしょ。十万円前後のお金じゃないですか?会計の俺は全部集まったら三百万円なんですよ。十万くらい管理できないんですか?それが班長の仕事でしょ。私の言っていること、間違ってますか?それでも間違っているとおっしゃるならば、いつでも私と役職変わりましょう。どうです?やりますか、会計?」

婆は何も言えず真っ青になって下を向いている。

「タダシ!年長者に向かって」

「アンタには黙れと言っただろ。アンタがいると話が長くなるんだ。俺は年長者だろうと鼻毛男だろうと、おかしいときはおかしいと言いますよ。もうこれ以上会議の進行を邪魔するならば、どうぞお帰り願いませんか?」

「タダシ、貴様!もういい、不愉快だっ!俺は帰る!」

デジャブー。

「ふふふふ、お疲れ様でしたー」

マサが愉快そうに追い打ちをかけた。

「キッ、キッ貴様ら!ヒロシ!こいつらなんとかしろ!」

と怒鳴りながら帰っていった。

「お前ら、またかよ……」

静かになった会館ホールに、ハカセの声が虚ろに響いた。わははは。すっきりした。


 そのあとはまさにグダグダだった。堀北部長は豹変した俺に脅え司会が出来ず、替りに町会長のハカセが

「では町会費徴収については会計の東海林さんの指示どおりということでお願いします。他に何もなければ今日はもう遅いのでお開きとしましょうか、ハハハハ」

と言ってあっさり終わらせてしまった。本来ならば副会長の挨拶で閉めるらしい。まぁ、あの雰囲気じゃ無理か。

 で、今この場には俺たち三人と浅井さんが残っている。

「それで東海林さん、小西さん、なんで墨田さんを挑発するんですか?」

「嫌いだから?」

「生意気だから?」

「なんで二人とも疑問形なんですか。ともかく全てお二人が悪い、とは私も思いません。墨田さんにも問題ありです。あれでは東海林さんの言うとおり、会計さんの負担が大きいことは誰が見ても明らかです」

「ですよねぇ」

「それにしてもショウ君、見事に論理立てて反論してたな、たいしたもんだ」

「うははは。マサよ、前会計さんから引き継いだ想定問答集の中にあるのだ。毎年同じような無理を言う馬鹿がいるそうだ。うははは」

「…感心した俺が馬鹿だった」

「それにしてももう少し大人の対応をしていただければ、あんな気まずい会議にはならなかったと思いますけど」

「…ですよねぇ」

情けないけど、おっしゃるとおり。

「墨田さんと皆さんとはお知り合いのようですけど?」

「ハハハ、墨田さんはね、僕たち三人の父親たちの部下だったんだよ。だから子供の頃からよく面倒をみてくれたのさ」

「ハカセ、そういう嘘を平気でつくな。あいつは同期の同僚達に馬鹿にされ相手にされないので、俺たち子供を子分のようにしていただけだ。俺たちが野球していると勝手に入り込んできたり、釣りに行けば付いてきちゃうし。あいつに愛想よくしていたのはお前だけだ」

「そのとおり。奴はどドジョウ捕りに勝手に付いてきて、俺たちがほとんど捕ったドジョウまで自分ちに持って帰り、柳川にして食っちまった外道なんだ。人望なし!」

「でも怒ったショウちゃんが、墨田さんちの池にアメリカザリガニ放して金魚全滅させたのはやり過ぎだったけどね」

「あっ、この野郎。お前も一緒にそのザリガニ捕りに行っただろうが」

「共犯かよ。腹黒いなこいつ。まぁともかく昔から俺たちは墨田が嫌いで馬鹿にしてたんだが、奴はなぜか俺たちのことを子分か舎弟のように思ってるらしい。本当にあいつには困ったもんだ」

「はぁ、どっちもどっちだと思いますけど…。ともかく毎回こんな雰囲気では他の皆さんに迷惑です。お二人ともお願いですからもっと自重して下さい。よろしいですね?」

「…はい。すいませんでした」

「…はい。頑張ります」

「ハハハ、頼むよ二人とも、もう大人なんだから」

このウスラハゲ、調子に乗りやがって。

「だけどさ、毎回毎回墨田の長演説はゴメンだぞ。浅井さん、あいつ町会長のときはどうだったの?」

「……毎回墨田さんのお話が長くて、終わるのが九時十時で」

「な、なんと…」

「一度話すと止まらなくて…。それを放置したのは私たち旧役員の責任です。すいません」

「い、いやあ浅井さんたちのせいじゃないよ。あやまらないでよ。町会の古株に意見するのは難しいよね、ハハハ」

いや、あんたらの責任だな。

「だけど毎回九時十時はまずいな。マサちゃん、今日の役員会終了時間は正確には何時か分かる?」

「ちょっと待て。レコーダー見るから。九時三十三分だ」

「約二時間半か、長いな。よし、明日にでもこの件を含めて、墨田さんに僕から話してみるよ。相談する感じでさ。マサちゃんたちにもからまないよう上手く話してみるから」

お手数かけます。

「あと浅井さん、悪いけど堀北さんに、総務部長が自分から会計さんに我儘言うのは良くないって指導してもらえませんか?」

「はい、私もあれはまずいなって思いました。まだあの子、自分の立場がよく分かってないんですよ。その辺も踏まえて話しておきます」

うははは、「あの子」って言っちゃったよ。

「俺が思うに執行部というか三役・総務広報部が会議の方向性みたいなものを事前に調整しておかないと、また今日みたいなことになっちまうなと」

「おおマサ、よくそこに気が付いた。成長したのは身長だけじゃないな」

「うるさいよ、お前は。何様だよ」

「ハハハそうだね。よし三役と総務部員は三十分前の六時半に集合して、会場設営と事前打合せをしようか。該当者には僕から連絡しておくよ」

今日初めての町会長らしい発言であった。


 その後、四人でテーブル・イスを片付け、モップをかけてから解散した。

 家で遅い夕飯を食っていたら気が付いた。

「あれ、『アドまち』終わってんじゃね?」



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